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魔王リーン・サクリファイス・ゾーン

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 リーンが首をかしげたのを受けて、ラムドは、

「どいつもこいつも、薄情な」

 コミカルにムスっとした顔をしてみせる。
 もちろん、本気でムカついている訳ではない。
 ただの空気づくり。

「……ん? そこの者、何かいったか?」

 王らしい、ゆったりとした口調でそう問いかけてくる。
 見知らぬ者とはいえ、同族の魔人で、サリエリが連れてきたのは明白。
 もちろん、一国の王として、最低限の警戒心は抱いているが、そこまで不審者を見る目はしていない。

 そんなリーンに、

「私ですよ、陛下」

 ゴートは、少し軽めに、しかし、恭しさは残して、


「魔王国の宰相、陛下の右腕、世界一の召喚士、ラムド・セノワールでございます」


 一秒ほど頭をさげてから顔をあげて、リーンの目をジっと見る。
 ゴートの自己紹介を受けて、リーンは眉間にしわをよせて、

「……」

 黙ったまま、ゴートの顔をジっとみていた。

「なんですか、そのハンパないイケメンを見ているような顔は」

「そんな顔、しとらんわ!」

 緩くチョケたゴートに対し、リーンは、脊髄反射的に、軽く吠えてから、

「はぁ?! お前が?! ラムド?! なにをバカなことを! ラムドとは似ても似つか……ぃや……あ、でも、全然違うこともない、か……わずかに面影が……ぃや、しかし」

 見た目・雰囲気、何もかもが、明らかに違う。
 けれど、重なる部分が、なくもない。

「俺は間違いなくラムドですよ、陛下。いつだって、陛下を支えてきた、影の功労者。この世の誰よりも、この国を憂う者。愛国の徒」

 その発言を受けて、リーンは、また、反射的に、

「アホかぁ!  ラムドが国を憂いた事などない!」

 いつものラムドに対するように『がおぉ』と吠える。
 いつだって、リーンは、ラムドに対してイラだっている。
 圧倒的な優秀さを有していながら、その『素晴らしい能力』を、決して、国のためには尽力してくれないラムドにイラだっている。

 ――もちろん、ラムドは、国の役には立っている。
 というか、ぶっちゃけ、ラムドが、最もこの国に貢献している。

 それは事実なのだが、しかし、ラムドは、国事に対して1%ほどしか力を注いでいないというのも現実(それでいて、結果だけなら、誰よりも貢献しているという、とんでもない天才――それがラムド)。

 もし、ラムドが、本気で国のために動いてくれたら、とリーンはいつも思っている。
 ラムドが本気になれば、リーンが理想としている『完全な平和』を体現する事もできのではないかと、リーンは常々思っている。

 つまり、結局のところ、リーンは、この世の誰よりも、ラムドを評価しているという事。
 実際、リーンほどラムドを信頼している者は他にいない。

 リーンは、どこかで、『ラムドならば不可能はない』と本気で思っている。
 この上なき最高評価。

 しかし、ゆえに、だからこそ、余計に、国のために本気になってくれないラムドにイラだつのだ。


「ラムドが、国の事を考えた事など一度もない! ラムドは、ただひたすら、召喚術を研究していただけだ!」

「まあ、それも事実ですなぁ」

「それしか事実ではない!」

「まあ、しかし、おかげで、こうして、最強クラスの召喚獣と契約する事ができましたよ。こい、スリーピース・カースソルジャー」


 ラムドの命令を受けて、禍々しいジオメトリから、『おなじみのあいつら』が這い上がってきた。
 呪われた鎧を纏った兵士。
 怪しくかがやく、死色に染まった魔剣。
 見間違いようのない威容。

 その禍々しいオーラを受けて、サリエリとリーンの二人は息をのんだ。


 まず、サリエリが、額に汗を浮かばせながら、

「……本当に凄まじい召喚獣。一体でも勇者と同等の力を持っているというのに、それを一度に三体も……」

 続いてリーンが、

「それほどの召喚獣を使役できる者が、他に何人もいる訳がない……面影もある……どうやら、本当に、ラムドのようだな」

「ようやく信じていただけたようで」

「しかし……何があった? その姿はいったい……」
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