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「俺と北部に、行かないか?」
いつも仏頂面で、口調だって感情の起伏が少ない彼が……
今日だけは優しく見えるのは、あんなことがあった後だろうか。
「あ、た、他意はないっ。ほ、北部のロウニュウト城を売り渡す前に、どうせなら一度行ってみてはどうかと思ってだな」
「あのお城みたいな……」
「お前も……ここにいては辛いだろう」
意外だった。彼がこんなに、他人を気遣い人物だったなんて。
「暫く王都を離れ、心を癒す時間が……いや、北部は心を癒すには寒すぎるか? いっそ嫌なことは全部カチンコチンに凍らせて、あとで木っ端みじんに砕けばいい」
「え、木っ端みじん?」
「あぁ、そうだ」
傷心を癒すんじゃなくって、凍らせて砕けって……変なの。
でも。
うん、それいいかも。
「ふふ、実は私も、北部の別荘に一度行ってみようかなとは思っていたの。グレン卿の言う通り、ここにいては辛いことを見聞きするだろうし」
「なら俺とっ」
「でも別荘に行くなら、お父さまにちゃんと許可を頂かなきゃ。それに、皇子との婚約を破棄するための書類へのサインもしなきゃいけないし」
「あ、あぁ、そうだな。それは確かに大事だ。あいつとの婚約は、さっさと解消するべきだし」
そうそう。じゃないと、私も向こうも前に進めないままだもんね。
こんな思いまでしたんだし、さっさと完全に終わらせたい。
私のためにも。
そして……彼女のためにも。
「意外、だった」
「え?」
グレン卿の言葉に、首を傾げる。
北部に行こうと思っていたことが、意外だったの?
「あいつとは、仲がよかったようだから」
「あいつ? エリーシャさんのこと?」
彼が頷く。
剣に掛けられていた呪いを解く間、彼もずっと私たちの事みていたもんね。
「お前はあんなことを言う女じゃないと思っていた。あれは本心だったのか?」
「本心……あれは私の……わた……」
「お、おいっ。いや、俺が悪かった。悪かったから、泣くなっ」
え? 私、また泣いてる?
んー……
「ふえぇっ、な、泣いてる!? 私また泣いてるの?」
「気づいてないのか。泣くぐらいなら、あんな別れ方しなきゃよかっただろう」
「……そうはいかないの」
「いかないって、何故」
何故って。
お互い仲良しこよいのままではいられないからよ。
「ねぇグレン卿。あなたに好きな人が出来たとして」
「す、好きな!?」
「えぇ、そう。その好きな人には婚約者がいて、その相手が自分の親友だったらどう思う?」
「し、親友……兄弟ではなく、親友か?」
兄弟でもいいけど、親友の方がたとえとしては正しいから頷いておく。
彼は少し考えるようなそぶりをした後、「辛いな」と呟いた。
「親友には幸せになって欲しいものね。自分が身を引くしかないと思う」
「そうだな……」
「エリーシャもきっとそうするはず。でも私は……彼女にも幸せになって欲しいの。
義母《ままはは》と腹違いの姉にねちねち蔑まれて来たんだもん。そこから救い出してくれる存在が、必要なのよ」
皇太子の婚約者ともなれば、さすがにあの二人も手は出せなくなる。
「親友のままだったら、彼女は幸せになれなかったでしょ? たとえ皇子が婚約破棄をしたとしても、私たちが友達のままだと彼女はずっと遠慮して恋を実らせなかったはず」
「って、お前!? わざとだったのか!」
それには答えず、ただ笑ってみせた。
「なんで自分が悪役になるようなことをっ」
「ふふ。だって私、悪役令嬢がとっても似合うのよ」
「は? 何を訳の分からないことを」
「それにね、彼女は聖女だから、皇太子妃としては私よりもずーっと相応しい人物なのよ」
「……は? 聖女?」
あぁ、そうか。グレン卿はあの時いなかったし、知らないのよね。
エリーシャとも顔見知りだし、話してもいいわよね。
「あのね、実はエリーシャって──」
祝福魔法が覚醒し、司祭様が仰っていたことを彼にも伝えた。
うん、目が丸くなってるわね。
私は原作小説で知っていたけど、それでも時期が違っていたから驚いたもん。
彼の驚きは私のそれと全然違うけど。
「聖女……あの女が……」
「あらぁ? 聖女と聞いて、グレン卿も気になっちゃうー?」
俯き加減の彼を、下から覗き込むように顔を近づける。
男ってやっぱり聖女さまに弱いのかねぇ。
と、彼の視線と合う。
その彼が驚いたように後ずさった。
顔が、赤い。耳まで赤い。
「バ、バカッ。べ、別に聖女だからなんだっていうんだ。俺には関係ない」
「その割には顔が真っ赤だけど」
「ババ、バ、バカ野郎! そ、それはお前の──あぁ、もういい。北部に来る気があるんだな?」
「え、あ……うん。直接、公爵様との交渉もしたいと思っているし。あともしかして掘り出し物のお宝があるかもしれないしー」
この前の別荘にあった絵画みたいにね。
「……なかなか商魂たくましいな」
「うふふー。でも行くとしても、破棄の手続きが終わってからね。グレン卿はもう北部に戻るのでしょう? 気にせず、先に──」
「先延ばしにする」
「いいわよ、待って頂かなくても」
「いいや待つ。街道は比較的安全だが、絶対ではない。北部の地理に慣れている者が護衛にいた方がいいだろう」
うぅー、魔獣のことを引き合いにだされると、さすがに断れない。
手続き、どのくらいかかるかしら。
「ん、いや……待っても半月だ」
「半月?」
「あぁ。ここから北部の城まで二十日はかかる。半月待てば到着するのは一カ月ちょっとだ。それより先だと、雪が降り始めて馬車での移動が困難になる」
「え……あの、明日からようやく九月なんですけど?」
その一カ月後っていったら、まだ十月じゃない!
「王都育ちのお前にとっては残念なお知らせだ」
「ざ、残念?」
「北部のリュグライド領は、十月の終わりには積雪五十センチになる日も珍しくない」
北部……どんだけ寒いのよ!?
「タ、タイムリミットは半月なのね。でも皇室の手続きだし、そんなに早く書類の作製をして貰えるのかしら?」
「……なんとかする」
ん? なんか呟いてたみたいだけど、聞き取れなかった。
「何か言った?」
「いや。とりあえずギリギリまで待つ」
「う、ん。ごめんね、グレン卿」
「気にするな。帰れ」
……そこだけ聞くと、追い払われているように聞こえるんだけど。
まぁ言葉足らずなのにも慣れて来たけどさ。
それにしては、今日はすっごく長くお話した気がする。
仏頂面で不器用だけど、グレン卿は優しい人なのね。
「グレン卿」
「あ?」
金色の瞳がこちらを見る。
「ありがとう」
お礼を言って、控室へと足早に戻った。
後になって気づく。
「あ……公爵宛ての手紙渡すの、忘れてた。
ま、まぁいいか。北部に行くって決めたんだし。
いつも仏頂面で、口調だって感情の起伏が少ない彼が……
今日だけは優しく見えるのは、あんなことがあった後だろうか。
「あ、た、他意はないっ。ほ、北部のロウニュウト城を売り渡す前に、どうせなら一度行ってみてはどうかと思ってだな」
「あのお城みたいな……」
「お前も……ここにいては辛いだろう」
意外だった。彼がこんなに、他人を気遣い人物だったなんて。
「暫く王都を離れ、心を癒す時間が……いや、北部は心を癒すには寒すぎるか? いっそ嫌なことは全部カチンコチンに凍らせて、あとで木っ端みじんに砕けばいい」
「え、木っ端みじん?」
「あぁ、そうだ」
傷心を癒すんじゃなくって、凍らせて砕けって……変なの。
でも。
うん、それいいかも。
「ふふ、実は私も、北部の別荘に一度行ってみようかなとは思っていたの。グレン卿の言う通り、ここにいては辛いことを見聞きするだろうし」
「なら俺とっ」
「でも別荘に行くなら、お父さまにちゃんと許可を頂かなきゃ。それに、皇子との婚約を破棄するための書類へのサインもしなきゃいけないし」
「あ、あぁ、そうだな。それは確かに大事だ。あいつとの婚約は、さっさと解消するべきだし」
そうそう。じゃないと、私も向こうも前に進めないままだもんね。
こんな思いまでしたんだし、さっさと完全に終わらせたい。
私のためにも。
そして……彼女のためにも。
「意外、だった」
「え?」
グレン卿の言葉に、首を傾げる。
北部に行こうと思っていたことが、意外だったの?
「あいつとは、仲がよかったようだから」
「あいつ? エリーシャさんのこと?」
彼が頷く。
剣に掛けられていた呪いを解く間、彼もずっと私たちの事みていたもんね。
「お前はあんなことを言う女じゃないと思っていた。あれは本心だったのか?」
「本心……あれは私の……わた……」
「お、おいっ。いや、俺が悪かった。悪かったから、泣くなっ」
え? 私、また泣いてる?
んー……
「ふえぇっ、な、泣いてる!? 私また泣いてるの?」
「気づいてないのか。泣くぐらいなら、あんな別れ方しなきゃよかっただろう」
「……そうはいかないの」
「いかないって、何故」
何故って。
お互い仲良しこよいのままではいられないからよ。
「ねぇグレン卿。あなたに好きな人が出来たとして」
「す、好きな!?」
「えぇ、そう。その好きな人には婚約者がいて、その相手が自分の親友だったらどう思う?」
「し、親友……兄弟ではなく、親友か?」
兄弟でもいいけど、親友の方がたとえとしては正しいから頷いておく。
彼は少し考えるようなそぶりをした後、「辛いな」と呟いた。
「親友には幸せになって欲しいものね。自分が身を引くしかないと思う」
「そうだな……」
「エリーシャもきっとそうするはず。でも私は……彼女にも幸せになって欲しいの。
義母《ままはは》と腹違いの姉にねちねち蔑まれて来たんだもん。そこから救い出してくれる存在が、必要なのよ」
皇太子の婚約者ともなれば、さすがにあの二人も手は出せなくなる。
「親友のままだったら、彼女は幸せになれなかったでしょ? たとえ皇子が婚約破棄をしたとしても、私たちが友達のままだと彼女はずっと遠慮して恋を実らせなかったはず」
「って、お前!? わざとだったのか!」
それには答えず、ただ笑ってみせた。
「なんで自分が悪役になるようなことをっ」
「ふふ。だって私、悪役令嬢がとっても似合うのよ」
「は? 何を訳の分からないことを」
「それにね、彼女は聖女だから、皇太子妃としては私よりもずーっと相応しい人物なのよ」
「……は? 聖女?」
あぁ、そうか。グレン卿はあの時いなかったし、知らないのよね。
エリーシャとも顔見知りだし、話してもいいわよね。
「あのね、実はエリーシャって──」
祝福魔法が覚醒し、司祭様が仰っていたことを彼にも伝えた。
うん、目が丸くなってるわね。
私は原作小説で知っていたけど、それでも時期が違っていたから驚いたもん。
彼の驚きは私のそれと全然違うけど。
「聖女……あの女が……」
「あらぁ? 聖女と聞いて、グレン卿も気になっちゃうー?」
俯き加減の彼を、下から覗き込むように顔を近づける。
男ってやっぱり聖女さまに弱いのかねぇ。
と、彼の視線と合う。
その彼が驚いたように後ずさった。
顔が、赤い。耳まで赤い。
「バ、バカッ。べ、別に聖女だからなんだっていうんだ。俺には関係ない」
「その割には顔が真っ赤だけど」
「ババ、バ、バカ野郎! そ、それはお前の──あぁ、もういい。北部に来る気があるんだな?」
「え、あ……うん。直接、公爵様との交渉もしたいと思っているし。あともしかして掘り出し物のお宝があるかもしれないしー」
この前の別荘にあった絵画みたいにね。
「……なかなか商魂たくましいな」
「うふふー。でも行くとしても、破棄の手続きが終わってからね。グレン卿はもう北部に戻るのでしょう? 気にせず、先に──」
「先延ばしにする」
「いいわよ、待って頂かなくても」
「いいや待つ。街道は比較的安全だが、絶対ではない。北部の地理に慣れている者が護衛にいた方がいいだろう」
うぅー、魔獣のことを引き合いにだされると、さすがに断れない。
手続き、どのくらいかかるかしら。
「ん、いや……待っても半月だ」
「半月?」
「あぁ。ここから北部の城まで二十日はかかる。半月待てば到着するのは一カ月ちょっとだ。それより先だと、雪が降り始めて馬車での移動が困難になる」
「え……あの、明日からようやく九月なんですけど?」
その一カ月後っていったら、まだ十月じゃない!
「王都育ちのお前にとっては残念なお知らせだ」
「ざ、残念?」
「北部のリュグライド領は、十月の終わりには積雪五十センチになる日も珍しくない」
北部……どんだけ寒いのよ!?
「タ、タイムリミットは半月なのね。でも皇室の手続きだし、そんなに早く書類の作製をして貰えるのかしら?」
「……なんとかする」
ん? なんか呟いてたみたいだけど、聞き取れなかった。
「何か言った?」
「いや。とりあえずギリギリまで待つ」
「う、ん。ごめんね、グレン卿」
「気にするな。帰れ」
……そこだけ聞くと、追い払われているように聞こえるんだけど。
まぁ言葉足らずなのにも慣れて来たけどさ。
それにしては、今日はすっごく長くお話した気がする。
仏頂面で不器用だけど、グレン卿は優しい人なのね。
「グレン卿」
「あ?」
金色の瞳がこちらを見る。
「ありがとう」
お礼を言って、控室へと足早に戻った。
後になって気づく。
「あ……公爵宛ての手紙渡すの、忘れてた。
ま、まぁいいか。北部に行くって決めたんだし。
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