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究極のピッチング
しおりを挟む「トウシくんがサインを出すのって、やっぱりやめた方がよくないですか? バレたら終わりですよ?」
二回の守り時に、ツカムが、心配そうにそう声をかけてきた。
「初回からバレとる。変化球の時と速球の時で掛け声を変えとるアホがおるから間違いない」
「え、じゃあ、変えないと」
「かまわん。もともと、バラすつもりで、わかりやすいサイン出してんねん」
「どういうことですか?」
「ええから、戻れ。審判の顔が怖なってきとる。あいつらは、試合を円滑かつ高速で進めることに命をかけとる珍生物で、遅延する奴に対して殺意を抱くねん。審判を敵に回してええことはひとつもない」
「……え、でも……ふぅ、わかりましたよ」
★
打席に入った桑宮は、現状を鋭く考察する。
(おそらく、ウチの打線は調べつくされている。あの田中って投手の頭がいいのは、アカコーってだけで確定だし、コントロールもいいみたいだから、苦手なコースを軸に、キチンと、論理的な配球をしてくるのは確実。でも、それは、つまり、同じことができるぼくには通じないということ。……教えてあげるよ。頭使っているのが、自分だけだと思わないことだ)
★
トウシは、打席の桑宮の表情や構えを観察し、一つの結論をだした。
(ワシの速度にバットを寝かすいうんは、比較的打率の低いローコースを意識しすぎとるから。アホやな、こいつ。もしかして、自分の頭がええとでも思ってんのか? ワシの配球を読んだるて? 苦手なコースを軸に投球してくるやろうから、それを軸に狙い球を決めてこうて? アホちゃうか)
思わずため息が出る。
わかった気になっているバカを相手にするのが一番しんどい。
対処するのが難しいのではない。厨二患者を前にした健常者の気持ちとでもいおうか。
(大事なんは苦手なコースやない。その時点におけるトータルでの打撃のクセをよんで、そのつど対処法を考えること。苦手なコースを中心とした配球いうんは、ジャンケンで例えれば、グーで負ける確率の高いヤツに、パーを出しとけば勝てると考えるんと同じ愚考中の愚考。なんも考えてないホンマもんのアホ相手やったらいざ知れず、西教でエースやっとる、最低限はクリアしとるアホ相手に、そんな配球せんわ、ボケ)
振りかぶる。
息を吸う。
(苦手なコースに、読み・根性・技術で合わすことはできても、打撃のクセだけは、一打席・二打席で簡単に対処することはできん。なぜなら、クセは、技術で対処できる弱点やなく、こびりついたただの性質やから。そして、打者が、良くても三割しか打てんのは、打撃という技能が、それだけ複雑かつ繊細で難易度が恐ろしく高いから。遅い変化球に目がすぐに慣れてしまうクセをどうにかするには、時間をかけた弛まぬ努力がいる。ビジョン系のトレーニングで動体視力を鍛えるだけでも年単位は軽く必要。すべてのクセを極限のレベルで矯正できとんのは、ワシが知る限り、神と悪魔だけ。人間には、必ず、どうしようもないクセ、穴がある)
『ボォル!』
(桑宮。おまえの打撃のクセは、コントロールのええ投手に対して、苦手意識のあるアウトローに全感覚が向きすぎてしまうことだ)
『ツーボォッ!』
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