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最終話 あるじさま、おしごとです。

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 着替えて戻ってくる間に、客間は綺麗に片付けられていた。タツたちの仕事の早いこと。
 開け放たれた障子から、少し冷えた風が通って、熱気に浮かれた頬に心地良い。時折、庭の桜の花びらを縁側に運んできたりする。
 そのひとひらを摘み上げ、ショウスケは腰を下ろす。
 その後に、紅白の打掛姿で戻ったキョウコも、そっと隣に膝を折った。

「セイタロウ様からいただいたお菓子をお持ちしました」

 膝に乗せた箱を開くと、中には餡を挟んだ桜の落雁が入っていた。淡く色づいた桜の花が、箱の中でも満開だ。
 ショウスケは摘んだ本物の花びらと、甘やかな花弁を見比べた。

「ひとひらひとひらが、ハートのようだ」
「はあと?」

 心臓を意味する異国の言葉だとショウスケは教えて聞かせた。ヤチヨ曰く、猪目をひっくり返したその模様は、心臓の形に似ているのだとか。
 そう考えるとキヌの絵も、ハート模様だったのかもしれないとようやく思い至る。

「心が喜ぶと、胸が高鳴るでしょう? だからハートを心そのもの、愛情の形と捉えることもできるそうだよ」
「愛の形」

 キョウコも落雁を摘み上げ、花弁の形をしなやかな指でなぞる。
 その口許へ、いつかのようにショウスケは落雁を差し出した。

「僕の心を貴女に」

 にこりと小首を傾げるショウスケに、キョウコも同じく落雁を差し出した。

「わたくしの心を貴方様に」

 そうして互いのハート花弁を分け合った。
 ほろりと溶ける落雁に餡が絡んで、いつもの何倍も甘く感じた。

 ショウスケが落雁の最後のひとひらまで、キョウコの手からいただく様子を、猫は笑う。

「まるで坊ちゃまでございますね」
「そう思っていられるのは、今のうちです」

 空になった手を掴み引き寄せれば、油断していたキョウコの体は簡単に腕の中に収まった。
 そっと頬に手を添えて顔を覗き込むと、翠の目をぱちくりさせている。

「僕はねちっこい男ですから」

 猫にしたように、耳の後ろから顎にかけてなぞるとキョウコは縮こまるように首を窄めた。それではまたとない顔を見られない。
 もう一度、頬に手を添えて上向かせると、猫は眉をハの字に落っことして、観念したような目で見上げてきた。

「これまで辱められた分、きっちりお返しさせてもらいますので、覚悟してくださいね」

 ちょっと意地悪く笑った唇が、紅の彩る唇に重ねられた。
 そっと触れて一度は離れ、互いの距離を確かめるように見つめ合うと、キョウコはそっと目を閉じた。
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