死神皇帝は烏道士を愛でたい

丹羽 史京賀

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5.烏道士、弟弟子に呆れられてしまう

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◇◆

   ――死神皇帝。

 皇子時代に、皇太子であった兄の死から始まり、即位してからも、後宮入りしたばかりの皇后候補だった妃二人を立て続けに亡くしてしまった、呪われた皇帝。
 地方領主をしていた頃に、異民族との戦いで大勢人を殺していて、皇帝に即位するにあたっては、邪魔者の実弟を半殺しにして辺境送りにしたなど、恐ろしい逸話を山程持っている。
 しかし、一方で地方領主時代から、次々と打ち出した政策は功を奏していて、外交も得意。仕事の出来る皇帝という印象も抱かれていた。

(実際、会う訳でもないし、私には無関係と思っていたのに)

 そんな謎ばかりの皇帝でも、鳳国で一番偉い方なのだから、国を代表する道士がついているはずだ。
 それなのに、天清は、彼らは国家の冠婚葬祭の取り仕切るは出来るが、霊を祓うことは門外漢だと言うのだ。

(そんな莫迦な……)

 霊が視えない晨玲だが、悪いモノの気配を感じることは出来る。
 後宮なんて、空恐ろしい場所で、大掛かりな除霊をせずに滞在することができているのは、晨玲より前に、誰かが定期的に浄化をしていたからだ。

(皇帝お抱えの道士さまだって、凄腕よ。除霊だってしているでしょうに?)

 反論したかったが、天清が覚悟を決めて話してくれたのに、頭ごなしに否定することなんて、晨玲には出来なかった。

 ……そして。
 一方的に言うことだけ言うと、天清はさっさっと何処かに消えてしまったのだ。

(なんだか、大変なことになってしまったわ)

 放心状態で部屋に戻った晨玲に

「遅かったな。あまりに戻らないから、今、迎えに行こうとしていたんだぞ」

 ……と、未泉が微妙に心配そうな顔を向けてきたので、安堵と共に、すべてぶちまけずにはいられなくなってしまった。

「ね、そういうことなのよ。びっくりでしょ? 今、話したことは、すべて重要機密だから、未泉も他言無用でお願いね」

 しかし、高揚する晨玲とは違い、とっとと寝支度を整えていた未泉は眠いだけのようだ。
 口を大きく開けて、欠伸をしていた。
 
「まったく緊張感がないわね?」
「そりゃあ、何度も同じことを延々話されたら、眠くもなるだろうよ?」
「それは、未泉が私の話を聞いてないから……」
「最初のうちは、ちゃんと聞いていたぜ。……つまり、こういうことだろう? 度々、皇帝の枕元に、最初に亡くなったお妃様がやって来て、首を絞めていく。……で、後宮全体を祓えば、マシになるのではないかと、宦官長に近い天清とかいう宦官が改めて晨玲に依頼した……と?」
「……そ、そうね。掻い摘んで話すと、そういうことになるかしらね」
「はっ」

 未泉が鼻で笑ったので、素知らぬふりで晨玲は首を傾げた。

「何がおかしいのよ?」
「おかしいに決まってるだろ」
「それは……」
「聞いたことないよ。単独で後宮を散策している宦官なんて。誰だよ、天清って? いかにもな偽名じゃないか? 大体、それって、依頼内容の偽り。契約不履行に当たらないのか?」

(うーん。まあ、そうなるわよね)

 しかし、天清の独特の圧力に流されて、簡単に「浄霊依頼」を請け負ってしまった晨玲は強がることしか出来ないのだ。

「た、確かに、突き詰めてみると、そういうことになるわ。けど、場の浄化から、妃の浄霊へと、やりがいのある仕事に進化したと思えば……」
「どうせ、怪しいことに気づいてはいたくせに、その宦官に上手く丸め込まれたんだろう? 師匠同様、お人好しにも程がある」

 師匠というのは、晨玲の叔父のことだ。
 普段、叔父のことを、お人好しで困ると愚痴っているのは、晨玲の方なのだが、自分もそうだと指摘されると、辛かった。

「仕方ないでしょ。相手は皇帝陛下よ。断れないわよ。それに、陛下のお立場は盤石ではなくて、誰かに話して、弱みを握られたくなかったらしいし。鳳国の民として、黙っていられないわ」
「本当に陛下が狙われてるかなんて、分からないじゃないか? 莫迦だな」

 図星すぎて、心が痛い。

「晨玲……さ。その話が本当だったとして、陛下を救うことが目的だっていうなら、この辺一帯、いくら浄化したって意味なんてないぞ。相手は「怨霊」だ。大体、亡くなった妃の死因だって、本当に病死なのかどうか? 首を絞められるほど、恨まれるなんて、皇帝がよほど、えげつないことをしていたとしか思えないんだけど? 事と次第によっては、こちらも甚大な被害を受けることになるんだぞ。それを二人でどうこうしようなんて不可能だ」

 未泉は、真面目に怒っているようだった。

(無理もないわよね)

 恨みを残して死んだ者を相手にするということは、その人の生涯と、道士がきちんと向き合える覚悟が必要になるのだ。
 生前の人格。死因を正確に知っておかなければ、浄霊方法の選択も間違えて、かえって大変なことになる。
 皇帝が晨玲に、情報を出し惜しみしていた時点で、信頼関係が破綻してしまっているのなら、何か適当な理由を用意して、依頼を引き受けない方が良いのだ。
 ……しかし。

(私、引き受けちゃったのよねえ)

 天清から、成り行きで押し付けられてしまったのかもしれないけれど、道士としての血が滾ったのは、事実だ。

「でもね。私、視えないけど、お妃様の声は聞きたいのよ」
「はっ?」

 案の定、未泉の呆然とした声が響いた。

「だって、凄いと思わない? 皇帝なんて、この国で一番守護されている御方なのよ。その御方の首を、お妃様は絞めに通っている。……とんでもない執念だわ」
「分かった。うん、分かっていたよ。あんたがまともじゃないってことはな」

 はあっと、盛大な溜息を吐いてから、未泉は寝床でごろりと横になっていた。

「そもそも、その天清という宦官、怪しすぎるだろ。何で急にあんたの前に沸いてきたんだ? 浄霊ともなると、皇帝とも、会う必要が出てくる。宦官長の権限を使ったとしても、そう簡単に、皇帝なんぞに会えやしないぞ」
「ああ、それなら、大丈夫。天清様が仰っていたわ。まず、三夫人のお一人、黄貴妃様に目通りできるよう、働きかけてくれるって」
「有り得ない」

 一蹴されてしまった。
 すでに未泉は、目を閉じている。
 寝る気満々だ。

「あんた、絶対、その宦官に、からかわれたんだよ。三夫人だって雲上人だ。一宦官の権限の及ぶ範囲ではない」
「うん、まあ、それもそうね。確かに、そうかもしれないけど」

 否定が出来ない。
 実際、そのとおりなのだ。

「晨玲。今日は休め。あんた、疲れているんだよ」
「そう……ね。やっぱり、先走り過ぎたかしら?」

 もし、天清の話したことが本当だったとしても、さすがに明日実行することは不可能だ。

(眠って、頭を冷やそう)

 ――が、そんな暢気な考えは、見事に覆されることになる。

 ――翌日。
 普段通り、晨玲は未泉と共に、朝一番で、浄化の儀式を後宮の廟で行い、部屋に戻って来たところで……。

こう貴妃さまが、お待ちでございます」

 すっきりした高髻こうけいに華美な衣装を纏った女官が、晨玲達を待ち構えていたのだ。
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