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第一話 恋の障害は歳の差だけか。
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しおりを挟む「嘘……、嘘だ……」
あんなに可愛かった、いたいけな猫のキョウコがそんな最期だったなんて……。ショウスケは信じられなかった。いや、信じたくなかった。
人間のキョウコは、自分の死をどう思っているのか、感傷に浸る様子はない。淡々と、こうなった経緯を述べた。
「ですが主人様。わたくしはこうして帰って参ったのです。主人様が何度も何度も、わたくしを呼んでくださったからですよ」
キョウコは着物のあわせから、一枚の紙を差し出した。
「これは、僕がここに貼ったものだ」
ショウスケは社の縁の下を覗く。
「いつのまにか無くなっていたから、風に飛ばされたものだと思っていた」
紙には流れるように柔らかいが、トメハネに力強さを感じる整然とした字で、詩が書きつけられている。それは猫飼いの間に伝わるまじないの一つで、とある詩を書きつけておくと、行方知らずの猫が帰ってくるというものだった。
梅雨が明けても帰ってこないキョウコを思うと心が張り裂けそうで、藁にもすがる思いで試したのだった。
「わたくしは、大きな虹のふもとで穏やかに死後を過ごしていたんですけれど。
突然、主人様の声が聞こえたんです。とても悲しそうで……いてもたってもいられなくなって戻ってきたんです。ですが、すでに魂だけの身。あなた様に会うことは叶わず、途方に暮れておりました」
キョウコは社の奥を覗き込む。
「そんな時に、こちらのカミサマがお力を貸してくださったのです」
何でも、社をかじる鼠を普段から退治してくれていた彼女に礼をしたかったのだという。
一つだけ願いを叶える、と言われてキョウコが選んだのは、人間になることだった。
「わたくしは本当に主人様をお慕いしております。ずっとずっとおそばにいたいのです。しかし、生き返ったとしても猫では、早々に寿命は尽きるもの。主人様の望み通りに、添い遂げることも叶いません。ですから、わたくしは人間の娘になりたかったのです」
「だからって……どうしてそんなに幼くなってしまったんだい? (せめてもう少し歳が近かったら……いやいや、相手はおキョウさんじゃないか!)」
キョウコは指を折る。
「わたくしは生まれて三年でしたので、カミサマは数だけを参考に初めは三歳児に生まれ変わらせてくれました。しかし……あまりに幼くては、主人様もさすがに手を出せないでしょう? それでもう少々年齢を付け足していただいたのです」
「少し足したところで、まだまだ手を出す気にはなれないよ!?」
「でしたら、わたくしが年頃に成長したら、お嫁にもらってくださいませ。それまでは小間使いにでもしてくださって構いませんから、どうかおそばに置いてください」
猫を拾うのとは話が違う。猫の時だって連れて帰れなかったのに、女子をどう養ったらいいのだ。ショウスケはますます頭を抱えた。
その彼の肩を、キョウコは小さな手で叩く。そして懐からもう一枚の紙を差し出した。
そこにはショウスケの見慣れた、父の字が並んでいる。奉公人を雇った際に作られる証書だ。
「わたくしが人間になってから、何もしていないとお思いでしたか? ちゃんと一緒に暮らせるようにいろいろと手回ししておりまして、そのせいで主人様に会うのが今になってしまったんです」
「そうか。そんな見た目だけれど、猫の三歳は人間で言うところの二十……」
「まぁ主人様ったら! 歳は関係ないではありませんか!」
強かに肩を叩かれて、ショウスケは閉口した。
つまり目の前にいる女の子は元々は猫で、見た目は七つほどだが中身はショウスケよりずっと歳上の女性ということだ。
そして明日から、コトノハ堂に住み込みで奉公に入るという。
心休まる時間だったはずのキョウコとの時間は、何やら大きく変わってしまったようだ。
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