8 / 27
第一話 死にたがりのシャッター
8
しおりを挟む「あなたも、この頃から詩音を知っていたの? わたしたちしか、いないと思っていた」
「まぁ、散歩しながら……たまに」
レイは言葉を濁す。
「音楽の良さは俺にはわからないけど、楽しそうに歌う彼女が好きだったよ。だから……あんなことになって残念だ」
真希はぎゅっと唇を結んだ。
詩音は、シンガーソングライターだ。デビュー曲が人気バラエティ番組の主題歌に起用されるや一躍、時の人となった真希の幼馴染。幼い頃からの夢を叶えた彼女を、真希は一番近くで見守ってきたと自負している。まだ視聴者ゼロの動画配信だった時代から、初のワンマンライブまで、真希はいつだって詩音の隣にいた。
彼女の華々しい人生に翳りが差したのは、SNSに投稿した一枚の画像がきっかけだった。ちらっと映り込んだものが、大人気の男性アイドルの私物と酷似していて……、生憎たまたま音楽番組で共演なんかもしていたものだから、たちまち匂わせだなんだと叩かれた。人気者にはつきものの、口さがない嫉妬だった。
だがそれが詩音にとっては、見ない振り聞かない振りでやり過ごせる、ただの悪口にはならなかった。
目に刺さり、耳を切り裂き、胸を抉る……ーー凶器でしかなかった。そして彼女は一昨年、自らの命を絶ったのだ。
夢に敗れて、と当時のSNSは数日の間沸いて、別の誰かのスキャンダルが持ち上がるや、ふつり……と彼女の名前は立ち消えた。
音楽番組で「なつ歌特集」なんてコーナーがあると、詩音のデビュー曲が流れて、腫れ物に触れるようにしんみりしたナレーションがつくのが、真希は許せない。
真希にとって、詩音は懐かしい存在じゃない。あんなことがなければ、今だって新しい曲を作って、伸びやかに歌っていたはずなのだ。
詩音がこの世を去ってから、真希もまた絶望し、同時に怒りを溜め込んできた。
未来ある親友を追い詰め、死に至らしめた加害者たちは、今日もどこ吹く風で生きている。
できることなら全員呪い殺してやりたい……。
そして真希が、その最初の一人に選んだのが、自分自身だった。
「彼女を追い詰めたのは、わたしだもの」
詩音からのSOSに、真希はいつも「大丈夫だよ」と応えてきた。詩音の歌は素晴らしいから、誹謗中傷なんてものともせずに、聴く人の心に刺さるーーそう絶対的に信じていた。だから「大丈夫」と、真希は心からエールを送ったのだ。詩音に前向きさを取り戻してほしくて。真希がついていると、信じてほしくて。
詩音が最後にくれた電話の声が、耳に残っている。
『もうムリ……ぜんぜん大丈夫じゃないんだぁ……』
それにも真希は、「そんなことないよ」「わかってくれる人はいっぱいいるよ」なんて、言ってしまった。
翌日、詩音が自室の窓から飛び立つなんて、微塵も疑っていなかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる