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賊の中の賊
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そして旅路の途中である。おえいのいた鎮西府から申の港まで10日ほど。そこから延々と北上して、すでにひと月近く経っていた。王信のはからいで、関所での待ち時間を大幅に減らしてこれである。大陸は飽きが来るるほど広かった。
いくつか持ってきた書籍の類も、全部読み終えて三周目に入っている。
「ひーまだなあ。商人ってのはよくこんな暇な仕事を我慢できるもんだねえ」
「本当は暇なんて感じないくらい忙しいんすよ。毎日毎日、商品の手入れに上司の世話に……。特別中の特別扱いでこんな楽な旅になってるんですぜ。それに、うちの幇の旗をかかげてるから、余計な手間を取らずに済むんですぜ」
「余計な手間って?」
李広との話の途中、道の脇に盛り上がった丘から砂煙が上がった。相当な数の人と馬が駆けることでできる、いわゆる戦塵だ。
おえいが馬車の柱に縛り付けていた刀を取り、立ち上がる。丘の方に焦点を合わせると、数十人の男たちが馬車の列に襲いかかっているのが見えた。
「まあ、ああいうのすね」
「んー京行きの道で盗賊とは、末法やのう」
光華の地では、隊商や運送業者、用心棒などの組織が非常に発達している。それらの勢力は時に反乱の原因にもなるため、政府から睨まれ締め付けられているが、無くなることは絶対になかった。野盗が多いからだ。
広い大陸。必ずどこかで飢饉は起こるし、食い詰め者は出てくる。そして国土全てを警備する兵力など、皇帝にも出しようがない。
結果、自己防衛のために武装する隊商は出るし、より進んで護衛を専門にする鏢局などの組合もできる。そうしたイタチごっこから脱落すれば、目の前の惨状に陥るわけだ。
「ろくな鏢師もいやしないようで。あのままじゃ皆殺しですぜ。どうしやすか姐さん?」
言うまでもなかった。おえいはすでに二本差しの上、懐に単発銃をしまい、鉢金を巻いているところである。
「どーせヒマだしね。仕事始めが上手くいくよう、ちょっくら徳を積んできますよ」
「それでこそ任侠ですぜ!姐さん、おねげえしやす!」
李広が馬を鞭打つと、馬車は矢のように加速する。おえいは屋根の上に立って、地平線まで聞こえる大音声を上げた。
「待て待てまてーい!そこの貴様ら、か弱い民草相手に好き勝手しやがって。この私がとっちめて」
「「うわあああああああ!!狗賊だああああああああああ!!!」」
爆発的な悲鳴と共に、一斉に馬首がひるがえった。徒歩の者は槍も刀も捨てて逃げていく。
「逃げろー!殺されるぞー!」
「母ちゃーん!」
「……聞き分けのいいやっちゃのー」
さすがの女武者にも、蜘蛛の仔を散らすように逃げ惑う人々をどうこうする技は無い。達人とて火を吹けるわけではないのだ。
おえいは微妙な顔で、勝手に壊乱する盗賊を眺めることしかできなかった。
「ひいいいいい……狗賊だあ……もうおしまいだあ……」
「ご先祖様、どうかお守りを……。無理ならあんまり痛くしないで下さい……」
なぜか助けられた隊商の方も、この世の終わりのような顔をしている。正義とはかくも苦しいものであった。
「心配しないでくだせえ。旦那がた。このお方は王商会の用心棒をやってる柳さんというお人で、狗那の出ではありますが、決して乱暴はいたしませんぜ」
「おお、王商会の……」
「助かりました。恩に着ます」
李広がなだめると、商人たちはあっさり納得した。なぜ乙女を恐れて、強面の大男に言葉に安心するのか。おえいは不満だったが、こればかりはしかたない。
蛮族というのは、光華に住まう人民の天敵である。野盗が野良犬なら蛮族はサメの群れだ。盗賊はせいぜい町や村を襲う程度だが、蛮族の来襲は国を傾ける。
大国、光華の周りには、それこそ無数の蛮夷が棲まう。その中でも特に恐れられているのが、北方の騎馬民族である獣夷と、海を荒らし回る狗賊である。つまりおえいたち狗那人であった。
それぞれの縄張りの違いから、内陸では獣夷が、海沿いでは狗賊が嫌われていたのだが、十年ほど前の狗那の大侵寇によって、狗賊は蛮族の最大手になったのである。
実際のところ、海賊業をやっているのは狗那人より光華の民が多数派なのだが、一度ついた印象というのは拭い難い。
光華人が想像する狗賊は、とにかく戦と血を好み、通った後はぺんぺん草も生えない無慈悲な怪物なのだ。
そんなイメージを自分一人で払拭できるはずもないので、おえいはとにかく黙っている。李広もいっぱしの商人である。普通に話せればあっという間に相手と打ち解けた。
「ははあ、後宮に使えることになる女子を送っていたところを襲われたと。災難すねえ」
「ええ。ええ。もし生き延びても、侍女となる娘を拐われでもしたら、当然死刑ですから。本当に助かりました」
「いやいや、芙蓉妃に仕える侍女なら、あっしらにとっても大事なお人。これもご縁でしょう。紫香京までお供いたしやすぜ」
勝手に話がまとまっていく。蚊帳の外だが、おえいにも否やはない。
どうせ暇なのだ。道連れがいれば、退屈しのぎにもなるというもの。李広がこちらを向いたので、一つ頷いておく。
視線を感じる。見ると、馬車のほろを引き上げて、隙間からおえいを観察する者がいた。くりくりとした目が光っている。若い、というより子供だろう。
仲良くなれるかと、おえいは視線に向けて微笑んでみる。丸い目がいっそう見開かれ、ほろはすぐに下げられた。儚い期待のようだった。
いくつか持ってきた書籍の類も、全部読み終えて三周目に入っている。
「ひーまだなあ。商人ってのはよくこんな暇な仕事を我慢できるもんだねえ」
「本当は暇なんて感じないくらい忙しいんすよ。毎日毎日、商品の手入れに上司の世話に……。特別中の特別扱いでこんな楽な旅になってるんですぜ。それに、うちの幇の旗をかかげてるから、余計な手間を取らずに済むんですぜ」
「余計な手間って?」
李広との話の途中、道の脇に盛り上がった丘から砂煙が上がった。相当な数の人と馬が駆けることでできる、いわゆる戦塵だ。
おえいが馬車の柱に縛り付けていた刀を取り、立ち上がる。丘の方に焦点を合わせると、数十人の男たちが馬車の列に襲いかかっているのが見えた。
「まあ、ああいうのすね」
「んー京行きの道で盗賊とは、末法やのう」
光華の地では、隊商や運送業者、用心棒などの組織が非常に発達している。それらの勢力は時に反乱の原因にもなるため、政府から睨まれ締め付けられているが、無くなることは絶対になかった。野盗が多いからだ。
広い大陸。必ずどこかで飢饉は起こるし、食い詰め者は出てくる。そして国土全てを警備する兵力など、皇帝にも出しようがない。
結果、自己防衛のために武装する隊商は出るし、より進んで護衛を専門にする鏢局などの組合もできる。そうしたイタチごっこから脱落すれば、目の前の惨状に陥るわけだ。
「ろくな鏢師もいやしないようで。あのままじゃ皆殺しですぜ。どうしやすか姐さん?」
言うまでもなかった。おえいはすでに二本差しの上、懐に単発銃をしまい、鉢金を巻いているところである。
「どーせヒマだしね。仕事始めが上手くいくよう、ちょっくら徳を積んできますよ」
「それでこそ任侠ですぜ!姐さん、おねげえしやす!」
李広が馬を鞭打つと、馬車は矢のように加速する。おえいは屋根の上に立って、地平線まで聞こえる大音声を上げた。
「待て待てまてーい!そこの貴様ら、か弱い民草相手に好き勝手しやがって。この私がとっちめて」
「「うわあああああああ!!狗賊だああああああああああ!!!」」
爆発的な悲鳴と共に、一斉に馬首がひるがえった。徒歩の者は槍も刀も捨てて逃げていく。
「逃げろー!殺されるぞー!」
「母ちゃーん!」
「……聞き分けのいいやっちゃのー」
さすがの女武者にも、蜘蛛の仔を散らすように逃げ惑う人々をどうこうする技は無い。達人とて火を吹けるわけではないのだ。
おえいは微妙な顔で、勝手に壊乱する盗賊を眺めることしかできなかった。
「ひいいいいい……狗賊だあ……もうおしまいだあ……」
「ご先祖様、どうかお守りを……。無理ならあんまり痛くしないで下さい……」
なぜか助けられた隊商の方も、この世の終わりのような顔をしている。正義とはかくも苦しいものであった。
「心配しないでくだせえ。旦那がた。このお方は王商会の用心棒をやってる柳さんというお人で、狗那の出ではありますが、決して乱暴はいたしませんぜ」
「おお、王商会の……」
「助かりました。恩に着ます」
李広がなだめると、商人たちはあっさり納得した。なぜ乙女を恐れて、強面の大男に言葉に安心するのか。おえいは不満だったが、こればかりはしかたない。
蛮族というのは、光華に住まう人民の天敵である。野盗が野良犬なら蛮族はサメの群れだ。盗賊はせいぜい町や村を襲う程度だが、蛮族の来襲は国を傾ける。
大国、光華の周りには、それこそ無数の蛮夷が棲まう。その中でも特に恐れられているのが、北方の騎馬民族である獣夷と、海を荒らし回る狗賊である。つまりおえいたち狗那人であった。
それぞれの縄張りの違いから、内陸では獣夷が、海沿いでは狗賊が嫌われていたのだが、十年ほど前の狗那の大侵寇によって、狗賊は蛮族の最大手になったのである。
実際のところ、海賊業をやっているのは狗那人より光華の民が多数派なのだが、一度ついた印象というのは拭い難い。
光華人が想像する狗賊は、とにかく戦と血を好み、通った後はぺんぺん草も生えない無慈悲な怪物なのだ。
そんなイメージを自分一人で払拭できるはずもないので、おえいはとにかく黙っている。李広もいっぱしの商人である。普通に話せればあっという間に相手と打ち解けた。
「ははあ、後宮に使えることになる女子を送っていたところを襲われたと。災難すねえ」
「ええ。ええ。もし生き延びても、侍女となる娘を拐われでもしたら、当然死刑ですから。本当に助かりました」
「いやいや、芙蓉妃に仕える侍女なら、あっしらにとっても大事なお人。これもご縁でしょう。紫香京までお供いたしやすぜ」
勝手に話がまとまっていく。蚊帳の外だが、おえいにも否やはない。
どうせ暇なのだ。道連れがいれば、退屈しのぎにもなるというもの。李広がこちらを向いたので、一つ頷いておく。
視線を感じる。見ると、馬車のほろを引き上げて、隙間からおえいを観察する者がいた。くりくりとした目が光っている。若い、というより子供だろう。
仲良くなれるかと、おえいは視線に向けて微笑んでみる。丸い目がいっそう見開かれ、ほろはすぐに下げられた。儚い期待のようだった。
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