41 / 44
41 王と王女
しおりを挟む
夕暮れのころ。
王はバルコニーに出て、真っ赤に染まった空に目をやっていた。
その口からは、深い溜息が漏れる。
聖女宮の女官長から、王女が聖女としての仕事を完全に放棄して、自分たちの手には負えないと宰相に報告があったのは、一昨日のことだ。
その日の夜には宰相から王にその報告が告げられ、王は今日の午後、王女と会った。
王が娘である王女と実際に会うのは初めてのことで、彼は柄にもなく少し緊張していたものだ。
だが結局それは最初だけのことで、しかも彼らの会見はなんとも酷いことになって終わった。
王女は頑なで、もう二度と聖女としての役目などしないと言い続けたのだ。王がどれだけ宥めようと、聖女が国になくてはならない存在だと説こうとも変わらなかった。
「わたくしに聖女の役目をさせたいならば、メノウを返してくださいませ! メノウが生きてわたくしの傍に、以前のようにいてくれるならば、わたくしは国のために祈ることも、誰かの悩みを聞くこともいたします」
彼女は最後にはそう言って、王を困らせた。
死んだ者を生き返らせるような方法など、西方世界には存在しなかったし、今は東方世界の魔法使いであるルルイエもそんな魔法は持ち合わせていないだろう。
「わたくしがこんなに苦しくて悲しくて辛いのに、なぜ国のために祈ったりしなければならないのですか! わたくしはいやです。そんなこと、したくありません!」
彼女はそうも言った。
その言葉を聞いた時、王は絶句したものだ。
なぜなら、王妃が死んだ時、同じように思って自分の宮に閉じこもったのは、彼自身も同じだったからだ。
(あの時私は、誰の言葉にも耳を貸そうとはしなかった……)
胸に呟き、王は小さく唇を噛みしめる。
その結果、国はもちろんのこと、生まれたばかりの双子のことも、全て宰相ら臣下に押し付けてしまったのだ。
(その私が、王女に聖女であれとは言えぬな……)
そう思い、王はそれ以上何も言えなくなってしまった。
こうして王と王女の会見は、決裂に終わった。
とはいえ、このままにしておくわけにもいかないのだ。
いや、以前であれば、王は何も気に留めず、そもそも王女と会って話すことすらなかっただろう。だが今は。
(なんとかせねばならぬな……)
彼がもう一度溜息をついた時、扉にノックの音が響いて、侍従が客の訪れを告げた。王は応えて室内に戻る。
客は宰相と、ルルイエだった。
部屋の中央に据えられた背の低いテーブルを挟んで、向かい合って座り、王が先に口を開く。
「宰相から、話は聞いているな?」
「はい、王様」
ルルイエはうなずいた。
「娘に聖女の役目をやらせる、良い方法はないだろうか?」
「ないでしょう」
王の問いに、ルルイエは即座に返した。そして続ける。
「王女様には、聖女としての根本的な心構えが欠けています。……大切な者を失って、気力を失っていることも、意固地になっていることも理解はできますが……代々の聖女は、『それでも国のために祈らねばならないのだ』ということを知っています。聖女として教育され、生きるうちに、そうするしかないと理解するからです。ですが王女様は、そうした教育を施されないまま……いえむしろ、聖女にはそういう側面があるのだということすら知らないまま、ここまで来てしまっています。王女様が本当の意味で立ち直るためには、ご本人も言われるとおり、メノウが生き返って再び傍にいることぐらいしかないのではないかと思います」
「だがそれは……」
「はい。無理です」
軽く目を見張って言いかける王に、ルルイエはきっぱりと言った。
「ですから、他の方法を考えるしかありません。わたくしは、次の聖女を探す方が良いと思います」
「次の聖女……」
思いもかけない言葉に王は、呆然と呟く。彼の後ろに控える宰相も、目を見張った。
それへルルイエは、続ける。
「本来、次代の聖女を見つけるのは当代の聖女の役目ですが……他に適任者がおりませんし、わたくしが新しい聖女を探します。そしてその者を、そうですね……三年で正式な聖女になれるよう、教育します。ですから王様は、三年間だけ聖女の務めを果たしてくれるよう、もう一度王女様と交渉してはいただけませんか」
「だが、本当に次の聖女を見つけられるのか? しかも、三年で聖女としての教育を施すなどと……」
王は眉をひそめて、問い返した。
「わかりませんが……ただ、これまでのこの国の歴史を紐解くに、たとえ何年か間が空いても、聖女は必ず見つかっています。なにより、ウルスラ様がこの国から完全に聖女が失われ、この国が滅んで行くことを望んではおりません。ならばきっと、希望はあります」
ルルイエの言葉に、王はわずかに愁眉を開く。自分の夢に現れたウルスラのことを思い出したのだ。だが同時に彼は、夢の中で言われたことをも思い出し、再び顔をくもらせ、かぶりをふった。
「いや。ウルスラは私の夢の中で、娘を教育し直すのに失敗すれば、もうあとはないと言っていた。この国は、滅びるだけだと」
ルルイエと、宰相が驚いたように顔を上げる。
「ウルスラ様と、会ったことがあるのですか?」
「夢の中でな。その時には、あれが最初の聖女ウルスラとは知らなかったが」
ルルイエに問われて答えると、王は言った。
「その時に言われたのだ。娘を教育し直して聖女とせねば、国は滅びるとな」
ルルイエは小さく息を飲むと、指先を唇に押し当てるようにして、何事か考え込んだ。
だが、ややあって顔を上げる。
「その言葉は逆に、希望であるかもしれません。たとえ一年でも、いえ数ヶ月であったとしても、王女様が聖女の役目を果たし、そして次の聖女に役目を渡すことができれば、国は滅びないということです」
「どういうことだ。言っている意味がわからぬ」
明るい声音で早口に告げるルルイエに、しかし王は眉をしかめて説明を求めた。
そこでルルイエは改めて口を開いた。
「人は誰でも老いていずれは死にます。それは聖女であっても変わりません。ですから、代々の聖女は自分が生きて元気でいる間に次の聖女を探し、教育を施しました。それは王女様が聖女としての覚悟を持ってその役目をこなしたとしても、やはり同じです。これを逆に考えれば、王女様になんの覚悟もなく、たとえいやいや役目をこなすとしても、次代の聖女につなぐことができれば、大丈夫だということです。次代の聖女がちゃんと役目をまっとうできる者であれば、国は豊かさを取り戻します。滅びることはありません」
「……なんとも都合のいい詭弁だな」
言ったのは、王ではなくその後ろに控えていた宰相だった。
「あの強情な王女が、次の聖女が育つまで、役目を全うすると思うのか」
「現状ではとても思えませんが、それでもやってもらわねばなりません」
ルルイエは強い光を放つ目で、宰相を見やって返す。
そのまま対峙する二人を宥めるように、王が吐息をついて言った。
「次代が育つまで、ルルイエ。そなたが、聖女を務めるわけにはいかないか」
「王女様という聖女がいる以上、それはできません」
ルルイエはかぶりをふって返す。
「わたくしが伯母から学んだ歴史では、一つの国に一人の聖女が望ましいとのことでした。それに、わたくしが再び聖女を務めるとなれば……きっと王女様は、もっと頑なになります。彼女の大切なメノウを亡き者にしたのは、わたくしなのですから」
「……わかった。なんとか王女をもう一度説得してみよう」
王は小さく吐息をついて約束した。
王が再び娘と会見の場を持ったのは、二日後のことだった。
「わたくし、お父様が何を言おうとも、もう二度と聖女の役目などいたしませんわよ」
王の居間に入室し、父と対峙するなり、王女は言ったものだ。
「先日もそのように言っていたな。だがでは、期限付きならどうだ。これより三年の間のみそなたは聖女として国のために祈る。その間に我々は次の聖女を探し、教育を施す。三年が過ぎてそなたが役目を終えたあとは、その者が聖女を引き継ぐのだ」
王は打ち合わせどおりの条件を、王女に示した。だが、王女はきつく唇を引き結ぶ。
「何を言われようとも、わたくしは聖女などやりません」
きっぱりと返す娘を、王はまっすぐに見やって改めて口を開いた。
「私にも、そなたの気持ちはよくわかる。私は十七年前、そなたと王太子の母である王妃を亡くし、悲しみのあまり、全てに背を向けてこの宮に引きこもったのだ」
「あ……」
突然の父の言葉に、王女は目を見張る。
その話は、ずっと昔に女官たちやメノウ、そして宰相からも聞かされたことがあった。とはいえ、今父王の口から語られるまで、王女はそんなことなどすっかり忘れてしまっていた。
その彼女に、王は続けた。
「十七年が過ぎた今でも、私の中には王妃を失った悲しみがある。できることならば、誰とも会わず、何もせず、ただ王妃との思い出だけに浸って過ごして行きたいとも思う。だが、そうしてはおれぬし、そのようにして十七年を過ごした結果が、これなのだと今回思い知った。……私はこの宮を出て、再び王の責務を全うしようと思う。だからそなたも、聖女としての務めを果たしてはくれぬか」
王の言葉は、王女の胸にいくばくかの波紋を呼んだ。
思えば、メノウの死以来、誰も彼女のその思いに寄り添おうとしてくれた者は、いなかったのだ。
いや、きっと女官たちも、メノウのことを覚えていればそうしただろう。けれど、記憶からすっぽりとメノウのことが消えてしまった女官たちには、その人が王女にとってどれほど大切だったのかも、理解されてはいない。
それどころか、いるはずのない者の死を嘆く王女を、おかしくなったのではないかと考える者さえいたのだ。
それに……と、ふと王女は自分が初めてルルイエが戻って来たという噂を聞いた時のことを、思い出した。
あの時、聖女の役目を変わってくれる者がいれば、自分は退屈な祈りの時間から解放されると考えた王女は、祖父である宰相にそのことを頼んでみたのだ。
むろん即座に却下され、聖女の自覚と誇りを持てと諭されたのだが、そのあとにメノウからも言われた。
「王女様。どうか、ご自分のお役目を投げ出すようなことは、おやめくださいまし。王女様は、母君様の腹に宿った時より、聖女となる運命をお持ちのお方。それが、このような仕儀……わたくしは悲しゅうございます」
と。その言葉が今、王女の脳裏によみがえった。
(わたくしが聖女の務めを放棄すれば、メノウも悲しむ? ええ、あの時メノウは、とても悲しそうだった)
ふと胸に呟き、メノウが生きていたら、なかなか決断しない自分をじれったいと感じたかもしれない、とも思った。
(そうだわ。あの時も、メノウを悲しませないために、退屈な祈りの時間に耐えようと決めたのだったわ……)
もうメノウはいないけれども、それでも、彼女を忘れないために――と、王女は胸に決意する。
「わかりましたわ。わたくし、聖女の役目を続けます」
王女は顔を上げ、言った。
「でもお父様、それはお父様のお話に感銘を受けたからでも、この国のためでもありませんわ。メノウが生きていたら、わたくしが聖女の役目を放棄することを悲しむからです。メノウを悲しませないために、わたくしは聖女を続けます」
こうして王女は再び、聖女として毎日決められた時間に祈るようになったのだった。
王はバルコニーに出て、真っ赤に染まった空に目をやっていた。
その口からは、深い溜息が漏れる。
聖女宮の女官長から、王女が聖女としての仕事を完全に放棄して、自分たちの手には負えないと宰相に報告があったのは、一昨日のことだ。
その日の夜には宰相から王にその報告が告げられ、王は今日の午後、王女と会った。
王が娘である王女と実際に会うのは初めてのことで、彼は柄にもなく少し緊張していたものだ。
だが結局それは最初だけのことで、しかも彼らの会見はなんとも酷いことになって終わった。
王女は頑なで、もう二度と聖女としての役目などしないと言い続けたのだ。王がどれだけ宥めようと、聖女が国になくてはならない存在だと説こうとも変わらなかった。
「わたくしに聖女の役目をさせたいならば、メノウを返してくださいませ! メノウが生きてわたくしの傍に、以前のようにいてくれるならば、わたくしは国のために祈ることも、誰かの悩みを聞くこともいたします」
彼女は最後にはそう言って、王を困らせた。
死んだ者を生き返らせるような方法など、西方世界には存在しなかったし、今は東方世界の魔法使いであるルルイエもそんな魔法は持ち合わせていないだろう。
「わたくしがこんなに苦しくて悲しくて辛いのに、なぜ国のために祈ったりしなければならないのですか! わたくしはいやです。そんなこと、したくありません!」
彼女はそうも言った。
その言葉を聞いた時、王は絶句したものだ。
なぜなら、王妃が死んだ時、同じように思って自分の宮に閉じこもったのは、彼自身も同じだったからだ。
(あの時私は、誰の言葉にも耳を貸そうとはしなかった……)
胸に呟き、王は小さく唇を噛みしめる。
その結果、国はもちろんのこと、生まれたばかりの双子のことも、全て宰相ら臣下に押し付けてしまったのだ。
(その私が、王女に聖女であれとは言えぬな……)
そう思い、王はそれ以上何も言えなくなってしまった。
こうして王と王女の会見は、決裂に終わった。
とはいえ、このままにしておくわけにもいかないのだ。
いや、以前であれば、王は何も気に留めず、そもそも王女と会って話すことすらなかっただろう。だが今は。
(なんとかせねばならぬな……)
彼がもう一度溜息をついた時、扉にノックの音が響いて、侍従が客の訪れを告げた。王は応えて室内に戻る。
客は宰相と、ルルイエだった。
部屋の中央に据えられた背の低いテーブルを挟んで、向かい合って座り、王が先に口を開く。
「宰相から、話は聞いているな?」
「はい、王様」
ルルイエはうなずいた。
「娘に聖女の役目をやらせる、良い方法はないだろうか?」
「ないでしょう」
王の問いに、ルルイエは即座に返した。そして続ける。
「王女様には、聖女としての根本的な心構えが欠けています。……大切な者を失って、気力を失っていることも、意固地になっていることも理解はできますが……代々の聖女は、『それでも国のために祈らねばならないのだ』ということを知っています。聖女として教育され、生きるうちに、そうするしかないと理解するからです。ですが王女様は、そうした教育を施されないまま……いえむしろ、聖女にはそういう側面があるのだということすら知らないまま、ここまで来てしまっています。王女様が本当の意味で立ち直るためには、ご本人も言われるとおり、メノウが生き返って再び傍にいることぐらいしかないのではないかと思います」
「だがそれは……」
「はい。無理です」
軽く目を見張って言いかける王に、ルルイエはきっぱりと言った。
「ですから、他の方法を考えるしかありません。わたくしは、次の聖女を探す方が良いと思います」
「次の聖女……」
思いもかけない言葉に王は、呆然と呟く。彼の後ろに控える宰相も、目を見張った。
それへルルイエは、続ける。
「本来、次代の聖女を見つけるのは当代の聖女の役目ですが……他に適任者がおりませんし、わたくしが新しい聖女を探します。そしてその者を、そうですね……三年で正式な聖女になれるよう、教育します。ですから王様は、三年間だけ聖女の務めを果たしてくれるよう、もう一度王女様と交渉してはいただけませんか」
「だが、本当に次の聖女を見つけられるのか? しかも、三年で聖女としての教育を施すなどと……」
王は眉をひそめて、問い返した。
「わかりませんが……ただ、これまでのこの国の歴史を紐解くに、たとえ何年か間が空いても、聖女は必ず見つかっています。なにより、ウルスラ様がこの国から完全に聖女が失われ、この国が滅んで行くことを望んではおりません。ならばきっと、希望はあります」
ルルイエの言葉に、王はわずかに愁眉を開く。自分の夢に現れたウルスラのことを思い出したのだ。だが同時に彼は、夢の中で言われたことをも思い出し、再び顔をくもらせ、かぶりをふった。
「いや。ウルスラは私の夢の中で、娘を教育し直すのに失敗すれば、もうあとはないと言っていた。この国は、滅びるだけだと」
ルルイエと、宰相が驚いたように顔を上げる。
「ウルスラ様と、会ったことがあるのですか?」
「夢の中でな。その時には、あれが最初の聖女ウルスラとは知らなかったが」
ルルイエに問われて答えると、王は言った。
「その時に言われたのだ。娘を教育し直して聖女とせねば、国は滅びるとな」
ルルイエは小さく息を飲むと、指先を唇に押し当てるようにして、何事か考え込んだ。
だが、ややあって顔を上げる。
「その言葉は逆に、希望であるかもしれません。たとえ一年でも、いえ数ヶ月であったとしても、王女様が聖女の役目を果たし、そして次の聖女に役目を渡すことができれば、国は滅びないということです」
「どういうことだ。言っている意味がわからぬ」
明るい声音で早口に告げるルルイエに、しかし王は眉をしかめて説明を求めた。
そこでルルイエは改めて口を開いた。
「人は誰でも老いていずれは死にます。それは聖女であっても変わりません。ですから、代々の聖女は自分が生きて元気でいる間に次の聖女を探し、教育を施しました。それは王女様が聖女としての覚悟を持ってその役目をこなしたとしても、やはり同じです。これを逆に考えれば、王女様になんの覚悟もなく、たとえいやいや役目をこなすとしても、次代の聖女につなぐことができれば、大丈夫だということです。次代の聖女がちゃんと役目をまっとうできる者であれば、国は豊かさを取り戻します。滅びることはありません」
「……なんとも都合のいい詭弁だな」
言ったのは、王ではなくその後ろに控えていた宰相だった。
「あの強情な王女が、次の聖女が育つまで、役目を全うすると思うのか」
「現状ではとても思えませんが、それでもやってもらわねばなりません」
ルルイエは強い光を放つ目で、宰相を見やって返す。
そのまま対峙する二人を宥めるように、王が吐息をついて言った。
「次代が育つまで、ルルイエ。そなたが、聖女を務めるわけにはいかないか」
「王女様という聖女がいる以上、それはできません」
ルルイエはかぶりをふって返す。
「わたくしが伯母から学んだ歴史では、一つの国に一人の聖女が望ましいとのことでした。それに、わたくしが再び聖女を務めるとなれば……きっと王女様は、もっと頑なになります。彼女の大切なメノウを亡き者にしたのは、わたくしなのですから」
「……わかった。なんとか王女をもう一度説得してみよう」
王は小さく吐息をついて約束した。
王が再び娘と会見の場を持ったのは、二日後のことだった。
「わたくし、お父様が何を言おうとも、もう二度と聖女の役目などいたしませんわよ」
王の居間に入室し、父と対峙するなり、王女は言ったものだ。
「先日もそのように言っていたな。だがでは、期限付きならどうだ。これより三年の間のみそなたは聖女として国のために祈る。その間に我々は次の聖女を探し、教育を施す。三年が過ぎてそなたが役目を終えたあとは、その者が聖女を引き継ぐのだ」
王は打ち合わせどおりの条件を、王女に示した。だが、王女はきつく唇を引き結ぶ。
「何を言われようとも、わたくしは聖女などやりません」
きっぱりと返す娘を、王はまっすぐに見やって改めて口を開いた。
「私にも、そなたの気持ちはよくわかる。私は十七年前、そなたと王太子の母である王妃を亡くし、悲しみのあまり、全てに背を向けてこの宮に引きこもったのだ」
「あ……」
突然の父の言葉に、王女は目を見張る。
その話は、ずっと昔に女官たちやメノウ、そして宰相からも聞かされたことがあった。とはいえ、今父王の口から語られるまで、王女はそんなことなどすっかり忘れてしまっていた。
その彼女に、王は続けた。
「十七年が過ぎた今でも、私の中には王妃を失った悲しみがある。できることならば、誰とも会わず、何もせず、ただ王妃との思い出だけに浸って過ごして行きたいとも思う。だが、そうしてはおれぬし、そのようにして十七年を過ごした結果が、これなのだと今回思い知った。……私はこの宮を出て、再び王の責務を全うしようと思う。だからそなたも、聖女としての務めを果たしてはくれぬか」
王の言葉は、王女の胸にいくばくかの波紋を呼んだ。
思えば、メノウの死以来、誰も彼女のその思いに寄り添おうとしてくれた者は、いなかったのだ。
いや、きっと女官たちも、メノウのことを覚えていればそうしただろう。けれど、記憶からすっぽりとメノウのことが消えてしまった女官たちには、その人が王女にとってどれほど大切だったのかも、理解されてはいない。
それどころか、いるはずのない者の死を嘆く王女を、おかしくなったのではないかと考える者さえいたのだ。
それに……と、ふと王女は自分が初めてルルイエが戻って来たという噂を聞いた時のことを、思い出した。
あの時、聖女の役目を変わってくれる者がいれば、自分は退屈な祈りの時間から解放されると考えた王女は、祖父である宰相にそのことを頼んでみたのだ。
むろん即座に却下され、聖女の自覚と誇りを持てと諭されたのだが、そのあとにメノウからも言われた。
「王女様。どうか、ご自分のお役目を投げ出すようなことは、おやめくださいまし。王女様は、母君様の腹に宿った時より、聖女となる運命をお持ちのお方。それが、このような仕儀……わたくしは悲しゅうございます」
と。その言葉が今、王女の脳裏によみがえった。
(わたくしが聖女の務めを放棄すれば、メノウも悲しむ? ええ、あの時メノウは、とても悲しそうだった)
ふと胸に呟き、メノウが生きていたら、なかなか決断しない自分をじれったいと感じたかもしれない、とも思った。
(そうだわ。あの時も、メノウを悲しませないために、退屈な祈りの時間に耐えようと決めたのだったわ……)
もうメノウはいないけれども、それでも、彼女を忘れないために――と、王女は胸に決意する。
「わかりましたわ。わたくし、聖女の役目を続けます」
王女は顔を上げ、言った。
「でもお父様、それはお父様のお話に感銘を受けたからでも、この国のためでもありませんわ。メノウが生きていたら、わたくしが聖女の役目を放棄することを悲しむからです。メノウを悲しませないために、わたくしは聖女を続けます」
こうして王女は再び、聖女として毎日決められた時間に祈るようになったのだった。
26
あなたにおすすめの小説
「クビにされた俺、幸運スキルでスローライフ満喫中」
チャチャ
ファンタジー
突然、蒼牙の刃から追放された冒険者・ハルト。
だが、彼にはS級スキル【幸運】があった――。
魔物がレアアイテムを落とすのも、偶然宝箱が見つかるのも、すべて彼のスキルのおかげ。
だが、仲間は誰一人そのことに気づかず、無能呼ばわりしていた。
追放されたハルトは、肩の荷が下りたとばかりに、自分のためだけの旅を始める。
訪れる村で出会う人々。偶然拾う伝説級の装備。
そして助けた少女は、実は王国の姫!?
「もう面倒ごとはごめんだ」
そう思っていたハルトだったが、幸運のスキルが運命を引き寄せていく――。
聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!
ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません?
せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」
不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。
実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。
あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね?
なのに周りの反応は正反対!
なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。
勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?
聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました
AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」
公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。
死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった!
人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……?
「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」
こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。
一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。
ドラゴンに攫われた聖女ですが、このドラゴン、めちゃくちゃ過保護でイケメンです
夏見ナイ
恋愛
聖女アリアは、魔王討伐後は用済みとされ、国から冷遇される日々を送っていた。心も体も疲れ果て、聖女という役割に絶望していたある日、伝説の「終焉の黒竜」が彼女を攫っていく。
誰もが生贄になったと嘆く中、アリアが連れてこられたのは雲上の美しい城。そこで竜は絶世の美青年カイザーへと姿を変え、「お前を守る」と宣言する。
待っていたのは死ではなく、豪華な食事に癒やしの魔法風呂、そして何より不器用で真っ直ぐなカイザーからの過保護すぎるほどの溺愛だった。
これは、全てを諦めた聖女が、世界最強のイケメンドラゴンに愛され、本当の自分と幸せを取り戻していく、極甘ラブストーリー。
役立たずと追放された聖女は、第二の人生で薬師として静かに輝く
腐ったバナナ
ファンタジー
「お前は役立たずだ」
――そう言われ、聖女カリナは宮廷から追放された。
癒やしの力は弱く、誰からも冷遇され続けた日々。
居場所を失った彼女は、静かな田舎の村へ向かう。
しかしそこで出会ったのは、病に苦しむ人々、薬草を必要とする生活、そして彼女をまっすぐ信じてくれる村人たちだった。
小さな治療を重ねるうちに、カリナは“ただの役立たず”ではなく「薬師」としての価値を見いだしていく。
召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。
SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない?
その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。
ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。
せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。
こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。
辺境追放された「植物魔導師」の領地開拓 ~枯れ果てた死の大地は、俺の魔力で聖域(楽園)へと変貌する~
リーフレット
ファンタジー
「植物魔法? ああ、農作業にしか使えないあの地味な魔法か」
帝国騎士団の専属魔導師だったアルトは、無能な二世皇太子レオンによって、一方的に追放を言い渡された。
アルトがどれほど魔導植物を駆使し、帝国の食糧難を裏から支えていたかを知らぬまま、彼は「戦闘に役立たない役立たず」という烙印を押されたのだ。
帝国を出て行き着いた先は、魔物が跋扈し、草一本生えないと言われる最果ての荒野。
死を待つだけの地。しかし、アルトは絶望するどころか、晴れやかな顔で笑っていた。
「やっと、気兼ねなく『植物』を愛でられる。……よし、ここを世界一の庭(楽園)にしよう」
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる