カイイノキヲク

乾翔太

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第二章 ×××を取り戻したい怪異の記憶

霊と怪異

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「ここは……」
 とってもカビ臭い。怪域に入った私がまず思ったことは、それだった。
「広そうな怪域だな……。見た目は、廃デパートのようだが……」
 龍守くんが、小さな声で呟く。
 辺りを見回すと、蜘蛛の巣が張っている空の商品棚が沢山並んでいた。天井を見ると、一応電気が付いているのが確認できたけど、辺りはとても薄暗い。電球が切れかけているようだ。チカチカと点滅を繰り返している電球もある。
「ソラ!」
 突然、ポチ太が私の名前を叫びながら肩掛けカバンの中から飛び出してきた。そんなポチ太を、私は慌てて両手でキャッチする。
「ポチ太! そっか、怪域の中だと喋れるんだったね」
「そのようでありますな! またソラとお話できて嬉しいであります! ……けど、オイラは怒っているでありますよ!」
「ええっ!? 何で!?」
 ポチ太がポカポカと胸元を叩いてきた。でも、全然痛くないし動きが可愛いなあ。
「自分から危険な場所に足を踏み入れるなんて、何を考えているでありますか!?」
「ご、ごめんなさい……。だけどそれは……」
「喫茶店での話は全て聞こえていたから、事情は分かるであります。でも、オイラはソラに危険な目に遭ってほしくないであります……」
「……本当にごめんなさい。でも、ここで逃げて友達を失ってしまったとしたら、私はもう二度と胸を張って生きられない。そう思うの」
 私がそう言うと、ポチ太は叩くのをやめた。代わりに、短い手足で私の腕にしっかりと抱きついてきた。
「仕方ないでありますなあ。でもまあ、ソラがそういう人間だからオイラは力を貸したいと思うし、神獣になれたのかもしれないであります。……絶対に、記憶の核を見つけ出すでありますよ!」
「うん! ありがとう、ポチ太」
 力を貸してくれるポチ太のためにも、絶対にやり遂げなきゃ。私は、そう心に固く誓った。
「怪浄師でもないのに自ら進んで怪域に入るとは、愚かじゃのう」
 いつの間にか、腕組みした輝龍丸さんが私の近くに立っていた。ポチ太は私の肩に乗り、輝龍丸さんをにらみつける。
「ソラをバカにしたら許さないでありますよ! でかトカゲ!」
「ふん。駄犬も小娘も愚か者じゃ。だが、わしはそんな愚か者が嫌いではないぞ」
「は?」
 輝龍丸さんが放った言葉が意外だったのか、ポチ太が間の抜けた声を出す。
「輝龍丸は仲間想いの人間や神獣が好きなんだ。そうだろう?」
「リクト。余計なことを言うでない」
 輝龍丸さんはそっぽを向いてしまった。照れているのかな?
「むう。それならそうと素直に言うであります」
「こう見えても輝龍丸は照れ屋だからね。素直に誰かを褒めるのが恥ずかしいんだよ。きっと」
「う、うるさい! 無駄口を叩く暇があったら、さっさと記憶の核を探さんか!」
「はいはい。それじゃあ、探索を始めよう」
 龍守くんの言葉に、私は頷く。みんなと楽しくお話したい気持ちはあるけど、そうも言っていられない。ここはとても危険な場所だ。気を引き締めなくちゃ。
「千眼さん。ポチ太。怪しい場所はないかい?」
 龍守くんの考えが正しければ、私とポチ太の神力は隠された記憶の核を見つけ出すことができるというものだ。
 私は、辺りを見回して記憶の核らしきものが無いかを探った。
「ずっと上に……何か見えるかも」
「小さな光の点のようなものが、見える気がするであります。何となくでありますが、ずっと上の階にありそうな……」
 天井を見上げた時、小さな光がどこかから透けているように見えた。だけど、その小さな光はポチ太が言うようにずっと上の階にある。そんな気がした。
「なるほど。それが記憶の核だとすると、僕たちはこの廃デパートの上の階に向かわないといけないわけか」
「面倒じゃのう」
「でも、行くしかないであります!」
「そうだね。とりあえず、階段かエスカレーターを探そうか。エレベーターもあるかもしれないけど、それに乗るのはやめておいた方が良いかもね」
 龍守くんの意見に、私も同意だ。もしエレベーターに乗って、途中で止まったりしたら……考えただけでぞっとする。
『……けて』
『……して』
 上の階に行く手段を探すために私たちが歩き始めた瞬間、どこからか男の人たちの声が聞こえた。
 何だろう。この声、聞き覚えがあるような……。
『たすけて……』
『許して……』
 私は思わず息を呑む。
 前方にあるレジコーナーの辺り。そこに二人の男が立っていた。
 一人はスーツを着た男。もう一人は白衣を着た男。――そのどちらも、全身血まみれだった。
「あ、あれが……この怪域の怪異なの?」
「……輝龍丸!」
「うむ。試してみるかの」
 龍守くんが叫んだ瞬間、輝龍丸さんは真っ白な光に包まれ、次の瞬間には白い杖に変身していた。その杖を龍守くんはしっかりと握り、血まみれの男たちに向かって走る! そして次の瞬間、龍守くんは杖の先端で血まみれの男たちを順番に突いた! ……だけど、
「効いていないの……!?」
 杖の先端は男たちの身体をすり抜けた。
「やっぱりね。こいつらは怪異じゃない。怪異なら、輝龍丸で攻撃したら当たるはずだからね」
「怪異じゃないなら、何でありますか?」
「ただの霊だよ。……山本ゴウトと佐藤ガシンのね」
 山本ゴウトと佐藤ガシン。それは、シンヤくんの命を奪った男たちだ。
「ど、どうしてこの二人の霊がこんな場所にいるの……?」
「この怪域の怪異に殺されて霊になったんだと思う。怪域の中で死んだ人間は霊として怪域の中をさまようか、新たな怪異になるか。そのどちらかなんだ」
「霊と怪異ってどう違うの?」
「怪異は人間に危害を加えるけど、霊はただ当てもなくさまようだけだ。だから、こいつらは放置しても問題ない」
 当てもなくさまよう、か。確かに、目の前の男たちは目的もなくふらふらと歩いているだけに見える。
「……『怪異の連鎖(れんさ)』じゃな」
 変身を解いて龍の姿に戻った輝龍丸さんがそうぽつりと呟いた。
「ああ。前の怪域の関係者の霊がさまよっているのは、きっと偶然じゃない。恐らく、この怪域の怪異はシンヤくんの関係者だろう」
「怪異の連鎖って何でありますか?」
「たまにあるんだ。生前に関係があった怪異が続けて出てくることが。それを僕たち怪浄師は怪異の連鎖と呼んでいる。……つまり、シンヤくんの事件から始まった怪異絡みの問題はまだ解決していないってことだ」
「そんな……」
 シンヤくんの事件から始まった怪異の問題が、まだ続いていたなんて。
「……気になることは色々あるけど、今は上の階に急ごう。怪異が僕たちに何かを仕掛けてくる前に」
 二人の男の霊を横目に、私たちは探索を再開した。その直後のことだった。
「……な、何でありますか!?」
 突然、建物がグラグラと揺れ始めた! そして、辺りが突然真っ暗になる! 
 ――どうやら停電したようだ! 何も見えない!
「うわっ!?」
「どうしたんじゃリクト! ……うおおおおっ!?」
 ガラガラと何かが崩れるような音と、龍守くんと輝龍丸さんの叫び声が辺りに響いた!
「な、何が起きているでありますか!?」
 激しい揺れに耐えられず、私はその場にしゃがみ込んでしまう! ポチ太が、私の腕にしっかりとしがみついている感触しか分からない!
「……あっ! 電気が点いたであります!」
 ……少ししたら激しい揺れはおさまり、電気も復旧した。ほっと安心したのも束の間、私の心臓が驚きで激しく跳ねる。
 ――龍守くんと、輝龍守さんがいない。代わりに、さっきまで二人が居た場所の床に、大きな穴が開いている。
 さっきの音は、床が崩れる音だったんだ!
「まさか、地下に落ちてしまったでありますか!?」
「龍守くーん!!」
「でかトカゲー!」
 私たちは、穴に向かって二人の名前を呼んだ。しかし、返事はない。
「ど、どうしよう……」
 まさか、こんな形で龍守くんと輝龍丸さんとはぐれるなんて……。
『返してください』
「えっ?」
 突然、背後から女の人の声がして、私は振り返った。そこに立っていたのは……
「きゃああああ!?」
 まるでバラバラのパズルのような、人型の何か。腕があるべき場所に脚があったり、脚があるべき場所に腕があったり、顔が上下逆になっていたり……。
 それの姿を見た瞬間、私は本能的に理解した。――この怪域の怪異が、現れたのだと。
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