怒り

神尾 点睛

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 彼は考えた。自分がこの先どうすべきなのか。あがなっても贖いきれない罪をどうすればつぐなえるのか。とにかく考えた。生徒たちに、面と向かって「僕の考えが間違っていました」と土下座して謝ろうかとも考えた。しかし、そんなことで済まされることではないと思った。考えて、考え抜いた果てに、畢竟ひっきょう方法は一つしかないという結論に達した。

 その日は、五月ももう下旬を迎えたというのに肌寒く、冷たい雨がしとしとと降り注ぐ嫌な日であった。彼の友人は、嫌な予感がした。こんな日は、彼がいかにも行動に出そうだと思った。最悪の可能性が何度も脳裏をよぎっていた。気が付くと、いつの間にか彼の家の方へと歩いていた。その歩みは次第に速くなり、やがて小走りになった。早く行かないと手遅れになってしまう気がした。もう二度と会えなくなる気がした。

 彼の家に着くと、少しも躊躇ためらわずインターホンを鳴らした。
 しかし、応答はない。
 数秒経ってもう一度鳴らした。
 しかしやはり、応答はない。
 ふと、ドアの取っ手を下げてみた。
 しかし、鍵がかかっていた。
 それでもその友人は、諦めて帰るつもりは更々なかった。万が一の為に、と彼の母親から合鍵を託されていたのだ。友人は合鍵を取り出すと、ドアの鍵を開けて中に入った。
 
 中に入ると、恐る恐る彼を探した。家の中は、時が止まったかのようにシーンと静まり返り、奥のリビングの掛け時計のカチッカチッという秒針の音が、そうではないことを告げている。まるで泥棒でもしているかのような心持ちだった。リビングやキッチン、風呂場など至る所を探したが、彼は見つからなかった。となると、残るは地下の書斎だけだと思い、階段を下りて地下へ向かった。
 
 書斎に入ると友人は、目を見張った。
 まず、赤い血飛沫が目についた。
 濃く、生々しい赤色だった。
 その血飛沫をゆっくりと辿っていくと、彼がいた。
 血を流して倒れていた。
 友人は急いで彼のもとに駆け寄った。
 「おいっ! しっかりしろ!」
 「…………うっ……」
 まだ意識はあった。近くには小型のナイフが落ちていた。どうやら、これで頸動脈を切ったようだった。彼は、うっすらと目を開けて、震える声で言った。
 「…………お……お前に……頼みが……ある……」
 「頼みなどこれからいくらでも聞いてやる! まだ今から救急車を呼べば助かるかもしれない」
 そう言って友人は、携帯を取り出し救急車を呼ぼうとした。しかし彼は、それをさえぎった。
 「……どうして」
 「いいから聞いてくれ! 時間が……ない……」
 彼は声を振り絞って言った。その声は、友人に、有無を言わさず話を聞かせるのに十分な声だった。
 「…………そこの……引き出しに……手紙が……ある……」
 彼は、机の引き出しの方を指差しながら言った。
 「……それを……読んで……従って……くれ…………」
 「わ、わかった! それで、あとは何をすればいい」
 「…………君に……謝りたい……色々と……すまなかった……」
 「何を今更……」
 「最後に……僕を……叱ってくれ……」
 友人はハッとした。あれ程まで怒りを嫌っていた彼が、自ら叱ってくれと言うなんて、信じられなかった。自然と涙が溢れてきた。
 「…………この、大馬鹿者!」
 友人は嗚咽を堪えながら言った。
 「……ありがとう…………」
 一筋涙を流しながらそう言ったきり、彼が二度と声を発することはなかった。
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