悪役令嬢ですが、二度目は無能で通します……なので執事は黙っててください

放浪人

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第45話 手を放す

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(視点:レージ)

白手袋の中が、じっとりと嫌な汗で湿っている。
目の前で展開される光景は、私の理性を焼き切るのに十分すぎた。

広場の中央、青白い光が暴れ狂う嵐の中で、リディア様がたった一人で立っている。
風に煽られたドレスの裾が、バタバタと激しい音を立てていた。
その背中はあまりに細く、今にも吹き飛ばされそうだ。

「リディア様!」

喉まで出かかった叫びを、私は奥歯で噛み潰した。
足が一歩、前に出そうになる。
駆け寄って、彼女を抱き上げ、この危険な場所から連れ去ってしまいたい。
それが一番安全で、確実な「守り」だからだ。

だが、彼女は言ったのだ。
『黙って言うことを聞きなさい』と。
私の過保護を拒絶し、自らの足で立つことを選んだ。

(……怖い)

彼女が傷つくことが怖いのではない。
彼女が私の手の届かない場所へ行ってしまうことが、たまらなく怖いのだ。
私が守らなければ、彼女は生きていけない。そう思い込むことで、私は自分の存在意義を保っていたのかもしれない。

「……っ」

私は拳を握りしめ、爪を掌に食い込ませた。
痛みで衝動を抑え込む。
見ろ。彼女を見ろ。
彼女は震えていない。
暴走するミレイユの魔力を前に、リディア様は静かに右手を掲げていた。

「ほどけなさい」

凛とした声が、風音を切り裂いて届く。
彼女の指先から、細い、本当に細い光の糸が伸びた。
あれはアルノー家の紋章術「糸環紋(しかんもん)」。
派手な攻撃魔法ではない。ただ、絡まったものを解き、繋ぐだけの地味な術だ。
だが、今の彼女にはそれで十分だった。

リディア様の指が、空中で複雑な文様を描くように動く。
まるで、見えないあやとりをしているかのように。
ミレイユを中心に渦巻く混沌とした魔力の奔流。その中にある「結び目」――暴走の核となっている力の滞りを、彼女は正確に見抜いていた。

パチン。

小さな、空気が弾ける音がした。
その瞬間、あれほど猛り狂っていた青白い稲妻が、糸が切れた操り人形のように力を失い、霧散していく。

「あ……」

ミレイユが崩れ落ちる。
光が消えた広場に、リディア様だけが立っていた。
彼女は肩で息をしながら、冷え切った自分の指先をさすっている。
術の代償で、感覚がなくなっているはずだ。

駆け寄りたい。
その手を温めて差し上げたい。
だが、私は動けなかった。
彼女の背中が、以前よりも大きく、そして神々しく見えたからだ。

民衆のどよめきが、次第に歓声へと変わっていく。
『すげえ……』『あの方が止めたのか?』
称賛の波が彼女を包む。
彼女はもう、私の庇護下にある「無能な令嬢」ではない。
自らの力で運命を切り開く、一人の誇り高き領主なのだ。

私はゆっくりと、握りしめていた拳を開いた。
手袋の中の汗が冷えていく。
喪失感と、それを上回る誇らしさが胸を満たす。

「……ご立派です、リディア様」

私は誰にも聞こえない声で呟き、深く頭を下げた。
守るとは、囲い込むことではない。
彼女が飛び立つ空の広さを信じて、その手を放すことなのだと、私はようやく理解した。
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