3 / 20
第三話
しおりを挟むインターホンが鳴り、玄関が自動で開いた。
最初に現れたのは編集の岸さんだった。
桜色の風呂敷に包まれた箱を、少し照れくさそうに差し出す。
「手作りなんです。うまくできているかどうか……」
「ありがとうございます」
受け取りながらリビングに通す。
俺はキッチンに回り、ガラスの湯呑を三つ並べて茶を淹れた。
透き通る器に淡い緑が映える。
湯呑をテーブルに置いたとき、岸さんが小首をかしげた。
「あれ……? 三つ?」
「ええ、記者の吉高さんもお呼びしてるんですよ」
悪びれる様子もなく答えると、岸さんは一瞬まばたきし、それからそっと小さくため息をついた。
その視線の先では、カグラがすでに棚の上に避難していた。
長い尻尾を揺らしながら、じっとこちらの様子をうかがっている。
ちょうどそのとき、再びインターホンが鳴った。
玄関が開き、吉高さんが花柄の袋を手に入ってくる。
「お邪魔します。先生、これ昨日焼いたクッキーです。よろしければ」
靴を脱ごうとした彼女が、玄関に並ぶヒールに気づいて小さく首をかしげた。
「あれ……?」
「ええ、今日は岸さんにも来ていただいてます」
俺が何でもないように答えると、吉高さんは一瞬目を丸くし、それから微笑みを作った。
リビングに通すと、岸さんと吉高さんが向かい合う。
どちらも少し気まずそうに、控えめな会釈を交わした。
数秒の沈黙。
次の瞬間、二人同時に吹き出した。
「……なんだか、こういうのって面白いですね」
「ええ、本当に」
俺にはよくわからなかったが、仲良きことは美しきかな、というやつだろう。
棚の上では、カグラが大きなあくびをしていた。
***
テーブルに並んだ練り切りとクッキー。
岸さんと吉高さんは、互いの差し入れをひと口ずつ口にした。
「これ、本当に手作りなんですか? すごくきれいで美味しい」
「ありがとうございます。でも、このクッキーも香ばしくて……やっぱりお上手ですね」
二人が笑顔で褒め合うのを、俺は湯呑を傾けながら眺めていた。
「そう? よかった。あゆむさんに褒めてもらえたら一番嬉しいけど」
「……あゆむさん?」
岸さんが小さく目を瞬いた。
俺は特に気にせず湯呑を置いた。
棚の上では、カグラがじっとそのやり取りを見下ろしていた。
ふと、吉高さんの視線がリビングの一角に止まった。
透明なショーケースの中に、一冊の本が飾られている。
「これ……先生のデビュー作ですよね」
彼女が身を乗り出す。
「ええ。あれだけは初版本を置いてるんです」
俺は答えた。
岸さんも目を細める。
「懐かしいですね。当時は編集部でも話題になって……“南条先生は必ず大きくなる”ってみんな言ってました」
吉高さんが微笑む。
「やっぱり、あゆむさんの原点ですよね」
「まあ、必死で書いたのは確かです」
俺は苦笑し、ショーケースの本に視線を移した。
二人の視線は揃ってショーケースの本へと戻る。
そして、どちらも同じ質問を喉まで出しかけて、口を閉じた。
――“白い木って、結局なんなんですか?”
俺はなんとなしに呟く。
「別になんでもないんですよ。僕の原風景で、ずっと頭の中にある光景なんです。
意味があるのか無いのかもわからない。
でも、この作品の中には、ずっと白い木が立ってます」
岸さんは固まったようにじっと動かず、吉高さんは妙に興奮してキッチンへ立ち上がった。
「ちょっと……オムライス作ります!」
その光景を、カグラがゆっくりと眺める。
そして、ためらいなく岸さんの膝に飛び乗り、丸くなった。
岸さんは驚いたように目を見開き、それからぎこちなく微笑んだ。
***
やがて吉高さんの作ったオムライスがテーブルに並んだ。
三人でスプーンを手に取り、口に運ぶ。
「……うん、美味しい」
俺がそう言うと、吉高さんがぱっと顔を輝かせた。
しばしの談笑のあと、二人はそれぞれの荷物を手に帰り支度を始めた。
「今日はありがとうございました、南条先生」
「またぜひ……」
玄関の扉が静かに閉まり、部屋に再び静けさが戻った。
ショーケースの『白い木』が、淡い光の中で静かに佇んでいた。
***
二人が帰ったあと、食器はすべてズボディッシュに任せた。
静かな機械音が背後で響く中、俺は書斎へと足を向ける。
扉に手をかけた瞬間、影がするりと横切った。
カグラだ。小さな身体で器用に入り込もうとする。
「こら、だめだ」
抱き上げて、軽くひょいと後ろへ放る。
カグラは床に着地すると、不満げににゃあと鳴き、尾を大きく揺らした。
俺は苦笑しながら、今度こそ扉を開けた。
書斎に入り、椅子に腰を下ろす。
端末のランプが灯り、エンポの声が静かに響いた。
「お疲れさまです、南条先生」
「なあ、エンポ……デビュー作を書いてた頃のことを、ふと思い出してな」
自分でも不思議なくらい、自然に口が動いた。
「眠れなくて、うなされるように書いた。
書かないといけない、って……あのときは本当にそう思ってた」
短い沈黙。
モニターの向こうで、エンポが処理を続けている気配がする。
「――記録しました」
俺は苦笑し、背もたれに身を預けた。
あの夜の熱は、もう遠い。
エンポの画面に、新しい原稿の文字が静かに流れていた。
テーマは「日常」。
小説ではなく短いエッセイ――朝の光や紅茶の香りを綴っただけの、簡潔な文章。
ざっと目を通して承認を押す。
数秒後には担当編集の岸さんの受信箱に届いているはずだった。
立ち上がろうとしたとき、机の端末が震えた。
知らない番号。一瞬だけ迷ってから、通話に応じる。
「南条遠歩さんですね」
落ち着いた声が告げた。
「……お母様の訃報をお伝えしなければなりません」
南条は短く「承知しました」とだけ返し、通話を切った。
指先に残る微かな振動が、しばらく消えない。
0
あなたにおすすめの小説
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる