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『故郷』フェルデン

04.暴走する失敗作

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「なにすんのよ、この変態っ!」

 股間の痛みで動けないミゲルから距離をとったナツメはそう声を荒げ、ひろげた手のなかにクリスタルの球体を精製。
 海色のクリスタルは綺麗な曲線を持つ姿を形成するとともに、青白い稲妻を散らしながら回転しはじめた。

「ちがっ! 誤解だって!」

 このままでは、魔法を放たれる。
 身に迫る危機にミゲルは頭をぐっと堪えて立ちあがった。

「人のうえに馬乗りになって胸を揉んで! どこがどう誤解だっていうのよ!」
「やっべぇ、なんも言い返せねえ!」

 偶然が重なった出来事とはいえ、ナツメの言っていることは全部さっき起きた事実。
 実際にナツメのうえに跨って彼女の豊満な胸を揉んだミゲルに、なにかを言い返せるはずもない。

「とにかく! これは事故で、決して変なことしようとしたワケじゃないんだよ!」
「犯そうとした男の言葉なんて信じられるワケないじゃない! そこで言い訳しながら死んで────」

 声を荒げてミゲルへの殺意を剥きだしにしていたナツメだったが、その全身を大きななにかが陰らせた。

「おい、後ろ!」

 さっきまでとは大きく違う慌てようのミゲルに、ただごとではないとすぐさま後ろを振り返るナツメ。
 そこにいたのは、隣にある成木と大して変わらないほどの巨体を持ったゴーレムだった。
 土でつくられた肉と、それを覆う樹皮。それは間違いなくナツメのつくったゴーレムなのだが、どこか様子がおかしい。

「そうだ、早速あの変態を潰しなさい!」

 ナツメの違和感の正体は、彼女自身の放ったそのひと言で露わとなった。
 彼女が精製したクリスタルを根幹としてつくられたゴーレム。勿論、その体はナツメの魔力によって動いている。
 しかし、ナツメの命令にゴーレムが従うことはなかった。

「ちょっと、どうしたのよ」

 自律人形とはいえ、その体に流れる魔力の主である錬金術士の命令はゴーレムにとって絶対。
 命令を受け取る機能が動いていないとなれば、それは紛うことなき失敗作である。
 失敗作のゴーレムはしばらくその場でジッとした後、人の上半身くらいはあろうかという大きな拳を振りあげた。

「まさか……」

 違和感は一瞬で危機感へと変貌を遂げ、ナツメの背筋を凍らせる。
 元はといえば、護衛用につくった戦闘型ゴーレムだ。巨大な岩をも砕くような一撃をナツメの小さくて華奢な体がまともにもらえば、ひとたまりもない。
 それは頭で理解しているはずなのに、恐怖がナツメの体をその場に縛りつけた。

「イヤ……」

 涙でボンヤリと滲むナツメの視界のなかで、ゴーレムが拳を振りおろす。
 もう、逃げられない。ナツメがそう確信し、ギュッと目を瞑ったその時、

「危ない!」

 駆けこんできたミゲルの太い腕が、ナツメの体を強く抱き寄せた。
 ナツメを抱いたまま生い茂った草のなかに飛びこむと、間一髪のところでゴーレムの一撃をかわすことができた。

 だが、あくまで一撃かわせただけ。
 暴走するゴーレムは大きな拳で雑草ごと地面を抉りとると、また草のなかに転がったふたりのほうへ敵意を向ける。

「このクソデカモンスターめ、こんな少女を襲うなんてけしからん!」
「鏡見てきなさいよ強姦魔!」
「だから俺は強姦魔じゃ──」

 すぐさま起きあがったと思えば、すぐに言い合いをはじめるミゲルとナツメ。
 しかしそれを待ってやれるような良心をゴーレムは備えていない。
 すぐに拳をハンマーのようにおろし、また地面を抉る。

「なんなんだよ、あのデカいモンスターは!」
「モンスターじゃなくてゴーレム! 錬金術でつくった人形よ!」

 またもやギリギリのところで飛び退いてかわすと、ふたりは息を合わせたようにくるりと踵を返し、ゴーレムに背を向けて走りだす。

「だったらぶっ壊して──」
「慣れないなかでせっかくつくったんだから、壊すのは待ってよ!」
「お前がつくったのかよ! だったらあいつを止めてくれ!」

 走っても走っても、ゴーレムは大きな一歩で木々をなぎ倒しながら進んでくる。

「それができたらやってるわよ!」
「じゃあこのまま走って逃げきるか?」

 壊すのはダメ。制御もできない。
 そうなれば当然、逃げきるしかないとミゲルは考えたが、ナツメは難しい顔をして首を横に振った。

「それもムリね、多分アレは犬みたいに私の魔力を追ってきてる。どこへ逃げたって嗅ぎつけられるのがオチ。だからあんたは、さっさとどっかに──」
「どの口が偉そうにいってんだよ! だったらもうぶっ壊すしかねぇじゃんかよ!」
「人の話を聞きなさいよ!」

 せっせと動かしていた足をピタリと止めたミゲル。
 少し先で彼と同じように足を止め、ゴーレムのほうを振り返ったナツメが彼の背中を不思議そうに見つめた。
 ゴーレムが追ってくるのがナツメ自身の魔力ならば、ミゲルはナツメを置いて逃げるだけでこの危機から回避できる。
 そんなこと、どんなバカだってわかるはずだ。きっとミゲルもわかっている。

 だが彼は、人の三倍から四倍はあろうかというゴーレムに立ち向かうことを選んだ。
 それがナツメには、不思議で不思議でたまらない。

「今からアイツをぶっ壊すけど、いいよな!?」
「ちょ、待ちなさいよ! そんな木の棒で倒せる相手じゃない!」

 勇敢なミゲルの後ろ姿。
 しかし、その手に握られているのはただの木の棒だった。

「木の棒じゃねえ、コイツは俺の相棒のレーヴァテインだ!」
「なにバカなこといってるの! ただの木の棒じゃない!」
「だから木の棒じゃないっていってんじゃん!」

 大きな歩幅で迫るゴーレムに向け、ミゲルは木の棒を構える。
 ナツメのいうよう、木の棒をどれだけ振るったところでどうにかなる相手ではない。
 だが当のミゲル本人は、それを無謀だなんて思ってはいなかった。むしろ彼には勝算がある。

「いくぜ、レーヴァテイン! アイツをぶった斬れ!」

 まだまだゴーレムがいるのは、木々のあいだを抜けた先というにも関わらず、ミゲルはその場で木の棒を横に振るう。
 当然、木の棒が遥か先にいるゴーレムを捉えることはない。

 しかしミゲルが木の棒を振るった途端、彼の目の前の空気が裂けた。
 あろうことか、ただの木の棒の先端から空気を斬り裂く真空波が放たれ、それはゴーレムめがけて猛進。
 道中で数多の木々を真っ二つにしながら進む真空波は、樹皮と土で形成されたゴーレムの体も上下に両断してみせた。

「ウソ、なんの魔力もない木の棒のはずなのに」

 ミゲルが手にする木の棒は、本当にただの木の棒。
 錬金術によってつくられた魔力を持つ道具でもなんでもない、ただ樫の木を削って形を整えただけの棒。
 しかしその先端から放った真空波は、周囲の木々ごとゴーレムの体も中身のクリスタルも真っ二つにしてしまった。

「こんな強力な真空波を放つなんて」

 斬り裂かれた木々は勢いよく地面に倒れ、舞いあがった砂塵が一帯を包みこんだ。
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