死神皇帝は烏道士を愛でたい

丹羽 史京賀

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4.烏道士、宦官にうっとりされる

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「申し訳ありません。しかも、埋葬の為の穴掘りをしているところなんて、大変御見苦しいものを、お見せしてしまい……」
「いや、私の方こそ、突然すまない。ずっと君を見ていて。つい……出て来てしまったんだ。ほら、わざわざ、烏なんて、君が埋葬しなくても良いのにって」

 言いながらも、鋭い視線が烏の亡骸に注がれている。
 宦官長からということは、この人物は晨玲が道士であることも、仕事内容も理解しているはずだ。

「いえ、これは私の仕事なので……。むしろ、天清さまには、後宮の一角に不浄なものを埋葬すること……もちろん、浄化の儀は行いますが、お許しいただきたく……」
「そんなことは構わないよ。君の好きにしたらいい」
「ありがとうございます」

 ……良い人だ。
 後宮には、心の狭い人ばかりだと思っていたが、天清は違うらしい。

「しかし、普通の女性は、死骸を触ること自体、嫌だろうに……」
「嫌も何も、烏道士は穢れを扱うものですから」

 晨玲は天清に一礼してから、その場にしゃがんで、鳥をそっと埋めた。

「だから、亡骸を弔うことは慣れているのですが、しかし、人の悪意には慣れませんね。こんなことをして、何が楽しいのか……」
「それなら?」

 天清が含みのある口調で問うた。

「なぜ、君はそれを宦官長に言わないのかな? 訴え出ないことには、こちらも動きづらいんだけどね?」
「動くって?」

(怖い……)

 当事者でもないのに、なぜか漂う殺気。

(どうして、この方が怒ってるんだろう? 後宮の風紀が乱れてるから?)

 女神さまは、ただ綺麗なだけではないらしい。

「や、やめてくださいね。私はただ穏やかに、静かに、残りの日数、過ごしたいだけなんですから」
「……穏やか? 今すでに穏やかに過ごせてなんかないよね?」
「それは……」
「ほら、苛めなんて一言で片付けられないくらい、やり口が酷いと思うんだけど? 毎日の悪口に、水を掛けられ、石も投げられ、花瓶も落とされたとか……」

 なぜ、そんなことまで、天清が知っているのだろう?
 
「ま、まあ! 天清様は、情報収集能力が素晴らしいのですね。よくご存知のようで」
「基本、妃のいざこざは放置してたんだけどね。今回ばかりは、私にも非があるから」
「ん?」

 この人は、後宮を管理する宦官ではないのか?
 
 どういうことかと問い質そうとしたら、天清も気づいたのだろう。慌てて、晨玲を手伝いながら答えた。

「いや、後宮内の風紀の乱れは、私の責任だと、宦官長に叱られたんだよ」
「そうでしたか」

 叔父の元に訪れた壮年の宦官長は、ぼうっとしていて、何を考えているのか分からないような老人だったが、実は、かなりのやり手だったらしい。

「だから、私は君に謝らなくては……。晨玲。君は仕事で後宮まで来てくれたのに、私のせいで、こんな目に遭わせてしまった」
「いえ、そんな……。確かに、烏の命を私を脅かすための道具に使ったことは、怒っていますよ。もう、引っ叩いてやりたいくらいに。……ですが、烏の亡骸を利用するくらい、追い込まれているのかと思うと、少し不憫でもあるんです」
「犯人が?」

 天清がおもいきり首を傾げている。

「変ですか?」
「いや、私が変なのかもしれないけど」

 一瞬、垣間見た彼の横顔がぞっとするほど、冷ややかだったので、やっぱり彼は女神さまとは違うのだと、やっと晨玲も悟った。

(犯人見つけたら、この人、殺る気?)

 場の浄化なんて、晨玲でなくても、道士であれば、出来る仕事だ。

 わざわざ「妃」として、晨玲を入宮させた本来の目的は、後宮内の粛清だとしたら?

 けれど、そんな目的のために、晨玲を巻き込むのは勘弁して欲しかった。

(ここは、とにかく、煙に撒いて逃げるしかないわね)

 ようやく出来上がった小さな墓に、烏を埋葬して、一度手を合わせてから、晨玲は早口で言った。

「ああ、でも、天清様。私、別に後宮でなくとも、似たような中傷は日常茶飯事なのです。だから、本当にお気になさらないで頂きたく……」
「……まさか、そんなことが」
「残念ながら、本当でして」
「驚きだな」

 今までの険しい顔から一転、天清は意外そうにこちらを見遣った。

「それは、もう……。女の烏道士っていうだけで、犯罪者だから、葬礼の仕事をしているのだとか。遺体から肝を取って、荒稼ぎしているとか……。もう、笑えるくらい……。そりゃあ、確かに、道士の稼ぎは少ないですよ。副業に、御守り作って売り歩いたくらいですから。でも、私は望んでこの仕事に就いた訳ですから」

 晨玲は口角を上げて、ぐっと拳に力を入れる。

「死はどんなものにも、平等に訪れます。亡くなった魂を、冥府に導くことは、誰かがやらなければならないお役目です。それに、地道に仕事をしていると、皆さん、私のような小娘にも親しみを抱いてくれて、慶事に関しても依頼してくれるのですよ。だから、私は大丈夫なのです」
「……君は」

 暗がりの中、天清の瞳が大きく見開かれていた。

(ああ、また、私……引かれてしまったのね)

 今のような自分語りは、未泉ならば、三回以上舌打ちをされている。

「…………と、まあ、そういうことで、私、道士として、烏を葬送しますね」
「葬送……か。烏にも、あの世ってあるのかな?」
「……さあ」
「は?」

 天清が顔を引き攣らせていたが、本音なので仕方ない。

「私、死んだことがないので、あの世があるかどうかまでは、断定できません。道士とはいえ、霊が視えるわけじゃないのです」
「そう……なんだ」
「でも、どんな生き物にも、平等に、あの世という「救い」は、存在しているのだと、思います」

 そう言って、晨玲は懐から経を取り出し、読誦をはじめた。
 たとえ、人ではなくても、あの世に導く経典はちゃんとあるのだ。
 短い経を唱え終わって、目を開けると、傍らには呆然と晨玲を見入っている天清の姿があった。

 先程から、この女神様は晨玲をやけに凝視している。

(何? 私、道士試験でもされているの?)

 それとも、最後まで付き合わせてしまったことを怒っているのだろうか?

「えーと。では、滞りなく、終わりましたので、解散ということで。宦官長には、残りの日数、頑張りますので、宜しく願いますとお伝え頂けると……」
「綺麗だな」
「へ?」

 天清はどういうわけか目元を赤らめて、陶然としていた。

「今、君の読経が終わるのと同時に、この辺り一帯が光って視えた。……君は、とても美しかった」
「…………は?」

 唐突な告白に、晨玲の頭の中は真っ白になった。

(綺麗? 私というより、儀式が綺麗だったということよね?)
 
 そうだ。
 そうに違いない。

「お褒め頂き、光栄です」
「ああ、いや。また変なことを言って、申し訳ない」

 天清も自分の言動を顧みたのだろう。バツが悪そうに顎を擦っていたが、やがて意を決したように口を開いた。

「晨玲の実力、確かに見届けた。君は本物だ。だから、道士としての君を見込んで、話しておきたいことがあるんだが……」
「話しておきたい……こと?」

 また、面倒なことになってしまった。

 ――結構です。
 ……なんて、宦官の偉そうな人に、言えるはずもなく。

「何でしょう?」

 怯えているくせに、晨玲は何故か、先を促してしまうのだ。

「後宮の穢れを祓って欲しいというのは、本来の目的ではないんだ。……本当はね、晨玲。皇帝は……度々自分の首を締めにやって来る妃の霊を君に祓って欲しいんだよ」
「ん?」

 ――それって。

(浄化ではなくて、浄霊よね?)

 晨玲は真っ先に、素人って怖いとしか思えなくなっていた。
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