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第二話 お仕事とご褒美。
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「坊ちゃんの気持ちがわかる?」
「はい。正しくは、坊ちゃまの見ている世界、でございます」
「……世界?」
キョウコはぐるりと辺りを見回した。廊下にもチョウゾウの作品や、豪勢に生けられた花が飾られている。蔓草模様の壁紙に、深い赤色の敷物。目にも鮮やかだ。
「主人様。わたくしは人間になるまで知らなかったのですが、世界はこんなに色鮮やかだったのでございますね」
猫の目から見る世界は、ほとんど色の見分けがつかないのだという。
「坊ちゃまの世界も、そうなのではないでしょうか?」
ショウスケは、はっとした。生まれつき、色の見分けができない人間もいると、聞いたことがあった。
「わからない」と呟いたイサミは、もしかしたらそれを訴えていたのかもしれない。
「そうか。緑が好きなんじゃなくて、区別がついていなかったのか」
このままにしているのは、親子のためによくない。婦人にその可能性を伝えて、正確な診断は専門家に委ねるべきだと、ショウスケは頷いた。
問題は伝え方だ。気位の高い婦人に「あなたの息子は目に障害がある」と率直に告げるのは良くないのは、ショウスケもさすがにわかる。それなら何と伝えれば、二人のためになるだろうか。うんうんと唸って、寝室に戻れないショウスケに、キョウコはそっと耳打ちした。
「主人様。坊ちゃまが人と違うのではありません。坊ちゃまの住む世界が人と違うのです」
それはただの言葉の綾だ。だが、うまいこと話を切り出せそうだ。猫の言葉を借りることにして、二人は寝室に戻った。
色の見えない目の話を聞いて、婦人は初め驚いていたが、イサミが否定しない姿を見て納得したようだ。それまで理解できずに叱ってばかりいたことを謝り、婦人は息子を抱きしめた。
本心では子供思いの婦人だ。明日、眼医者に行くと約束し、ショウスケに頭を下げた。
ショウスケは紅い鞠に、イサミの「伊」という目印を書いてやった。これでもう、鞠を取り違えることはないだろう。イサミは初めて、子供らしい笑顔を見せてくれた。
仕事を終えて帰り支度をしていたショウスケのもとに、チョウゾウがやってきた。見事に書き上げられた衝立に満足そうだ。それだけではない。娘と孫の関係が修復されたことも、喜びの一つだったようだ。
「まさかこのワシの孫が、色の分からぬ目とは……。あの子にはどう映っているのだろうか」
玄関の色鮮やかな絵を眺めて、チョウゾウは呟いた。それからじっと自身の絵を見つめて考え込んだ。
「ふむ。色がわからずとも、色彩の変化を楽しめる表現……何かあるだろうか。ううむ、この歳になっても、まだまだ描けそうな絵が生まれるとは思わなんだ」
根っからの芸術家は、くるりと振り返り、ショウスケに笑いかけた。その快活な笑みは、イサミやナサとの血縁を強く感じさせた。
「まったく良い仕事をしてくれたな、コトノハ堂の倅よ」
「……ありがとうございます」
深々と頭を下げて、二人は屋敷を後にした。
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