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胃の底
しおりを挟む部屋に入ってベッドまでタカノリさんを連れていき、さっき貰ったミネラルウォーターを蓋を開けて渡す。タカノリさんは受け取って、小さな声でまた「ごめんね」と言った。
「どうして謝ってばっかりかなあ。ありがとうで良いと思うんだけどなあ」
じーっと見つめると、タカノリさんは泣きそうな顔を上げて、ふにゃりと笑った。
あー、かわいい。とんでもなくかわいい。松木レオ超えたわこれは。
「さく、らさん」
「はーい」
「ありが、とう」
ああ、そういえば渡そうと思ってたやつが。
鞄からちょっと洒落たラッピングビニールを取り出す。裸で返すのはないなと思って雑貨屋まで行って買ってきたラッピング用の袋には猫と毛玉の可愛らしいイラストが入っている。そこから紺色のハンドタオルを出して、タカノリさんに渡す。
「零れちゃってますよ、ここ」
自分の目元を指さして、この間のタカノリさんの真似をして見せるとタカノリさんは可笑しそうに笑った。
あーとかうーとかまともに声が出るかどうかを確認してから、タカノリさんはベッドに正座になってわたしに向かい合った。
「ご迷惑をお掛けしました。いろいろ、ありがとうございます、サクラさん」
「いーえ。でも何が起こったのか説明して下さいね」
「……はい。えっと、実は、アレルギーがありまして」
「待って」
「そんなに大した影響はないんだけど、ちょっと喉が腫れるくらいで、本当に大したことじゃないんだけど」
「ねぇ、待ってよ」
「声が出なくなるというか、喉が腫れて発音が通らないというか」
「黙って」
「はい……」
「聞いたよね?アレルギーあるんじゃないかって。どうしてその時に言ってくれなかったの?防げるものだったなら、そうしたかったよ」
「ごめん」
「謝って欲しいんじゃない、理由が聞きたいの」
「言えないんだ、ごめん」
「なんで……」
アレルギーを言えない意味がわからない。
態度や表情から相手のして欲しいことを察することは出来ても、こんなの言われなくちゃ知りようがない。言えない理由を考えても、全然思い浮かんでこない。ぐるぐる頭の中に不穏なものが渦巻いて、何をどう言ったら良いか分からなくなってしまった。
「サクラさん」
「なに」
「僕と結婚を前提にお付き合いして貰えませんか?」
「いま!?」
こんな状況でバカじゃないの!と言いそうになって、やめた。
あんまりにもタカノリさんが穏やかな顔をしてたから。
愛おしげに見るその瞳が、真っすぐわたしを貫いて、可愛くない言葉なんて言える訳がなかった。
「ずるいよ、そんなふうに見るの」
「どんなふうに見てた?」
「わたしのことが、好きみたいに」
「好きだよ」
その言葉と同時にふわりとタカノリさんの身体が重なる。ベッドの上にいるタカノリさんは、ベッドに腰かけていたわたしを包むように優しく抱きしめて、耳元に唇を寄せる。
「好きなんだ、本当に」
「……会って二回目なのに?」
「サクラさんは?」
「まだ、はっきり分からない、けど、顔はめちゃくちゃ好き」
「素直だなあ。じゃあ、こうしよう。僕のことが嫌になって、その好きな顔すらも嫌いになったら別れる」
「だからとりあえず付き合おうってこと?」
「結婚する?」
「……お付き合いからお願いします」
「喜んで」
言いたいことは他にもあったはずなのに、溶けるように消えていく。
タカノリさんは子供みたいに喜んでわたしの指に指を絡めた。優しく手を握ってこめかみにキスを落とす。ひとつキスして、髪を撫でて、またひとつキスをして、おでこをくっつけて。くすぐったくて笑ったら、タカノリさんも笑った。
頬にキスされて、自然と目を瞑った。それに合わせてタカノリさんの柔らかい唇がそっとふってきた。何度か軽く唇を重ねると、少しずつ唇が開いていく。生暖かい感触がして、気持ちよさにとろけそうになる。唾液がどちらのものかもう分からないほど舌を絡めてキスを繰り返したら、永遠の時間の中にいる気がした。
「――はやく、俺のことすきになって」
甘い甘い蜜みたいな空気の中でタカノリさんが発した言葉が耳に届いたそのとき、急速に現実に戻ってきた。
サーっと頭が冷える。
なにか、おかしい。何かが、おかしい。
そう思うのに、何がおかしいのか分からない。
ぞわりと胃の底が騒めく。
「タカノリさん」
「うん?」
「なんか、ちょっと、調子悪いかも。今日帰ってもいいかな」
「どうしたの?大丈夫?」
「うん、大丈夫だとは思うんだけど……なんだろ、なんか」
「サクラさん」
待って、何か、思い出しそうな。なにか。
「ねぇ、タカノリさん」
「どうしたの」
「わたし、自分の歳って言ったっけ」
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