六芒星が頂に~星天に掲げよ! 二つ剣ノ銀杏紋~

嶋森航

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改革の端緒

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「父上。ご相談したいことがあるのですが、少しお時間をいただけますか?」

実証実験を終えた俺は早速、父のいる居室に勘兵衛を連れて向かった。

「淀峰丸か? 今、手が空いたところ故、構わぬぞ。相談とは何だ?」

俺はまだ8歳の子供だが、父は寺倉家の当主だ。武家の男児は父親への言葉遣いにも敬語を使わなければならない。俺が相談したいことがある旨を伝えると、父はちょうど書類を書き終えたところだったようだ。

「お見せしたい物があるのです。勘兵衛」

俺が後ろに控えた勘兵衛に声を掛けると、試作した洗濯板が俺の目の前に置かれた。

「ふむ、平らではなく、溝が幾つも掘られておるが、この板がどうした。どのように使う代物だ?」

洗濯板を見た父は目を細めた。今一つピンと来ていないようで怪訝な顔を見せていた。初見ではただの板と見えるのも無理はない。

「はい。これは洗濯板という道具です。先日、私が初めて領内を見て回った時に、河原で領民が洗濯しているのを見掛けました。ですが、汚れの酷い布は手洗いでは汚れが落ち難い様子でした。そこで、もっと汚れを落とし易くする方法はないかと考えたところ、思い付いたのがこの洗濯板です」

「なるほど。8歳で左様なことを思いつくとは、さすがは儂の子と言うべきか。して、どのように使うのだ?」

「水で濡らした布をこの溝に擦りつけるようにして洗います。そうすると、手で揉み洗いするよりも格段に汚れが落ちます。先ほど召使いに洗濯板を使って汚れた雑巾を洗わせて、効果を確かめたところです。勘兵衛、いかがであった?」

俺は洗濯板を持って実際に洗濯する動作を見せながら説明すると、勘兵衛に訊ねた。

「はっ、確かに見る見る間に雑巾の汚れが落ち、召使いも大層驚いておりました」

「ほう。それほど容易に汚れを落とせる代物か。この洗濯板とやらをどうするつもりだ?」

父は俺の腹の内を探るように口角を上げて訊ねた。俺の持ってきた洗濯板は単なる思いつきで作ったと思っているのだろう。だが、それはとんだ思い違いだ。俺はただ作るだけではなく、今後どうするかもしっかり考えてある。

「はい。この冬の雪に覆われている間に、この洗濯板を領民の家で作らせたいと思います。この見本や絵図面を見せれば、男だけでなく手先の器用な女でも、小刀があれば板に溝を掘るくらいはできます。雪解けする前の冬の間に洗濯板を大量に作らせ、領内に広めた後は当家と取引する商人に売り、畿内中に売り出したいと考えています」

「ふむ、そうか。しかしこの洗濯板は板に溝を掘っただけの代物だ。すぐに真似されるぞ?」

もちろんこの戦国時代に著作権や特許といったものがあるはずもない。簡単な構造で儲かる道具だと分かれば、すぐに模倣品が出回るのは想定済みだ。

「はい。ですので、当家が作った洗濯板には寺倉家の家紋を焼印で押して、偽物ではなく本物だという箔を付けて、洗濯板を発明したのは寺倉家だという信用と知名度を上げていきたいと考えています」

本来ならば8歳が考えるようなことではないのは百も承知だ。だが、寺倉家の将来は決して安泰ではない。明日が無事かも分からない戦国の世で悠長に時に身を任せる余裕はないのだ。俺は父や家臣から奇異の目で見られるのも仕方ないと割り切っている。

「そして、洗濯板で儲けた金を元手にして、また別の道具を作って売り出したいと考えています。洗濯板は元手を稼ぐための手段に過ぎません。商業化に目処が付くまでは、洗濯板を作った領民への報酬は蔵に残っている古米を配れば良いかと存じます。つきましては、洗濯板を作るための板と小刀を用意する資金を提供していただきたいのです。必ずや将来に寺倉家を潤わせることができると確信しておりますれば」

今はとにかく資金が必要だ。独占販売によって稼げる時に稼いでおかなければ、後になって財政が苦しくなり、内政や軍事が立ち行かなくなりかねない。

「ほ、ほぅ、良く分かった。お前がそこまで言うのならば、板と小刀を用立てる資金くらいは用意してやろう。ただ、板の材料は領内ならば金はほとんど掛からぬであろう」

突然の俺の新ビジネスのプレゼンに、父は初めの内は理解が追いついていないようだったが、しばらくして洗濯板が有望な事業だとようやく理解が及ぶと、父は俺の提案を認めてくれた。

「元よりそのつもりです。幸いにして寺倉郷は山間にあり、木材は容易に用立てられます。ですので、木材は最小限の出費で済むかと存じます」

寺倉郷一帯を治めているとは言っても、小さな国人領主でしかない寺倉家は決して裕福ではなく、むしろ大店を持つ商人よりも貧しいくらいだ。それでも8歳の俺に資金を用立てることができるのは、寺倉家が代々質素倹約を家訓としてきたからだ。

「余裕がある時こそ、余裕のない時のために倹約を心掛けるべし」というのが父の口癖だ。俺も当然それを心得ており、これまで余計な費用の掛ける提案をするのは避けてきた。だが、幸いにも寺倉郷には森林資源が豊富にある。洗濯板を大量に作ったところで全く問題はない。

「淀峰丸。お前は寺倉家の次期当主となる嫡男だ。やりたいようにやってみるがよい」

父は少し沈黙した後、俺の目をしっかりと見据えながらそう言った。

「ありがとうございます。洗濯板を売り出す際には父上の名前を使わせていただきたく思いますが、宜しいでしょうか?」

「構わぬ。それにしてもお前がここまで聡いとは思わなんだ。やはり"神童"と皆が口々に申す通りであるな」

感嘆する父の熱い視線を痛いほど感じ、俺は少々やり過ぎたかと心の中で悔いるのだった。



◇◇◇



こうして例年なら積雪のため何もできない冬の農閑期に、洗濯板作りという新しい産業を興したことにより、領民たちは仕事を得ることができた。領民には最初に作った洗濯板を自分の家用に与え、2枚目以降の洗濯板作りの報酬には古米を与えた。質素倹約を旨としてきた寺倉家には配るほどの古米の蓄えが残っていたからだ。

そして、雪解けする頃には洗濯板は3万枚余りが完成し、それら全てに寺倉家の家紋を焼印で押すと、昔から寺倉家に出入りしてきた最古参の商人である木原十蔵に独占販売を委託し、畿内に洗濯板を売り出した。

だが、洗濯板で儲けられるのは模倣品が出回るまでの短い時間しかない。木原十蔵もそのことは十分理解しており、高過ぎて売れ残ることがなく、かと言って安過ぎて儲けを失うことのない適正な価格で京や堺で洗濯板を売り捌いた。

やがて洗濯板の噂を聞いて畿内全域から商人が京や堺に買い求めに来るようになり、3万枚余りの洗濯板は模倣品が出回り始める夏までには見事に完売し、寺倉家に大きな利益をもたらすことになった。
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