幼馴染の初恋は月の女神の祝福の下に

景空

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1話 中学進学

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 「愛翔(あいと)、おはよう」
「おう、桜(さくら)。おはよ」
桜の花びらが舞い散る朝、中学1年生になったふたりの幼馴染、愛翔と呼ばれたのは身長160センチと中学入学時としてはやや長身、短く切り揃えた黒髪に細面で中性的で整った顔つきカッコいいというより可愛い感じの男の子で住吉愛翔(すみよしあいと)。桜と呼ばれたのは華押桜(かおうさくら)、身長150センチ細身で栗色のショートカットの髪を揺らしにこにこ笑う小動物のような雰囲気の女の子だ。幼馴染二人は並んで通学路を歩いていた。向かうは豊2中学校、もう1人の幼馴染を含む3人の通っていた南小学校と豊西小学校の2校から生徒が集まる1学年150人の中規模な中学校。
「今日は入学式だけよね」
「いや、最初にクラス発表で、とりあえずそれぞれの教室に入った後で入学式、入学式が終わったらクラスで新入生オリエンテーション、そのあと部活動紹介があるぞ。ちゃんと新入生のしおり読んだか」
「あはは、愛翔と一緒にいれば大丈夫かなって」
「お前なぁ。長い付き合いの幼馴染だし、一緒にいれば面倒見るのはいつものことだから構わないけど。クラス違ったりしたら何もかもは面倒見れないかもしれないんだからな」
「うぅ、わかってるけど。でもきっと中学でも愛翔と同じクラスになれるって信じてるもん」
そう言いながら桜は愛翔の左腕に自分の腕を絡める。まるで恋人同士のように見えるけれども、付き合っているつもりはない二人に、もう一人の幼馴染、橘楓(たちばなかえで)が登校途中で合流した。腰までの黒髪を春の風になびかせ一見おとなしめに見えるこちらはキリリとした綺麗系美少女だ。
「おはよぉ。あいかわらずアツアツカップルね。同じ幼馴染として仲間に入れてよ」
と冷やかしながら本人も愛翔に抱きつく。小学校時代から続くいつものじゃれ合いで仲間内の名物のようなものだ。
 中学校の掲示板前には新入生が自分のクラスを確認するために集まっている。3人は掲示板を確認するために人混みをかき分け入っていった。
「あった。俺はB組だ」
まっさきに自分の名前を見つけた愛翔が叫ぶと。桜が途中まで見ていたクラス名簿の確認をやめてB組の名簿に目を走らせる。
「あ、あった。あったよ愛翔。中学でも一緒のクラスだよ」
輝くばかりの笑顔で嬉しそうに桜は愛翔に抱きつく。周囲から生温かい視線が注がれる。もう少し成長し恋愛を意識する人数が多い年頃になればまた違ってくるのだろうけれど、まだ中学入学直後の幼い子供たちの多くは仲の良い幼馴染を微笑ましく見守っていた。
 入学式、オリエンテーションとつつがなく進み、ある意味初日のメインイベントとも言える部活動紹介が行われた。幼馴染3人組は集まってワイワイと相談という名の雑談中だ。
「ねえ、愛翔は部活はどうするの」
桜が愛翔に問いかける。
「ううん、小学校でミニバスやってたからバスケットボール部にするか、それとも新しい事に挑戦って意味でサッカー部にするか迷ってるんだよね。ああ、テニスもいいな。で、そういう桜はどうするの」
「あたしもバスケ続けるか、外の事に挑戦するか迷ってるのよね。楓ちゃんはどうするの」
「私は、美術部に入ろうかなって思ってるの」
「楓は絵が上手だから良いんじゃないか」
体育会系の愛翔や桜と違い楓はインドア派で特に絵では小学生時代に県の美術展で何度か入選した実績もちなので、愛翔も桜も楓が美術部というのは納得するものだった。
「じゃぁとりあえず興味のある部活の見学と体験に行こうか」
愛翔の提案に二人もうなづき3人そろって興味のある部に向かった。
「最初はとりあえずバスケ部よね。ふたりの雄姿を見せてね」
楓の言葉に愛翔と桜はクスリと笑い。
「よーし、ミニバス全国大会出場選手が中学でどのくらい通用するか挑戦だ」
桜に向かって愛翔がウィンクを送る。
「ふふふ、どっちが通用するか競争よ」
「あ」
「どうしたの愛翔」
「うん、今日は運動着持ってきてないんだった。桜は持ってきてるの」
「………………」
「今日は、楓の付き添いで美術部に行こうか」
そろってクスリと笑い、楽し気に美術室への廊下をと歩いていく3人。わずかに気まずい空気が流れたが、それでも幼馴染とは不思議なものですぐに普段通りのたわいもない会話が始まっていた。

”コンコン”美術室につくと愛翔が先頭でノックをする。こういうのはいつでも愛翔の役割。いつの間にか愛翔が先頭を歩くようになっていた。
「どうぞ」
「「「失礼します」」」
3人揃って声をかけて中に入り、やはり愛翔が声をかける。
「見学希望ですが、よろしいでしょうか」
愛翔たちを見ていた上級生と思われる生徒の顔がぱぁっと明るい笑顔になる。そして、その中の一人が椅子から立ち上がり。
「ようこそ美術部へ。3人とも美術部を希望かな」
「ああ、その。こいつが美術部希望でオレ達二人は付き添いです」
と言いながら、愛翔が楓をそっと前に押し出す。
「あ、あの。1年B組、橘楓です。今日は見学させてもらいたいと思ってきました」
「そう楓さんね。部長の楡咲玲緒奈です。よろしくね。うちの部は登録している部員数はそこそこ居るんですけど、実質活動しているのは今日ここにいる5人くらいです。活動は基本平日の放課後は毎日。美術展への出品とかある場合には朝や昼休憩時間にも活動するときはあるわね。それでも足りないときに限り土日も先生に届けを出して活動って感じです。人数が少ないので和気あいあいの居心地の良い部だと思います。今日はみんなで静物のデッサンをしています。今日は見学ということなので自由に見て行ってね」
3人がしばらく美術部の活動を見学していると楡咲部長が楓に声をかけた。
「ところで楓さんは経験はあるのかしら」
「えと、その、小学生の頃に水彩画で県の美術展で何度か入選までいきました」
「わ、すごいじゃない。どんな絵を描くの」
「えと…………」

 見学後に楓はとりあえず仮入部手続きを行いその日は帰ることになった。
「じゃぁ楓さんは仮入部ということで、一応4月15日までに気持ちを決めてきてね。愛翔君も桜さんも兼部もオーケーだからよかったら来てね」
「はい、ありがとうございました」

 三人並んでの下校時、さっそく愛翔が口を開く
「楓、美術部はどうだった。見ている分には良さそうに見えたんだけど」
「うん、先輩達も優しそうだし、少し仮入部で様子は見るけど多分入部すると思う、それより、愛翔と桜は明日から運動着持ってきて見学と体験するんでしょ」
「おお、そのつもりだ。とりあえず明日は、バスケ部かな。それなら桜と一緒に見られるからさ。桜もそれでいいかな」
「うん、明日はバスケ部ね。うちのバスケ部って全国上位レベルだから体験までさせてくれるかどうかわからないけど、一応そのつもりで行こ」
三人腕を絡めて帰るその姿は、男女を意識しない微笑ましい幼馴染の姿だった。
 中学入学2日目、3人はやはり一緒に今日はバスケットボール部の見学に来ていた。小学校時代にミニバスケットボールで全国大会に出場していた愛翔と桜は一緒にミニバスケットボールをやっていた先輩もおり既に知られていて
「住吉君来てくれてうれしいよ。入部してくれるんだよな」
「華押さん女子バスケットボール部は歓迎するよ。一緒のチームで頑張ろう」
といきなりの歓迎に二人も押され気味だ。特に桜はその攻撃的なプレイと裏腹に人見知りで愛翔や楓以外にはあまり積極的に話すほうではない。そのため委縮して何も言えなくなっている。そんな状態を収めるために愛翔がいつものように声を出す。
「ちょ、ちょっと待ってください。今日はとりあえず見学とせいぜい体験のつもりで来ているんです。歓迎していただいているのは嬉しいのですが申し訳ありませんが一通り体験させていただけませんか」
 それはもっともだと、先輩部員たちも受け入れ練習を始めた。運動着に着替えた二人は、その中に混ざり身体を動かし汗を流していく。パス、ドリブル、シュート基本練習を終えると、順番にハーフコートでの3on3を3ゴール先取で流していく。
「集合」
キリの良いところで、おそらくは男子バスケットボール部のキャプテンらしき先輩が声を掛ける。
「いつもの通りレギュラーチームとそれ以外で順番にミニゲームを行う。今日は体験の1年生もいるので、そうだな住吉君はセカンドチームに混ざって体験をしてもらおうか。ポジションは希望はあるかい」
小学校時代のミニバスケットでは特にポジションを固定しなかったため、愛翔は特に苦手なポジションはない。オールラウンダーであり、どのポジションについてもミニバスケットレベルなら全国大会で十分に動けた。
「特に得手不得手はありません。むしろ色々試してみたいなと思います」
「そうか、1年生でフィジカル的にはセンターとかはさすがにつらそうだし、いろいろな動きも見たいからとりあえず、スモールフォワードで出てみてくれるか」
女子部の方を見るとあちらでもミニゲームを始めており、桜もやはりセカンドチームのスモールフォワードで参加していた。今も鋭い動きでレギュラーチームに切り込みダブルクラッチからシュートを決めていた。それを見て
「桜ナイスシュート」
思わず声を掛けてしまい
「あ、すみません」
すぐに先輩達にあやまる愛翔に
「ふむ、あの子は君の知り合いなのか」
チームリーダーから問いかけられ
「はい、幼馴染で小学校では一緒にミニバスケットをやっていました。あいつもミニバス全国大会MVPです」
「あいつも、ってことは君もなのかな」
「あ」
にこりと笑顔の先輩に愛翔は、うっかりと漏らした言葉に照れながら
「あ、えぇと。はい。あいつが女子MVPで俺が男子MVPでした」
「ふふふ、ミニバス全国大会のMVPか。楽しみだな。よし、とりあえず自由に動いて見せろ。おまえにボールを集めてやる」
「えと、それじゃ最初はゴール下に入り込みますのでロングを打ってもらっていいですか」
「最初だけか」
「はい、ボードに当たればいいのでオフェンスの1プレイ目だけお願いします。あとは普通に」
愛翔はやや後ろ目にポジショニングし前後どちらにもダッシュできる体勢で試合開始を待っている。ちょっとした動きから愛翔はセカンドチームとレギュラーチームのレベルがそれほど大きく違わないことに気付いている。特にジャンプボールを飛ぶ先輩はおそらくジャンプボール限定ならレギュラーチームのメンバーより上と判断していた。ゲーム開始のホイッスルが鳴りボールが上がる。セカンドチームのジャンパーの手が早い。そこまで見た愛翔は走り始める。コートの端をスルスルと目立たないようにそして予定通りに味方からのロングシュートがゴールに向かい飛ぶ。レギュラーチームから
「そんな無茶なロングが入るかよ」
と、呆れた声が聞こえ、ゆっくりとした動きでリバウンド処理に入る姿が見える。そこにするりと入り込みマイボールにした愛翔が素早くジャンプシュートを決めた。
「な、いつの間に」
レギュラーチームの驚きの声に愛翔が声をかぶせる。
「ディフェンス1本」
オフェンスサイドに回ったレギュラーチームのボールをケアしながら自陣に戻る愛翔の脇をパスを回すレギュラーチーム。愛翔は、それを横跳びにカットし、3ポイントラインの外からシュート。ボードに当たったボールはゴールリングに当たるもゴールならず、リバウンドがこぼれる。ゴールを背にオフェンスに向かおうとしていたレギュラーチームが必死に戻るも、既にゴールを向いていた愛翔が僅かに早くリバウンドを勝ち取った。さすがにレギュラーチームもブロックに入っている。そこで愛翔はフェイドアウェイシュートを放つ。素直にブロックしようとしたディフェンスから僅かに離れた位置から放たれたボールはギリギリでリング内に落ちる。そこで愛翔にわずかな焦りが浮かんだ。小学生時代のミニバスケットでの感覚で放ったシュートは狙いからわずかに手前にしか届かなかった。結果的にゴールになったものの未だ未成熟な愛翔のフィジカルでは筋力が不足しておりミニバスケットで行っていたのように自在なロングシュートは難しい。それに気づいた愛翔はわずかに顔をしかめた。
「先輩、俺のフィジカルだとロングはきついみたいなのでショートからミドルで動いてみたいですが、いいですか」
「おお、やってみろ。今日は体験だからな。ミニバスケットと中学からのバスケットの違いを体感していけ」
「ありがとうございます」
細やかなステップワークとスピードでレギュラーチームの間を抜ける愛翔だが、最初こそそのスピードに翻弄されたレギュラーチームもフィジカル差を利用したプレスディフェンスで対抗する。
 結局愛翔も中学生のフィジカルに対抗しきれずにミニゲームは終わった。
「おお、住吉。いい動きだったぞ。今の段階でうちのレギュラー相手にあれだけできるとなると身体ができてきたら楽しみだ」
愛翔の動きを認め声を掛けるレギュラーチームが本当にうれしそうだ。
「ありがとうございます」
愛翔も息を切らしながらの返事だった。
 息の整った愛翔が女子バスケットボール部に目を向けると、桜が先輩たちにもみくちゃにされていた。”そっか桜は通用したんだ”愛翔は少し羨ましい気持ちを持った。男女では成長期が違うため桜はフィジカル的にも上級生に大きく劣ることなく対応できたのだろう。そこにキャプテンからの声があがった。
「集合。今日の練習はこれまで。片付けコート整備して解散」
愛翔もボールを集め、コートにモップ掛けをしていると、キャプテンが声を掛ける。
「住吉君、どうだったかな。初めての中学バスケットボールは」
「はい、流石は全中レベルのチームですね。レベルが高いです」
「おぉ、じゃあ入部してくれるかい。住吉君が入ってくれたら次期も安心できるんだけど」
「ちょっと他も体験してから返事させてもらっていいですか」
「え。うちが気に入らなかったかな」
「いえ、そうではなくてですね。元々一応一通り見たいなって思ってまして」
「そうか、住吉君がうちに来てくれることを祈っているよ」
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