手のひらの上で踊る

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本編

手のひらの上に堕ちる

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「美衣菜。好きだよ、ずっとずっと好きだった」

甘噛みされ舐められ散々耳を貪られた後、再び顔を合わせた晃は、呆然としている美衣菜の瞳を覗き込んで想いを吐き出した。
美衣菜はゆっくりと視線を晃に合わせる。
晃は今まで、自分を見てほしい、とか自分のもの、だとか間接的な言葉は昔からよく口にしていたが、決定的ともいえる言葉を言ったことはない。どこかふざけたような態度を貫き、一度としてそれを崩したことはなかったはずだ。

「本当に、我慢の限界なんだ」

物理的に逃げられないようにされた上、動揺しているこのタイミングで告げられる想いを込めた甘い言葉。美衣菜にどれほど衝撃を与えるか絶対にわかっていてやっている。

「私……」
「俺のこと本当に嫌い?」

向けられる真摯な眼差しを見て、美衣菜は目をそらすことが出来なくなった。
目の前の幼馴染の顔をこんなに真正面からじっくりと見たのはいつぶりだろう。

(あ、これ泣きそうな顔だ)

美衣菜は知っている。晃が決して美衣菜の前では泣かないことを。それでも泣きそうになって我慢している気配くらいはわかる。最近は避けていたけれど、それまで何年近くにいたと思っているのだ。
本音を言えば、逃げられるものなら逃げたかった。傷つけられたのに、簡単に許してしまうなんて出来ない――はずなのに。

「私は……」

美衣菜は続ける言葉を見つけられずに口ごもる。
いつもどおりに『嫌い』だと言ってしまえばいい。そうすればきっと終わる。今なら終わらせることができる。
たった三文字、その一言で終わるのに言葉が口から出てこない。
晃に酷いことをされたのは、あれが初めてだった。
いつも近くにいてくれて、困った時には何も言わなくても手を差し伸べてくれた。それが当たり前だと思ってしまうほど傍にいた。
一方的に突き放す態度に変わってからも、晃は前と同じ笑顔で美衣菜に話しかけてきた。
どれだけ面の皮が厚いのかと呆れていた。でも、美衣菜より人の感情に機敏だった晃が何も思わず考えずにあんな行動をとるだろうか。4年間も。
きっと晃はわかっていてやっていた。美衣菜からの拒絶も当然だと、自らの罰だと甘受したのだろう。

「ばっかじゃないの」
「ひどいな」
「ばかでしょ。どれだけ執念深いのよ」
「せめて一途って言ってほしいな。だから、ね。そろそろ俺に堕ちてよ。いつまでも待つつもりだけど、あまり待たせると何かしでかしそうだ」

脅しともとれそうな台詞だが、それは脅しでも何でもない。現に今この状態なのだから。

「今しでかしてるくせに」
「うん。だからね、もう諦めてよ。嘘でももう嫌いなんて言わないで。これでも傷つくんだから」

美衣菜の頬に唇を押し付けて晃はくすりと笑った。さっきまで纏っていた悲壮感は見る影もなくなっている。

「俺のこと、好きだよね?」

自信たっぷりに言われ、美衣菜は目の前の整った顔を睨む。

「……知らない」
「強情だね」

そろりと晃の右手が首を撫でた。美衣菜はびくりと体を強ばらせる。
晃は唇の端をわずかに上げると、自らの手を追うように美衣菜のうなじに顔を埋めた。
緩められていたブラウスのボタンがはだけられ、うなじから鎖骨へと伝うように唇が下りてくる。熱い息が舌が唇が直接肌に触れ、時折ちくりと痛みを伴いながら移動していく。

「や、あっ」
「朝よりシャンプーの匂いが濃いね。帰ってきてシャワー浴びたの? いい匂いだけど、美衣菜の匂いが薄くなってる。残念」
「んぅ……」

ろくに抵抗もできないまま服を剥かれ下着をずらされ、肌を弄られていく。ちょっと聞き捨てならないことを言われた気もしたが、忙しなく動き回る手と言葉の合間に触れてくる舌と唇に翻弄されてそれどころではない。

「は、あっ」

口ではいくらでも嫌だ嫌いだと言えた。一方で、寝込みを襲われこんな状態になったことに対しての文句は山ほど出てくるが、不思議と晃自身に対しての嫌悪感は沸いてこなかった。
徐々にとかされていく理性が、限界だと悲鳴を上げている。
もう見ないふりはできないのだろう。
初めての恋は無理やり蓋をしただけで、完全に火種を消し去ることができていなかったのだ。

(ああ、とっくに堕ちてる)

美衣菜は晃への想いをようやく自ら認めた。

「あ……きら」
「ん?」
「学校、行くからっ……やめっ」
「心配しなくても休みは届け出てるよ。せっかくふたりきりの時間を作ったんだ。明日までゆっくり楽しもう? ああ、一緒にお風呂に入るのもいいね」
「いたっ!」

鎖骨の下にちゅうっと音を立てて強く吸い付かれる。慌てて顔を向けると、とてもいい笑顔の晃と目が合った。

「休み? 時間を……作った?」

動揺する美衣菜の視界の片隅に、彼がつけた所有印が見えた。

「ふふふ。温泉旅行、おばさんたち喜んでくれてよかったねぇ?」

4年前の比ではない黒すぎる笑顔を向けられて、美衣菜は悟った。
逃げることなんてできやしなかったのだ。


全ては彼の手のひらの上、なのだから。
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