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彼女
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わたしには推しがいる。
二次元ではなく、現実で。
窓際の席から見下ろすグラウンドには、体育の授業を受けている男子生徒たちがいる。
同じ体操服に身を包んだ集団、その中から早々に推しの姿を見つけたわたしの愛はきっと本物だ。
三階からでは細かい表情が見えないのが残念だが、授業中にも関わらず推しを愛でることが出来たことにテンションが上がる。
用もないのに彼のクラス近くに潜むよりも偶然を装って廊下をうろうろするよりも、長い時間その姿を堪能できる幸せに叫び出したくなる。
しかも体操服姿だ。クラスの違うわたしはなかなかお目にかかれない姿なのだから、しっかりと目に焼き付けなければもったいない。
わたしは教科書を手にすると、迷いなく教壇から顔を隠す位置に固定した。
真新しい制服に身を包んだ4月。
同じ制服のはずなのにひときわ輝いていた人の名前をなんとか突き止めたのは、入学式の三日後だった。
同じ中学から進学した同級生が思ったよりも少なかったのが時間のかかった要因だろう。今でも友人たちに、あの時の目つきが怖かったと言われる。もう9月なのだからそろそろ忘れてほしい。
生まれて初めて出来た推しの存在に日々浮かれまくっているわたしだが、今のところストーカー予備軍であって、ストーカーではない。
節度を持って推しを見守るのが自慢なのだ。
そんなある日、推しが女子生徒と仲良く話をしている現場に遭遇した。
衝撃だった。
推しの笑顔はいつでもわたしを幸せにしてくれた。
けれども、この日推しの笑顔を見てもちっとも幸せな気分にならなかった、隠し撮りした写メを取り出して見ても気分は浮上せず、何もする気がおきないまま早々にベッドの住人になることを選んだ。
翌日、協力者でもある小学校からの友人にそれを愚痴ると、残念な子を見るような目を向けられた。
へこむわたしに酷いと思う。
そんなに好きなら告白すればいいのにという言葉には、大きく手と首を振った。
好きか嫌いかと問われれば速攻で好きと答えられる。けれども忘れてはいけない。これは一方通行なのだ。本人にはわたしの存在自体認識されているとも思えない。知らない相手からの一方的な好意は、はっきりいって迷惑なだけだろう。
見ているだけでいいとは思わないが、彼にとってのわたしは話したこともないただの同級生なのだ。
落ち込んでいてもわたしの目は推しを探し求めていたようで、下校途中の集団の中に推しを発見する。
いつもなら喜んで推しの後ろを一定距離保ってついて行くのだが、やっぱりどうも気乗りしない。
と言いつつも、駅までの同じ方向に進むのだから意図せず尾行になるのは仕方がなかった。間違ってもストーカーではない。
そしてわたしの目は、この半年ずっと追い続けた推しを無意識に追っていく。
ふと推しが振り向いた。
わたしは慌てて視線をそらして下を向く。やばい。ストーカー認定されるのは不本意なのだ。
見られているような気もするが、気のせいだろう。自意識過剰かと自分に突っ込みを入れつつ、もう少し距離を置くべきだったかと後悔する。
いや、これ以上離れたら推しの姿が見えなくなってしまう。
適度な距離が難しい。
しばらく歩いてからそろりと顔を上げると、男子集団はかなり先に進んでいた。
ちびなわたしの歩幅と彼らの歩幅では大きな差がある。普通に歩くと置いていかれるのは当然だった。
今日のストーキングはここまでだろう。いや、ストーカーではないけれど。
心の中で、小さくなった後ろ姿の推しにまた明日と挨拶を送った。
人間の欲望は天井知らずだと思う。
毎日見ているだけだった推し。声を聞く機会はあっても、話をしたことはなかった。それでも最初は満足だったはずなのに、彼に声をかけてもらいたいと願望を持つようになった。なってしまった。
きっと次は笑顔を向けられたい、触れたい、彼女になりたい、などと身分不相応な願いを加速していくことだろう。
残念ではあるが、推しと少し距離を取るべきかもしれない。
とてもとても、不本意ではあるが。
それからの日々は我慢の連続だった。
自分で決めたこととはいえ、推しの教室に行かないようにすることから始め、登下校時間をずらし推しと遭遇しないよう出来得る限りの事をした。偶然推しが視界に入ると、泣く泣く顔をそらして姿を見ないようにしてその場を去った。
邪念がなくなるよう朝晩祈った。
頑張った。本当に。
それなのに、どうして。
推しが、目の前にいる。
これは夢ですか。それとも沢山我慢したわたしへのご褒美ですか。
「……ねぇ、聞いてる?」
推しがすぐ近くで喋っている。なんだかいい匂いもする。やっぱりこれは夢かもしれない。
遠慮がちに顔を上げてはみたものの、目の前の推しと目を合わせることも出来ずにおろおろとしてしまう。どこからどう見ても挙動不審すぎる。
それでも、この降ってわいたような機会に推しを堪能しなければと頭の片隅で奮起するわたしがいる。
推し最高。壁ドン状態ありがとうございます。いやでも今はそうじゃない。
冷静になれとこっそり腕の肉をつねれば、痛みが体を駆け抜けた。思いあまって力を入れすぎてしまったようで痛みにじわりと涙が浮かんだが、おかげで多少は冷静になれた。
そして予想以上の痛みに、これが夢ではないと実感した。
二次元ではなく、現実で。
窓際の席から見下ろすグラウンドには、体育の授業を受けている男子生徒たちがいる。
同じ体操服に身を包んだ集団、その中から早々に推しの姿を見つけたわたしの愛はきっと本物だ。
三階からでは細かい表情が見えないのが残念だが、授業中にも関わらず推しを愛でることが出来たことにテンションが上がる。
用もないのに彼のクラス近くに潜むよりも偶然を装って廊下をうろうろするよりも、長い時間その姿を堪能できる幸せに叫び出したくなる。
しかも体操服姿だ。クラスの違うわたしはなかなかお目にかかれない姿なのだから、しっかりと目に焼き付けなければもったいない。
わたしは教科書を手にすると、迷いなく教壇から顔を隠す位置に固定した。
真新しい制服に身を包んだ4月。
同じ制服のはずなのにひときわ輝いていた人の名前をなんとか突き止めたのは、入学式の三日後だった。
同じ中学から進学した同級生が思ったよりも少なかったのが時間のかかった要因だろう。今でも友人たちに、あの時の目つきが怖かったと言われる。もう9月なのだからそろそろ忘れてほしい。
生まれて初めて出来た推しの存在に日々浮かれまくっているわたしだが、今のところストーカー予備軍であって、ストーカーではない。
節度を持って推しを見守るのが自慢なのだ。
そんなある日、推しが女子生徒と仲良く話をしている現場に遭遇した。
衝撃だった。
推しの笑顔はいつでもわたしを幸せにしてくれた。
けれども、この日推しの笑顔を見てもちっとも幸せな気分にならなかった、隠し撮りした写メを取り出して見ても気分は浮上せず、何もする気がおきないまま早々にベッドの住人になることを選んだ。
翌日、協力者でもある小学校からの友人にそれを愚痴ると、残念な子を見るような目を向けられた。
へこむわたしに酷いと思う。
そんなに好きなら告白すればいいのにという言葉には、大きく手と首を振った。
好きか嫌いかと問われれば速攻で好きと答えられる。けれども忘れてはいけない。これは一方通行なのだ。本人にはわたしの存在自体認識されているとも思えない。知らない相手からの一方的な好意は、はっきりいって迷惑なだけだろう。
見ているだけでいいとは思わないが、彼にとってのわたしは話したこともないただの同級生なのだ。
落ち込んでいてもわたしの目は推しを探し求めていたようで、下校途中の集団の中に推しを発見する。
いつもなら喜んで推しの後ろを一定距離保ってついて行くのだが、やっぱりどうも気乗りしない。
と言いつつも、駅までの同じ方向に進むのだから意図せず尾行になるのは仕方がなかった。間違ってもストーカーではない。
そしてわたしの目は、この半年ずっと追い続けた推しを無意識に追っていく。
ふと推しが振り向いた。
わたしは慌てて視線をそらして下を向く。やばい。ストーカー認定されるのは不本意なのだ。
見られているような気もするが、気のせいだろう。自意識過剰かと自分に突っ込みを入れつつ、もう少し距離を置くべきだったかと後悔する。
いや、これ以上離れたら推しの姿が見えなくなってしまう。
適度な距離が難しい。
しばらく歩いてからそろりと顔を上げると、男子集団はかなり先に進んでいた。
ちびなわたしの歩幅と彼らの歩幅では大きな差がある。普通に歩くと置いていかれるのは当然だった。
今日のストーキングはここまでだろう。いや、ストーカーではないけれど。
心の中で、小さくなった後ろ姿の推しにまた明日と挨拶を送った。
人間の欲望は天井知らずだと思う。
毎日見ているだけだった推し。声を聞く機会はあっても、話をしたことはなかった。それでも最初は満足だったはずなのに、彼に声をかけてもらいたいと願望を持つようになった。なってしまった。
きっと次は笑顔を向けられたい、触れたい、彼女になりたい、などと身分不相応な願いを加速していくことだろう。
残念ではあるが、推しと少し距離を取るべきかもしれない。
とてもとても、不本意ではあるが。
それからの日々は我慢の連続だった。
自分で決めたこととはいえ、推しの教室に行かないようにすることから始め、登下校時間をずらし推しと遭遇しないよう出来得る限りの事をした。偶然推しが視界に入ると、泣く泣く顔をそらして姿を見ないようにしてその場を去った。
邪念がなくなるよう朝晩祈った。
頑張った。本当に。
それなのに、どうして。
推しが、目の前にいる。
これは夢ですか。それとも沢山我慢したわたしへのご褒美ですか。
「……ねぇ、聞いてる?」
推しがすぐ近くで喋っている。なんだかいい匂いもする。やっぱりこれは夢かもしれない。
遠慮がちに顔を上げてはみたものの、目の前の推しと目を合わせることも出来ずにおろおろとしてしまう。どこからどう見ても挙動不審すぎる。
それでも、この降ってわいたような機会に推しを堪能しなければと頭の片隅で奮起するわたしがいる。
推し最高。壁ドン状態ありがとうございます。いやでも今はそうじゃない。
冷静になれとこっそり腕の肉をつねれば、痛みが体を駆け抜けた。思いあまって力を入れすぎてしまったようで痛みにじわりと涙が浮かんだが、おかげで多少は冷静になれた。
そして予想以上の痛みに、これが夢ではないと実感した。
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