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第二章 神女の憂鬱
エファリュー、小娘にマウントを取られる
しおりを挟むそれから毎日、神殿に通っては人々の祈りを聞き、微笑みかけるだけで感謝される神女の座に胡座をかきながらも、エファリューはすっかり退屈していた。
気まぐれで仕事嫌いのエファリューが、役目に不満を抱いて放り出さないだけマシだが、欠伸を噛み殺す回数が目に見えて増えていた。その度に、耳飾りから響く教育係の叱責に覚醒を促されるのだった。
そんなある日のことだ。
神殿に、やんごとなき御方がやって来た──。
特例中の特例で、祈りの道を輿に揺られて踏破し礼拝堂に現れたのは、ちょこんとお辞儀する姿が愛らしい少女……クリスティア第二王女にして、エメラダの実の妹であるメラニー姫だ。
二つ年下という姫はこの度、盟友国の王太子の側室として輿入れが正式に決まり、相手国の教えに改宗するため、神女に別れを告げに来たのだった。
大僧主オットーが棄教の儀式を取り仕切る。エファリューが最後に、神女の腕を巣立っていく子に祝福の祈りを捧げて終わりだ。一生懸命暗記した甲斐あって、どもることなく誦じ、微笑む余裕さえあった。
誰もがエファリューをエメラダと信じ、アルクェスでさえ、メラニーとの邂逅を数年ぶりの姉妹の再会と錯覚しかけるくらいだ。
当然、メラニーは何の疑いも持たず、儀式の後で姉姫とは今生の別れになるだろうからと、二人きりで話がしたいと申し出て来た。
人払いを済ませた神殿奥の一室に、メラニーの嬉々とした声が響く。
「もう信徒ではないから、お姉様とお呼びしてもよいのですわね」
エメラダとメラニーは実の姉妹であるが、似ているところは髪の色くらいしかなかった。真紅のリボンを編み込んだ、くるくるの巻き毛に縁取られた顔は自信たっぷりで、細く吊り上がった眉が高慢な雰囲気を醸し出している。
姉妹の会話に齟齬が出るようなら、耳飾りですぐに知らせるようアルクェスには言われているが、その心配はなさそうだった。そもそも、これまでに二度ほどしか対面したこともなければ、特に親交があったわけでもないそうだ。そんなわけだから思い出話に花が咲くわけもなく、ただメラニーが一人で、婚約者のことや華々しいお披露目パーティーが開かれたことなどを語るだけだ。
初めから、自慢話を聞かせたかっただけなのだろう。面倒くさいことこの上ないが、エファリューは上品に頷く振りで聞き流していた。
「お姉様はおいくつで、神殿に入られたのでしたっけ?」
突然に訊かれて焦ったエファリューは、扉の外にいるであろうエメラダの生き字引に助けを求めた。すぐに「五つの時です」と答えが返って来た。
不自然な沈黙を、いかにも遠い日々に思いを馳せていたかのようにして答えると、メラニーは不審に思うこともなくすっかりエメラダだと信じ込んでいる様子だ。
「じゃあ、あのお噂は本当かもしれないのですわね。先代様の……」
「噂? 先代?」
言葉を知らぬ者のように問い返すエファリューに、妹姫はどこか人を喰ったような笑みを浮かべて、思わせぶりに口を閉ざした。
「いいえ。何でもありませんわ、おほほ」
と言いつつ、勿体つけて聞いて欲しそうにちらちらとしているのが、エファリューには物凄くうざったい。神女に関わることならアルクェスに聞けば間違いないのだから、頑として聞いてやらない態度を貫いていると、メラニーはあからさまに不機嫌な顔をした。
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