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Quirky! 6
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「…… アキくんて意外にゲラなんだな」
まだ発作的な思い出し笑いが続いている俺。
いい加減にしないとな、とは思うが、呆れ顔のハスミを見ているとまた笑えてくる。
「……ックヒッ」
無理矢理抑えていると余計に変な声が出て、ハスミまで釣られて噴き出している。
「アハハ!もーヤダこの人。…… なんとかしてよパンちゃぁん!」
そうは言いつつ、おまえも笑ってるじゃないか。
普段は大きなハスミの目が白い頬に溶け、血色の良い唇の両端がきゅっと上がって白い歯が覗いているのを、笑い過ぎて涙目になってる滲んだ視界の中、こっそり横目に鑑賞する。
…… いいな、その顔。
ずっと見てたい。
またしても意図せず行動を笑われてしまった…… けど、気分は良い。
いつでもこんな風に笑わせてやれたらいいのにな。
面白いことの一つも言えない俺って、本当につまらないと思う。
…… 受験終わったらお笑いの勉強でもしようかな、俺にはすげぇ難易度高そうだけど。
と、不意にガタガタガタ……という音がして、意識をそっちに持っていかれる。
見ると、さっきまでウンコ食ってた筈のパンコが、ケージの中に置いてある自分と同じくらいの大きさのクッションにしがみついて、カクカクと下半身を打ち付けているのだ。
…… え、これって……⁈
唖然として目を瞬いている俺に、ハスミが半分笑いながら解説してくれる。
「ウサギって多産なだけあって発情し易い動物なんだけど、野生の環境と違って生命に関わるストレスの無い飼いウサギは、年中発情期なコも多いんだよ。
賢いかと思えば、こういう本能のままに生きてるおバカな姿もまた、可愛いんだよね~」
あ、じゃあやっぱりコレ、そうなのか。
クッション相手に発情して…… サカッてるってこと?
つーかパンコって、オス……⁈
「あ、パンちゃん、男のコだよ?
“コ”って言うのもおかしいのかな。
こんな可愛い顔して実は、人間の年齢に換算するともう50歳過ぎくらいのオジサンだから。
ウチに来たのはまだ生後2ヶ月くらいの頃で、譲ってくれたお姉さんが『メスです』って言うから女の子のつもりで名前付けたんだけど、後からオスだって分かったの。
でも、その頃にはもう私の中では“パンコ”で定着しちゃってたから」
ねー、と落ち着きを取り戻して毛繕いしているパンコをケージの扉を開けて抱き上げ、裏までモフモフの後脚を広げて俺の方に向けて見せる。
「ほら、2ヶ所、毛の生えてないとこがあるでしょ?
ここ、精巣なんだって」
「⁉︎」
せ、精巣っておまえ⁈
女の子が精巣って!
…… キ◯タマのことだぞ⁉︎
言葉を失っている俺の目の前で、小さな指先がパンコの股の真っ白な毛を掻き分けて見せる。
ほんとだ。股間にハゲが2つある。
人間の陰嚢みたいな形ではなく扁平な感じだけど、肌色でシワシワなとことかは、まさに精子に最適な温度を保つ為放熱効率を追求した形状…… キン◯マだ……。
「これを見るまでは、私もすっかり女の子だとばかり思ってたんだよねー」
あっ、そんな指でおまえ…… あぁっ、やめろ。
ものすごくデリケートなとこなんだぞ。
そんなの見せられてる俺、どう反応したら…… っつーか俺自身が反応しちゃったらどうしてくれるんだ!
「このコが特別エッチなのかも知れないけど、とにかく全ての興奮が性欲に結びついちゃうっぽくて。
近くを通り掛かるだけで興奮しちゃってカクカクしてることあるし、ペレットを餌皿にザラザラって入れてると、その音に興奮して隣で腰振ってたりする。
ちょうど覚醒する時間帯だし、さっき私が自分の名前呼んだのが聞こえたから、喜びが溢れちゃったんじゃないかな」
「へ、へぇ……」
ちょっと俺にはさっきのタマ弄りの刺激が強過ぎて何言われてるのかイマイチ頭に入って来ないんだが、一応聞いている風に相槌を打つ。
「メスのウサギなんか、お尻撫でられただけで偽妊娠しちゃうコも居るんだって。
メスは筋腫になり易いから繁殖を望まないなら早い内に子宮摘出した方が良いって言うし、オスも性行動が酷いと去勢手術を勧められるみたいだけど、私は嫌だな。
パンちゃん男の子なんだもんねー、…… しょうがないよ。ねー?」
ハスミの膝の上で頭から背中にかけて撫でられ、今は別な気持ち良さに目を細めて満足そうにしているパンコに目をやる。
この顔でオッサンか。可愛い過ぎだろ。
しかし名前呼ばれただけで発情して人目も憚らずオナっちゃうとか、人間ならおまえ、相当ヤバいヤツだな。
でも、分からないでもない…… というか分かりみが強い。
俺も流石にウサギ程ではないけど、溜まってるとふとした事象にムラムラしてしまうことがある。
いや、最近では、溜まるとか以前に耐え難い衝動に駆られることが……。
前に仲間内でオナの頻度の話になったとき、俺は週イチくらいかな、って言ったら、おまえ見た目に違わず淡白だなーとか言われたけど、今はほぼ毎日のように…… なんなら日に2回、3回ってこともある。
それ程時間に余裕が出来たって訳でもないが、部活が無くなってプレッシャーから解放されたからか、体力を持て余し気味だ。
性的な言葉を見たり聞いたりしただけで、じんわりキてしまう。
事実、受験勉強と並行して女体についての勉強も大分捗ってる気がするな。
うぅ、男ならしょうがない、か。
ホント男ってしょーもない…… というかハスミ、おまえはどこら辺まで人間のオスの生理というものを……?
「そうだ。アキくん、“抱いてみたい”って言ってたよね?」
「ハッ⁈ えっ、いっ…… 」
いいいいや俺まだ心の準備が…… とか口走りそうになって、はたと思い留まる。
あ、そか、パンコのことな!
そうだったそうだった!
そう言えば確かに俺、“抱いていいか”とか“どこならいいんだよ”とか言ったわ。
元はと言えば、前回ここへ連れて来られたのはその為だった、忘れてた。
部屋でこんなに近くに2人きりってシチュエーションで、こんなタイミングで言われたから、すっかり思考がソッチに……。
膝立ちになって近寄って来て、腕に抱いたパンコを俺に差し出してくるハスミに、ドキッとして目を逸らす。
けど、膝を進める度にぷるんぷるん揺れる胸の膨らみには、どうしても目が行ってしまう……。
「え、ちょっ…… 何だそれ、どうやって」
「ん。ほら」
いや、ほらじゃなくてな、このまま受け取ろうとすると俺、おまえにも触っちゃうことに……なるんだが……?
「腕、構えてて」
「あ……こう…… か?」
ワタワタしているパンコを落とさないよう胸で支えながら渡してくるのを、ドギマギしながらも真似して胸に受け止める。
温かくてほわほわしたパンコの感触と、一瞬だけ布地越しに触れたハスミの身体のぽよんとした感触。
えっ、コレお…… っぱ……いじゃないや二の腕だ、落ち着け俺‼︎
でも…… なんて柔らかいんだ…… 。
ふわりと漂う甘い匂いにクラクラ。
唇が、首筋が、胸の膨らみが、近い。
近い、近い近い近い……!
目を白黒させながら受け取ったパンコを抱いてフリーズしてる俺を見上げて、正座したハスミがニパッ!て笑う。
「恒温動物第ニ段階、合格!かな」
「…… お、…… (ゴクリ)…… おぅ……」
なんだかふわふわした気分で予備校へ向かう道すがら、俺はすっかり冬に染まった夜の街並みを眺めながら、ハスミの匂いを思い出していた。
香水とか付けてる訳では無さそうなんだけど、何とも言えず魅惑的な匂いがした。
あれ、もうちょっと嗅いでいたかったな。
うん、もうちょっと一緒に…… 傍に居たかった。
川の対岸から、さっきまで居たハスミの家の窓灯りを遠く見つめて、ぼんやりと意識する。
あいつにドキドキしてしまうのは、俺が単に生殖適齢期に差し掛かったオスで、発情期だからなのか?
あいつが女だってだけで、男の本能がそうさせるのか?
否、他の女子には煩わしさしか感じない。
ハスミには言ってないけど、見知らぬ女子から告白を受け、それに応えるつもりはない故にする苦悩と労苦は、今まで何度も味わってきた。
呼び出されて、勝手に盛り上がった気持ちを受け取るべき!とばかりに押し付けられて、断ったら目の前で泣かれて、なんか断った俺が悪いみたいなことになって。
悪いけどあれ、断る方も相当エネルギー消耗するんだぞ?
練習後の10キロ走の方がまだいい。
肉体的な疲労は、食って飲んで寝れば回復出来るから。
話し掛けられたら無視する訳にもいかないと思って少し乗っただけで何故か勘違いされてしまうことが今まで何度となくあったから、女子とは不要な関わりを持ちたくなくて自分からは話し掛けないようにしてるし、親切にしても同じことで、勘違いされてしまうことを恐れて、困ってるところを見掛けても不用意に手助けすることも出来なくなっている。
故に“俺に構っても得は無いぞ!”ってオーラを出してる…… つもりだけど、それが今度は“クール”って印象になってしまうらしく、こんな時期になっても『玉砕覚悟です!』とか言って告白してくる女が後を絶たない。
『迷惑ですか?』…… 正直、迷惑だ。
まぁ、ハスミに対して妙に絡んでしまってる俺も、あいつの勉強の邪魔になっているやも知れず、迷惑に関しては他人のこと言えたもんじゃないんだけどな。
人は、自分に良い思いをさせてくれる相手を“良いヤツだ”と言う。
俺にとってあいつは、話を聞いてくれて、色んな知識や気付きをくれて、疑問を解決してくれ、安心をくれたり、ドキドキをくれたりする。
かなり変わったヤツではあるけど、誠実で、真摯で、信頼の出来る良いヤツだ、と思う。
じゃ、あいつにとっての俺は……?
変な時期に変なタイミングで変な話題を振ってくる、変なヤツでしかないんじゃないだろうか…… 迷惑極まりないな。
なんて考えたら、うわーっ!って叫んで走り出したくなる。
今更ながら自分の言動を振り返ると、色々と恥ずかしい!
俺、あいつの前では、全然クールじゃないよな。
けど、そんなことはこの際どうでもいい。
元々俺はそんな格好良い男じゃないんだから。
それにしても、今日のハスミの話には共感出来ることばかりだった。
恋愛観なんて人それぞれだ。
だからきっと、答えは一つじゃない。
でもハスミの考えには、いちいち頷ける。
俺も、相手は一人でいい。
俺を必要としてくれる人間と深く繋がり合いたい。
心の底から満たし満たされてみたい。
たった一人でいい、好きな相手にだけ、モテたい。
だから、不特定多数からモテる必要は、全く無いんだ。
確かに男はみんな“モテたい”って言うけど、それって最終的に、自分に好意を持ってくれる大勢の中から一番ピッタリくる相手を見つけたい、ってとこもあるんじゃないのか?
単純に騒がれたい、もてはやされたいと思っている奴も居るんだろうが、男ならみんながみんなそうだと思われるのは心外だ。
少なくとも俺はそうじゃないということを、分かって欲しい。
ハスミには、“男”としてじゃなくて、“俺”を見て欲しいもんだな。
等と徒然に考えていて、ふと気付く。
考えてみたら俺、ハスミのことは最初からしっかり他の女と区別してたし、近付きたいって思って、自分から近付いてる。
その理由を“変わってて面白い”から、“女っぽくないから安心”だからなのかと思ってたけど、良い匂いに惹かれて、近くに寄られて、見て触れてドキドキしてる。
もっと知りたい、もっと仲良くなりたい、って思うし、他の男とは仲良くして欲しくないって思う。
俺とだけ仲良くして欲しい。
そして、出来ることなら俺と……、
ってもしかして俺、最初からハスミの“特別”になりたいと思っていたんじゃないか?
最初は、初めて口きいたのに虫の話ばかりしてくる“変なヤツ”と思ってた。
でも、何故だか気になって仕方なかった。
確かに、外見的に好みだというのもある。
けど、あいつの好きなことに賭ける情熱を知って、あいつのすごいところに気付いてからは、益々興味が湧いてきて…… 内面の孤独を知って、それでも“愛”を諦めてない強さを感じて、どんどん引き込まれていってる。
そうなんだ。
『生き物嫌いを克服したい』なんていうのは口実に過ぎない。
なんとかして接点が欲しくて、あいつが興味を持ちそうな話題を探すのに必死になってたんだよな、俺。
“特別”に、仲良くなりたいんだ。ハスミと。
同じクラスってこと以外には何の共通項も無い、俺とハスミ。
まさかまた家に行くとか途中までは考えてもなかったし、家族の話から恋愛とか性の話になるとは思ってもみなかったけど…… ちょっとグイグイ(あれでも俺にしては大分頑張ったんだ!)が効いたのか、今日一日でものすごく距離が縮まった感じがする。
物理的な距離も大分…… あ、ハスミの二の腕の感触と、指先の動きを思い出したらイケナイ妄想が止まらなくなる。
キュンッてなってじんわり…… う…… 俺、ほんとにパンコのこと、バカに出来ないな。
吹雪はいつの間にか止んで、雲間に星が光っている。
ハァー、と吐いた白い溜め息の塊が夜空に溶けていく様を見ながら、思う。
もっと知りたいな。
俺が投げたら、思っても見なかったすげぇのを打ち返してくる、あいつのこと。
ハスミが話す声。
表情。
仕草。
真剣に考えてる顔や、想像を巡らせてくるくる変わる顔、好きなことを夢中で話すキラキラした顔。
蕩かすような笑顔。
もっと、…… もっともっと、近くで見ていたい。
翌朝。
いつもの道を学校へ向かう途中、校門が見えてきた辺りでコンビニの前を集団でブラブラ歩いていた仲間達から声を掛けられた。
こいつらは寮生だから、毎日一緒に登校している。
「よぉっ!モテモテくん!」
「へっへー!昨日、あの後どうだった?」
どうだった、だぁ?
…… 置いて行きやがっておまえら…… 恨むぞ。
「何がだ」
殊更にムスッとして見せるが、歩き出しながら口々に話し掛けてくる。
「何って、あの…… 女子共に囲まれた後のことだよ」
「俺ら外で待ってたんだぜー?
したらさぁ…… なぁ?」
ニヤニヤしながら、なぁ?ってみんなで顔を見合わせている。
「あのコだろ、おまえが言ってた“シマエナガ”って」
「‼︎」
みみみ見られてた⁈ 上に、看破られてた⁈
ハスミと帰るところを…… 俺が密かに“似てる”って思ってたことを⁈
「俺、すーぐ分かっちゃったもんねー!」
「つーか、あんな可愛いコ居たっけー?ウチの学年」
…… 居たんだよ。
居たけど、休み時間には本読んでるか部室に篭ってるから人目に触れなかっただけだ。
うぅ…… こいつらには知られたくなかったなー……。
「アキがしばらく前から昼に居なくなってたの、アレが原因かぁ」
「帰りにも居ねぇことあったよな?」
「白昼堂々イチャコラしやがってよぉ~」
イチャコラ?
何のことを言ってるんだ、おまえら。
「荷物持ってやってたろ~!
女子の前で筋肉自慢かァ?このヤロ!このヤロ!」
荷物持ってやるのがイチャコラすることになるのか。
揶揄う内容が小学生レベルだな、筋肉の増大にしか興味無いカワイソウなヤツめ。
「んで?どこまでいったんだよ?」
「…… 何もしてない」
「は?いやそういう意味じゃ」
ヤバ。墓穴だったか。
「橋渡ってったろ?アキん家と反対方向だから、どこまで行ったのかなー、って」
なぁ?ってまたみんなで顔を見合わせている。
見てたのか。…… おまえら、みんなで。
「えっ、ってぇと、もしかしてぇ?」
「シマエナガちゃん、あのまま家まで送って行ったんか?」
「…………。」
「その感じだと行ったな」
「んでんで⁈ 家、寄ったんか⁈」
「…………。」
歩きながら近くの家の塀に積もった雪を手に掬い取り、両手で握り締める。
今日の雪、良くくっついて硬くし易いな。
「イブの日にィ?」
「彼女のお家で、2人きりでェ?」
「“何もしない”ってあんのかなァ~?
…… チュウくらい、わっ!っぶ」
雪玉を肩口に受けて跳ね上がる三塁手。
砕け散った雪が口に入ってペッペッと顔を拭っている。
「おま…… やめろこの至近距…… っでっ⁉︎」
隣の一塁手を狙った2球目は避けられて後ろに居た捕手の脇腹に当たる。
「んなっ⁉︎ 何で俺まで⁈…… なんも言ってねぇだろ⁈」
「ふん」
謝らんぞ。
言わずともニヤニヤが溢れてんのが癇に障るんだよ。
「えっ、何?まさか…… ヤっちゃった⁈」
「⁈」
思わず目を剥く。
「ヤっ…… えぇ~⁈」
「卒業より一足先に童貞卒業しちゃったんかぁ⁈」
「…………。」
新たに雪を握る。
雪玉、量産する必要があるな。
「照れんな照れんなァ!みんなで祝ってやっから!な!
赤飯炊かなきゃ……ぐえっ」
…… んな訳あるか!受験だ、つーの!
「おわっ⁈ やっ…… ヒゃあ~ハハやめ…… やめてぇっ‼︎ 」
そういうこと言う中堅手には、襟首から雪玉を捩じ込んでやる。
「あ、んじゃ、やっぱ家までは行ったんだぁ~?」
「‼︎」
のんびり言っている右翼手を狙った筈が、また俺との間に居た捕手の胸元に当たる。
「へっへー、そう来ると思ったぜぇ!」
「ワヒャヒャヒャ‼︎ どぅりゃあ‼︎」
先頭を歩いていた中堅手からデカい雪の塊が飛んで来て、俺には当たらず後ろを向いていた右翼手の頭を掠め、間に居た捕手の首筋に当たる。
「だぁっ、おまえらやめろって!主に俺の被害甚大だぞ」
「だってアキがぁ~」
「おまえが変なこと言うからだろ」
「あ痛って!芯入れんの反則ぅー!」
反則もクソも無いわ。
そんなやりとりをしながら校門を入ると、野郎共は左手の奥に広がる校庭一面の新雪に心奪われたようだ。
「あっ⁉︎ あっち、まだ手付かずだ!」
「そっか、サッカー部来てないんだ?チャ~ンス!」
「へへっ、雪だるま作ろ~ぜ♪」
と、一斉に走り出す。
犬かよ。
みんな受験を前にしてるからか、変にテンション高くなってるな…… いや、元々こんなもんか。
お陰で俺からは興味が逸れてくれたようだが……。
どこで見られてるか分かったもんじゃないな。
してないにしても、してみたいと思っていたことを看破されてしまったようで、ドギマギしてしまった。
…… 朝から変な汗かいただろ、バカ共が。
セミナーを終えて帰る間際、俺の頭の中は、次にハスミと会う約束を取り付けるのに何て声を掛けたら良いかで一杯だった。
休みに入ると、会う機会が無くなってしまう。
年が明けたら受験は目前だ。
L◯NEとかは苦手だ…… 短文で質問&即答して誤解を受けずにやり取り出来る自信が無い。
ハスミもL◯NEなんか義務的なもの以外はやってる気がしないが。
そうだ、『一緒に勉強しないか?』
なーんて…… 何の勉強だ。
大体、勉強は一人でするもんだ。
一緒に居たら勉強にならないことは目に見えている。
あれが恒温動物の第ニ段階か…… 次は…… 第三段階まで進んでみたいもんだな……。
つーか第三段階って、何するんだ?
ここ最近で大分学んだアレコレを実施する場面に思いを馳せながら廊下を歩いて行くと、理科部の部室から似つかわしくない派手な感じの女子3人組が出て来るのが目に入る。
先頭を切ってる女が俺を見て気まずそうに目線を下げ、足早に通り過ぎて行く。
香水臭くて頭が痛くなりそうな…… 俺の一番苦手なタイプだ。
開いたままの部室の引き戸から覗くと、ハスミが俺を見て目を逸らす。
「…… どした?」
「一緒に帰るとこ、見られてたみたいで」
「はぁ」
なんとなく察する。
あの集団の中で一番飾り立てている性格のキツそうな女からは、以前度々プレゼントのような物を手にL◯NEの交換を要求されたことがあった。
俺はそういうのはやらないからと断り続けてきたが、それを恨まれているのか、いまだに抉るような視線を感じることがある。
それに、ああいう群れて行動する女共には要注意だ。
本人が居ないところで取り囲まれることもあるから。
「どういうつもりなの、って聞かれた。
どういうつもりもこういうつもりもないよね。
放っといて欲しいものだな…… 勉強しろよ、受験生なんだから」
ハスミが心底うんざりした様子で呟く。
「で?」
「ちょっと可愛いからっていい気になってんじゃないよ!
だって。
…… 私、可愛いか?」
こいつ、自分ではどう思ってるんだろう。
俺には、…… そうだな…… 雪の妖精に見えるけどな。
どう答えていいか分からず目を泳がせてる俺の顔を見て、ハスミがアハハハ!って笑う。
けど、目は笑ってない。
「…… いい気になるってどういう意味なんだろうな」
「知らない。
別にあの人たちには関係ないのにね。
第一、アキくんには好きな人居るんだしさ」
「⁈」
ハスミが言ってる俺の好きな人っていうのは、あの2人のことか?
好きだったことは認める。
でも今はもう、あの時抱いた想いの記憶が残っているだけなのに。
否定したいのに、すぐには否定出来ない。
折角ハスミに聴いてもらって解決したのに、今更もうどうでも良くなったとも言えないし……。
「あのコ、多分必死なんだね。
まぁ、“好き”が制御出来ない気持ちは、分からないでもないけど」
なんでだろう。
一線を引かれてしまった感じがして、焦る。
確かにあの時は、俺の中でハスミに対して何らかの線引きをしたくて、あんな話を持ち出したとこもあったかも知れない。
けど、今はこいつの口からそんな言葉が出て来ることに焦りを感じる。
つーかなんだこいつ。
俺には『好きな人が居る』って思いながら、俺と絡んでたのかよ。
「なんだよそれ」
得体の知れない感情が胸を締め付ける。
これは、何だ?
怒り?
悔しい?
悲しいのか?
誰に、何に対しての、どういう感情なのか。
初めて抱いた胸の疼くような感覚が、自分でも理解出来ない。
ムカムカ?
チクチク?
ズキズキ?
慣れない痛みに過敏になっているのか?
身体の傷なら、痛みは別にして置いておけるのに……。
「うーん。やっぱり、潮時かな。
ずっと思ってはいたんだよね。
そろそろアキくんと会うの、やめるべきだな、って」
「はァ?」
やめるって。
目で問う俺の方は見ずに、ハスミは横を向いて話し出す。
「自覚ないみたいだから教えてあげるね。
アキくんと仲良くしようとすると、意図せず敵を作ってしまうことになるんだよ。
ただでさえカースト最下層の私がさ、上層部に睨まれたら、中層以下の人間まで巻き添え食って大変厄介なことになる訳。
私は元々アンダーグラウンドに暮らしてるモグラみたいな生き物だから、関係ない筈なんだけど…… 向こうはそうは思ってくれないみたいで」
モグラ?
カーストの上とか下って何だよ。
こいつがそんなこと気にするなんて…… 他の女とは違うと思ったのに。
孤立じゃなく独立してると思ったからこそ、尊敬できると思ったのに。
唯一肚割って見せられる女だと思ったのに……ガッカリさせないでくれよ!
「おまえはどうなんだよ」
横顔に突き付ける。
「他のヤツがどう思うかなんて、関係ないだろ。
おまえ自身は俺のこと、どう思ってんだ?」
聞いてしまってから、自分でびっくりしてる。
何を聞いてんだ俺は。
そんなこと聞いてどうする。
ハスミも俺がここでこんなド直球でくるとは思ってもみなかったらしく、いつもは冷静に受け止めて返してくれる筈が、若干キョドる。
「ど、どう、って……」
…… そうだ、ずっと気になってた。
おまえが俺のことをどう思ってるのか。
俺って、おまえの中で、どういう存在?
ただのクラスメイト?
友達?
それとも……?
ジリジリしながら答えを待つ。
俺の訳の分からない球を、あんなに気持ち良くビタ止めしてくれてたハスミが、戸惑っている。
どうなんだよ、また俺の胸にスパン!って投げ返してくれよ。
「…… ごめん」
え。
なんだ?“ごめん”って。
質問に対しての答えになってないだろ。
「…… ごめんね……」
どういう意味だよ。
それは、何に対する謝罪なんだ。
そんな球、届かないぞ。
捕れないよ、俺には……。
嫌な方向に向かっていく予想を覆すべく、ハスミの横顔を見つめる。
伏せた長い睫毛が、パチパチと瞬く。
「なんかもう…… 無理だ……」
ふへへ、って力無く蓮美が笑う。
なんで笑う?
“無理”?
「何がだよ?」
「…………。」
ハスミは横顔に微笑みを貼り付かせたまま、何も喋らない。
俺も、これ以上、何て声掛けたらいいか分からない。
続く、気まずい沈黙。
チャイムが鳴る。
ハスミは何も言わないままに、くるりと向きを変えて俺の脇を擦り抜け、旧理科室を出て行った。
遠ざかっていく校内履きのキュッキュッていう足音を聞きながら、俺はその場から動けずにいた。
俺、フラれたのか?
まだ告白ってもないのに。
って、え?
俺、告白るつもりだったのか?あいつに?
今、俺もあいつも受験を控えて、ここ一番!って大事な時だ。
卒業も近いのに、もう会えなくなるかも知れないってのに?
告白して、どうするつもりだったんだよ。
誰も居ない昇降口を、ひとり出る。
初めてだ…… いや、2回目か。こんな気持ちになるの。
3年前のクリスマスイブを思い出す。
自分の受けた衝撃の理由も分からず、悲しみに打ちひしがれてトボトボ歩いた、ひとりぼっちの夜。
あのときより、全然キツイな。
その夜。
忘年会で遅くなるという親父のメッセージをバナー通知で受け取った俺は、飯を食う気にもなれず早々に風呂を済ませて、自室に篭っていた。
いつも通り、アガる曲ばかり集めたプレイリストを流しながら机に向かうも、上の空。
無意識にシャーペンの先がノートに書き出していた文字を眺める。
ハスミ 蓮珠 佐藤 はすみ hasumi
俺、変だ。
かつてこんなに勉強に集中出来ないことがあったか。
今まで、『他のヤツが遊んでる時に頑張った人間にこそ勝利が待っている』と自分に言い聞かせて、来る日も来る日も机に向かって来た。
それなのに、今、こんな大事な時になって。
ハスミの声、ハスミの匂い、指先、睫毛、唇……
ハスミのことばかり浮かんできて、何も手に付かない。
『恋、だね』
恋、か。これが。
今頃納得している。
ベッドに仰向けに倒れ、焦点の合わない目を空に漂わせながら、いつか交わした会話を思い出す。
「俺、“ハスミ”って苗字かと思ってたんだよな。
先生もハスミって呼んでるし」
俺が言うと、ハスミはアハハ、って笑って、
「あの先生、1年の時も私の担任だったんだ。
クラスに佐藤が5人居て…… 先生、基本的に苗字呼びだから、最初は“足の早い佐藤”とか“柔道部の佐藤”とか呼んで区別してたんだけど、私のことはどうしてだか最初から下の名前だったんだよね。
理由を聞いたら、『あぁ、ハスミは最初から“ハスミ”って感じがしたからなー』だって」
「…… 個性的だからな、おまえ」
「個性的か?私」
「自覚ないんだな」
俺が鼻で笑うと、ハスミが可笑しそうに首を傾げる。
「ふぅむ。自覚が無いという点では、アキくんは突き抜けてると思うけどなぁ」
…… どういう意味だ?
目を瞬いている俺をチラリと横目に見上げて、満足気にハスミが微笑む。
「まぁま。他と区別して貰えてるとしたら、光栄ですな。
特別感があって良い」
「…… ふん」
特別だよ、おまえは。
誰にも似てない。
おまえみたいな女、どこにも居ない…… 唯一無二だ。
「…… ハァ……」
天井に向かい、声に出して溜め息を吐く。
俺は何を期待してたんだ。
あいつに、どんな答えを求めてた?
もしもあの時、あいつが俺の望む言葉をくれていたら、俺はどうしていたんだろう。
その先は、どうなっていたんだろう……。
「…………。」
いや、まだ終わった訳じゃない。
『ごめん』って聞こえるまで、長い間があった。
何を迷ってた?
…… 聞きたい。
おまえが思ってる、本当のところを。
俺のことを『もう無理だ』っていうなら、その理由を、どうしても。
まだ発作的な思い出し笑いが続いている俺。
いい加減にしないとな、とは思うが、呆れ顔のハスミを見ているとまた笑えてくる。
「……ックヒッ」
無理矢理抑えていると余計に変な声が出て、ハスミまで釣られて噴き出している。
「アハハ!もーヤダこの人。…… なんとかしてよパンちゃぁん!」
そうは言いつつ、おまえも笑ってるじゃないか。
普段は大きなハスミの目が白い頬に溶け、血色の良い唇の両端がきゅっと上がって白い歯が覗いているのを、笑い過ぎて涙目になってる滲んだ視界の中、こっそり横目に鑑賞する。
…… いいな、その顔。
ずっと見てたい。
またしても意図せず行動を笑われてしまった…… けど、気分は良い。
いつでもこんな風に笑わせてやれたらいいのにな。
面白いことの一つも言えない俺って、本当につまらないと思う。
…… 受験終わったらお笑いの勉強でもしようかな、俺にはすげぇ難易度高そうだけど。
と、不意にガタガタガタ……という音がして、意識をそっちに持っていかれる。
見ると、さっきまでウンコ食ってた筈のパンコが、ケージの中に置いてある自分と同じくらいの大きさのクッションにしがみついて、カクカクと下半身を打ち付けているのだ。
…… え、これって……⁈
唖然として目を瞬いている俺に、ハスミが半分笑いながら解説してくれる。
「ウサギって多産なだけあって発情し易い動物なんだけど、野生の環境と違って生命に関わるストレスの無い飼いウサギは、年中発情期なコも多いんだよ。
賢いかと思えば、こういう本能のままに生きてるおバカな姿もまた、可愛いんだよね~」
あ、じゃあやっぱりコレ、そうなのか。
クッション相手に発情して…… サカッてるってこと?
つーかパンコって、オス……⁈
「あ、パンちゃん、男のコだよ?
“コ”って言うのもおかしいのかな。
こんな可愛い顔して実は、人間の年齢に換算するともう50歳過ぎくらいのオジサンだから。
ウチに来たのはまだ生後2ヶ月くらいの頃で、譲ってくれたお姉さんが『メスです』って言うから女の子のつもりで名前付けたんだけど、後からオスだって分かったの。
でも、その頃にはもう私の中では“パンコ”で定着しちゃってたから」
ねー、と落ち着きを取り戻して毛繕いしているパンコをケージの扉を開けて抱き上げ、裏までモフモフの後脚を広げて俺の方に向けて見せる。
「ほら、2ヶ所、毛の生えてないとこがあるでしょ?
ここ、精巣なんだって」
「⁉︎」
せ、精巣っておまえ⁈
女の子が精巣って!
…… キ◯タマのことだぞ⁉︎
言葉を失っている俺の目の前で、小さな指先がパンコの股の真っ白な毛を掻き分けて見せる。
ほんとだ。股間にハゲが2つある。
人間の陰嚢みたいな形ではなく扁平な感じだけど、肌色でシワシワなとことかは、まさに精子に最適な温度を保つ為放熱効率を追求した形状…… キン◯マだ……。
「これを見るまでは、私もすっかり女の子だとばかり思ってたんだよねー」
あっ、そんな指でおまえ…… あぁっ、やめろ。
ものすごくデリケートなとこなんだぞ。
そんなの見せられてる俺、どう反応したら…… っつーか俺自身が反応しちゃったらどうしてくれるんだ!
「このコが特別エッチなのかも知れないけど、とにかく全ての興奮が性欲に結びついちゃうっぽくて。
近くを通り掛かるだけで興奮しちゃってカクカクしてることあるし、ペレットを餌皿にザラザラって入れてると、その音に興奮して隣で腰振ってたりする。
ちょうど覚醒する時間帯だし、さっき私が自分の名前呼んだのが聞こえたから、喜びが溢れちゃったんじゃないかな」
「へ、へぇ……」
ちょっと俺にはさっきのタマ弄りの刺激が強過ぎて何言われてるのかイマイチ頭に入って来ないんだが、一応聞いている風に相槌を打つ。
「メスのウサギなんか、お尻撫でられただけで偽妊娠しちゃうコも居るんだって。
メスは筋腫になり易いから繁殖を望まないなら早い内に子宮摘出した方が良いって言うし、オスも性行動が酷いと去勢手術を勧められるみたいだけど、私は嫌だな。
パンちゃん男の子なんだもんねー、…… しょうがないよ。ねー?」
ハスミの膝の上で頭から背中にかけて撫でられ、今は別な気持ち良さに目を細めて満足そうにしているパンコに目をやる。
この顔でオッサンか。可愛い過ぎだろ。
しかし名前呼ばれただけで発情して人目も憚らずオナっちゃうとか、人間ならおまえ、相当ヤバいヤツだな。
でも、分からないでもない…… というか分かりみが強い。
俺も流石にウサギ程ではないけど、溜まってるとふとした事象にムラムラしてしまうことがある。
いや、最近では、溜まるとか以前に耐え難い衝動に駆られることが……。
前に仲間内でオナの頻度の話になったとき、俺は週イチくらいかな、って言ったら、おまえ見た目に違わず淡白だなーとか言われたけど、今はほぼ毎日のように…… なんなら日に2回、3回ってこともある。
それ程時間に余裕が出来たって訳でもないが、部活が無くなってプレッシャーから解放されたからか、体力を持て余し気味だ。
性的な言葉を見たり聞いたりしただけで、じんわりキてしまう。
事実、受験勉強と並行して女体についての勉強も大分捗ってる気がするな。
うぅ、男ならしょうがない、か。
ホント男ってしょーもない…… というかハスミ、おまえはどこら辺まで人間のオスの生理というものを……?
「そうだ。アキくん、“抱いてみたい”って言ってたよね?」
「ハッ⁈ えっ、いっ…… 」
いいいいや俺まだ心の準備が…… とか口走りそうになって、はたと思い留まる。
あ、そか、パンコのことな!
そうだったそうだった!
そう言えば確かに俺、“抱いていいか”とか“どこならいいんだよ”とか言ったわ。
元はと言えば、前回ここへ連れて来られたのはその為だった、忘れてた。
部屋でこんなに近くに2人きりってシチュエーションで、こんなタイミングで言われたから、すっかり思考がソッチに……。
膝立ちになって近寄って来て、腕に抱いたパンコを俺に差し出してくるハスミに、ドキッとして目を逸らす。
けど、膝を進める度にぷるんぷるん揺れる胸の膨らみには、どうしても目が行ってしまう……。
「え、ちょっ…… 何だそれ、どうやって」
「ん。ほら」
いや、ほらじゃなくてな、このまま受け取ろうとすると俺、おまえにも触っちゃうことに……なるんだが……?
「腕、構えてて」
「あ……こう…… か?」
ワタワタしているパンコを落とさないよう胸で支えながら渡してくるのを、ドギマギしながらも真似して胸に受け止める。
温かくてほわほわしたパンコの感触と、一瞬だけ布地越しに触れたハスミの身体のぽよんとした感触。
えっ、コレお…… っぱ……いじゃないや二の腕だ、落ち着け俺‼︎
でも…… なんて柔らかいんだ…… 。
ふわりと漂う甘い匂いにクラクラ。
唇が、首筋が、胸の膨らみが、近い。
近い、近い近い近い……!
目を白黒させながら受け取ったパンコを抱いてフリーズしてる俺を見上げて、正座したハスミがニパッ!て笑う。
「恒温動物第ニ段階、合格!かな」
「…… お、…… (ゴクリ)…… おぅ……」
なんだかふわふわした気分で予備校へ向かう道すがら、俺はすっかり冬に染まった夜の街並みを眺めながら、ハスミの匂いを思い出していた。
香水とか付けてる訳では無さそうなんだけど、何とも言えず魅惑的な匂いがした。
あれ、もうちょっと嗅いでいたかったな。
うん、もうちょっと一緒に…… 傍に居たかった。
川の対岸から、さっきまで居たハスミの家の窓灯りを遠く見つめて、ぼんやりと意識する。
あいつにドキドキしてしまうのは、俺が単に生殖適齢期に差し掛かったオスで、発情期だからなのか?
あいつが女だってだけで、男の本能がそうさせるのか?
否、他の女子には煩わしさしか感じない。
ハスミには言ってないけど、見知らぬ女子から告白を受け、それに応えるつもりはない故にする苦悩と労苦は、今まで何度も味わってきた。
呼び出されて、勝手に盛り上がった気持ちを受け取るべき!とばかりに押し付けられて、断ったら目の前で泣かれて、なんか断った俺が悪いみたいなことになって。
悪いけどあれ、断る方も相当エネルギー消耗するんだぞ?
練習後の10キロ走の方がまだいい。
肉体的な疲労は、食って飲んで寝れば回復出来るから。
話し掛けられたら無視する訳にもいかないと思って少し乗っただけで何故か勘違いされてしまうことが今まで何度となくあったから、女子とは不要な関わりを持ちたくなくて自分からは話し掛けないようにしてるし、親切にしても同じことで、勘違いされてしまうことを恐れて、困ってるところを見掛けても不用意に手助けすることも出来なくなっている。
故に“俺に構っても得は無いぞ!”ってオーラを出してる…… つもりだけど、それが今度は“クール”って印象になってしまうらしく、こんな時期になっても『玉砕覚悟です!』とか言って告白してくる女が後を絶たない。
『迷惑ですか?』…… 正直、迷惑だ。
まぁ、ハスミに対して妙に絡んでしまってる俺も、あいつの勉強の邪魔になっているやも知れず、迷惑に関しては他人のこと言えたもんじゃないんだけどな。
人は、自分に良い思いをさせてくれる相手を“良いヤツだ”と言う。
俺にとってあいつは、話を聞いてくれて、色んな知識や気付きをくれて、疑問を解決してくれ、安心をくれたり、ドキドキをくれたりする。
かなり変わったヤツではあるけど、誠実で、真摯で、信頼の出来る良いヤツだ、と思う。
じゃ、あいつにとっての俺は……?
変な時期に変なタイミングで変な話題を振ってくる、変なヤツでしかないんじゃないだろうか…… 迷惑極まりないな。
なんて考えたら、うわーっ!って叫んで走り出したくなる。
今更ながら自分の言動を振り返ると、色々と恥ずかしい!
俺、あいつの前では、全然クールじゃないよな。
けど、そんなことはこの際どうでもいい。
元々俺はそんな格好良い男じゃないんだから。
それにしても、今日のハスミの話には共感出来ることばかりだった。
恋愛観なんて人それぞれだ。
だからきっと、答えは一つじゃない。
でもハスミの考えには、いちいち頷ける。
俺も、相手は一人でいい。
俺を必要としてくれる人間と深く繋がり合いたい。
心の底から満たし満たされてみたい。
たった一人でいい、好きな相手にだけ、モテたい。
だから、不特定多数からモテる必要は、全く無いんだ。
確かに男はみんな“モテたい”って言うけど、それって最終的に、自分に好意を持ってくれる大勢の中から一番ピッタリくる相手を見つけたい、ってとこもあるんじゃないのか?
単純に騒がれたい、もてはやされたいと思っている奴も居るんだろうが、男ならみんながみんなそうだと思われるのは心外だ。
少なくとも俺はそうじゃないということを、分かって欲しい。
ハスミには、“男”としてじゃなくて、“俺”を見て欲しいもんだな。
等と徒然に考えていて、ふと気付く。
考えてみたら俺、ハスミのことは最初からしっかり他の女と区別してたし、近付きたいって思って、自分から近付いてる。
その理由を“変わってて面白い”から、“女っぽくないから安心”だからなのかと思ってたけど、良い匂いに惹かれて、近くに寄られて、見て触れてドキドキしてる。
もっと知りたい、もっと仲良くなりたい、って思うし、他の男とは仲良くして欲しくないって思う。
俺とだけ仲良くして欲しい。
そして、出来ることなら俺と……、
ってもしかして俺、最初からハスミの“特別”になりたいと思っていたんじゃないか?
最初は、初めて口きいたのに虫の話ばかりしてくる“変なヤツ”と思ってた。
でも、何故だか気になって仕方なかった。
確かに、外見的に好みだというのもある。
けど、あいつの好きなことに賭ける情熱を知って、あいつのすごいところに気付いてからは、益々興味が湧いてきて…… 内面の孤独を知って、それでも“愛”を諦めてない強さを感じて、どんどん引き込まれていってる。
そうなんだ。
『生き物嫌いを克服したい』なんていうのは口実に過ぎない。
なんとかして接点が欲しくて、あいつが興味を持ちそうな話題を探すのに必死になってたんだよな、俺。
“特別”に、仲良くなりたいんだ。ハスミと。
同じクラスってこと以外には何の共通項も無い、俺とハスミ。
まさかまた家に行くとか途中までは考えてもなかったし、家族の話から恋愛とか性の話になるとは思ってもみなかったけど…… ちょっとグイグイ(あれでも俺にしては大分頑張ったんだ!)が効いたのか、今日一日でものすごく距離が縮まった感じがする。
物理的な距離も大分…… あ、ハスミの二の腕の感触と、指先の動きを思い出したらイケナイ妄想が止まらなくなる。
キュンッてなってじんわり…… う…… 俺、ほんとにパンコのこと、バカに出来ないな。
吹雪はいつの間にか止んで、雲間に星が光っている。
ハァー、と吐いた白い溜め息の塊が夜空に溶けていく様を見ながら、思う。
もっと知りたいな。
俺が投げたら、思っても見なかったすげぇのを打ち返してくる、あいつのこと。
ハスミが話す声。
表情。
仕草。
真剣に考えてる顔や、想像を巡らせてくるくる変わる顔、好きなことを夢中で話すキラキラした顔。
蕩かすような笑顔。
もっと、…… もっともっと、近くで見ていたい。
翌朝。
いつもの道を学校へ向かう途中、校門が見えてきた辺りでコンビニの前を集団でブラブラ歩いていた仲間達から声を掛けられた。
こいつらは寮生だから、毎日一緒に登校している。
「よぉっ!モテモテくん!」
「へっへー!昨日、あの後どうだった?」
どうだった、だぁ?
…… 置いて行きやがっておまえら…… 恨むぞ。
「何がだ」
殊更にムスッとして見せるが、歩き出しながら口々に話し掛けてくる。
「何って、あの…… 女子共に囲まれた後のことだよ」
「俺ら外で待ってたんだぜー?
したらさぁ…… なぁ?」
ニヤニヤしながら、なぁ?ってみんなで顔を見合わせている。
「あのコだろ、おまえが言ってた“シマエナガ”って」
「‼︎」
みみみ見られてた⁈ 上に、看破られてた⁈
ハスミと帰るところを…… 俺が密かに“似てる”って思ってたことを⁈
「俺、すーぐ分かっちゃったもんねー!」
「つーか、あんな可愛いコ居たっけー?ウチの学年」
…… 居たんだよ。
居たけど、休み時間には本読んでるか部室に篭ってるから人目に触れなかっただけだ。
うぅ…… こいつらには知られたくなかったなー……。
「アキがしばらく前から昼に居なくなってたの、アレが原因かぁ」
「帰りにも居ねぇことあったよな?」
「白昼堂々イチャコラしやがってよぉ~」
イチャコラ?
何のことを言ってるんだ、おまえら。
「荷物持ってやってたろ~!
女子の前で筋肉自慢かァ?このヤロ!このヤロ!」
荷物持ってやるのがイチャコラすることになるのか。
揶揄う内容が小学生レベルだな、筋肉の増大にしか興味無いカワイソウなヤツめ。
「んで?どこまでいったんだよ?」
「…… 何もしてない」
「は?いやそういう意味じゃ」
ヤバ。墓穴だったか。
「橋渡ってったろ?アキん家と反対方向だから、どこまで行ったのかなー、って」
なぁ?ってまたみんなで顔を見合わせている。
見てたのか。…… おまえら、みんなで。
「えっ、ってぇと、もしかしてぇ?」
「シマエナガちゃん、あのまま家まで送って行ったんか?」
「…………。」
「その感じだと行ったな」
「んでんで⁈ 家、寄ったんか⁈」
「…………。」
歩きながら近くの家の塀に積もった雪を手に掬い取り、両手で握り締める。
今日の雪、良くくっついて硬くし易いな。
「イブの日にィ?」
「彼女のお家で、2人きりでェ?」
「“何もしない”ってあんのかなァ~?
…… チュウくらい、わっ!っぶ」
雪玉を肩口に受けて跳ね上がる三塁手。
砕け散った雪が口に入ってペッペッと顔を拭っている。
「おま…… やめろこの至近距…… っでっ⁉︎」
隣の一塁手を狙った2球目は避けられて後ろに居た捕手の脇腹に当たる。
「んなっ⁉︎ 何で俺まで⁈…… なんも言ってねぇだろ⁈」
「ふん」
謝らんぞ。
言わずともニヤニヤが溢れてんのが癇に障るんだよ。
「えっ、何?まさか…… ヤっちゃった⁈」
「⁈」
思わず目を剥く。
「ヤっ…… えぇ~⁈」
「卒業より一足先に童貞卒業しちゃったんかぁ⁈」
「…………。」
新たに雪を握る。
雪玉、量産する必要があるな。
「照れんな照れんなァ!みんなで祝ってやっから!な!
赤飯炊かなきゃ……ぐえっ」
…… んな訳あるか!受験だ、つーの!
「おわっ⁈ やっ…… ヒゃあ~ハハやめ…… やめてぇっ‼︎ 」
そういうこと言う中堅手には、襟首から雪玉を捩じ込んでやる。
「あ、んじゃ、やっぱ家までは行ったんだぁ~?」
「‼︎」
のんびり言っている右翼手を狙った筈が、また俺との間に居た捕手の胸元に当たる。
「へっへー、そう来ると思ったぜぇ!」
「ワヒャヒャヒャ‼︎ どぅりゃあ‼︎」
先頭を歩いていた中堅手からデカい雪の塊が飛んで来て、俺には当たらず後ろを向いていた右翼手の頭を掠め、間に居た捕手の首筋に当たる。
「だぁっ、おまえらやめろって!主に俺の被害甚大だぞ」
「だってアキがぁ~」
「おまえが変なこと言うからだろ」
「あ痛って!芯入れんの反則ぅー!」
反則もクソも無いわ。
そんなやりとりをしながら校門を入ると、野郎共は左手の奥に広がる校庭一面の新雪に心奪われたようだ。
「あっ⁉︎ あっち、まだ手付かずだ!」
「そっか、サッカー部来てないんだ?チャ~ンス!」
「へへっ、雪だるま作ろ~ぜ♪」
と、一斉に走り出す。
犬かよ。
みんな受験を前にしてるからか、変にテンション高くなってるな…… いや、元々こんなもんか。
お陰で俺からは興味が逸れてくれたようだが……。
どこで見られてるか分かったもんじゃないな。
してないにしても、してみたいと思っていたことを看破されてしまったようで、ドギマギしてしまった。
…… 朝から変な汗かいただろ、バカ共が。
セミナーを終えて帰る間際、俺の頭の中は、次にハスミと会う約束を取り付けるのに何て声を掛けたら良いかで一杯だった。
休みに入ると、会う機会が無くなってしまう。
年が明けたら受験は目前だ。
L◯NEとかは苦手だ…… 短文で質問&即答して誤解を受けずにやり取り出来る自信が無い。
ハスミもL◯NEなんか義務的なもの以外はやってる気がしないが。
そうだ、『一緒に勉強しないか?』
なーんて…… 何の勉強だ。
大体、勉強は一人でするもんだ。
一緒に居たら勉強にならないことは目に見えている。
あれが恒温動物の第ニ段階か…… 次は…… 第三段階まで進んでみたいもんだな……。
つーか第三段階って、何するんだ?
ここ最近で大分学んだアレコレを実施する場面に思いを馳せながら廊下を歩いて行くと、理科部の部室から似つかわしくない派手な感じの女子3人組が出て来るのが目に入る。
先頭を切ってる女が俺を見て気まずそうに目線を下げ、足早に通り過ぎて行く。
香水臭くて頭が痛くなりそうな…… 俺の一番苦手なタイプだ。
開いたままの部室の引き戸から覗くと、ハスミが俺を見て目を逸らす。
「…… どした?」
「一緒に帰るとこ、見られてたみたいで」
「はぁ」
なんとなく察する。
あの集団の中で一番飾り立てている性格のキツそうな女からは、以前度々プレゼントのような物を手にL◯NEの交換を要求されたことがあった。
俺はそういうのはやらないからと断り続けてきたが、それを恨まれているのか、いまだに抉るような視線を感じることがある。
それに、ああいう群れて行動する女共には要注意だ。
本人が居ないところで取り囲まれることもあるから。
「どういうつもりなの、って聞かれた。
どういうつもりもこういうつもりもないよね。
放っといて欲しいものだな…… 勉強しろよ、受験生なんだから」
ハスミが心底うんざりした様子で呟く。
「で?」
「ちょっと可愛いからっていい気になってんじゃないよ!
だって。
…… 私、可愛いか?」
こいつ、自分ではどう思ってるんだろう。
俺には、…… そうだな…… 雪の妖精に見えるけどな。
どう答えていいか分からず目を泳がせてる俺の顔を見て、ハスミがアハハハ!って笑う。
けど、目は笑ってない。
「…… いい気になるってどういう意味なんだろうな」
「知らない。
別にあの人たちには関係ないのにね。
第一、アキくんには好きな人居るんだしさ」
「⁈」
ハスミが言ってる俺の好きな人っていうのは、あの2人のことか?
好きだったことは認める。
でも今はもう、あの時抱いた想いの記憶が残っているだけなのに。
否定したいのに、すぐには否定出来ない。
折角ハスミに聴いてもらって解決したのに、今更もうどうでも良くなったとも言えないし……。
「あのコ、多分必死なんだね。
まぁ、“好き”が制御出来ない気持ちは、分からないでもないけど」
なんでだろう。
一線を引かれてしまった感じがして、焦る。
確かにあの時は、俺の中でハスミに対して何らかの線引きをしたくて、あんな話を持ち出したとこもあったかも知れない。
けど、今はこいつの口からそんな言葉が出て来ることに焦りを感じる。
つーかなんだこいつ。
俺には『好きな人が居る』って思いながら、俺と絡んでたのかよ。
「なんだよそれ」
得体の知れない感情が胸を締め付ける。
これは、何だ?
怒り?
悔しい?
悲しいのか?
誰に、何に対しての、どういう感情なのか。
初めて抱いた胸の疼くような感覚が、自分でも理解出来ない。
ムカムカ?
チクチク?
ズキズキ?
慣れない痛みに過敏になっているのか?
身体の傷なら、痛みは別にして置いておけるのに……。
「うーん。やっぱり、潮時かな。
ずっと思ってはいたんだよね。
そろそろアキくんと会うの、やめるべきだな、って」
「はァ?」
やめるって。
目で問う俺の方は見ずに、ハスミは横を向いて話し出す。
「自覚ないみたいだから教えてあげるね。
アキくんと仲良くしようとすると、意図せず敵を作ってしまうことになるんだよ。
ただでさえカースト最下層の私がさ、上層部に睨まれたら、中層以下の人間まで巻き添え食って大変厄介なことになる訳。
私は元々アンダーグラウンドに暮らしてるモグラみたいな生き物だから、関係ない筈なんだけど…… 向こうはそうは思ってくれないみたいで」
モグラ?
カーストの上とか下って何だよ。
こいつがそんなこと気にするなんて…… 他の女とは違うと思ったのに。
孤立じゃなく独立してると思ったからこそ、尊敬できると思ったのに。
唯一肚割って見せられる女だと思ったのに……ガッカリさせないでくれよ!
「おまえはどうなんだよ」
横顔に突き付ける。
「他のヤツがどう思うかなんて、関係ないだろ。
おまえ自身は俺のこと、どう思ってんだ?」
聞いてしまってから、自分でびっくりしてる。
何を聞いてんだ俺は。
そんなこと聞いてどうする。
ハスミも俺がここでこんなド直球でくるとは思ってもみなかったらしく、いつもは冷静に受け止めて返してくれる筈が、若干キョドる。
「ど、どう、って……」
…… そうだ、ずっと気になってた。
おまえが俺のことをどう思ってるのか。
俺って、おまえの中で、どういう存在?
ただのクラスメイト?
友達?
それとも……?
ジリジリしながら答えを待つ。
俺の訳の分からない球を、あんなに気持ち良くビタ止めしてくれてたハスミが、戸惑っている。
どうなんだよ、また俺の胸にスパン!って投げ返してくれよ。
「…… ごめん」
え。
なんだ?“ごめん”って。
質問に対しての答えになってないだろ。
「…… ごめんね……」
どういう意味だよ。
それは、何に対する謝罪なんだ。
そんな球、届かないぞ。
捕れないよ、俺には……。
嫌な方向に向かっていく予想を覆すべく、ハスミの横顔を見つめる。
伏せた長い睫毛が、パチパチと瞬く。
「なんかもう…… 無理だ……」
ふへへ、って力無く蓮美が笑う。
なんで笑う?
“無理”?
「何がだよ?」
「…………。」
ハスミは横顔に微笑みを貼り付かせたまま、何も喋らない。
俺も、これ以上、何て声掛けたらいいか分からない。
続く、気まずい沈黙。
チャイムが鳴る。
ハスミは何も言わないままに、くるりと向きを変えて俺の脇を擦り抜け、旧理科室を出て行った。
遠ざかっていく校内履きのキュッキュッていう足音を聞きながら、俺はその場から動けずにいた。
俺、フラれたのか?
まだ告白ってもないのに。
って、え?
俺、告白るつもりだったのか?あいつに?
今、俺もあいつも受験を控えて、ここ一番!って大事な時だ。
卒業も近いのに、もう会えなくなるかも知れないってのに?
告白して、どうするつもりだったんだよ。
誰も居ない昇降口を、ひとり出る。
初めてだ…… いや、2回目か。こんな気持ちになるの。
3年前のクリスマスイブを思い出す。
自分の受けた衝撃の理由も分からず、悲しみに打ちひしがれてトボトボ歩いた、ひとりぼっちの夜。
あのときより、全然キツイな。
その夜。
忘年会で遅くなるという親父のメッセージをバナー通知で受け取った俺は、飯を食う気にもなれず早々に風呂を済ませて、自室に篭っていた。
いつも通り、アガる曲ばかり集めたプレイリストを流しながら机に向かうも、上の空。
無意識にシャーペンの先がノートに書き出していた文字を眺める。
ハスミ 蓮珠 佐藤 はすみ hasumi
俺、変だ。
かつてこんなに勉強に集中出来ないことがあったか。
今まで、『他のヤツが遊んでる時に頑張った人間にこそ勝利が待っている』と自分に言い聞かせて、来る日も来る日も机に向かって来た。
それなのに、今、こんな大事な時になって。
ハスミの声、ハスミの匂い、指先、睫毛、唇……
ハスミのことばかり浮かんできて、何も手に付かない。
『恋、だね』
恋、か。これが。
今頃納得している。
ベッドに仰向けに倒れ、焦点の合わない目を空に漂わせながら、いつか交わした会話を思い出す。
「俺、“ハスミ”って苗字かと思ってたんだよな。
先生もハスミって呼んでるし」
俺が言うと、ハスミはアハハ、って笑って、
「あの先生、1年の時も私の担任だったんだ。
クラスに佐藤が5人居て…… 先生、基本的に苗字呼びだから、最初は“足の早い佐藤”とか“柔道部の佐藤”とか呼んで区別してたんだけど、私のことはどうしてだか最初から下の名前だったんだよね。
理由を聞いたら、『あぁ、ハスミは最初から“ハスミ”って感じがしたからなー』だって」
「…… 個性的だからな、おまえ」
「個性的か?私」
「自覚ないんだな」
俺が鼻で笑うと、ハスミが可笑しそうに首を傾げる。
「ふぅむ。自覚が無いという点では、アキくんは突き抜けてると思うけどなぁ」
…… どういう意味だ?
目を瞬いている俺をチラリと横目に見上げて、満足気にハスミが微笑む。
「まぁま。他と区別して貰えてるとしたら、光栄ですな。
特別感があって良い」
「…… ふん」
特別だよ、おまえは。
誰にも似てない。
おまえみたいな女、どこにも居ない…… 唯一無二だ。
「…… ハァ……」
天井に向かい、声に出して溜め息を吐く。
俺は何を期待してたんだ。
あいつに、どんな答えを求めてた?
もしもあの時、あいつが俺の望む言葉をくれていたら、俺はどうしていたんだろう。
その先は、どうなっていたんだろう……。
「…………。」
いや、まだ終わった訳じゃない。
『ごめん』って聞こえるまで、長い間があった。
何を迷ってた?
…… 聞きたい。
おまえが思ってる、本当のところを。
俺のことを『もう無理だ』っていうなら、その理由を、どうしても。
応援ありがとうございます!
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