統制学園の切札(エース)と鬼札(ジョーカー)

娑婆聖堂

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制職者(クレリック)

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 質は量に勝る。現代の戦いでは往々にしてそういうことがある。かつて北にあった共産主義の帝国は、その圧倒的な鉄量で全体主義者を押しつぶしたが、やがて技術力の隔絶は一騎当千に近い差を生み出し、力を信頼されなくなった帝国は滅びた。
 どれほど物量を誇ろうとも、地球に限りある限り、大ナタは効率化に敗れ去る。それは電子機器の幾何級数的な進歩が物質を追い抜いた証でもあった。

 初めは機甲戦力、航空機の差であった技術の波は、小型化に伴い歩兵にまで波及する。制職者は今のところ、その最先端だ。
 機械神経との親和性と、素体の素養。それらが究極に合致した時、一個体に戦術兵器級の作戦能力が発生する。その場合、ほぼ無条件に市民階層の最上位、Aクラスに組み入れられることになる。能力に対する評価も理由の一部だが、単純に反乱されると困るから餌をやるという身も蓋もない現実が大きい。

 制職者のA級の意味は、それ以下と隔絶したという事実に他ならない。無論A級の中にも実力差はある。だがAクラスとBクラスでは勝負にもならない。文字通り住んでいる世界、時間が違う。
 そんな世界に棲んでいると、やはりどこかの歯車が外れてくる。ほぼ無条件で登用されるという事は、問題のある人種がそれだけ多いということだ。例えば生徒の頭ごとかつての仇敵を吹っ飛ばそうとする教師とか。

「んー、しかしすばしっこいね!死角から撃ったのにさ。もっと油断していこうよ」

「死角っていうか死んでる角度だろ今の!教師が生徒殺害してどうすんだ馬鹿!」

「えっ、でも自分がこっちに来たのお前を殺すためだからそれさえ済めばもうどうでもいいっていうか」

「やめて下さい教師志摩美銀しまみかね。生徒の殺害は貴方の評価点を下げるだけの行為であり、久世余は最早反逆者ではなく一市民の生徒です。いかにA級といえど、これ以上の専横は追放を受ける可能性があります」

 一欠の諫言に、子供のように口を歪める。これではどちらが教える側か分かったものではない。それでも、有機生命の数十倍の反応速度に達した改造人間たちに、相応しい戦い方を教えるには実力が必要なのだ。精神は二の次である。
 どろりと濁った瞳。真っ赤な髪が渦巻きながら背中まで垂れている。生徒たちと同じ制服は赤みが強く調整され、ほとんど別物のように気崩されていた。
 志摩美銀。A級の制職者にして教師。そして人格破錠者でもある。戦いが好きで、好きな分だけ上手な類の厄介人種であった。余も彼女と何度か争ったが、面倒なだけなので大体逃げていた。

「でもさー、仮にも政府上層部の半分くらいをぶっ消したジョーカーじゃん?こんなとこでのんべんだらりとしているふりして反撃の機会を虎視眈々と狙ってるんだって。そうだろ?」

「いったいお前らは俺になんの期待をかけてるんだ?」

 そんなことを言われても困る、というのが正直なところだが、悲しいかな一定の説得力があるのだ。少なくとも今ここにいる生徒たちの過半数はそうかもしれないと怪しんでいる。
 その猜疑心を補強するための材料は腐るほどあるのだ。数えきれないほど打ち砕いてきたヒトやモノは今でも余の行く先々でのしかかってくる。

 だがそう思っていないものもいる。間違いなく一人は。
 幸か不幸か、それが余の監視役だった。

「反逆したものが今一度その行動に走るか。その予想は私の職務ではありません。私はただ、そのような暴走を行わないように予防に務め、久世余を優秀な制職者へと成長させる手助けを続けるだけです」

「じゃあ裏切ったらどうすんのさ」

「政府がそれを判断するでしょう。取り戻せというなら取り戻し、破却せよと命ずるならそうするまでです」

 迷いなく、矛盾も無い。どこまでも真っ当で、融通の利かない在り方である。美銀はどこか憐みを含んだ眼差しを見せたが、すぐにその痕跡を消した。

「ま、そこまで言うのならA級の実力を見せちゃってくださいな!ようし!お前らー!授業を始めっぞ!」

 美銀が指を鳴らすと、どこからか無人車両がとことこやってくる。リアカーほどの荷台に乗っているのは、刀剣や銃火器の類。

「この中でも何人かは戦争に出てるはずだね。今年の新入生の実力は、まあ平均で見て高い方だ。国家が規定する戦闘システムとの親和性は、処置なしのレベル0から最高のレベル9まで。お前らはまあ、レベル2~3、そこのでかいのとかは4に近いかな。まあ大したもんだ」

 言葉を切る。生徒たちにしてもそこに異存はない。周りをそれとなく観察すれば、百人に一人の天才が並んでいて、その中でも実践を潜り抜けた本物の戦士までいるのだ。平均が低い訳がない。

 だがその中でもやはり抜きんでておかしいのが二人ほど。一欠はあくまで自然体。余は居心地悪そうに肩身を狭めている。

「では、その鼻っ柱を叩き折る目的で模擬試合を始めます。おら貴様ら前に出い!」

「はあ?」

「了解しました。行きますよ久世余」

 無体な要求にやっぱり頭おかしいなこいつという評価を新たにしながら、一欠に引きずられる。少女の身長は同年代でも低い部類。絹のように艶めいて白い頭が見下ろせる。清潔ながらどこか甘い香りが流れ寄せ、ふわりと通り過ぎていった。
 ちょっといいかも、と不埒な妄想に心奪われたのがいけなかった。目の前にはずらりと並ぶ武器兵具。

「武器は好きなのを選ぶよーに。そこにあるもの以外使用禁止。もちろん致命傷になるような攻撃はダメね。よろしいか!」

「確認しました」

「ほんとにやるのお?ちょっとやるまえに準備運動とか」

「じゃ始め!」

 荷台から剣が一つ、拳銃が二つ消えて失せた。いつの間にか柄頭を指に引っ掛けた余の横薙ぎが、一欠の頭上を旋回する。その両手には照準を終えた二丁拳銃。
 一拍の遅れも無く連射される弾幕の焦点から抜け出し、前へ。余はすでに剣を両手持ちに変えている。下からの一閃。
 
 磁石が反発するように白髪しろかみが跳ね上がった。身を捻りながら中空で回避と銃撃をこなす。今度は散布界を広げてどれか一つでも当てる射撃だ。
 余は逡巡の欠片も見せずに前に出た。命中する軌道の弾は二つ。左腕、合金の肉を持つ生体に擬した機関を振るう。
 あまりに無造作に、銃弾を払った。制服の歪みが衝撃を受け流し、破壊力は金属の強靭さに呆気なく打ち返される。左手を包む白手袋が流れていき、右の黒い革手袋が打ち出される。片手突き。一欠はフィギュアスケートのように腕を引き付け回旋。制服と刃の間で火花が散る。

 極端に強化された神経は、銃弾を不可視不可避の飛び道具から軽く連打の利く鉛のつぶての地位にまで貶めた。そして髪の細さで車を吊る高分子筋肉は、容易く棒きれで音を叩く。手の届く範囲でなら、銃と剣の間に差は無くなっていた。
 そして射撃武器には常に絶対の弱点がある。即ち弾切れが。
 
 怒涛のように火線を吐き出し終えた銃口が沈黙する。余は発砲の回数から完全に撃ち尽くしたと確信して、真っ向から切り伏せる上段斬りを打ちこんだ。

 頭上、額の斜ね上で違和感を覚える。急に抵抗が増した。固い何かが浮かんでいる。体内に増設された周辺把握器官を通して、それが短い金属の延べ板、ナイフであることに気づく。
 まさか最初から浮遊していたはずはない。跳ねたのだ。一欠の銃弾に弾かれて。そこにあるもの以外使用禁止。確かにルールは破っていない。
 
 剣筋がずれる。このままでは空振りだ。一欠は銃の持ち方を変えた。自動拳銃の銃身を握ると、グリップの底から鉤が飛び出す。近接用の変形機構。空いた胴体に叩き込めば内臓をやられる。
 余は腕の力を抜いた。諦めたのではない。ナイフを止めるためだ。

 柔らかく刃と刃を合わせ、疑似的に一本指で小さな金属片を掴む。胴体を折り曲げるように、体感的にはゆっくりと加圧し、剣を振るってナイフを投げた。
 
 回転しながら白い喉元へ迫る小刃。一欠がしたことは少し角度をつけて拳銃を構えただけ。ナイフとマガジン部の鉤が噛み合った瞬間、手首をひねる。鉄が氷柱のようにへし折れた。瞬きほどの遅滞もない。そのまま余の懐に飛び込もうとする。剣は間に合わない。
 
 靴底が折れた剣尖を捕らえた。そこに有るもの以外使用禁止。ルールには抵触しない。互いの身長には大きな差がある。一欠の腕と拳銃よりも、余の蹴り足が長い。
 ただの蹴りならば怯ませて距離をとる程度。だがナイフの破片を加えて刺突となる。余が早く届く。

 拳銃が浮いていた。いや持ち手が手放したのだ。振り上げた両手に収まるのは、打ち上げられたサーベル。重さゆえに遅れて届いた。蹴りと湾刀。間合いはほぼ同等。

 濡れた刀身が余の肩口を撫で、破断面のきらめく欠片は一欠の鎖骨の中心あたりで小石のようにバランスを取っていた。

「んー。九十九の方がちょっと早かったけど、浅いかな?」

「どっちも死んでるよ。これだから制職者クレリックと喧嘩するのは嫌なんだ」

 余がぼやく。まことに実感のこもった愚痴だった。

「一制職者に相打ちに持ち込まれるようではまだまだですね。実戦なら互いの損害比が大きすぎます」

「実戦なら逃げるに決まってるだろ」

 言い合う二人を尻目に、観戦者たちは戦闘の情報を消化しあぐねていた。剣が銃弾で跳ね上がって落ちるまで、一秒に満たない。その間に数十の銃弾と幾つかの剣閃が交差したのだ。
 無改造なら視認さえ不可能なところを、中途半端に見えるだけに理解できない。

「これが、レベル5くらいの戦いってことね。戦闘力の最高はレベル9だけど、7より上は外部からのエネルギーや情報の供給を前提にしているから、個人としての最高峰はレベル6がまあ限界。こいつらも武器を選べばそのくらい動ける」

 圧倒されるしかない説明の通り、これは戦力を制限された上の、あくまで試合なのだ。これより上では本当に観ることさえ不可能だろう。余に喧嘩を売ろうとしていた生徒たちは青くなっている。

「まあ、なろうと思ってなれるものじゃないし、なろうとするものでもないね。機械化との相性もある。お前たちがまず知るべきことは、強いやつには強いやつをあてろってこと。数で押したって意味ないゾ?」

 ふざけ半分にも聞こえる忠告だが、頷くしかない。攻撃どころか前にして動けるイメージが湧かない。これが最高峰。レジスタンスの鬼札、政府の切札の名は伊達ではなかった。

「そんじゃあまずは動きの確認から。二人組を作ってー。偶数だからボッチは出ないぞ。技術によるクラス分けに感謝しろ」

 生徒たちは打てば響くように二列になって指示を待つ。自信を崩されても、優秀さには変わりない。いや、むしろ動きが機敏になったようにも見えた。
 切磋琢磨できるものだけが上に行ける。統制学園にまでたどり着いた者に、諦念する弱さは無い。

「あ、じゃあ見本も見せたし授業も終わりとか」

「やりなさい。追い付かれるのではなく、振り切るのです」

 一欠が構える。先ほどより気勢が充実している。エンジンが温まってきたようだった。

「かえりたい」

「だめです」

 例え例外があったとしても、選良に逃避は有り得ない。余は死んだ目で二回戦を始めることになる。

 
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