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9:ちょっと挨拶に行ったんよ

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『おっす! 俺、コウって言うっす。異世界勇者様に召喚されるなんて、光栄っす!』
『私、チェルシーって言いまぁ~す。よろしくね、勇者様♪』
『カラカラカラ』
『あ、この人はですね、ラッカさんです、はい。顎が砕けて歯もありませんので、喋れないのですよ、はい。ちなみに私はモンドと申す行商人でございますです、はい』
『いやあああぁぁぁぁぁぁっ、ゾンビな私、醜いわあぁぁぁぁっ』

 出るわ出るわ、ゾンビスケルトン、そしてお馴染みの幽霊。
 その数三十体ほど。
 だけどなんだ、このフレンドリーなノリは。
 最初に見た老人幽霊が一歩前にでて俺に深々と頭を下げる。

『わしはこの村の村長を務めておりました、ヨサクと申しますですじゃ。勇者様、なんなりとお聞きくだされ』
「はぁ……」

 ヨサク……ちょっと懐かしさを覚えるような名前だな。
 そのヨサクじいさん、村長と言ってもかなり昔のこと。
 なんなりと……と言われても、聞きたいことがあるのはアブソディラスな訳で。

『聞きたいことというのはじゃな――』

 と言ったが、村長のヨサクじいさんが待ったをかける。

『ドラゴン様、おそらくあなた様はあの山の主、伝説の古代竜様でございましょう?』
『うむ、そうじゃ。さっさと儂の――』
『あいやお待ちくだされ! いかにドラゴン様じゃとて、わしらを召喚しなすったのはそこの勇者様でございます。わしらは勇者様の呼びかけに答えて参上しましたゆえ――』
『いやああぁぁぁぁぁっ』

 俺の質問以外に答える義理は無い――と、ヨサクじいさんは言う。
 どうでもいいが、あそこの女ゾンビ、五月蠅い。

『ぬぬ……しもうた。そうじゃったの。死霊使いによって呼び出されたアンデッドは、術者の命令にしか従わぬのじゃったわい』
「なんか面倒くさいな。それで、何を聞いて欲しいんだよ」
『んむ。以前、この村から儂の下へやってきた生贄の娘、リアラのことじゃ』

 異世界あるある。
 生贄制度!?





 その昔、ここに村は無かったし、アブソディラスも別の場所で生活をしていた。
 彼があの山に引っ越してきて熟睡し、目覚めてみると村が出来上がっていたという。

『隣人が出来たんで、ちょっと挨拶に行ったんよ』

 なんでそんなにフレンドリーなんだよ。伝説の古代竜って他の奴らもこんななのか?
 それともこの世界のモンスター類がそうなのか?
 とにかくこのアブソディラスの『ちょっと挨拶に』が問題だった。

『ほれ、話したじゃろ。儂は巨体故、その羽ばたき一つで……』
「いろんなものを吹き飛ばすんだろ? ……まさか、村を吹き飛ばしたのか!?」

 まぁ半壊程度じゃよ、と笑いながら頷いた。
 村としちゃあ半壊でも大変だっただろうに。
 そして挨拶に行った数日後、洞窟に若い娘がひとりやって来た。
 彼女の名前がリアラ。
 そして、村からやってきた生贄《・・》だと自己紹介したそうだ。

 ――どうか村を破壊しないでください。その代わり、どうぞ私を食べてくださいませ。
 と。

「え。食べたの?」

 アブソディラスから離れようと一歩後ずさると、奴が一歩近づく。
 いや、俺に憑りついてるから離れることができないだけか……。

『食うもんか! 儂は……ごほんっ。続けるぞい』

 人間を食べる趣味はない。そう説明するが、リアラさんは村に帰ろうとはしない。
 彼女は幼いころに両親を亡くし、村人の手で育てられた。だが体が弱く、畑仕事を手伝うことも出来ず……そして。

『口減らしに奴隷商人に売られることになったんじゃ。リアラは美しい娘じゃったからの、高値で売れるだろうと』
「うえ……奴隷制度もあるのか」

 まぁそんな訳で、いざ奴隷商人にって時にアブソディラスがやってきた――と。

 奴隷になれば娼館に売られるだけだろう。
 辱めを受けるぐらいなら、村のために食われたほうがいい。
 そう言って、リアラさんは隙あらばアブソディラスの口に入ろうとしたようだ。
 すっげぇ根性だな。

『頑固として村には帰らぬと言うのでな、あの洞窟で共に暮らすことになったのじゃ。まぁ最初はアレじゃ、儂が村を破壊しに行かぬよう見張っておればいい。いつか儂が善良なドラゴンじゃとわかるだろう。そう思って洞窟内に住まわせたのじゃが』

 そう言った後、アブソディラスの黒光りする顔の鱗が段々と赤みを帯び始めた。

 まさか……この展開は!?
 はっと周囲を見渡すと、アンデッド軍団も何かを察したようだ。

 そこから暫く、俺たちはアブソディラスの甘ったるいのろけ話を聞かされることになる。
 っく。これは拷問か?
 始終イチャイチャをただ繰り返すだけの、出来損ないな少女漫画を無理やり読まされているような、そんな気分だ。
 そろそろ鬱陶しくなってきた頃、今度は突然アブソディラスのテンションが下がった。

『口喧嘩をしてしまってのぉ……出ていったんじゃよ』
「『あぁぁ……』」

 鱗の色が漆黒色に変わり、アブソディラスは両膝を突いて項垂れる。

 その後、しばらくして彼女を追い村にやってくると……。

『おらんかったんじゃ~っ。うぉーいおいおい』
「泣くなよ鬱陶しい!」

 幽霊がすすり泣く声なんてのは聞くけど、本気で泣いて、しかも透明な涙が飛び散るのは初めて見た。
 呆れて見上げていると、誰かが俺の肩を叩く。
 振り返るとそこに、顎が割れたスケルトンが――。

「うわあぁぁぁっ!?」
『カラカラカラッ!?』

 俺とスケルトンが同時に飛びあがる。
 そ、そうだった。
 俺の周りには死人しかいないんだった。
 いくら霊媒体質だとはいえ、こんな状況には慣れていないからさすがにビックリしてしまう。

「な、なんだ。えぇっと、ラッカだっけ?」

 うんうんと頷くスケルトンは、手もみするスケルトンに何やら話しだす。

『はいはい。ラッカさんがですね、そのリアラさんという女性を知っていらっしゃるそうでして』
「え、マジ?」
『なんじゃとおおぉぉぉっ!』

 アブソディラス復活。

 ラッカはリアラという女性と同じ年代にこの村で生まれ育った。
 だから彼女が生贄として山に行かされたことも、数年後に村へ戻って来たことも覚えている――と。

『しかしリアラさんは、村へ戻ってきてひと月も経たないうちに出て行ったそうです、はい』
『ど、どこへ行ったんじゃ?』

 アブソディラスが尋ねても、ラッカは知らんぷり。
 泣きながら俺を見下ろすアブソディラス。

「はいはい。で、リアラさんはどこに行ったんだ?」
『カラカラ』
『わからない、と申しておりますです。はい』

 わからないなら最初からそう言えばいいじゃないか。
 わざわざ俺が聞き返す必要もないだろ。

 あ、なんかアブソディラスの体が薄くなってるぞ。
 お、これは成仏するのか?
 と思ったら黒い靄を背負い始めた……おいおい、ここで怨霊になるつもりかよ!
 人の肩の上で怨霊化するのやめてくれよ!

『アタシ、そのリアラって女知ってるわよ』
「え?」
『本当かのおぉぉっ!』

 アブソディラス再び復活。
 知っている――そう言ったのは、さっきから布を引き裂くような、いやそれ以上におぞましい悲鳴を上げていたゾンビの女だ。

『教えて欲しかったら、アタシをゴーストにしてよ』
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