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第一章:第三師団の陥落
ゼネットの陥落①
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「何?"特別入隊"だと?」
部下から手渡された書類に、ゼネットは眉をひそめた。
「入隊試験は、とっくの昔に終えただろう?」
「はい。しかし、こちらの入隊希望者の試験を行うようにと、上層部から……。」
ゼネットは書類を横目でちらりと眺め、そのままバッと書類を机上へ放った。
「大方、入隊試験に落ちたクソ貴族の倅だろうよ。この“剛腕の忠義”がいると知っておきながら、まだこのような姑息な手を使うクソ貴族がいるとはなァ……。」
いいだろう。
望み通り、試験してやろうじゃないか。
「今すぐ、このガキをここへ連れてこいッ!」
部下にそう告げると、彼は慌てて頭を下げ、部屋を飛び出して行った。
ゼネットの身体から立ち上る殺気に堪えられなかったのだ。
ゼネット=バルガン。
元は城下町で働いていた衛兵であったが、類稀なる戦闘センスを見込まれ、当時の騎士団団長にスカウトされた異色の経歴を持つ。
入団してからはみるみるうちにトップへと上り詰め、騎士団長を数年にわたって勤め上げた。
現在は、前線を退いて、若手育成に励んでいるものの、その逞しい筋肉に衰えは見られない。
“剛腕”の名を耳にするだけで、今でも多くの兵士がすぐさま戦意を喪失するほど、国内外にその二つ名は轟いている。
だが、彼が有名なのはその腕っ節だけではない。
国への忠義心が、誰よりも厚いのだ。
ゼネットが入団試験官を担当してからというものの、それまで蔓延していた貴族たちによる裏口入学や賄賂が一切通用しなくなった。
彼の前では、権力も、財力も、何もかもが無意味だった。
「国を悪化させる種はいらねェ。文句があるなら、俺よりも強いことを証明してみせな。それができねェなら、とっとと失せるこった!」
試験官に就任して早々、息子を裏口入学させようとした貴族に、面と向かってゼネットは吐き捨てた。
当時、かなり政治でも発言力を持っていた貴族に対して、である。
しかし、戦争において何度も自国を勝利へと導いたゼネットの功績にかなう者など、この国に誰ひとりとしていないため、反発した貴族の方が逆に消されてしまった。
この一件以来、彼は多くの国民から“剛腕の忠義”と讃えられるようになった。
「さァて……。」
部下が例の入隊希望者を呼んでくるのを待つ間、ゼネットは入団希望者をどう痛めつけてやろうかと想像を巡らせる。
どうせ親の七光りで入学しようとしている、貧弱なやつだ。親の力を自分の力だと勘違いしている、その鼻っ柱をへし折ってやるとしよう――。
聞こえてきたコンコンという軽快なノックの音に、ゼネットはフンと鼻を鳴らした。
「入れ。」
中に入ってきた青年の姿に、ゼネットは眉をひそめた。
数メートル走らせただけでもすぐに倒れてしまいそうな体は、まるで枯れ木のようだ。猫背も相まって余計鈍臭く見える。
一方で、長い前髪の間から見える眼光は、嫌に鈍く光っていて、なんとも不気味な印象をゼネットは受けた。
騎士団以前に、普通の仕事をする上でも使えそうにない青年だ。これでは数分ももたないかもしれない、と内心ゼネットは苦笑した。
さっさと、終わらせてしまおう。なんせ、溜まっている仕事が山ほどあるのだから。
ゼネットは殺気を込め、低い声を放った。
「本来、俺とこうして顔を合わせるためには、時間をかけて、数々の試験を突破しなけりゃァならない。」
「…………。」
「しかし、それをすっ飛ばしてお前はここに立っている。」
「…………。」
「それがどういうことが、理解してんだろうなァ、小僧?」
「…………。」
青年は答えない。
もう自分の殺気に震え上がって、声すら出せずにいるらしい。
「毎年、何千人もの入団希望者が俺の前で涙を流して去っていく。しかし、ここにいるってことは、そういう何千人もの涙をあざ笑い、楽して入りてェ――そう思っていると解釈していいんだな?」
「…………。」
「おいおい、なんだ?まさかびびって、声も出ねぇのか?」
すぅっとゼネットは息を吸い込んだ。
「――なら、最初から、自分の力で正々堂々と戦えッ!」
部屋の壁がビリビリと軋むほど、声が響き渡る。
さて、これくらい言っておけば、あとは泣いて帰っていくことだろう。
そうなれば、外にいる衛兵にでも頼んで、門外に放り投げてやれば、仕事は完了だ。
しかし、そこで青年はようやく口を開いた。
「『剛腕の忠義』。」
「……あん?」
「っていう名前で呼ばれているんですってね、教官。」
青年はまるで、世間話を始めるかのような口調で、ニヤニヤしながら言った。
これには、さすがのゼネットも驚いた。
実はものすごい力の持ち主か、それともただの世間知らずのお坊っちゃまか。
「ほぅ……?」
どちらにしろ、少し面白くなってきた。
ゼネットはこのゲームを続けることにした。
「確かにそれは俺の二つ名だ。」
「かっこいい二つ名ですね。」
「褒めても入学はさせねェぞ。」
「名前だけじゃない。その身体つきも素晴らしいですね。」
青年は一歩、ゼネットの方へ近づいた。
「かなり鍛えていて、筋肉質なのが服の上からでも分かります。しかも、年齢を重ね、美味しそうな脂の上にのった筋肉。そんじゃそこらの騎士とは、重厚感が違いますね。ボク、そういう筋肉を持つ人、好きなんです。」
(なんだこいつ。気持ち悪ィな。)
褒めて煽てようとする馬鹿どもなら何人もいたが、ゼネットはもちろん相手にしてこなかった。
しかし、こうしてひたすら筋肉について褒め続けるのはこの青年が初めてだ。
「おい、うちに変態はいらねェんだが。それとも何か?この俺をおちょくってンのか?」
「そんなことありません。だって、あの『剛腕の忠義』とお話ができる機会なんてそうそうないから、ボク、舞い上がっちゃって。本当ですよ?」
青年の言葉は止まらない。
「あぁ、その左目の傷もチャーミングですよね。歴戦の獅子って感じがして。怒ると少し盛り上がりますよね。つまり、興奮すると盛り上がるってことですよね。それって、怒りはともかく、エロい気分になってもそうなんですか?」
「いい加減にしやがれッ!」
ダァンッ!
岩でも真っ二つに砕かれたような音に、ついに青年の軽薄なおしゃべりは止まった。
ゼネットは壁に叩きつけた拳をゆっくりと青年の眼前に持ち上げていく。次にこいつが飛んでいくのは、てめぇの顔面だぞ、と言わんばかりに。
「少しおしゃべりに付き合ってやろうかと思っていたが、我慢ならん!そこまでふざけ倒したいのなら、外でこの俺が相手になってやろう!」
本気だった。本気でゼネットは、騎士たちの練習場へ、この青年を引きずっていくつもりでいた。
だが、青年はゼネットの怒りを意に介さぬまま、ニヤリと口角を上げた。
「ダメですよ、教官。そう怒っては、左目のチャーミングな傷が盛り上がってしまいます。」
「てめぇッ!」
「教官は常に皆のお手本になっていなければならない存在です。『相手が誰であろうとも、人と話す時は直立姿勢なのが常識』――そうでしょう?」
「何言って……っ。」
一瞬、ゼネットの頭にキンッと痛みがはしった。
――相手が誰であろうとも、人と話す時は直立姿勢なのが常識……。
ゼネットはハッとした。
そうだ。人と話す時は、相手を尊重するために直立姿勢でなければならない。
それが常識だ。
なぜ自分はこんな大事なことを忘れていたのだろう。
「……フンッ。」
この“剛腕の忠義”が、非常識だと侮られては困る。
ゼネットは振り上げていた拳を下ろした。
そして、すっと背筋を正した。
指先までも神経を行き届けさせ、太ももの横に手を添わせる。息を吸って、自信ありげに胸を張る。
これなら誰が見ても美しい姿勢だと思うだろう。目の前の青年に侮られることはない。
青年は「おぉっ!」と声をあげ、パチパチと手を叩いた。
「すごい!こんなに素晴らしい直立姿勢を見たことない!誰にも真似できませんね!特にその盛り上がった胸筋。服の上からでも大きさが感じられます!」
「俺のことに関してはどうだっていい。それよりも、お前についての話を続けようや。」
「ボクに関して?」
こてんと青年は首をかしげ、そして、わざとらしく言った。
「あぁ!入団試験のことですね。」
「てめぇに入団試験は行わねェ!さっきも言っただろう!この俺が、直にぶちのめ――」
「受けられますよね?『入隊希望者が望めば、ゼネット教官は、必ず入団試験を行うのが常識』ですもんね?」
「あ?何言って……。」
ひくひくと左目の傷が疼いた。
「ン、お、ぐぅっ……!?」
しかし、痛みが止んだ時には、今頭が痛くなっていたという記憶はゼネットの中から霧のように消えていた。
――試験。そう、入団試験、だ。
ゼネットはため息をつきたくなった。
『入隊希望者が望めば、こちらは必ず入団試験を行わなければならない』。世間の常識に背いては、騎士団全体の質が疑われる。
まぁ、いい。
この青年に、できないであろう試験内容を課して、すぐに落としてやる。
ゼネットは内心にやりとほくそ笑んだ。
「そうだったな。それじゃあ、試験内容は――」
「『試験内容は受験生自らが決めるのが常識』でしたね、教官。」
「そうだ。早く試験内容を言え。」
ふと何か違和感を感じたが、気のせいかとゼネットは頭をふった。
しかし、本当に気持ち悪いやつだ。さっきからこちらを見てニヤニヤと口元をゆがめやがって……。
「そうだ!試験内容は、教官のポージング観察にしましょう!」
「はぁ?俺のポージング観察だァ?」
「そうです。教官のポージングをしっかりと観察し、それを口で表現します。この試験で、観察眼と表現力がみれるわけですね。『どちらも戦闘において重要な能力であることはもちろん常識である』ことを、教官はご存知ですよね?」
「ったりめぇだ。」
「ならば、ボクの言う通りにこれからポージングを行ってください。そうですね。まずはその直立姿勢から観察してみることにします」
青年はゼネットの傍に寄り、不躾な視線で胸のあたりをじろじろと見る。
「おい!そう近づくな!」
「いけませんよ、教官。『教官として、入団者の要望には全力で答えるのが常識』なのに。ボクは目が悪いので、そばで見ないといけないんです」
「くぅっ……!」
本当ならこんな得体の知れない者をそばにおきたくないのだが、今は試験中である。さすがのゼネットも文句を慎み、直立姿勢を保つ。
青年はくんくんと首筋や顎のあたりの臭いをわざとらしく嗅ぐ。
「あぁ……汗のツンとした臭いがたまりません。青年の中の青年って感じがして、憧れます。」
そう言って、今度は無遠慮に胸に掌を押しつけてきた。
「オイッ!」
心臓のそばを触られるのは、軍人として大変不快だ。
それに女でもあるまいし、胸なんてそうべたべた触るところではない。
そう思い、口を挟もうとしたが、青年の言葉の方が早かった。
「だって、しょうがないでしょう。こうやって触って感触を確かめるのも観察力の一つ。常識ですよ、常識。」
「じょ、常識……。」
――まぁ、常識ならば、しかたがない。
青年の手は先程よりも激しくゼネットの胸をぐりぐりと触る。
「どこを触られて文句は言えません。だって、今は試験中ですもんね。」
そうだ。今は試験で、自分の体を観察させなければならないのだから、小さなことでそう目くじらを立ててはいけない。
たとえ、青年の手が自分の股間を行ったり来たりさせていても、ゼネットは我慢するしかないのだ。
なぜなら、今行っているのは、国を支える者を選ぶ大事な入団試験。自分のわがままで試験を中断させては、『剛腕の忠義』の名が泣く。
青年はフーッ、フーッと鼻息を荒くしながら、ゼネットの股間を柔らかく揉む。
もちろん、性欲のコントロールも完璧であるゼネットは、これくらいの刺激で股間を膨らませることはない。
青年は、いくら触っても全然変化しないゼネットの股間から、つまらなそうに手を引いた。そんな青年の姿に、ゼネットは得意げに息をついた。
しかし、青年は気を取り直して、ゼネット正面に立つ。
部下から手渡された書類に、ゼネットは眉をひそめた。
「入隊試験は、とっくの昔に終えただろう?」
「はい。しかし、こちらの入隊希望者の試験を行うようにと、上層部から……。」
ゼネットは書類を横目でちらりと眺め、そのままバッと書類を机上へ放った。
「大方、入隊試験に落ちたクソ貴族の倅だろうよ。この“剛腕の忠義”がいると知っておきながら、まだこのような姑息な手を使うクソ貴族がいるとはなァ……。」
いいだろう。
望み通り、試験してやろうじゃないか。
「今すぐ、このガキをここへ連れてこいッ!」
部下にそう告げると、彼は慌てて頭を下げ、部屋を飛び出して行った。
ゼネットの身体から立ち上る殺気に堪えられなかったのだ。
ゼネット=バルガン。
元は城下町で働いていた衛兵であったが、類稀なる戦闘センスを見込まれ、当時の騎士団団長にスカウトされた異色の経歴を持つ。
入団してからはみるみるうちにトップへと上り詰め、騎士団長を数年にわたって勤め上げた。
現在は、前線を退いて、若手育成に励んでいるものの、その逞しい筋肉に衰えは見られない。
“剛腕”の名を耳にするだけで、今でも多くの兵士がすぐさま戦意を喪失するほど、国内外にその二つ名は轟いている。
だが、彼が有名なのはその腕っ節だけではない。
国への忠義心が、誰よりも厚いのだ。
ゼネットが入団試験官を担当してからというものの、それまで蔓延していた貴族たちによる裏口入学や賄賂が一切通用しなくなった。
彼の前では、権力も、財力も、何もかもが無意味だった。
「国を悪化させる種はいらねェ。文句があるなら、俺よりも強いことを証明してみせな。それができねェなら、とっとと失せるこった!」
試験官に就任して早々、息子を裏口入学させようとした貴族に、面と向かってゼネットは吐き捨てた。
当時、かなり政治でも発言力を持っていた貴族に対して、である。
しかし、戦争において何度も自国を勝利へと導いたゼネットの功績にかなう者など、この国に誰ひとりとしていないため、反発した貴族の方が逆に消されてしまった。
この一件以来、彼は多くの国民から“剛腕の忠義”と讃えられるようになった。
「さァて……。」
部下が例の入隊希望者を呼んでくるのを待つ間、ゼネットは入団希望者をどう痛めつけてやろうかと想像を巡らせる。
どうせ親の七光りで入学しようとしている、貧弱なやつだ。親の力を自分の力だと勘違いしている、その鼻っ柱をへし折ってやるとしよう――。
聞こえてきたコンコンという軽快なノックの音に、ゼネットはフンと鼻を鳴らした。
「入れ。」
中に入ってきた青年の姿に、ゼネットは眉をひそめた。
数メートル走らせただけでもすぐに倒れてしまいそうな体は、まるで枯れ木のようだ。猫背も相まって余計鈍臭く見える。
一方で、長い前髪の間から見える眼光は、嫌に鈍く光っていて、なんとも不気味な印象をゼネットは受けた。
騎士団以前に、普通の仕事をする上でも使えそうにない青年だ。これでは数分ももたないかもしれない、と内心ゼネットは苦笑した。
さっさと、終わらせてしまおう。なんせ、溜まっている仕事が山ほどあるのだから。
ゼネットは殺気を込め、低い声を放った。
「本来、俺とこうして顔を合わせるためには、時間をかけて、数々の試験を突破しなけりゃァならない。」
「…………。」
「しかし、それをすっ飛ばしてお前はここに立っている。」
「…………。」
「それがどういうことが、理解してんだろうなァ、小僧?」
「…………。」
青年は答えない。
もう自分の殺気に震え上がって、声すら出せずにいるらしい。
「毎年、何千人もの入団希望者が俺の前で涙を流して去っていく。しかし、ここにいるってことは、そういう何千人もの涙をあざ笑い、楽して入りてェ――そう思っていると解釈していいんだな?」
「…………。」
「おいおい、なんだ?まさかびびって、声も出ねぇのか?」
すぅっとゼネットは息を吸い込んだ。
「――なら、最初から、自分の力で正々堂々と戦えッ!」
部屋の壁がビリビリと軋むほど、声が響き渡る。
さて、これくらい言っておけば、あとは泣いて帰っていくことだろう。
そうなれば、外にいる衛兵にでも頼んで、門外に放り投げてやれば、仕事は完了だ。
しかし、そこで青年はようやく口を開いた。
「『剛腕の忠義』。」
「……あん?」
「っていう名前で呼ばれているんですってね、教官。」
青年はまるで、世間話を始めるかのような口調で、ニヤニヤしながら言った。
これには、さすがのゼネットも驚いた。
実はものすごい力の持ち主か、それともただの世間知らずのお坊っちゃまか。
「ほぅ……?」
どちらにしろ、少し面白くなってきた。
ゼネットはこのゲームを続けることにした。
「確かにそれは俺の二つ名だ。」
「かっこいい二つ名ですね。」
「褒めても入学はさせねェぞ。」
「名前だけじゃない。その身体つきも素晴らしいですね。」
青年は一歩、ゼネットの方へ近づいた。
「かなり鍛えていて、筋肉質なのが服の上からでも分かります。しかも、年齢を重ね、美味しそうな脂の上にのった筋肉。そんじゃそこらの騎士とは、重厚感が違いますね。ボク、そういう筋肉を持つ人、好きなんです。」
(なんだこいつ。気持ち悪ィな。)
褒めて煽てようとする馬鹿どもなら何人もいたが、ゼネットはもちろん相手にしてこなかった。
しかし、こうしてひたすら筋肉について褒め続けるのはこの青年が初めてだ。
「おい、うちに変態はいらねェんだが。それとも何か?この俺をおちょくってンのか?」
「そんなことありません。だって、あの『剛腕の忠義』とお話ができる機会なんてそうそうないから、ボク、舞い上がっちゃって。本当ですよ?」
青年の言葉は止まらない。
「あぁ、その左目の傷もチャーミングですよね。歴戦の獅子って感じがして。怒ると少し盛り上がりますよね。つまり、興奮すると盛り上がるってことですよね。それって、怒りはともかく、エロい気分になってもそうなんですか?」
「いい加減にしやがれッ!」
ダァンッ!
岩でも真っ二つに砕かれたような音に、ついに青年の軽薄なおしゃべりは止まった。
ゼネットは壁に叩きつけた拳をゆっくりと青年の眼前に持ち上げていく。次にこいつが飛んでいくのは、てめぇの顔面だぞ、と言わんばかりに。
「少しおしゃべりに付き合ってやろうかと思っていたが、我慢ならん!そこまでふざけ倒したいのなら、外でこの俺が相手になってやろう!」
本気だった。本気でゼネットは、騎士たちの練習場へ、この青年を引きずっていくつもりでいた。
だが、青年はゼネットの怒りを意に介さぬまま、ニヤリと口角を上げた。
「ダメですよ、教官。そう怒っては、左目のチャーミングな傷が盛り上がってしまいます。」
「てめぇッ!」
「教官は常に皆のお手本になっていなければならない存在です。『相手が誰であろうとも、人と話す時は直立姿勢なのが常識』――そうでしょう?」
「何言って……っ。」
一瞬、ゼネットの頭にキンッと痛みがはしった。
――相手が誰であろうとも、人と話す時は直立姿勢なのが常識……。
ゼネットはハッとした。
そうだ。人と話す時は、相手を尊重するために直立姿勢でなければならない。
それが常識だ。
なぜ自分はこんな大事なことを忘れていたのだろう。
「……フンッ。」
この“剛腕の忠義”が、非常識だと侮られては困る。
ゼネットは振り上げていた拳を下ろした。
そして、すっと背筋を正した。
指先までも神経を行き届けさせ、太ももの横に手を添わせる。息を吸って、自信ありげに胸を張る。
これなら誰が見ても美しい姿勢だと思うだろう。目の前の青年に侮られることはない。
青年は「おぉっ!」と声をあげ、パチパチと手を叩いた。
「すごい!こんなに素晴らしい直立姿勢を見たことない!誰にも真似できませんね!特にその盛り上がった胸筋。服の上からでも大きさが感じられます!」
「俺のことに関してはどうだっていい。それよりも、お前についての話を続けようや。」
「ボクに関して?」
こてんと青年は首をかしげ、そして、わざとらしく言った。
「あぁ!入団試験のことですね。」
「てめぇに入団試験は行わねェ!さっきも言っただろう!この俺が、直にぶちのめ――」
「受けられますよね?『入隊希望者が望めば、ゼネット教官は、必ず入団試験を行うのが常識』ですもんね?」
「あ?何言って……。」
ひくひくと左目の傷が疼いた。
「ン、お、ぐぅっ……!?」
しかし、痛みが止んだ時には、今頭が痛くなっていたという記憶はゼネットの中から霧のように消えていた。
――試験。そう、入団試験、だ。
ゼネットはため息をつきたくなった。
『入隊希望者が望めば、こちらは必ず入団試験を行わなければならない』。世間の常識に背いては、騎士団全体の質が疑われる。
まぁ、いい。
この青年に、できないであろう試験内容を課して、すぐに落としてやる。
ゼネットは内心にやりとほくそ笑んだ。
「そうだったな。それじゃあ、試験内容は――」
「『試験内容は受験生自らが決めるのが常識』でしたね、教官。」
「そうだ。早く試験内容を言え。」
ふと何か違和感を感じたが、気のせいかとゼネットは頭をふった。
しかし、本当に気持ち悪いやつだ。さっきからこちらを見てニヤニヤと口元をゆがめやがって……。
「そうだ!試験内容は、教官のポージング観察にしましょう!」
「はぁ?俺のポージング観察だァ?」
「そうです。教官のポージングをしっかりと観察し、それを口で表現します。この試験で、観察眼と表現力がみれるわけですね。『どちらも戦闘において重要な能力であることはもちろん常識である』ことを、教官はご存知ですよね?」
「ったりめぇだ。」
「ならば、ボクの言う通りにこれからポージングを行ってください。そうですね。まずはその直立姿勢から観察してみることにします」
青年はゼネットの傍に寄り、不躾な視線で胸のあたりをじろじろと見る。
「おい!そう近づくな!」
「いけませんよ、教官。『教官として、入団者の要望には全力で答えるのが常識』なのに。ボクは目が悪いので、そばで見ないといけないんです」
「くぅっ……!」
本当ならこんな得体の知れない者をそばにおきたくないのだが、今は試験中である。さすがのゼネットも文句を慎み、直立姿勢を保つ。
青年はくんくんと首筋や顎のあたりの臭いをわざとらしく嗅ぐ。
「あぁ……汗のツンとした臭いがたまりません。青年の中の青年って感じがして、憧れます。」
そう言って、今度は無遠慮に胸に掌を押しつけてきた。
「オイッ!」
心臓のそばを触られるのは、軍人として大変不快だ。
それに女でもあるまいし、胸なんてそうべたべた触るところではない。
そう思い、口を挟もうとしたが、青年の言葉の方が早かった。
「だって、しょうがないでしょう。こうやって触って感触を確かめるのも観察力の一つ。常識ですよ、常識。」
「じょ、常識……。」
――まぁ、常識ならば、しかたがない。
青年の手は先程よりも激しくゼネットの胸をぐりぐりと触る。
「どこを触られて文句は言えません。だって、今は試験中ですもんね。」
そうだ。今は試験で、自分の体を観察させなければならないのだから、小さなことでそう目くじらを立ててはいけない。
たとえ、青年の手が自分の股間を行ったり来たりさせていても、ゼネットは我慢するしかないのだ。
なぜなら、今行っているのは、国を支える者を選ぶ大事な入団試験。自分のわがままで試験を中断させては、『剛腕の忠義』の名が泣く。
青年はフーッ、フーッと鼻息を荒くしながら、ゼネットの股間を柔らかく揉む。
もちろん、性欲のコントロールも完璧であるゼネットは、これくらいの刺激で股間を膨らませることはない。
青年は、いくら触っても全然変化しないゼネットの股間から、つまらなそうに手を引いた。そんな青年の姿に、ゼネットは得意げに息をついた。
しかし、青年は気を取り直して、ゼネット正面に立つ。
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