追放された聖女は旅をする

織人文

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41 王と王女

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 夕暮れのころ。
 王はバルコニーに出て、真っ赤に染まった空に目をやっていた。
 その口からは、深い溜息が漏れる。

 聖女宮の女官長から、王女が聖女としての仕事を完全に放棄して、自分たちの手には負えないと宰相に報告があったのは、一昨日のことだ。
 その日の夜には宰相から王にその報告が告げられ、王は今日の午後、王女と会った。
 王が娘である王女と実際に会うのは初めてのことで、彼は柄にもなく少し緊張していたものだ。
 だが結局それは最初だけのことで、しかも彼らの会見はなんとも酷いことになって終わった。
 王女は頑なで、もう二度と聖女としての役目などしないと言い続けたのだ。王がどれだけ宥めようと、聖女が国になくてはならない存在だと説こうとも変わらなかった。
「わたくしに聖女の役目をさせたいならば、メノウを返してくださいませ! メノウが生きてわたくしの傍に、以前のようにいてくれるならば、わたくしは国のために祈ることも、誰かの悩みを聞くこともいたします」
 彼女は最後にはそう言って、王を困らせた。
 死んだ者を生き返らせるような方法など、西方世界には存在しなかったし、今は東方世界の魔法使いであるルルイエもそんな魔法は持ち合わせていないだろう。
「わたくしがこんなに苦しくて悲しくて辛いのに、なぜ国のために祈ったりしなければならないのですか! わたくしはいやです。そんなこと、したくありません!」
 彼女はそうも言った。
 その言葉を聞いた時、王は絶句したものだ。
 なぜなら、王妃が死んだ時、同じように思って自分の宮に閉じこもったのは、彼自身も同じだったからだ。
(あの時私は、誰の言葉にも耳を貸そうとはしなかった……)
 胸に呟き、王は小さく唇を噛みしめる。
 その結果、国はもちろんのこと、生まれたばかりの双子のことも、全て宰相ら臣下に押し付けてしまったのだ。
(その私が、王女に聖女であれとは言えぬな……)
 そう思い、王はそれ以上何も言えなくなってしまった。

 こうして王と王女の会見は、決裂に終わった。
 とはいえ、このままにしておくわけにもいかないのだ。
 いや、以前であれば、王は何も気に留めず、そもそも王女と会って話すことすらなかっただろう。だが今は。
(なんとかせねばならぬな……)
 彼がもう一度溜息をついた時、扉にノックの音が響いて、侍従が客の訪れを告げた。王は応えて室内に戻る。
 客は宰相と、ルルイエだった。
 部屋の中央に据えられた背の低いテーブルを挟んで、向かい合って座り、王が先に口を開く。
「宰相から、話は聞いているな?」
「はい、王様」
 ルルイエはうなずいた。
「娘に聖女の役目をやらせる、良い方法はないだろうか?」
「ないでしょう」
 王の問いに、ルルイエは即座に返した。そして続ける。
「王女様には、聖女としての根本的な心構えが欠けています。……大切な者を失って、気力を失っていることも、意固地になっていることも理解はできますが……代々の聖女は、『それでも国のために祈らねばならないのだ』ということを知っています。聖女として教育され、生きるうちに、そうするしかないと理解するからです。ですが王女様は、そうした教育を施されないまま……いえむしろ、聖女にはそういう側面があるのだということすら知らないまま、ここまで来てしまっています。王女様が本当の意味で立ち直るためには、ご本人も言われるとおり、メノウが生き返って再び傍にいることぐらいしかないのではないかと思います」
「だがそれは……」
「はい。無理です」
 軽く目を見張って言いかける王に、ルルイエはきっぱりと言った。
「ですから、他の方法を考えるしかありません。わたくしは、次の聖女を探す方が良いと思います」
「次の聖女……」
 思いもかけない言葉に王は、呆然と呟く。彼の後ろに控える宰相も、目を見張った。
 それへルルイエは、続ける。
「本来、次代の聖女を見つけるのは当代の聖女の役目ですが……他に適任者がおりませんし、わたくしが新しい聖女を探します。そしてその者を、そうですね……三年で正式な聖女になれるよう、教育します。ですから王様は、三年間だけ聖女の務めを果たしてくれるよう、もう一度王女様と交渉してはいただけませんか」
「だが、本当に次の聖女を見つけられるのか? しかも、三年で聖女としての教育を施すなどと……」
 王は眉をひそめて、問い返した。
「わかりませんが……ただ、これまでのこの国の歴史を紐解くに、たとえ何年か間が空いても、聖女は必ず見つかっています。なにより、ウルスラ様がこの国から完全に聖女が失われ、この国が滅んで行くことを望んではおりません。ならばきっと、希望はあります」
 ルルイエの言葉に、王はわずかに愁眉を開く。自分の夢に現れたウルスラのことを思い出したのだ。だが同時に彼は、夢の中で言われたことをも思い出し、再び顔をくもらせ、かぶりをふった。
「いや。ウルスラは私の夢の中で、娘を教育し直すのに失敗すれば、もうあとはないと言っていた。この国は、滅びるだけだと」
 ルルイエと、宰相が驚いたように顔を上げる。
「ウルスラ様と、会ったことがあるのですか?」
「夢の中でな。その時には、あれが最初の聖女ウルスラとは知らなかったが」
 ルルイエに問われて答えると、王は言った。
「その時に言われたのだ。娘を教育し直して聖女とせねば、国は滅びるとな」
 ルルイエは小さく息を飲むと、指先を唇に押し当てるようにして、何事か考え込んだ。
 だが、ややあって顔を上げる。
「その言葉は逆に、希望であるかもしれません。たとえ一年でも、いえ数ヶ月であったとしても、王女様が聖女の役目を果たし、そして次の聖女に役目を渡すことができれば、国は滅びないということです」
「どういうことだ。言っている意味がわからぬ」
 明るい声音で早口に告げるルルイエに、しかし王は眉をしかめて説明を求めた。

 そこでルルイエは改めて口を開いた。
「人は誰でも老いていずれは死にます。それは聖女であっても変わりません。ですから、代々の聖女は自分が生きて元気でいる間に次の聖女を探し、教育を施しました。それは王女様が聖女としての覚悟を持ってその役目をこなしたとしても、やはり同じです。これを逆に考えれば、王女様になんの覚悟もなく、たとえいやいや役目をこなすとしても、次代の聖女につなぐことができれば、大丈夫だということです。次代の聖女がちゃんと役目をまっとうできる者であれば、国は豊かさを取り戻します。滅びることはありません」
「……なんとも都合のいい詭弁だな」
 言ったのは、王ではなくその後ろに控えていた宰相だった。
「あの強情な王女が、次の聖女が育つまで、役目を全うすると思うのか」
「現状ではとても思えませんが、それでもやってもらわねばなりません」
 ルルイエは強い光を放つ目で、宰相を見やって返す。
 そのまま対峙する二人を宥めるように、王が吐息をついて言った。
「次代が育つまで、ルルイエ。そなたが、聖女を務めるわけにはいかないか」
「王女様という聖女がいる以上、それはできません」
 ルルイエはかぶりをふって返す。
「わたくしが伯母から学んだ歴史では、一つの国に一人の聖女が望ましいとのことでした。それに、わたくしが再び聖女を務めるとなれば……きっと王女様は、もっと頑なになります。彼女の大切なメノウを亡き者にしたのは、わたくしなのですから」
「……わかった。なんとか王女をもう一度説得してみよう」
 王は小さく吐息をついて約束した。

 王が再び娘と会見の場を持ったのは、二日後のことだった。
「わたくし、お父様が何を言おうとも、もう二度と聖女の役目などいたしませんわよ」
 王の居間に入室し、父と対峙するなり、王女は言ったものだ。
「先日もそのように言っていたな。だがでは、期限付きならどうだ。これより三年の間のみそなたは聖女として国のために祈る。その間に我々は次の聖女を探し、教育を施す。三年が過ぎてそなたが役目を終えたあとは、その者が聖女を引き継ぐのだ」
 王は打ち合わせどおりの条件を、王女に示した。だが、王女はきつく唇を引き結ぶ。
「何を言われようとも、わたくしは聖女などやりません」
 きっぱりと返す娘を、王はまっすぐに見やって改めて口を開いた。
「私にも、そなたの気持ちはよくわかる。私は十七年前、そなたと王太子の母である王妃を亡くし、悲しみのあまり、全てに背を向けてこの宮に引きこもったのだ」
「あ……」
 突然の父の言葉に、王女は目を見張る。
 その話は、ずっと昔に女官たちやメノウ、そして宰相からも聞かされたことがあった。とはいえ、今父王の口から語られるまで、王女はそんなことなどすっかり忘れてしまっていた。
 その彼女に、王は続けた。
「十七年が過ぎた今でも、私の中には王妃を失った悲しみがある。できることならば、誰とも会わず、何もせず、ただ王妃との思い出だけに浸って過ごして行きたいとも思う。だが、そうしてはおれぬし、そのようにして十七年を過ごした結果が、これなのだと今回思い知った。……私はこの宮を出て、再び王の責務を全うしようと思う。だからそなたも、聖女としての務めを果たしてはくれぬか」

 王の言葉は、王女の胸にいくばくかの波紋を呼んだ。
 思えば、メノウの死以来、誰も彼女のその思いに寄り添おうとしてくれた者は、いなかったのだ。
 いや、きっと女官たちも、メノウのことを覚えていればそうしただろう。けれど、記憶からすっぽりとメノウのことが消えてしまった女官たちには、その人が王女にとってどれほど大切だったのかも、理解されてはいない。
 それどころか、いるはずのない者の死を嘆く王女を、おかしくなったのではないかと考える者さえいたのだ。
 それに……と、ふと王女は自分が初めてルルイエが戻って来たという噂を聞いた時のことを、思い出した。
 あの時、聖女の役目を変わってくれる者がいれば、自分は退屈な祈りの時間から解放されると考えた王女は、祖父である宰相にそのことを頼んでみたのだ。
 むろん即座に却下され、聖女の自覚と誇りを持てと諭されたのだが、そのあとにメノウからも言われた。
「王女様。どうか、ご自分のお役目を投げ出すようなことは、おやめくださいまし。王女様は、母君様の腹に宿った時より、聖女となる運命をお持ちのお方。それが、このような仕儀……わたくしは悲しゅうございます」
 と。その言葉が今、王女の脳裏によみがえった。
(わたくしが聖女の務めを放棄すれば、メノウも悲しむ? ええ、あの時メノウは、とても悲しそうだった)
 ふと胸に呟き、メノウが生きていたら、なかなか決断しない自分をじれったいと感じたかもしれない、とも思った。
(そうだわ。あの時も、メノウを悲しませないために、退屈な祈りの時間に耐えようと決めたのだったわ……)
 もうメノウはいないけれども、それでも、彼女を忘れないために――と、王女は胸に決意する。
「わかりましたわ。わたくし、聖女の役目を続けます」
 王女は顔を上げ、言った。
「でもお父様、それはお父様のお話に感銘を受けたからでも、この国のためでもありませんわ。メノウが生きていたら、わたくしが聖女の役目を放棄することを悲しむからです。メノウを悲しませないために、わたくしは聖女を続けます」

 こうして王女は再び、聖女として毎日決められた時間に祈るようになったのだった。
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