マルヴィナ戦記 神聖屍道士と獄炎の剣士

黒龍院如水

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秘策

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 そのころから、

砂浜は濃い霧に包まれだした。そして、大粒の雨、猛烈な風。

「はん?」
鳥仮面メルクリオが振り返ったが、しかしとくに何もない。

もう一度進行方向へ向き直ろうとして、思い直してもう一度海のほうを見た。

「ははん? これはなんだ?」

霧と豪雨で見づらいが、周囲に巨大な柱が、一本、二本、三本……、計八本?

そう思っているうちに、うしろでずどんと音がした。振り返ると、

「はひ?」
メルクリオの作ったコンブのモンスターの上部が、数十メートル先にどおんと落ちた。

「な、なにが起こってる?」
動かなくなったモンスターの下半分へ近づこうとしたとき、

「ふんぬっ!」
何か巨大なものに横から腹をつかまれ、空中に持ち上げられた。

「はひ? ま、ま、待ってくれ、これは、なんだー!?」
叫びながら、その巨大なものの口腔の中へ飲み込まれていった。


 そこからさらに東の沖合い、

とてつもなく巨大なものが、浮上しようとしていた。

それは、直径数キロ。

遠方から見ると平べったいかたちをしているが、中央部は三階建てほどの厚さはあるだろうか。

そして、周囲の海水を大きく波打たせながら、海上約数十メートルまで浮上すると、空中に浮いたまま、ゆっくりと陸の方向へ移動し始めた。

しかし、

陸上ですでに目標が達成されているのを確認すると、その巨大な平べったい存在は着水し、すごすごと元の海中へ沈んでいった。


 そのころ、砦内の緊張感が最高潮に達していた。

屋外は豪雨のため、砦一階にある食堂が臨時の防衛本部になっていた。

「敵は北、西、南と固めてきておる。完全包囲せずに一方向だけ開けておき、こちらを逃げの心理に陥りやすくさせる、という攻城戦のセオリーどおりの布陣だ」

そこには、マルヴィナ、ヨエル、モモ、ニコラ、ミシェル、クルト、エンゾ、エマド。そして重装歩兵隊、軽装歩兵隊、旧百人隊、騎馬隊、弓隊、東西南北門隊の各班長、本部担当、救護班、補給班、調理班などなど、二十名以上が集合していた。

「敵の動きに対応して、北門はモモ殿、西門はミシェル殿、南門はニコラ殿、マルヴィナ様、ヨエル殿、クルト殿は予備、エンゾ殿は本部付き……、北門のアイアンゴーレムの再配置は完了しておるでござるか!?」
グアンの問いに、

「はいっ完了しておりますであります!」
担当者の一人が即座に答える。

「今の状況から鑑みて、このあとすぐに敵の攻城戦が開始される。弓隊の射撃で敵の数を減らしつつ、まずは充分敵を引きつけるでござるが……」
グアンが説明を続ける。

「敵が城壁にある程度取り付いた時点で、拙者が木人を起動する!」
おお、すごいでござる、と周囲がどよめいた。

「おそらく敵方は、いったん大混乱に陥るでござるよ」
グアンはみなの顔を眺め、

「そこで、拙者がひとり、馬を駆って打って出るでござる!」

「なんと!?」
「一騎で!?」

「ただ一騎で、敵将の首をとる!」

「グアン殿、おぬし、もしや死ぬ気ではござらんか?」
ニコラが心配になって問うた。

「わらわはそのようなことは許しませぬ」
とマルヴィナ。みな緊張のあまり、言葉遣いがふだんと異なってきた。

「いや、拙者死ぬ気ではござらん。それとも、みなの衆は、拙者の実力を疑っておいででござるか? もし拙者がしくじるようなことがあれば……」
グアンは懐から銀のナイフをとりだした。

「拙者、こうして腹をかき切ってくれる!」
と、銀のナイフで切腹するしぐさをする。

「いかん! グアン殿、はやまってはならぬぞ!」
慌ててミシェルとエンゾが止めに入る。

「わかった」
そこでクルトが手を挙げた。

「おれも行こう」
クルトの言葉に、周囲も少し冷静さを取り戻した。

「どっちみち、おれは守るのが苦手だ。おれがグアンと一緒に行けば、確実性が増すだろう」

「本当に大丈夫かしら? 今のあなたは、消えかけのろうそくの火のように、儚くもろく見えるわ」
マルヴィナが冷水を浴びせかけるが、

「今回攻めてきているやつらは、南の大陸から渡ってきたんだろ? もしそうなら、おれがやる。おれがやらなければならない」

クルトの真剣な表情に、モモがなにか尋ねようとしたとき、

「申し上げたてまつりまする!」
伝令がひとり走り込んできた。

「申せ!」

「敵が攻城戦を開始しましたであります!」

「わかった。各員、行動開始!」

「よし!」
「了解!」
それぞれの方向へ分かれていった。


 豪雨の下の砦、全体が喧騒に包まれる中、

西門城壁の上にミシェルとグアンとクルト。状況を観察していたグアン、敵兵がはしごやロープで城壁をのぼり始めたのを見て、

「ようし、そろそろ頃合いだぞ」
木を模すように構えた。

「いくぞ! すべての草木よ、植物よ、わしに力を貸してくれ! 木人顕現!」
グアンが叫びながら両手を天に突き上げると、はるか上空で二、三度稲妻が走った。

すると、
ぎぎぎ、と音を立てながら、人の倍から三倍に育っていた砦の周囲の木々すべてが、根を引き抜いて立ち上がった。動きは遅いが、周囲の敵兵に襲いかかる。

敵兵は驚き、対応に追われ始める。

「よし、行こう!」
ミシェルと目を合わせてうなずくと、グアンとクルトが城壁の階段を飛び降りて、下に止めていた馬にそれぞれ飛び乗った。

そのまま砦内を駆け抜け、東門へ向かう。

タイミングを合わせて東門が開き、そしてすぐに閉じた。

「いったん東へ出て、北まわりで向かう!」
二騎は東へ駆け出した。


 周囲に敵兵が見えなくなったとき、馬を北に向けたグアンとクルト。

砦から少し離れると、雨がやや弱まった。

クルトがグアンに尋ねた。

「グアン、敵将の位置はわかっているのか?」

「もちろんだ。この雨でも、虫たちが教えてくれる」

「だが、本当に二人で敵将に接近できるのか?」

グアンはニヤリと笑った。
「もう少しいけばわかる。味方にも話していない、秘策だ」

「秘策?」
よくわからないまま、クルトも馬を操ってグアンについていく。


 北へ走り、今度は西へ、敵の後方をまわるように荒地をしばらく駆けると、荒地の中に忽然と林があった。

そこへ近づくと、

「騎馬隊!?」
林の中に、騎馬隊が隠れている。パッと見ても、その数、二百騎はくだらない。

「ダニエラ殿!」

「グアン、それにクルトか。準備はできている」
それは西方騎馬民族の女王。馬も女王も、青い戦闘装束に身を包んでいた。

「ダニエラが助太刀してくれるのか! しかし、どうしておれたちを助ける?」

「助太刀? 違う。彼らは、ここ十数年、我らが戦ってきた相手だ。我らが闘うのは当然だ」
なるほど、と納得したクルト。

「敵将は砦の西方、丘のうえにあり! いざいかん!」
女王が進むさきを指さした。

「王に遅れるな!」

騎馬隊が進発した。


 いったん弱まっていた雨脚は、再び強さを増し、

騎馬隊の疾駆を隠した。

荒地の、ほとんど川になったようなところや、池になったようなところを泥しぶきをあげながら進む。激しい雨音で、馬脚の音もほとんど気にならない。

丘が近づいてきた。

「おまえたちはさらに西へまわって敵将を狙え! われらは突撃をかける。敵衆をさんざんに蹴散らす!」

「わかった!」

騎馬隊は、いったん紡錘陣に組み直すと、女王を先頭に突撃していった。

それを尻目に、丘の上の敵陣の裏へ回り込むグアンとクルト。敵陣は豪雨の中の敵襲に、混乱を始めた。

敵陣裏にたどり着くと、そこは布の陣幕が張り巡らされていた。
「そこだ!」

グアンが叫ぶと、手前の大きな木が、陣幕へ倒れこんだ。馬を降り、木を伝って中へ躍り込む。

「なにやつ!」
グアンは手に持ったポールソードを横に薙ぎ、ひとりが吹き飛んだ。

「いた!」
クルトが叫んだとおり、鳥仮面の男、そして護衛が数人。

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