威界史記ギアマゾーダ

娑婆聖堂

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第六話 巨人激闘

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 王女の、名も知らぬ機人の動きがおかしい。油断を誘うにしても支離滅裂だ。この時点でイェールメザールは異常の原因を特定した。
 そも機士とは機人と操者の二身一体。他者の、それも肉の代わりに鉄が満ち、血の代わりに鋼が流れる巨人の身体を我が物のように操るわけである。当然意のままにするには才と努力が要る。
 そしていかに才能に恵まれ、努力を重ねても、機人との相性が最後に壁となる。人類のそれとは根源から異なるとは言え、機人にも意識があると考えられており、どんな優秀な操者であっても全く動かせないものがあれば、逆になぜこんな奴が、と言われるような凡愚が驚くべき制御を見せることもある。

 どこで手に入れたかは不明だが、王女は新たな機人と合一し、機士として生まれ変わった。しかしまだ新たな身体を扱いきれていないのだ。まさに千載一遇の大好機である。王女の後ろからは部下が駆けつけている。ここで囲んでしまえば、自由のきかない機士で抜け出す事は不可能。イェールメザールは待ちを選択した。これもまた戦術に則った冷静な選択である。

 赤の機士が水晶翼をびぃん、と震わせ突進してくる。イェールメザールは剣を振り上げ、あと一息で機体がこすれあう位置で仕掛けた。跳ね返す必要は無い。一撃しのげば終わりだ。肩に当てて相手の軸を回転させるように刃を落とす。
 刃先が肩から伸びる棘を擦り、機体が回転した。
 突如イェールメザールの剣に尋常ならざる重みがかかり、取り落としそうになる。戦士の本能が握りを強め、威力を全身に回して靴型の足を地に打ち付ける。その反射とは全く別の視点から、イェールメザールは謎の機人の機動を見ていた。
 左肩に吸い付くように、否、実際に吸い付いているのだ。剣を流れる威力と同期したヴァルナの威力は、磁石に引き付けられる砂鉄の如くに機体と剣を接着し、振り下ろす勢いに逆らわないままとんぼ返りをうった。威力の波が目に見えるほど高まり、接合面から干渉紋がうねって、朱と橙赤のスペクトルが帯を編み出す。

 振り下ろす慣性力に20共通尺メートルの巨体が乗り、速度を減殺しつつ動きを封じる。ギアの天地が逆転。とんぼ返りを打った巨兵は、虹のような円弧を描いて蹴りを放つ。サマーソルトキック。機士においてなお抜きんでた体躯にもかかわらず、軽業のような機動である。
 互いの速度、交わった威力が両者を引き寄せた。触れ合った肩と棟が金属の塵を巻き上げ、燃え散らす。表皮の紅が一層鮮やかに冴えわたった。
 景色がスローモーションに代わる。左下に流れていく己の剣。ひねりを加え、鞭のようにしなった脚が、首をへし折る軌道を描く。この時点で据え物となったイェールメザールに次の行動は残されていない。
 ゆっくりと首元へ吸い込まれる金属の柱。鋼血の結晶にヒビが入る衝撃おとを聞き。

「舐めるなぁ!」

 イェールメザールの激情が爆発した。甲殻が焼けるかと思える程に発光。機体の顔の右側がひしゃげ、視界の半ばまでが黒く塗り潰されるが、急激に高まった威力が産む斥力場によってイェールメザールの機体はさらに回転。そのまま吹き飛ぶところを上に弾き上げられる。
 頭は潰れたが上位を取った。肩口の装甲の隙間に剣を突き立てんと水晶翼を広げ、大気の爆烈によって下に推進。ヴァルナの機体、ギアが回避しようと身を翻し、関節の自由が効かずに姿勢を崩す。
 その左肩は融け落ちた剣によって溶接されていた。先ほどのサマーソルトキックを喰らった直後、剣に威力を集中して加熱、溶断。アメのごとく融けた鋼鉄はあっという間に凝固し、その関節を縫い止めたのだ。不格好な短剣になりはしたが、全体重をかければ操者のいる胸までは届く。

「死ねぇ!」

 もはや生け捕りなど思考の端にものぼらない。威力の流れに身をゆだね、血管がはちきれそうな加速度で墜下する。ヴァルナは癒着した左肩を無防備にさらし。
 その後ろ、隠れていた右から青い光輝。本来個人ごとに特有の色彩を持つ威力が、天を彩る神威の如くその有り様を紅から青白へと、全身から一点に移り変わっていく。
 ギアマゾーダの右腕が底無しに蒼く、鮮烈に白く照り映える。ヴァルナが叫ぶ。

「忘れたか愚か者、忘れたか!我が威力、幾多の機士をほふった魔技!」

「くあ!」

 言葉にならぬ声が断末魔となった。
 右手の鋼血が威力に共振し、電荷を帯びて沸騰する。威力の道がドラヴァの頭部を照準。昇華した金属粒子の血流が溢れ、威力に沿って果てしなく加速し続ける。青白い光線となった手がドラヴァの顔に触れ、丸ごとこそぎとった。

「幽 冥
 融 鳴ゆうめい掌!」

"うお!"

 爆発。ギアの驚愕ももっともであろう。殴り合いしか能がないと思いきやビームをぶっ放したのだから。

"し、死んだかあれ"

「いや、あれでも部下ではあるからな。いちいちぶっ殺しては機士の頭数が減る。まあ3ヶ月くらいで治るだろ」

 大雑把に言うが重傷である。死んでいる可能性もそこそこにありそうであったが、精神衛生上考えないでおいた。隊長機の敗北に、後ろから迫る機士たちも混乱、することなくむしろ剣をかざし槍を回してたがが外れたように襲いかかる。

 "え、来るの!?普通来るか?この結構決まってる状況で!"

「頭がやられれば手足が報復するは道理!だがこの私に牙を剥くとはいい度胸だ!ぶちのめす!」

 威力がみなぎり、両者の間に有り余る力場が雷光に変わって大地を打つ。戦いは始まったばかりであった。






 カイラギの街に機士の首が投げ込まれたのは真昼。多くの人が仕事を終えて、高く登った陽から逃げるように昼寝をしていた時分であった。一本角も武々しいドラヴァの頭が塔の中ほどに突き刺さる。塔の先端が落とす影が、幾度か揺れる速度であった。騒然とする市民を落ち着かせるためにも、新たに都市の支配者となったハジュバルドは塔のバルコニーから下手人を見る。胴衣の他は紫のマントを羽織るのみで、中天に座す太陽などものともしない。

 周辺に並ぶものなき軍事都市であるカイラギにこの暴挙を行う蛮勇者は何者か。四本角の角ばった頭。紅く輝く装甲は鏡のように陽光を跳ね返し、いくつもの棘が突き出す手足は並みの機人より二回りは太い。鋭い鉤爪と三本指の足は、道具を使うよりも格闘に重きを置いた造りであると一目で分かる。
 見慣れぬ機体。だがその切り裂かれそうな深紅と、真正面から宣戦布告する剛毅さ。ハジュバルドが知る限りでは一人だけ心当たりがあった。

「殿下、やはり生きておられたか!」
その声は胸甲を震わせると共鳴、増幅し、都市の隅々まで届く。つい先日の謀反を知らぬ者は都市にはいない。威力弱き一般市民、旅人、行商、奴隷。誰もが真昼だということも忘れて、厚い布を巻いただけの恰好で外にまろびでては石葺いしぶきの屋根に上り、一目巨人を見ようと背伸びする。
 僭主せんしゅの声に答えて、機士も喉の伝声管を鳴動させた。

「生きておったとも謀反人!地獄の蓋をこじ開けて現世に舞い戻ったわ!なぜかは分かるな!」

「復讐か!」

「否!天誅!」

 ハジュバルドが笑う。鎧がびりびりと振動し、飾りの鋲が一つはじけて飛んだ。涙が出るほど大笑し、目をこすると、裂けるかと思えるまでに唇を吊り上げて叫ぶ。

「よかろう正統を謳う弱き者!天を語る不遜、我が威力で矯正してくれる!」

「ぬかせ雑兵!貴様は殴る蹴るの暴行を加えた上で殺す!それまで気の利いた命乞いでも編んでおけ!」

 言うだけ言うと、機士はくるりと回って走りだした。水晶翼を使った疾走は巨体をみるみる縮め、やがて紅い威力の靄を残して消え去った。

「追わせますか?」

「無駄だ。あの機動力ならば周辺の村の何処どこでも、明日の日が昇る前に着く。これ以上機士を割きたくない。ハジュバルドめらを回収しろ。荷が重かったようだな」

 一通り指示を済ませると、マントを翻して塔の中に戻る。その足取りは心なしか軽かった。

 荒野と岩山、ところどころに崖。赤っぽい砂が舞い、視界を色眼鏡ごしのものに変えていた。右手には空を両断しようと無為な挑戦を試みる、青い肌の山々が陽炎のように揺らめき、左は山から続く川の流れが、渓谷を刻む遠大な事業を黙々とこなし続けている。どのような地殻変動が起ころうとも、地球がこのような有様になるとは考え辛い。

”なあ今どこに逃げてるんだ?”

「逃げてなどいない。奴らをぶん殴るための助走距離をとっているのだ!」

”あーはいはい戦略的撤退いわゆる転進ね”

 この話が通じているようで通じない、いややっぱり通じているとさえ思えない少女にギアが話しかけるのは、現代っ子ゆえの暇な時間に対する耐性の低さのためである。実際は起伏を飛び越え、深い渓谷は駆け下りと忙しくはあるのだが、そういった移動は人口知能に任せてVRゲームにうつつを抜かす身分としては一種の拷問かと愚痴が出そうなくらいには暇であった。

「まあとりあえずはユラマの村だな。おおよそ北西だ。追っては来れんだろうが、馬鹿正直に一番近くを目指すのもな」

”ふーん。そういやここの星?世界?に名前ってあるのか?”

「世界の名前?妙な事をのたまう奴だな。世界は世界だ。ほかにあるか」

”そりゃそうだ”

 元居た惑星とは何もかも違う環境のためになんとなく質問するが、返ってきたのは当然の答えであった。

「まあ、強いて言うなら威界だな」

”威界?”

「うむ、威力満ちる世界で威界だ。詩歌なんぞに出てくる呼び名だな」

 その名を頭の中でいくどか反芻し、なかなか良い名前だと得心する。まるで望み通りに行かなかった第二の生ではあるが、ここでやさぐれていても体が文字通りさび付くだけだろう。ひとまずはこの凶暴そのものの女について行くのも悪くはないかもしれない。
 退屈にだけは飽き飽きしているのだから。

 荒野を紅の巨人が駆ける。輝く鎧には光子がたなびく。銀の筋繊維が躍動し、熱を帯びては血の様に赤く染まる。彼が知るよりも広く悠遠な地平線は、流れ着いた異分子をただありのままに受け入れて、黄金に閃いていた。
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