統制学園の切札(エース)と鬼札(ジョーカー)

娑婆聖堂

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二話 入学

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 桜が舞っていた。丁寧に整えられた街路樹は、高解像度の3D画像でも追い付けない立体の絵画のようである。
薄桃色の花びらが舞い落ちる、淡いクリーム色の歩道。もはや浮世離れしている通学路には、姿勢を正すのが本能とばかりに背筋を伸ばした学生が歩いている。
 白い詰襟のような制服に、膝裏にまでかかるマント(正確には空力制御衣)。空色の線が所々に踊っている。男女に差は無い。最も優秀な機能をもつ装備を平等に配る、統制政府の理想の体現であった。

 整然たる統制の美。大粒のダイヤのような輝き。しかしその中に一点だけ、亀裂のような染みがある。
 赤い。毒々しいまでの紅。彩りを抑えた白い制服に比べ、こちらには彩りしかない。白紙に落ちた血の一滴だ。

 そんな異常に目が行かぬはずがない。凄まじい量の視線が突き刺さる。だがその中に奇異の感情は無く、あるのは少量の戸惑い、そして巨大な敵意。


「あいつが……」

「本当に入学するの?信じられない……」

「反逆者が何故……」


 優秀な感情制御能力を持つ入学生たちでさえも、抑えきれない陰口。そのただ中を、特に気張るふうもなく、桜を眺めながら散策する少年。
 身体はほどよく鍛えられていたが、なで肩のためか痩せ気味に見える。あくの無い容姿、すとんと素直に垂れる髪も含め、遠目から見たら男女の区別をつけるのは難しいだろう。

 本人も自覚は有るのか、険のある相貌をまっすぐに据えて、ステレオタイプな男らしさを出している。それでもまだ勘違いする者が出そうな程度には柔和な顔つきだった。

 地面との摩擦を極力殺すすり足で歩を進める。隠密のような動きだった。その頭の斜め後方から、一種の未確認生物じみた飛翔体が滑空してくる。平たいウミウシのような形。空気抵抗を減殺して、小銃並みの長距離狙撃を可能にする特殊な手裏剣である。当たれば頭蓋骨を容易に貫いて、対象を即死させるだろう。

 飛びクナイの先端が、少年の後頭部と拳一つの距離に至った時。その右腕が一瞬霞んだ。薄いグラスを打ち合わせた響き。手裏剣は切っ先から縦に割れ、落ちて路面に当たると、唐竹のように真っ二つに分かれた。

 ちろり、と視線を横にやる。真後ろからのオーソドックスな不意打ち、と見せかけた、四時方向からの曲射だ。追尾機能どころか電波誘導さえなく、純粋に揚力と空気抵抗のみで曲がるので、射撃位置の特定は困難。市街戦では使い古されるほど有効な手だ。教科書通り過ぎて見当が付きやすいのが玉に瑕か。

 失敗したと分かるや未練を残さず逃走。実に良く訓練された動きだった。
 追いかければ捕まえるのも容易だ。動機を聞き出すことも出来るだろう。だがわざわざそんな労を費やしたところで、収穫らしいものも無かろう。理由なんて大したものでもないはずだ。買っている恨みや妬みなど、探すより数える方が大変な量なのだから。


「先が思いやられる……」

 はふ、と短くため息。覚悟はしていたが、やはり億劫だ。それを責めることのできる人間がどこにいるだろう。
 これから彼が通う学校こそ、統制政府付属・制職者クレリック育成学園。通称統制学園。電脳によって管理される国家の、守護者育成機関だ。
 成績優秀な者は高級官僚への道を選ぶことも出来る、いわば公務員教育の総本山。

 そこに通うのは物心つく前から選抜され続けた、粒よりの英才たち。凡人にできることでは全てそれ以上の成果を出し、さらに高度な技術を多数保持しているような、選良中の選良だ。一般人の座る席など無いし、経歴に一点でも瑕疵があれば入学さえできない。

 だから本来、彼が入れるはずがないのだ。元レジスタンスの、しかも数多くの戦果、政府にとっては被害を上げたレジスタンスの鬼札が。経歴に汚点どころか、真っ赤な血のりにまみれている。
 さんざん苦労して試験に合格しただろう生徒たちが不満を持つのも当たり前だ。暴力に訴えて、しかも学園側でなく巻き込まれた余の方を攻撃するのは論外だが。

「まあ、そんなこと元レジスタンスが言っても説得力ないか」

 結局は自業自得。そう自身を納得させると、開けた視界の先に建つ白亜の建物、第一校舎を目指す。入学式は少し離れた講堂で行われるが、その前に済ませておく用事があった。

 
 
 



 校舎の最上に、学園全体を見下ろすように置かれた部屋。厳格な縦社会故に、学内においては教師をも上回る権力を持つに至った学生の頂点、生徒会長が座す会長室である。
 洋風な外側に比べ、室内は完全な和風である。畳張りに木製の柱。彫刻も趣が違う。会長の完全な趣味であった。

 そんなアンバランスな雰囲気をさらに歪めているのが、室内に詰める完全武装の生徒たちである。落ち着いた色合いの中に、空間を切り抜いたような白の群れがくっきりと浮かび上がっていた。
 厳戒態勢である。広いとはいえ本来3,4人用の部屋に、二桁の人間がひしめき合い、異様な緊張感を持って扉を睨んでいた。

 中心にいるのは、周りと同じ型の服で、しかし一目で別格の存在であると分かる装いの女。
 服の色は漆黒であった。正座をすると畳を擦る長い黒髪の裏側からは、放射状に金色の髪が広がっている。本当に沈金の漆器でできているようだった。
 赤みがかった暗色の瞳を細め、机に乗せた端末をいじっている。

「会長、来ました。あと7秒で接敵します。5、4、3、2、1」

 すぱん、と両開きの引き戸が開かれた。表れたのはサンタも逃げ出す真っ赤な衣装の男。久世余。

「ちっす」

 軽く手を上げると、無数の銃口が彼を指向する。拳銃もあればブルパップの小銃、散弾銃、グレネードランチャーまで揃っている。

「久しぶりね。余。元気そうで何よりだわ」

 を気にもかけずに、別の学校に進学した元クラスメイトと会ったような気軽さで話しかける少女。無論、主人がにこやかに挨拶したところで余への照準は微塵もぶれない。
 入室したほうも入室した方。二重の包囲を気にすることなく、玄関で靴の結束を解き、きちんとそろえてから机の前まで歩いた。

「ああ絶好調だよ。今朝だけで三回暗殺を未遂に終わらせた。この学校クレリックじゃなくてアサシン養成所じゃないのか?」

「あら、あら。それは大変ね。みんなあなたをどう扱っていいのか分からないのよ。今まできれいに組み上げられた世界しか知らないんだもの」

 ころころと笑う姿に、かつての冷厳の使者の面影は見当たらない。擬態だと分かっていても妙な気分だった。

 生徒会長・暁霞八重子あかつかやえこ。学園入学後すぐに戦火に飛び込み、圧倒的な戦闘力で頭角を現すと、前線指揮官からとんとん拍子に出世して三千人近いエリートたちの頂点に立った、学園の女帝。
 人員不足とは言え学生まで駆り出すのも末期的だが、それで勝ちまくった上に成績までトップを独占と、凄まじ過ぎてどこか壊れているんじゃないかと心配になるような存在だ。

    当然ながら、余とは幾度となく壊し壊された不倶戴天の仲である。いや、だった。

「そう思うならこの常軌を逸した空間をどうにかしてくれないかな八重子さん、いや生徒会長。あとこの服。なんで真っ赤なんだ。和室に合わないだろ」

「あら、このアンバランスさがいいんじゃない。畳の床にマントを羽織った近衛兵。対峙する赤いあなた。最高だわ」

「あんたの奇想に付き合わされる学生が哀れに思えてくるよ。せめて赤一色は勘弁してくれ。三角コーンじゃないんだぞ」

    ミリニュートン単位だが、場の緊張が緩む。忠実な従士達にしても、思う所が全く無いことも無いらしかった。

「ええー。しょうがないわね。じゃあパターン2で」

 むくれながらも指を鳴らす。余のマントが突如黒に変じた。制服の一部も夜色に染められている。赤黒の装い。少しは落ち着いたが、やはり悪の組織感は否めない。

「あ、ちょっとお揃い気味になったわね。うれしい?」

「入学辞退してもいいかな。それを言いに来たんだ」

 あんまりな言い草だと余自身も思うが、八重子はめげない。いわゆる女性らしさを押し出した喋り口などは擬態に過ぎないのだ。
    本来は複合装甲ばりの面の皮を張った政治屋兼、心臓に針金の生えた前線指揮官なのだ。多少の皮肉で傷つくような神経の持ち合わせは無い。

「もちろん、あなたがそう言うなら止めることはできないけれど。元レジスタンスはまだいいとして、伝説の反逆者のあなた入れる学校なんてここ以外ないわよ?かなり無茶を通したんだから。学歴は小学校卒でいいの?」

「小卒じゃない。中学中退だ」

「一般にはそれを小卒と呼ぶのよ。やっぱり無学だといけないわ」

 自然体で痛い所を突いてくる。やはり嫌な奴だと余は再確認するが、どうしようもない現状が変わるわけではない。顔はともかく、名前ならば世界中に知られたテロリストが学業や就職に精を出すなど、土台無理があるのだ。

 それは余も重々承知している。この学園を卒業できなければ、まともな社会生活を営むのは不可能だろう。結局は一本道なのだ。外れようとするのは強がりでしかない。
 余はやたら滑らかな髪をかき回すと、本題に入った。

「それで、何のために俺を呼びつけたんですか?見た通り、おびき寄せて暗殺するため、とかだったら本当に帰りますよ」

「いやね。そんな酷いことするわけないでしょう?もっと良い話よ」

 八重子の表情が真剣なものに変わる。どこからか聞こえてくるマーチングドラムのどろどろ、という連打音。最後に大きく叩くと、満を持して言い放った。

「なんと!あなたに可愛いお世話係が付いてきます!」

 わー、ぱちぱち、と自分で言って自分で拍手する。広い箱の中は綿密に計算されているのか、一人分の歓声でもきれいに反響した。

「監視役か。まあ妥当ではあるかな」

 茶番に付き合う理由もないので、勝手に納得する。実際お目付け役でもいなければ、周囲とこじれるだけだろう。

「反応が弱いわね。もっと喜んでいいのよ?可愛い女の子なんだから」

「今まで会った政府側の可愛い女の子は大体碌なもんじゃなかったもので」

「あら!事実にしてもあなたがお世辞なんて。政治が分かるようになったのね」

「碌なもんじゃないの方を聞いて欲しかったんですがね」

 まあいいか、と独りごちて無意味な会話を流す。

「それで、どんな奴なんですか?知り合いじゃなきゃいいけど」

「流石にそこまで意地悪はしないわよ。ついこの間調整が終わった新人よ。主に首都警備に就いていたから、地方巡業していたあなたは知らないでしょうけど。一か月ちょっとで大成果を出して新エースなんて呼ばれてるんですからね?今回の仕事がうまくいけば、次の生徒会長はあの子で決まり。私は戦傷で引退ね」

「なんであんたが自慢げなんだ……」
 
 げっそりとした顔でつぶやく。首都は大規模な騒乱こそ無かったため、余には縁がなかったが、レジスタンスだけでなく海外の機関までも入り乱れた諜報合戦が繰り広げられていたはずだ。
 おそらく、一対一か対小部隊に特化したシステム構成なのだろう。首輪にはうってつけなわけだ。
 後継者の話をにこやかに語る会長。ほとんど妹が大好きなお姉ちゃんといった感じである。

「うふふふ。でも、あの子は本当に優秀だから、あなたが昔より鈍っていたりしたら」

 空気が震撼した。物質ではない何かが張りつめる気配。




「殺されちゃうかも」

 両者同時。凄まじい速度で閃撃が走る。黄金の光が瞬景を飛び越えて、九世の心臓があった箇所を穿ち抜き、黒い線が影の速度で、八重子の顔のあった部分を縦に割った。
 空振りに終わった武装は、渡り鳥のように元あった場所へと収まる。避けた分傾いた体勢を戻すと、コンマ08秒前と全く変わらない有り様に戻った。

 控えていた十人を越える護衛の中で、何かがあったと気付いた者は三名ほど。意識のコマが切り替わる前に交錯は終わっていた。



「話は終わったろ?帰るぞ俺は」

「ええ。元気そうで安心したわ。腕は大丈夫?」

 八重はひらひらと手を振り、足早に会長室を後にする九世を見送る。余は左腕をかかげ、拳を作った。

「絶好調さ。あんたこそ、脚の調律に気を付けろよ」

 机の下からわずかに覗く八重子の両脚。その付け根辺りから下には、金属の硬さが浮き出ていた。





「引退だ?冗談キツいぜ。死ぬかと思った」

 生身の右腕に違和感あり。余の学生服の右袖は、ビニール紐のように割れ裂けていた。互いの干戈が交差した際の痕跡である。

「エースの後継、か。嫌な予感してきた」

 はあ、とため息。首をこきりと鳴らすと、肩を落とし、嫌々廊下を歩いていく。その背中はどこか小さく感じられた。





「会長、大丈夫なのでしょうか」

護衛の一人。先の組み太刀に気づいた、三つ編み眼鏡の少女が声をかける。

「腕試しが目的だとしても、躊躇いなく上位者に向けて致命の一撃を放てる精神性は、当校の生徒としてやはり不適なのでは?」

    常識的な疑問を、八重子は笑って否定する。

「あら、ふふ。大丈夫、大丈夫よ。あの子、あれでなかなかヘタレだし」

「へ、ヘタレ?」

「よく言えば気を使えるってところかしらね。ほら、肌にも髪にも、服にさえ傷をつけたくないからって、ほら!」

 眼鏡の奥の目が見開かれた。会長が見せびらかした胸の中央。飾りとして取り付けられたオーバルカットのサファイアに、蛇の瞳孔のような傷が一筋。
 久世の薙いだ切っ先の跡がつけた、影の瞳であった。
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