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侍女

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 遠くで雷雲が湧き上がっていた。そこから落ちる影が見えそうなほど、広々とした大海原。少女は小舟の上で傘の影に隠れながら、着物の襟をはためかせて、胸元に風を送っていた。



「ああっづうううううう~」



「おい!おえい!なにやっとんだそんなとこで!」



 砂浜から怒鳴り声が届く。叫んでいるのは六尺(約180cm)を超える大男。潮風でくすんだ髪で雑に髷まげを結っている。いかにも牢人くずれといった風体だった。

 しかし刀は立派だ。二尺六寸、やや長めの刃は黒漆の無骨な鞘に入っている。



 おえいと呼ばれた少女の方はもっと過激だった。小舟からはみ出しそうなほどの野太刀が、船底にでんと横たわっている。腰には短めの打刀うちがたなと、脇差までが揃う。兜をかぶれば、そのままいくさ働きができそうな格好だった。

 しかし、日差しを避けてうずくまる姿は、トドよりも気だるげだ。少なくとも戦意という言葉からはかけ離れている。



「見て分かんないの~?木陰の一つもありゃしないしさー、こうやって海風受けて涼んでんの~」



「この穀潰しが!ちったあ働かんか!」



「この前働いたじゃーん。わざわざ南海のトンド国まで行ってさ。海賊やら紅毛相手に大立ち回り。金だっていっぱい貰ったしさー」



「もう戻って二月はたつんだぞ!それで毎日宴会だの着物だの!稼ぎなんぞろくに残っちゃいないだろうが!」



「そうだっけ?まあ無くなったら無くなったで、また王さんにおごってもらうよ~。けっこう恩売ってるからねー」



 そこまで言って、おえいは浜にいる大男、父親である柳玄斎やなぎげんさいがにやりと笑ったのを見る。驚異的な視力だったが、今さら気づいても遅かった。



「その王信おうしん殿からの依頼だ。否やは無いな?」

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