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1話

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「アリアハル様、私はそろそろ我慢の限界なのですが……」

「またその話かエトナ」


 何度目かの忠告になるのか……私は婚約者のアリアハル・ウェイドス侯爵令息と対面していた。侯爵令息とは名ばかりで、18歳という若さを考慮しても非常に我が儘な性格と言えるだろうか。


 私も我慢の限界に来ていたわけで……。


「エトナ、分かってくれよ。私は侯爵令息という身分についているんだ。今後は侯爵になる可能性が高い。その時の為には色々と女性経験もしていた方がいいのさ」

「それは単なる言い訳でしかありませんよね?」


 見てわかるように、彼は浮気を止めようとしなかった。とても不愉快な人なのである。


「それはお前が身体を許さないから、というのもあるんだぞ? さっさとその綺麗な身体を許してくれれば、私の浮気性も少しは解消されるかもな」


 絶対に嘘だ、そんなものは。どうせすぐに浮気を始めるに決まっている。


「結婚もしていない状態で身体を許すなんて、そんなこと出来ません。アリアハル様……ご自分の性格を直されないようでございましたら、婚約破棄していただきたいのですが」


「なに? 婚約破棄だと?」

「はい、婚約破棄です。ああ、この場合は婚約解消になるでしょうか」


 私に非はないのだから慰謝料を支払う義務はない。婚約破棄ではなく婚約解消といった方が適切だろうか。


「……」

「アリアハル様……?」


 なんだか、アリアハル様の雰囲気が変わったような気がするわ。なにかしらこの感じは……嫌な予感がしてしまう。


「ふざけるなよ……何が婚約破棄だ。そんなもの認められるはずがないだろう?」

「で、ですが、アリアハル様……」

「黙れ!」

「ひっ!?」


 アリアハル様の形相は今までに見たことがないものへと変わっていた。まるで悪魔にでも取りつかれたような……声質も変化している。


「お前は一生、私の物だ! 誰が婚約破棄などしてやるか! ふはははは、お前と結婚してその身体をいただくのを楽しみにしているよ!」

「なっ……そんな……!」


 もう完全に嫌がらせでしかなかった。私との婚約を続けながら、私の様子を観察するつもりなんだわ。本当に侯爵令息が行っている事態だとは思えない。いえ、侯爵令息という地位についているからこそ、ここまでの我が儘が通るというものかしら。


 この日、結局、私の言い分が通ることはなかった。アリアハル様のあの態度を見れば、今後も同じだろうか。どうすればこの地獄から抜け出せるのだろう? このまま時間が経ち、結婚という流れだけはなんとしても避けたかった。


 あんな人の妻にだなんて絶対になりたくないわ。
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