クリフォード文庫

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クリフォードの未開封の記録

クリフォードの未開封の記録⑤

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鍋に湯を沸かしつつ、ふと球体を見ると、くちばしをパクパクと動かしていた。
この生物の動作らしい動きを見た初めての瞬間だった。
私は手籠に近付き、上から覗き込んだ。
目は相変わらず私を凝視していたが、くちばしがパクパクと動いている。
口の中は真っ赤で、小さな舌らしき物が見えた。
球体はずっとくちばしを動かしていた。
だが私にはそれが何を意味しているのか分からず、為す術も無いままキッチンに戻った。

出来上がった朝食をテーブルに運び、スープに口を付けた時だった。
手籠が突然小刻みに揺れ始めた。
私は驚き、思わずスプーンをスープの中に落としてしまった。
球体が体を揺すっているのだ。
それ程激しい動きではなかったが、今までで一番大きな動きだった。
既に警戒心が薄れていた私は、無造作に近付いて行った。

球体は鈍重に体を揺すり、相変わらずくちばしを動かしている。
ただ、目の動きが違った。
私と別の方向を交互に見ていた。
その目線の先を見ると、テーブルに乗った朝食が有った。
もしかして、お腹が減っているのだろうか。
私はテーブルにとって返し、ほうれん草のソテーと根菜のスープを持ってきた。

スープの具をスプーンにすくってくちばしに近付けると、球体はくちばしをパクッと閉じた。
やっぱりお腹が減っている訳ではないのか。
スプーンを遠ざけると、再びせわしなくくちばしを動かし始めた。
やはりお腹が減っているのか。
もしかしたら、これが気に入らないのか。
今度はほうれん草のソテーを近付ける。
しかし、またくちばしを閉じてしまった。
もしかしたらお腹が減っている訳では無いのかも知れない。
だが、生物である以上は何等かの物を取り込まないと生きてはいけない筈。
ならばいっその事、この機会に何を食べるのか確認しておいた方が良いかも知れない。
私はキッチンに引き返し、収穫したあらゆる食材を持ってきた。
色々試した結果、イチゴを食べた。
プチャプチャと汁っ気の有る音を起てながら、突っつく様にして丸々一つ食べきった。
食べ終わると球体は満足げに天井を見つめると、まるでブラインドが下がるように素早く目を閉じた。
そしてそのまま眠ってしまった。
そこで初めて気付いたのだが、閉じた瞼の色は真っ黒だった。

私はその時気付いた。
自分はいつの間にか、この生物を生かそうとしている事に。
パートナーとして認識している事に。



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