恋喰らい

葉月キツネ

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彼女の秘密

奔走

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「突然昨日の夜に店を辞めたいと言ってきた」
「理由は聞いたが詳しく教えることはできない、それは彼女自身のプライベートだから」
「前園さんから君に『ごめんなさい』と一言だけ言伝を預かっている」

 マスターがいう言葉を一言一言聞くたびに顔が下がっていく。
 顔を上げると思わず口を開けた放心状態のまま泣きそうになるからであった。
突然のことで頭がついて行っていないため思考が定まらない。

「約束をしていたんだろう。残念だったね」

 マスターはそれっきり何も言わず戻っていった

「(約束・・・そうだ約束をしていたのに)」

 思わず心の中で愚痴に近い言葉を発してしまう。

「(彼女は約束を破るような人ではないと思う、仮に何かあっても理由を告げて断る気がする)」

 短い間ではあるが彼女と話す中でそういった信頼を持っていたのだ。
 とりあえずマスターの煎れてくれたコーヒーに口をつける。
苦い味が口に広がり、それが慌てふためいていた心を少し落ち着けた。
 頭の中がぐるぐるしていたような感覚から抜け出すと自然と思ったことがわいてくる。

「(彼女に聞きたいことがある、会って直接わからないことが聞きたい、そして何より彼女に会いたい、会いたくて仕方ない)」

 そう思うといてもたってもいられなくなった。

「ごちそうさまでした。お金はここに置いておきます。おつりはいいです」

 そういって店を出て駅へと向かって走った
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