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1話 聖女の婚約破棄
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「メアリ・ラタトスク」
「はい、バラン様」
私は伯爵であるバラン・ヴィレッジ様に呼び出された。婚約者でもある彼の前で頭を下げている。
「ご用件はなんでしょうか?」
「メアリ、お前は我が領地で豊穣を願って祈りを捧げているそうだな?」
「はい、それは……そうですね」
私は大地の精霊の息吹を感じることができる聖女だった。いわゆる特殊能力持ちというやつだ。その能力を用いて大地の精霊が集まりやすい場所……河川や広大な田畑を中心に祈りを捧げて回っていた。農作物や貿易などが栄えるようにと願いを込めて。
「願いを込めての祈りになります」
「願いを込めての祈り、か。なるほどな……」
バラン様はなにやら不満そうな表情をしていた。彼と知り合って日はまだ浅いが、そのくらいの表情変化はできるようになっていた。将来の夫として私なりに努力していたのだ。でも、本日のバラン様の表情は今までに見たことがないほどに険しいものになっていた。
「我が家系は……いや、私はと言った方がよいのか。私は大地の精霊と繋がっているとされる聖女の存在など信じてはいないのだ」
「えっ? そうだったのですか……?」
婚約を申し出られた時とは全く違う意見だ。あの時は……私の存在を尊重してくれていたのに。
「どういうことでしょうか? 一番最初は聖女の存在を信じているとおっしゃっていませんでしたか?」
「ああ、そんなこともあったかな。済まないな、あれは嘘だ」
「嘘……?」
「ああ、嘘なのだよ」
バラン様の険しい表情は全く変わっていない。それは冗談の類いではないと言われている気分だった。
「どうしてそのような嘘を吐かれたのですか?」
「……私はお前の外見を気に入っていた。男爵令嬢でしかないお前だが、是非とも手に入れたいと思ったのだ」
「そ、それは……」
「だからこそ、表向きは聖女であるお前に話を合わせたわけだ」
バラン様からのまさかのカミングアウトだ。私の外見を気に入っていた? それだけの為に聖女としての能力を信じた振りをしていたのか。私はなんと返せば良いのか分からなくなってしまった。単純にバラン様を批判する内容ではないからだ。貴族間の結婚では、外見を気に入って婚約するケースだってある。私としては伯爵であるバラン様に気に入られたことを誇るべきなのかもしれない。
「だが、お前が領地内の各地で祈りを捧げているというのは我慢ならん。豊穣を願っているのかもしれんが、そんな祈りなどはまやかしに過ぎん。今すぐに止めるのだ」
「そんな……! 私は確かに大地の精霊様の存在を感じています! その理由として、私が祈った場所では作物がよく育っていると聞きます」
「馬鹿を言うな、そんなことは偶然が重なっただけに過ぎない。私は本来、精霊や神などの存在は信じていないのだ。お前のような夢見がちな者を妻とするのは我慢ならん」
「バラン様……?」
今までのバラン様とは明らかに態度が違う。彼はひょっとして何か悪い物に憑かれているのではないだろうか? そんな心配さえ起こってしまう事態だ。
「まあ、聖女であるお前に祈りを止めろというのは酷だったかもしれんな。その辺りも考慮して私は一つの解決策を思い浮かべたわけだ」
「解決策でございますか?」
「ああ、解決策だ」
良かった……解決策を考案してくれていたのね。私はその内容に注力することにした。しかし……。
「その解決策は、お前との婚約を破棄するというものだ」
「えっ……婚約を破棄……?」
「ああ、そういうことだ。お前は聖女としての身分もあるから出鱈目とはいえ、祈りを止めるわけにはいかないだろう? 私は祈りという行為そのものに嫌悪感が出ているのだ。両方の意見を尊重するには……婚約破棄以外にないだろう」
「そんな……! それ以外の解決法はいくらでもあると思うのですが……!?」
私は必死にバラン様を説得するつもりだった。しかし、彼は聞く耳を持ってくれない。
「お前と話し合うつもりはない。また、お前に譲歩する気も私はないのだ。この婚約破棄は決定事項だ、メアリ・ラタトスク。お前はこの屋敷から出て行ってもらう」
「そ、そんな……そんなことが……!」
バラン様は有無を言わせない迫力を出していた。私の言葉など全く聞かないといった表情もしている。その後、私の反論などに耳を傾けることなく、婚約破棄は決定してしまった。私はバラン様のやしきより追い出されたのだ。
何か他の理由でもあるのではないだろうか……そう思える程に理不尽で急な婚約破棄だった。悩んだところで結果は変わらない。私は何がなんだか分からないまま帰路に着くことになってしまったのだ……。
「はい、バラン様」
私は伯爵であるバラン・ヴィレッジ様に呼び出された。婚約者でもある彼の前で頭を下げている。
「ご用件はなんでしょうか?」
「メアリ、お前は我が領地で豊穣を願って祈りを捧げているそうだな?」
「はい、それは……そうですね」
私は大地の精霊の息吹を感じることができる聖女だった。いわゆる特殊能力持ちというやつだ。その能力を用いて大地の精霊が集まりやすい場所……河川や広大な田畑を中心に祈りを捧げて回っていた。農作物や貿易などが栄えるようにと願いを込めて。
「願いを込めての祈りになります」
「願いを込めての祈り、か。なるほどな……」
バラン様はなにやら不満そうな表情をしていた。彼と知り合って日はまだ浅いが、そのくらいの表情変化はできるようになっていた。将来の夫として私なりに努力していたのだ。でも、本日のバラン様の表情は今までに見たことがないほどに険しいものになっていた。
「我が家系は……いや、私はと言った方がよいのか。私は大地の精霊と繋がっているとされる聖女の存在など信じてはいないのだ」
「えっ? そうだったのですか……?」
婚約を申し出られた時とは全く違う意見だ。あの時は……私の存在を尊重してくれていたのに。
「どういうことでしょうか? 一番最初は聖女の存在を信じているとおっしゃっていませんでしたか?」
「ああ、そんなこともあったかな。済まないな、あれは嘘だ」
「嘘……?」
「ああ、嘘なのだよ」
バラン様の険しい表情は全く変わっていない。それは冗談の類いではないと言われている気分だった。
「どうしてそのような嘘を吐かれたのですか?」
「……私はお前の外見を気に入っていた。男爵令嬢でしかないお前だが、是非とも手に入れたいと思ったのだ」
「そ、それは……」
「だからこそ、表向きは聖女であるお前に話を合わせたわけだ」
バラン様からのまさかのカミングアウトだ。私の外見を気に入っていた? それだけの為に聖女としての能力を信じた振りをしていたのか。私はなんと返せば良いのか分からなくなってしまった。単純にバラン様を批判する内容ではないからだ。貴族間の結婚では、外見を気に入って婚約するケースだってある。私としては伯爵であるバラン様に気に入られたことを誇るべきなのかもしれない。
「だが、お前が領地内の各地で祈りを捧げているというのは我慢ならん。豊穣を願っているのかもしれんが、そんな祈りなどはまやかしに過ぎん。今すぐに止めるのだ」
「そんな……! 私は確かに大地の精霊様の存在を感じています! その理由として、私が祈った場所では作物がよく育っていると聞きます」
「馬鹿を言うな、そんなことは偶然が重なっただけに過ぎない。私は本来、精霊や神などの存在は信じていないのだ。お前のような夢見がちな者を妻とするのは我慢ならん」
「バラン様……?」
今までのバラン様とは明らかに態度が違う。彼はひょっとして何か悪い物に憑かれているのではないだろうか? そんな心配さえ起こってしまう事態だ。
「まあ、聖女であるお前に祈りを止めろというのは酷だったかもしれんな。その辺りも考慮して私は一つの解決策を思い浮かべたわけだ」
「解決策でございますか?」
「ああ、解決策だ」
良かった……解決策を考案してくれていたのね。私はその内容に注力することにした。しかし……。
「その解決策は、お前との婚約を破棄するというものだ」
「えっ……婚約を破棄……?」
「ああ、そういうことだ。お前は聖女としての身分もあるから出鱈目とはいえ、祈りを止めるわけにはいかないだろう? 私は祈りという行為そのものに嫌悪感が出ているのだ。両方の意見を尊重するには……婚約破棄以外にないだろう」
「そんな……! それ以外の解決法はいくらでもあると思うのですが……!?」
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「お前と話し合うつもりはない。また、お前に譲歩する気も私はないのだ。この婚約破棄は決定事項だ、メアリ・ラタトスク。お前はこの屋敷から出て行ってもらう」
「そ、そんな……そんなことが……!」
バラン様は有無を言わせない迫力を出していた。私の言葉など全く聞かないといった表情もしている。その後、私の反論などに耳を傾けることなく、婚約破棄は決定してしまった。私はバラン様のやしきより追い出されたのだ。
何か他の理由でもあるのではないだろうか……そう思える程に理不尽で急な婚約破棄だった。悩んだところで結果は変わらない。私は何がなんだか分からないまま帰路に着くことになってしまったのだ……。
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