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第六話 「あるじさま」のお名前。
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しおりを挟む「さて、おキョウさんにはこれだ」
当然、店に残るつもりでいたキョウコは、自分にも次の奉公先が決められているとは思ってもみなかったようだ。裏切られたと訴える目をしている。
恐る恐る封書を開く猫娘を眺め、ショウスケは密かに笑った。
実は、キョウコにだけは、白紙を用意してある。
キョウコなら、どこに行ってもやっていけるだろうし、大事にしてもらえるだろう。
それでもショウスケは、彼女をどこにもやる気はなかった。
(もちろん、おキョウさんがここにいたくないと言うのなら話は別だけれども。そうでないのなら、おキョウさんと出会ったのは、他でもないわたしだから……)
ショウスケは一人頷く。
(動物を拾ったら、最後まで面倒を見なくてはね)
キョウコが聞いたらがっかりされそうな理由ではある。
さて、恐れ慄きながら白紙を開いたキョウコの反応はどうだろう。ショウスケは笑いを隠して様子を窺った。
キョウコは書面を見つめて、動きを止めていた。やがて、壊れたカラクリのようにぎこちない動きで、ショウスケを振り返る。
「主人様……これはまことでございますか?」
ぴらりと見せられた白紙に、ショウスケも目を疑った。
その紙の全く白くないこと。やたら細々と書き込まれたそれには、いくつか枠があり一つはすでにショウスケの名前で埋まっている。あとはキョウコの名を書くばかりに、出来上がったその書類は……いわゆる婚姻届というものだ。
キョウコが今にも名前を書き出しそうなのを奪い取って、ショウスケは筆跡から犯人を見つけ出した。
「見習いの作った公文書は無効! ね、イヘイくん?」
襖の陰に隠れて覗いていたのが何よりの証拠。白紙とすり替えた犯人はイヘイだ。
彼は主人の企みを知って、よかれと工作していたようだ。いつぞやの誤解は解けたはずだが、まだどこか二人を怪しい目で見ているきらいがある。
少しばかり舞い上がっただけに地に落とされた気分のキョウコだが、悪戯の婚姻届でも破り捨てる気にはなれなかった。
いつかの落款印と一緒に大事にしまっておこうと、そっと懐に収めた。
それから十日あまりが過ぎて、法要の日が訪れた。
ユキヘイの親兄弟は既になく、ネイの方もショウスケの伯父にあたる男しか参列していない。
事の真相が明らかにならない今、ユキヘイに恨みを募らせるしかないネイの親族たちには、参列を拒まれた。体面も考えてのことだろうが、伯父が来てくれただけでよしとする他なかった。
店の者を覗いては、隣のよしみでハルたち親子がいる他、誰もいない。
本当にひっそりとした法要だった。
何の因果か、町長選と日が被ったせいもあって、通りは閑散としている。ゴボウジの住職と、付き従う若い僧侶二人が読み上げる経が、開け放った障子戸からよく響いて聞こえた。
手を合わせて、目を伏せるショウスケは気付いていない。
ゴボウジの僧侶の一人に、鋭い視線を向けられていることを。
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