強生

JLP

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喪失

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あの声が頭に響いた。

「どんな気分だ?」

予想外なほどの呑気な物言いに、凄まじい怒りが込み上げてきた。もし声の主が実体を持ち目の前に存在していたとしたら、間違いなく僕の手によって絶命していただろう。僕の心は、あの時の父の行動を止めた自分に後悔すら感じるほど、怒りと憎しみで満ちていた。
怒りを押し殺し、頭の中で呟いた。
「黙れ。出ていけ。二度と話しかけるな」
「それは不可能だ。お前はそういう運命にある。」
「運命だと?訳の分からないことを言うな。姿を現してみろ。命の保証はしないがな」
怒りに任せて暴力的な言葉を口走った。
突然、目の前に男性が姿を現した。声の主なのか?思っていたより遥かに若い。
「さあどうする?」
どうやら声の主に間違いはないようだ。
夢の中なのか、いつの間にか僕はナイフを握っていた。
怒りに任せ、それを彼に向けて振り回した。
だが当たる感触は無く、彼の姿は突然消えた。


目が覚めた。どうやら病院の一室のようだ。夢を思い出してゾッとした。

僕は、人を殺そうとしていた。

僕が人殺しになり得るなんて考えもしなかった。だが実際、この短い時間の中で、僕、そして父も、人を殺してしまうほどの衝動に駆られたのは事実だ。人間は、常識なんて簡単に壊せるような理性も何も無い心を持った、他の動物と何ら変わらない生き物なのだと知った。

そして、そんなことを考えながらも、もうひとつの思いが心の底から響いていた。

母は?

ベッドから降り、カーテンを開けた。
父がすぐそこに立っていた。父は僕を見ると、崩れるように僕を抱き寄せた。背中の震えから、父が泣いているのがわかった。
少しの間、そのまま動かなかった。ただ、父の涙の理由はどう逃げようとも予想がついてしまった。
僕も泣いた。お互い、怒りも悲しみも、どこに向ければいいのか全くわからず、ただ互いに涙だけを見せあった。

突然病院がバタバタしはじめた。どうやら急患のようだ。父と僕は、一旦自分のベッドに戻ることにした。
ベッドに戻るとき、開いたドアから、運ばれていく患者が少し見えた。
チラッと見て、ベッドに戻ろうと体の向きを変えようとしたその時、あることに気づいた。
僕は、あの顔を知っている。
自分の身体が凍りついていくのがわかった。

運ばれていた男の顔は、夢の中でナイフを振り回した先に見えていた男の顔にそっくりだった。


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