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第一話 死にたがりのシャッター

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「あなたも、この頃から詩音を知っていたの? わたしたちしか、いないと思っていた」
「まぁ、散歩しながら……たまに」

 レイは言葉を濁す。

「音楽の良さは俺にはわからないけど、楽しそうに歌う彼女が好きだったよ。だから……あんなことになって残念だ」

 真希はぎゅっと唇を結んだ。

 詩音は、シンガーソングライターだ。デビュー曲が人気バラエティ番組の主題歌に起用されるや一躍、時の人となった真希の幼馴染。幼い頃からの夢を叶えた彼女を、真希は一番近くで見守ってきたと自負している。まだ視聴者ゼロの動画配信だった時代から、初のワンマンライブまで、真希はいつだって詩音の隣にいた。

 彼女の華々しい人生に翳りが差したのは、SNSに投稿した一枚の画像がきっかけだった。ちらっと映り込んだものが、大人気の男性アイドルの私物と酷似していて……、生憎たまたま音楽番組で共演なんかもしていたものだから、たちまちだなんだと叩かれた。人気者にはつきものの、口さがない嫉妬だった。
 だがそれが詩音にとっては、見ない振り聞かない振りでやり過ごせる、にはならなかった。
 目に刺さり、耳を切り裂き、胸を抉る……ーー凶器でしかなかった。そして彼女は一昨年、自らの命を絶ったのだ。

 夢に敗れて、と当時のSNSは数日の間沸いて、別の誰かのスキャンダルが持ち上がるや、ふつり……と彼女の名前は立ち消えた。

 音楽番組で「なつ歌特集」なんてコーナーがあると、詩音のデビュー曲が流れて、腫れ物に触れるようにしんみりしたナレーションがつくのが、真希は許せない。
 真希にとって、詩音は懐かしい存在じゃない。あんなことがなければ、今だって新しい曲を作って、伸びやかに歌っていたはずなのだ。

 詩音がこの世を去ってから、真希もまた絶望し、同時に怒りを溜め込んできた。
 未来ある親友を追い詰め、死に至らしめたたちは、今日もどこ吹く風で生きている。
 できることなら全員呪い殺してやりたい……。

 そして真希が、その最初の一人に選んだのが、自分自身だった。

「彼女を追い詰めたのは、わたしだもの」

 詩音からのSOSに、真希はいつも「大丈夫だよ」と応えてきた。詩音の歌は素晴らしいから、誹謗中傷なんてものともせずに、聴く人の心に刺さるーーそう絶対的に信じていた。だから「大丈夫」と、真希は心からエールを送ったのだ。詩音に前向きさを取り戻してほしくて。真希がついていると、信じてほしくて。

 詩音が最後にくれた電話の声が、耳に残っている。

『もうムリ……ぜんぜん大丈夫じゃないんだぁ……』

 それにも真希は、「そんなことないよ」「わかってくれる人はいっぱいいるよ」なんて、言ってしまった。
 翌日、詩音が自室の窓から飛び立つなんて、微塵も疑っていなかった。
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