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第七話:奥様は親子喧嘩を見守っている
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不愉快なテリーとその両親が起こす騒動には、娘も無関係ではおれませんし、晩餐後の団欒で娘にあれこれ教えることそのものを、夫も楽しみにしております。
とはいえ、夜が更ける前に娘は自室に引き取ります。
夫婦だけの会話は子供たちが居間からいなくなった後で、というのは、長男が生まれた時からの決まり事としておりますので、不愉快な話も娘が寝室に行った後にするのでございまして。
「父上も文字は書けたのを思い出したよ」
冷ややかに言い放った夫は、舅が送ってよこした手紙に、ふんと鼻を鳴らしました。
娘がいる間は内ポケットに隠していたそれは、少し質の劣る封筒に収められておりました。
「我が家が伯爵家ごときの下になるよう求めるなど、父上はいよいよ、耄碌なさったようだ」
「あらまあ、もしかして」
「読んでみるかい?不愉快な手紙ではあるんだが」
「拝見いたしますね」
夫から手渡された手紙はたしかに、舅の手跡によるもの。
代筆はお使いにならなかったのね。相変わらず下手な文字ですこと。
そして内容は、相変わらずのもの。
これまでにもたびたび、舅が結んだ契約の内容を夫が変更したことに怒りの手紙を送りつけてきていたけれど、今回の手紙も同じようなものね。
「ご自分の決めたことを変えられた、という一点だけしか見てらっしゃらないのねえ」
息子ごときに自分の意志を曲げられたようで気に食わない、だから婚姻契約を元に戻せ、というのが舅のいつもの主張。それに対して夫はいつも、孫娘を売りたがる品性下劣な爺は黙っていろ、と送り返しております。
冷え切った親子の間には、遠慮なんてものは存在しませんからね。
それに舅は、家に不利をもたらした先代当主ですし。
婚姻契約の内容を知った姑や親族にも見限られた舅に対して、柔らかい対応などしてはなりませんからね。そんなことをしたら、現当主は断固とした姿勢がとれない、誇りも持てない、当主として問題ある人物だと言われかねません。
そもそも夫の気性で舅の行いを許すはずはありませんから、そこは心配しておりませんけれど。
「ギデー伯爵に見下されていることについては、いつも通り無視してらっしゃるのね」
『声の出ない病を患った』先代当主には、療養のために領地の中でも辺鄙なところで過ごしていただいているのですけれど、療養中でもさすがに手紙は届きますからね。
ギデー伯爵とそのご家族御親族の方々のお名前につきましては、お越しになっても門番が立ち入りをお断りして良い方を記載してある『訪問お断り一覧』、娘曰くブラックリストというものに載せてございます。そうして我が家に押しかけられなくなったギデー伯爵ではございますが、先代当主宛に出した手紙は無事に届けられていたようですわね。
そして婚姻契約がテリー有責で破棄された事をギデー伯爵から責められて、舅は怒り心頭のようね。筋違いの難癖をつけられただけなのに、そんなことも分かっていないのかしら。
いえ、判っていればこんな手紙はよこさないのですけれど。
「見たくないものを見ないのは上手だからな、父上は」
そういえば、そのおかげで領内での不作や工事の遅れなど、諸々の問題が放置されていたのよねえ。
当主になる前からそれらの問題の対策に駆け回り、不甲斐ない舅の尻拭いをさせられていたのですから、夫が良い顔をしないのは当然の事。
「この分では、父上の病が進むかもしれないな」
舅は療養のために爵位を譲ったことになっておりますからね。療養を要するほどの病ですもの、いくぶんか進んで正気を失ったとしても、いえ、お年のせいということにできるわね。ご病気でとなると、子供たちの縁談にも差し障りかねませんし。
舅がろくでもない人であったということは、知らない方もいらっしゃいますからね。あのろくでもない性質を継いだ子供はいないのだけれど、ご病気がもとであんな性質なのだと誤解されたら、同じような病気になりはしないかと思われて、子供たちにも迷惑がかかるわね。
「ご病気でも何でもなくてよ?ただ、お年を召されて、判断が出来なくなっていらっしゃるのではないかしら」
「そういうことにしよう」
現当主として、害しか為さない先代をどう扱うか、を考えなくてはなりませんものね。
もう他人様とお付き合いできる状態ではない、と皆様にお知らせして回る必要があるわねえ。
「僕の魔女様は、なにか良い手は思いつかないかい?」
うんざりした顔の夫が、それでも茶目っ気を隠さずに訊ねました。
夫は、私が魔女の家系であることばかりでなく、魔女として修業もしたことを知っております。そればかりじゃないわね、おばあ様にお目通りを許されているのだから、魔女の夫として認められてもいるのよね。
「魔女としては、特にやる事はありませんわね?」
「指が動かなければいいのに。父上が手紙を書けるのが恨めしいよ」
「先代の面倒を見る使用人を、増やしてやる義理も無いでしょう?」
指が動かなければ、色々と手助けする使用人が増えてしまいますわよ。
「君の現実主義には助けられてるな。父上を害さない理由を、ちゃんと見つけてくれる」
もはや情はない父親でしょうけれど、だからといって害してしまえば、夫が責任を問われてしまいますからね。
「先代様の言葉を聞かない理由も、ちゃんと見つけておりましてよ?」
「そうだね、父上もお年だ」
先代様はお年を召されてボケてしまいました、お手紙を頂いても頓珍漢なお返事を差し上げることになって、失礼になってしまいます。ですからもう、先代様にお手紙をお出しにならないでくださいませ。
そういう事にしてしまいましょう。
とはいえ、夜が更ける前に娘は自室に引き取ります。
夫婦だけの会話は子供たちが居間からいなくなった後で、というのは、長男が生まれた時からの決まり事としておりますので、不愉快な話も娘が寝室に行った後にするのでございまして。
「父上も文字は書けたのを思い出したよ」
冷ややかに言い放った夫は、舅が送ってよこした手紙に、ふんと鼻を鳴らしました。
娘がいる間は内ポケットに隠していたそれは、少し質の劣る封筒に収められておりました。
「我が家が伯爵家ごときの下になるよう求めるなど、父上はいよいよ、耄碌なさったようだ」
「あらまあ、もしかして」
「読んでみるかい?不愉快な手紙ではあるんだが」
「拝見いたしますね」
夫から手渡された手紙はたしかに、舅の手跡によるもの。
代筆はお使いにならなかったのね。相変わらず下手な文字ですこと。
そして内容は、相変わらずのもの。
これまでにもたびたび、舅が結んだ契約の内容を夫が変更したことに怒りの手紙を送りつけてきていたけれど、今回の手紙も同じようなものね。
「ご自分の決めたことを変えられた、という一点だけしか見てらっしゃらないのねえ」
息子ごときに自分の意志を曲げられたようで気に食わない、だから婚姻契約を元に戻せ、というのが舅のいつもの主張。それに対して夫はいつも、孫娘を売りたがる品性下劣な爺は黙っていろ、と送り返しております。
冷え切った親子の間には、遠慮なんてものは存在しませんからね。
それに舅は、家に不利をもたらした先代当主ですし。
婚姻契約の内容を知った姑や親族にも見限られた舅に対して、柔らかい対応などしてはなりませんからね。そんなことをしたら、現当主は断固とした姿勢がとれない、誇りも持てない、当主として問題ある人物だと言われかねません。
そもそも夫の気性で舅の行いを許すはずはありませんから、そこは心配しておりませんけれど。
「ギデー伯爵に見下されていることについては、いつも通り無視してらっしゃるのね」
『声の出ない病を患った』先代当主には、療養のために領地の中でも辺鄙なところで過ごしていただいているのですけれど、療養中でもさすがに手紙は届きますからね。
ギデー伯爵とそのご家族御親族の方々のお名前につきましては、お越しになっても門番が立ち入りをお断りして良い方を記載してある『訪問お断り一覧』、娘曰くブラックリストというものに載せてございます。そうして我が家に押しかけられなくなったギデー伯爵ではございますが、先代当主宛に出した手紙は無事に届けられていたようですわね。
そして婚姻契約がテリー有責で破棄された事をギデー伯爵から責められて、舅は怒り心頭のようね。筋違いの難癖をつけられただけなのに、そんなことも分かっていないのかしら。
いえ、判っていればこんな手紙はよこさないのですけれど。
「見たくないものを見ないのは上手だからな、父上は」
そういえば、そのおかげで領内での不作や工事の遅れなど、諸々の問題が放置されていたのよねえ。
当主になる前からそれらの問題の対策に駆け回り、不甲斐ない舅の尻拭いをさせられていたのですから、夫が良い顔をしないのは当然の事。
「この分では、父上の病が進むかもしれないな」
舅は療養のために爵位を譲ったことになっておりますからね。療養を要するほどの病ですもの、いくぶんか進んで正気を失ったとしても、いえ、お年のせいということにできるわね。ご病気でとなると、子供たちの縁談にも差し障りかねませんし。
舅がろくでもない人であったということは、知らない方もいらっしゃいますからね。あのろくでもない性質を継いだ子供はいないのだけれど、ご病気がもとであんな性質なのだと誤解されたら、同じような病気になりはしないかと思われて、子供たちにも迷惑がかかるわね。
「ご病気でも何でもなくてよ?ただ、お年を召されて、判断が出来なくなっていらっしゃるのではないかしら」
「そういうことにしよう」
現当主として、害しか為さない先代をどう扱うか、を考えなくてはなりませんものね。
もう他人様とお付き合いできる状態ではない、と皆様にお知らせして回る必要があるわねえ。
「僕の魔女様は、なにか良い手は思いつかないかい?」
うんざりした顔の夫が、それでも茶目っ気を隠さずに訊ねました。
夫は、私が魔女の家系であることばかりでなく、魔女として修業もしたことを知っております。そればかりじゃないわね、おばあ様にお目通りを許されているのだから、魔女の夫として認められてもいるのよね。
「魔女としては、特にやる事はありませんわね?」
「指が動かなければいいのに。父上が手紙を書けるのが恨めしいよ」
「先代の面倒を見る使用人を、増やしてやる義理も無いでしょう?」
指が動かなければ、色々と手助けする使用人が増えてしまいますわよ。
「君の現実主義には助けられてるな。父上を害さない理由を、ちゃんと見つけてくれる」
もはや情はない父親でしょうけれど、だからといって害してしまえば、夫が責任を問われてしまいますからね。
「先代様の言葉を聞かない理由も、ちゃんと見つけておりましてよ?」
「そうだね、父上もお年だ」
先代様はお年を召されてボケてしまいました、お手紙を頂いても頓珍漢なお返事を差し上げることになって、失礼になってしまいます。ですからもう、先代様にお手紙をお出しにならないでくださいませ。
そういう事にしてしまいましょう。
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