小説家とAI

東堂京介

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第十三話

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「先生……本当に、完成したんですね」  
息を弾ませながら言う岸に、俺は片手をひらひら振ってみせた。  

俺は靴を脱ぎ玄関に上がった彼女を抱き寄せ額に口づける。

「見せてあげるよ。どちらから読みたい?」  

リビングに案内し、机に並んだ二つの原稿を指さす。  
彼女は一瞬言葉を失い、そして小さく息を飲んだ。  

「……二つ?」  

俺は愉快そうに笑った。  
「まあ、先ずはこちら 見張り塔の男 今日はこちらから読んでみてくれないかな」  

俺は彼女にスッと完成原稿を差し出す。

岸はテーブルに原稿を置くとスッと集中し入り込む。


岸は最後のページを閉じると、両手で本を抱えたまましばらく動かなかった。  
テーブルの上には静かな空気だけが残り、俺はカップの底に残った紅茶を口に含む。  
冷めきった渋みが舌に広がっていく。  

「……先生」  
掠れた声が落ちてきた。  

「すごいです。息が詰まるくらい、最後まで引きずられました」  

ただ頷くだけで、視線を返すこともなかった。  
言葉にすれば、何かが崩れてしまう気がした。  

浴室に立ちのぼる湯気の中で、彼女は湯船の縁に両腕をかけていた。  
濡れた髪が頬に貼りつき、静かに吐く息が白く揺れる。  

「まだ……胸に残って、苦しいです」  

水面が小さく揺れた。  
俺はただ、彼女の髪を指ですくい湯の波紋を目で追った。  


簡単な料理を二人で分け合った。  
箸が器に当たる音だけが続き、やがて彼女が小さく笑う。  

「こうして食べるの、落ち着きますね」  

俺は口に運んだ味噌汁の温度に頷きで返した。  



夜風の冷たさが肌に触れる。  
ベランダの手すりに湯呑を置き、岸は空を仰いだ。  


「これは……先生にしか書けないと思いました」  

その横顔が真剣で、俺は湯呑を口に運んだまま答えを見失う。  
茶の温かさだけが喉を過ぎていく。  


見張り塔の男 

彼女はうなされた様にこの作品についての書評を俺に語って聞かせてくれるのだった。


その日から彼女は家に居ついた。  
湯気の中でぼんやり微笑み、食卓では俺の皿にまで手を伸ばし、夜風のベランダでも言葉を繰り返した。  


「先生……これは、すごいです」  
その声に、俺はうなずくしかなかった。  

その様子は、正直ほほえましかった。  
俺の作品がここまで誰かを揺らすなら、それはうれしい。  

けれども同時に、頭のどこかで思っていた。  
――これでは、エンポの作品「空の墟」を落ち着いて読ませられない。  

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