六芒星が頂に~星天に掲げよ! 二つ剣ノ銀杏紋~

嶋森航

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富国強兵の戦略

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寺倉家が織田家の侵攻に対抗するためには、一にも二にも軍事力の確保が必要だ。前世の日本は文恬武嬉を長らく享受してきたことで、理想と現実を履き違えて、"非武装中立"や"戦争放棄"なんて愚にも付かない綱領を掲げている政党があった。しかし、永世中立国のスイスですら徴兵制による軍事力を保持して自衛していたのだ。ましてやこの弱肉強食の戦国乱世で生き残るためには、抑止力となる軍事力を確保しなければ話にもならない。

では、軍事力とは何か考えると、簡単に言えば「軍事力=兵力×(戦略+戦術+統率力)」ではないだろうか。そして、その「兵力」をさらに細かく考えると、「兵力=(兵数+武器)×(錬度+士気)」といったところか。

そして、「兵数=石高+金銭」であり、「武器=技術力+金銭」だろう。だが、山間にある寺倉郷では石高は大きく増やせない。ならば、金銭を稼いで兵数を増やし、武器を整えるしかない。簡単に言えば、明治時代の国是だった"富国強兵"の戦略だ。

しかし、その"富国強兵"を実現するために金銭を増やす施策を実行するにしても、この時代でも先ずは元手となる資金がなければ始まらない。寺倉家には借金はないが、手元には大した資金もない。年貢の台帳のチェックをした時に出納記録も見たので、俺は寺倉家の懐事情はよく把握しているのだ。

資金を稼ぐためには資金が必要だというジレンマだが、現実なのだから仕方がない。したがって、わずかな資金で金を稼ぐ方策を考えるしかないのだが、そんな錬金術のような方策があるのか? ……ある。

俺には他人にはない大きな武器がある。それは前世の記憶や知識だ。実は、俺は前世で知った未来の技術や道具、制度に関する記憶を、俺が将来寺倉家の当主になった時に実現するため、そして成長を経て忘れ困ることのないよう、3歳の頃から思いつく限り紙に書き留めてきた。

それは、軍事、農林水産業、鉱工業、商業、政治経済、建築、交通、医療、教育、そして料理や娯楽など生活全般に関する知識だけでなく、史実の出来事や有名人物の情報や、日本や世界の地理や文化など多岐に渡る。もちろん内容については項目名だけのものから、詳しく書かれたものまで千差万別だ。

そして、このチートブックには、多額の資金や今の日本では入手不可能な材料が必要なものなど、今すぐには実現できないものが多いが、中には木材など比較的安価な材料で、既存技術でも作れるアイテムの知識なんかも記載してある。

そうしたアイテムを作って資金を稼ぎ、その資金を元手にしてさらに大きな資金を稼ぎ、やがては多額の資金を必要とする施策を実行し、"富国強兵"を実現することを目指す。

幸いにして寺倉郷は山に囲まれ、森林資源は豊富である。むしろそれしかないと言ってもいいほどだ。ならば、その森林資源を最大限に活用して戦略的に資金を稼ぐしかない。

では、森林資源と既存技術を使って一体何を作るかだが、時期を考慮して優先順位を付けて実行するべきであろう。今は冬の1月で、寺倉郷にはまだ雪が残っているが、来月に雪が解ければ、田植えの準備として田起こしが始まるはずだ。

そこでまず始めに目をつけたのは、戦国時代の洗濯事情だ。現代は全自動洗濯機があり、ボタン一つで汚れを落として脱水や乾燥までしてくれる優れ物だが、この時代にそんな物があるはずもない。

衣服にしても綿や麻の布自体が高価なため、一般庶民は公家や僧侶、上級武士や商人など裕福な身分の者の要らなくなった古着を買って着ている者はまだましな方で、ほとんどの庶民はいろいろな布地を継ぎ接ぎした布地で服を作って着ている。中には戦場で死んだ兵から服を剥ぎ取って着るケースもあるのだ。だから、戦が終わった後は死んだ兵の武器や服を巡って争奪戦になるらしい。

話が逸れたが、そうした多くの庶民の着ている衣服は当然ながら染みや汚れがそのままで、臭いのキツい服も少なくない。まぁ、臭いは衣服よりも体臭が原因かもしれないな。何しろこの時代の庶民は風呂には入れず、水浴びか手拭いで身体を拭くだけだからな。

もちろん大切な衣服なので庶民も洗濯するが、石鹸は日本ではまだ生産も輸入もされておらず、存在しない。いずれ石鹸も作りたいとは思っているが、今は材料の調達が難しい。

つい先日、外出が許されて、領内を初めて見て回った時、領民が川岸で服を洗濯している場面を目にしたが、全員が手一つで洗濯していたし、寺倉家の屋敷でも召使いがタライに井戸水を溜めて、同じような手洗いや足揉みで洗濯していた。だが、手や足で揉み洗いする程度では、長年染みついた土汚れや汗の臭いが簡単に落ちるものではないのだ。

そこで、最初に作ろうと思いついたのは「洗濯板」だ。板に溝を掘っただけの単純な構造なので、戦国時代でも洗濯板くらいは当然存在し、とうの昔から使われているだろうと思っていたが、領民が洗濯している場面でも洗濯板は全く見当たらず、勘兵衛に訊ねてもそんな物は見たことも聞いたこともないそうだ。

洗濯はほぼ全ての女性の仕事だから、洗濯板の潜在需要は必ずある。冬は水が冷たく、ただでさえ大変なのだ。これがあればすぐに飛びつくだろう。洗濯板ならば材料は木材だけなので、ほぼタダで入手可能だ。板に溝を掘る道具は鑿(ノミ)や彫刻刀を数多く集めるのは難しいが、匕首くらいの小刀ならば十分用意できるだろう。

洗濯板は木の板に溝を掘るだけだから、見本さえあれば特に難しい技能教育や力も大して必要ない。今の冬の間でも男だけでなく手先の器用な女性でも、家の中の内職として作ることができるはずだ。

もし洗濯板を上手く大量生産できれば、商業化も可能かもしれないが、洗濯板は簡単な構造なので、すぐに他領の商人に真似されてしまうだろう。とはいえ元より俺は洗濯板で大金を稼ごうとは端から考えてはいない。それでも次の施策の元手となるくらいの資金を稼ぐことができれば、恩の字というところだろう。それに、洗濯板にも欠点はある。汚れを落とすために擦ることで、繊維が傷つきやすいのだ。石鹸があれば繊維がひどく傷つくほど強く擦ることはないだろうし、やはり将来的に必要だろうな。

俺は早速、洗濯板の設計図絵図面を書くと、屋敷に出入りする木工職人に洗濯板の試作品を作らせるよう勘兵衛に頼んだ。さすがは熟練の職人である。頼んだ翌朝にはイメージどおりの洗濯板が出来上がってきた。

「あまり力を入れ過ぎないように、水で濡らした布をこの板の溝に擦りつけるようにして洗ってみてくれ」

次に、俺は召使いに洗濯板を使って汚れの酷い布を洗うように指示した。召使いは怪訝な顔をしながらも、俺が見ている前で真っ黒に汚れた雑巾を洗い始めると、見る見る内に雑巾の汚れが落ちていき、召使いは驚きの声を上げた。

洗濯板の実証実験は無事成功した。あとは父の説得が必要だな。
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