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第五話
しおりを挟む通夜は村の集会所を使って執り行われた。
線香の煙が天井に溜まり、窓の隙間から入る風に揺れている。
僧侶の読経が流れ、参列者たちが順に焼香を済ませていく。
南条はその場に座っているだけだった。
周りに合わせて頭を下げ、手を合わせる。
自分が何をしているのか、よくわからないまま時間が過ぎていった。
夜になると、村の広場で大きな薪が焚かれた。
火葬場とは別に、亡くなった人を弔うための風習らしい。
炎は夜通し絶やさずに燃やされ、村人が交代で見守るという。
南条は人混みを避け、火のそばに立った。
赤々と燃える炎が山の闇を押しのけ、煙が白く空へ溶けていく。
意味のよくわからない儀式だったが、ここではそれが当たり前らしかった。
遠くで犬が吠え、木々の影が風にざわめく。
南条は火を見つめながら、ただ夜の深まりをやり過ごしていた。
村人たちは焚き火の周りに腰を下ろし、酒を酌み交わしたり、昔話をしたりしていた。
南条は輪の外に立ちながら、そのざわめきを遠くに感じていた。
居心地が悪かった。
誰も責めてはいない。むしろ温かく迎え入れようとしているのはわかる。
けれど、どうしてもその中に入っていけなかった。
ふと立ち上がり、年配の男に声をかける。
「……火の番、私がやります。母を弔うつもりで」
男は少し驚いたように目を瞬かせ、それから静かにうなずいた。
「そうか。なら、お願いしよう」
やがて村人たちはひとり、またひとりと広場を離れていく。
最後に残った火のそばには、南条だけが腰を下ろしていた。
ぱちりと薪が弾ける音が、山の闇に響く。
南条はひとり、炎を見つめ続けた。
広場に残ったのは、炎と俺だけだった。
人々の声は遠ざかり、虫の音さえも吸い込まれていく。
火の粉がはらはらと舞い、赤い尾を引いて闇のなかに消える。
じっと座っていると、時間が止まったように思えた。
時計を持っているのに、何度見ても針は動いていない気がする。
ただ炎だけが、絶え間なく揺らぎ続けていた。
風が吹くと、薪が軋み、火の腹が大きく膨らむ。
ぱち、ぱち、と弾ける音が耳に刺さる。
そのたびに、顔や手に熱が押し寄せてきて、目を細めた。
ふと視線を広げれば、闇はどこまでも深かった。
村の家々の灯りはすでに落ち、山の稜線も黒い塊にしか見えない。
俺はまるで、ひとりだけが取り残された別の世界にいるようだった。
夜は長い。
姿勢を変え、薪をくべながら、ときおり目を閉じる。
眠りに落ちる寸前で火の爆ぜる音に引き戻される。
その繰り返しで、次第に意識は薄く、けれど確かに覚醒していくような妙な感覚に陥った。
やがて、東の空がわずかに白み始めた。
夜が終わりかけていることを、ようやく実感する。
その瞬間、山の方から霧が流れ込み、足元を覆い始めた。
白く煙る景色の向こうに、何かが浮かび上がる。
それは――木だった。
昼間に確かめた、あのただの古木のはず。
だが炎と霧に縁取られたそれは、記憶の中の姿と寸分違わぬ“白い木”だった。
闇に漂い、光に滲み、死とともに現れる幻。
俺は呼吸を忘れ、ただその姿を見つめ続けた。
どれほど見つめていただろう。
胸の奥からこみ上げてくるものは、涙ではなかった。
悲しみも、喪失も、そこにはなかった。
ただ、不思議だった。
幼いころに刻まれた光景が、いま再び目の前で形を取っている。
それだけの事実が、圧倒的で、息苦しいほどに強烈だった。
白い木は、死を纏って現れる。
けれど、それは弔いの象徴でも、悲嘆の影でもない。
ただ、あり得ないほど澄んだ一瞬の幻。
祖父母のときも。
そして今、母の死前にも。
白い木は、確かにここに立っていた。
俺は静かに息を吐く。
夜明けの霧はまだ濃く、白い木はその奥で揺らめくのみ。
頭上の闇は少しずつ光と溶けあっていく。
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