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第九話 行商
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ヴァルナは実に健淡であった。頭ほどの大きさの壺に入ったスポーツ飲料のような飲み物を一息に飲み干し、干したナツメヤシの実のような果物を山盛りでむさぼり食う。薄い穀物の粥を両手のひらで持てる椀3杯飲み干したところでようやく手を止めた。
彼女の感覚は一部ギアマゾーダにも回っているようで、見たものや食べたものの感覚が広場に立つギアにも伝わる。
気化熱で冷えた甘い水、多分ヴァルナが蜜と呼んでいたものの喉ごし。干した果物の干し柿を濃くしたような食感と、くせのある甘み。塩の味しか感じないのが逆に潔い、粥もしくはスープの味わい。どれも懐かしい、しかし新鮮な感覚であった。
けぷ、と小さくげっぷをすると、満足したと思ったのか、召使いらしき女が皿を下げ始める。
「うん、美味であった。ご苦労、主人」
「は、ご満足いただけたようで何よりです」
見るからにほっとした様子の老人がヴァルナに蜜の壺を差し出す。それを受け取ってあおる少女の目線の上空で、ギアは自分の足元に群がる子供たちを見つめていた。
子供のロボ好きは遺伝子に受け継がれる本能なのか。最初は怖々といった様子のちびっこどもであったが、動かないギアを見て組し易しと感じ、大人が制止するのも聞かずに近づいてくる。ギアの装甲に触れたりもしたが、太陽に焼かれた金属板は余裕でステーキのミディアムが作れる温度だ。すぐに懲りて何が楽しいのかギアの周りを太古の儀式か盆踊りのように回り始めた。
「やめなさい!機士様が怒られたらどうするの!」
子供の母親か姉であろうか。若い女が男の子の一人の首根っこを捕らえる。村の一般人とは服が違う。一枚布で体を覆う村人に比べ、こちらはもんぺ・・・のような足首を締めた幅広のズボン、これまた手首が細く余裕のある白っぽい上着に、原色で幾何学模様の刺繍を施したベストをかける。明るい緑のスカーフを頭に巻いて、その上に羽を乗せたつばの大きい帽子をかぶっている。顔は影になってよく見えない。
そしてその女が引いている生き物。これがギアの目についた。
シルエットはダチョウに近い、が、首は普通の鳥くらいの長さで、何よりトカゲに似た顔に牙が生えている。
よく観察すれば足は鉤爪、翼から生えた指にもナイフのようなそれが並ぶ。肉食、あるいは雑食であろう。ちょうど始祖鳥をでかくして走れるようにすればこうなるかと思えた。
と、そこまで考えたところで辺りが凍りついていることを知覚する。子供は半泣きで大人たちに無言の救難信号を送り、鳥と恐竜の中間にある獣は黄色っぽい羽を逆立ててぎゃっ、と鳴いたっきり剥製のようにかたまっている。
本人としては腰をかがめてまじまじと鳥を観察していただけなのだが、される方からすれば小山が迫ってくるのに等しい。
「な、なんで動くんだ?機士様は乗っていないだろ?」
「えええ偉い機士様だと遠くからでも機人を動かせるらしいこれは怒らせてしまったんじゃなかろうかそうだそうに違いないいますぐに謝罪してあれだそれをこうして」
”あー、機人って1人では動かないのか?”
「「しゃべったあぁぁぁ!」」
疑問を呈したギアに腰を抜かし、飛び上がり、ぶっ倒れる。広場の真ん中に雷でも落ちたような騒ぎである。どうもうまくない。立ち上がって頬を掻く。やたら人間臭い所作が常識を削るのか、口を半開きにしたまま息遣いさえ聞こえない。
「なにやっとるかー!」
そこに現れた救い主ヴァルナ。いかにも私憤怒っていますと言わんばかりの表情で入り口の垂れ幕を蹴り飛ばして広場に駆け込む。
「貴様機人がなー!勝手にうごいてなー!どっか行ったら戦争にならんだろが!じっとしてないと角叩き折って煮融かしてから鎧に打ち直すぞこら!」
”いやだけどさー。意味もなくじっとしてろってそれ拷問だよ?うちのシマだったら東京裁判食らって巣鴨プリズン行きになるレベル。別にワンちゃんとか三歳児じゃないんだからちょっと歩き回るくらいさー”
「ええいやかまし!そういう奴に限ってどうでもいいことで消えて肝心な時におらんのだ!慈悲は無い!不動の姿勢だあんぽんたん!」
理不尽ながら真理でもある。おぼえがあるのかギアも二の句が継げない。しかしながら彼とて自由を愛する一市民。素直に従うのも面白くない。そも自分がいなくなってはこの娘が困るのは間違いないが、彼としては安全かもしれない選択肢が1つ失われるだけなのだ。その不穏な考えをヴァルナも感じ取ったのか、主導権を握ろうとする無言の争いがしばしあたりの空気を支配する。
それを破ったのは能天気ながらどこか食えない感じのする男の声であった。
彼女の感覚は一部ギアマゾーダにも回っているようで、見たものや食べたものの感覚が広場に立つギアにも伝わる。
気化熱で冷えた甘い水、多分ヴァルナが蜜と呼んでいたものの喉ごし。干した果物の干し柿を濃くしたような食感と、くせのある甘み。塩の味しか感じないのが逆に潔い、粥もしくはスープの味わい。どれも懐かしい、しかし新鮮な感覚であった。
けぷ、と小さくげっぷをすると、満足したと思ったのか、召使いらしき女が皿を下げ始める。
「うん、美味であった。ご苦労、主人」
「は、ご満足いただけたようで何よりです」
見るからにほっとした様子の老人がヴァルナに蜜の壺を差し出す。それを受け取ってあおる少女の目線の上空で、ギアは自分の足元に群がる子供たちを見つめていた。
子供のロボ好きは遺伝子に受け継がれる本能なのか。最初は怖々といった様子のちびっこどもであったが、動かないギアを見て組し易しと感じ、大人が制止するのも聞かずに近づいてくる。ギアの装甲に触れたりもしたが、太陽に焼かれた金属板は余裕でステーキのミディアムが作れる温度だ。すぐに懲りて何が楽しいのかギアの周りを太古の儀式か盆踊りのように回り始めた。
「やめなさい!機士様が怒られたらどうするの!」
子供の母親か姉であろうか。若い女が男の子の一人の首根っこを捕らえる。村の一般人とは服が違う。一枚布で体を覆う村人に比べ、こちらはもんぺ・・・のような足首を締めた幅広のズボン、これまた手首が細く余裕のある白っぽい上着に、原色で幾何学模様の刺繍を施したベストをかける。明るい緑のスカーフを頭に巻いて、その上に羽を乗せたつばの大きい帽子をかぶっている。顔は影になってよく見えない。
そしてその女が引いている生き物。これがギアの目についた。
シルエットはダチョウに近い、が、首は普通の鳥くらいの長さで、何よりトカゲに似た顔に牙が生えている。
よく観察すれば足は鉤爪、翼から生えた指にもナイフのようなそれが並ぶ。肉食、あるいは雑食であろう。ちょうど始祖鳥をでかくして走れるようにすればこうなるかと思えた。
と、そこまで考えたところで辺りが凍りついていることを知覚する。子供は半泣きで大人たちに無言の救難信号を送り、鳥と恐竜の中間にある獣は黄色っぽい羽を逆立ててぎゃっ、と鳴いたっきり剥製のようにかたまっている。
本人としては腰をかがめてまじまじと鳥を観察していただけなのだが、される方からすれば小山が迫ってくるのに等しい。
「な、なんで動くんだ?機士様は乗っていないだろ?」
「えええ偉い機士様だと遠くからでも機人を動かせるらしいこれは怒らせてしまったんじゃなかろうかそうだそうに違いないいますぐに謝罪してあれだそれをこうして」
”あー、機人って1人では動かないのか?”
「「しゃべったあぁぁぁ!」」
疑問を呈したギアに腰を抜かし、飛び上がり、ぶっ倒れる。広場の真ん中に雷でも落ちたような騒ぎである。どうもうまくない。立ち上がって頬を掻く。やたら人間臭い所作が常識を削るのか、口を半開きにしたまま息遣いさえ聞こえない。
「なにやっとるかー!」
そこに現れた救い主ヴァルナ。いかにも私憤怒っていますと言わんばかりの表情で入り口の垂れ幕を蹴り飛ばして広場に駆け込む。
「貴様機人がなー!勝手にうごいてなー!どっか行ったら戦争にならんだろが!じっとしてないと角叩き折って煮融かしてから鎧に打ち直すぞこら!」
”いやだけどさー。意味もなくじっとしてろってそれ拷問だよ?うちのシマだったら東京裁判食らって巣鴨プリズン行きになるレベル。別にワンちゃんとか三歳児じゃないんだからちょっと歩き回るくらいさー”
「ええいやかまし!そういう奴に限ってどうでもいいことで消えて肝心な時におらんのだ!慈悲は無い!不動の姿勢だあんぽんたん!」
理不尽ながら真理でもある。おぼえがあるのかギアも二の句が継げない。しかしながら彼とて自由を愛する一市民。素直に従うのも面白くない。そも自分がいなくなってはこの娘が困るのは間違いないが、彼としては安全かもしれない選択肢が1つ失われるだけなのだ。その不穏な考えをヴァルナも感じ取ったのか、主導権を握ろうとする無言の争いがしばしあたりの空気を支配する。
それを破ったのは能天気ながらどこか食えない感じのする男の声であった。
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