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赤い犬。
しおりを挟む生き物とは、子を産み育み、次代へと繋げて行くことこそが本懐であると疑ってやまない。
きっと、だからこそ人は子を愛するのだろう。
子を次代へと運ぶ為に。大人になって、素敵な出会いを迎え、そしてまた子を産み育むまで、その時まできっと、傷付かぬように、壊れぬように、潰れぬように、大事に大事に抱きしめるのだ。
そんな理屈を抜きにしても、俺は優子を愛してる。
妻の娘であることに疑いは無いが、逆に、本当に俺みたいな下らない男から、こんなにも愛らしくて優しく、賢く、思いやりに溢れた天女みたいな子が産まれるのかと、到底信じられない気持ちを抱いたくらいだ。なんなら今でも思ってる。
ナイトもそうだ。俺はナイトも愛してる。
こんなにも賢く、優しく、気が利いて人に寄り添える犬なんて他に絶対居ないだろうと確信してる。
アイツは、俺がクソみたいな仕事を抱えて内心落ち込み、しかし家族にはそんな面を晒せないと取り繕って良い父を演じていても、そんな俺を察しては慰めてくれた大事な家族だ。本当に、本当に良い子なんだ。
あの日、小さな小さな仔犬だったナイトを拾って来た優子を、俺は今でも褒めてやりたい。
そんな家族が、最愛の家族が、こんな薄暗い地獄で泣いて、血を流し、命を賭して、命を落としてまで足掻いてる時に……--
俺は、何も出来なかった。
情けない。ただひたすら情けなくて、自分の無能さに絶望する。
ナイトは戦った。俺の最愛が、俺の最愛を守って命を使って、使い切った後さえも抱えられるだけの負債を山盛りにして戦い続けた。
ナイトは一歩も引かなかった。無様に絶望する俺をよそに、ただ傷付いていく。
なのに、なんで、俺はそこに居ないのか。
あんなにもナイトが頑張ってるのに、なんで傍に居てやれなかったのか。
死ねばいい。ゴブリンなんて化け物じゃなく、もちろんナイトでもなく、まず俺が死ねば良かったんだ。
ナイトが居た場所は、本来俺が立つべき場所だった。何があっても駆け付けて、ナイトも優子も守り抜いて、俺がまず傷付き死ぬべきだった。
親とは、子よりも先に死ぬ為に存在するんだ。
なのに、なんて無様なのか。死ね。死んじまえよ。
もっと俺に力が有れば、ナイトも死なずに済んだかも知れないのに。ナイトが死ぬまで、死んだ後も、ただ病んで、嘆いて、絶望し、家で待っているしか出来なかった世界最高の無能。ゴミ。クズ。ヒトデナシ。
死ね。まず俺が死ね。この能無しがッッ……!
俺は誰よりも、まず俺が許せないッッ!
「俺はっ、………………俺はぁあッッ!」
追加でやって来たゴブリンを蹴転がして馬乗りになる。マウントを取って気が済むまで醜い顔面を拳で潰す。
周囲から別のゴブリンに殴られようとも殴り続ける。ゴスっと言う音がグチャっと音に変わっても殴り続ける。
今日のため、仕事は全て片付け引き継ぎも終え、キッパリと止めてきた。
だって耐えられなかった。
この地獄を欠片も体験せず、ただ日常を謳歌して、苦しかったはずの優子とナイトに「もう大丈夫」だなんて、中身の無い薄っぺらい言葉しか言えない自分が何よりも耐えられない。
俺だ、俺だけなんだ。
まだ俺だけがこの地獄をまだ知らない。
彩も、真緒も、優子についていって地獄の片鱗を味わって来た。きっと優子と同じ目線であの子のことを労わってやれる。
「お前らにッ、お前らに分かるかァァァ!? 優子はな、優子はなぁあぁああああぁぁぁああああッッ!?」
銅級ダンジョン二回目の攻略。それを成し遂げ、家に帰ってきた優子には、
右手の親指が、無かった。
痛いはずだ。怖いはずだ。辛いはずだ。
だけど優子は、本当になんでも無いように、事実本当に気にしていないのだろう……、「今どきの義指って性能良いよね?」なんてケロッとした顔で聞いてくるのだ。
あれが、どれほど痛ましく、どんなに恐ろしい事か--……
「お前らには分からんだろうなぁァアア゛ア゛ア゛!」
もう反射ですらビクビクと反応しなくなった挽肉から離れ、先程から俺を殴ってたゴブリンに向き直る。馬乗りから振り返った瞬間に顔面を殴られたが、こんなのはナイトが経験した痛みに比べたら、かすり傷ですら無い。
ゴブリンの股下から真上に蹴り上げるようにして脚を振り抜き、続けざまに裏拳を真後ろに向かって撃ち出す。
俺は、ナイトになりたかった。
娘を守れるならば、あの地獄で寄り添えるなら、俺は犬で良かった。あの白く輝く犬になりたかった。
いや、色なんて別に良い。最後は血塗れで真っ赤に染ったナイトも最高にカッコよかったさ。
アイツは漢だ。何も出来なかったチンケな俺なんか比べ物にならない立派なオスだ。俺には勿体ない自慢の息子だ。
「よくも、よくもナイトを殺しやがってッッ! よくも優子をっ、俺の娘を泣かせやがって! 大事な息子を挽肉にしやがってヨォ! 責任取って死に晒せゴルァァアアッ!」
返せよ! 俺達のナイトを返せよ! 舌で俺達を舐めたらちゃんと臭くてベッタベタの唾液が出て来るアイツの体を返せよ!
責任取れよッ! 優子の涙の責任を取れ! 未だにナイトの死と俺らへの後ろめたさで魘される娘の時間と幸せを返せッッ!
仕事でミスって凹んでる俺の顔を、心配そうに舐めてくる息子を返せよッ! なあっ!? 返せよ、俺の娘を守ったアイツを返せよ! 返せ、返せよ返せってんだよぉおおおあああああぁぁァアアアアッッッッッ!!
「俺゛達゛の゛時゛間゛を゛返゛せ゛よ゛ぉ゛お゛お゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ァ゛ア゛あ゛ァ゛あ゛あ゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ッ゛ッ゛!」
◇
その日、史上13人目にして、16番目の覚醒者が誕生した。
そのスキルは、後に『紅犬』と名付けられ、とても希少な効果として知られて行く。
三人の戦姫が銀級攻略に勤しむ、その間にも。
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