Quirky!

リヒト

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セミナー最終日の朝。


「おはよ」


「…… お、…… おはよ」


普通に挨拶されて、ビビる。

あんなこと言ってあんな風に別れて、気まずい感じになるかと思ったら、至って通常通りの対応で。

敬遠されるんじゃないかと思っていたのに…… って、元々バッターとしてはただで歩かされる程恐れられるような実力無いよな、俺。

そう考えると、昨日のあれはあくまでも、盗塁を企ててリードを詰めていた俺に対する牽制だったのかも知れないと思えてくる。

まだ一塁に居るのに隙を見てあわよくばホームインしようと——ホームインて何だ——とにかく、恐らく状況を良く見ずに功を焦ったのが良くなかったんだ。結果は見事タッチアウト、振り出しに戻った。

いや待て。

あれは暗に『その火を飛び越して来い』的なことだとは考えられないか?

でなきゃ、先に挨拶してきたりはしないだろ?

もしかして俺は本当に理性的な男かどうかを試されているのでは…… つーかそもそもあの話の結末は、キスはしたけど結婚までは清らかな関係で居よう、みたいなことで終わったんじゃなかったか。

そんなこと…… 出来るかな。

第三段階のことを想像して、このところティッシュの消費量がハンパない。


ハスミに関わり始めてから、どうも思考が飛躍したり停滞したり、バラけて纏まりなくなっているのは自覚している。

あいつも言っていた通り、動悸、胸痛、食欲不振といった症状が肉体にも現れているし、変に落ち込んだり妙にハイになったり、不意に泣きたくなったり急にニヤけたりして、自分でもおかしいと思う瞬間が日に何度となくある。

けど、ハスミのことを考えるのはやめられない。

知らなかったな、恋にこんな中毒性があるなんて。



居ても立ってもいられず、セミナーの後で速刻帰ろうとしていたハスミを、昇降口で呼び止めた。


「この後ちょっと…… 時間あるか」


ハスミは靴を下ろすと、チラッと俺の胸元まで目を上げて、また目線を下げ、溜め息を吐く。


「私、もう無理って言ったよね」


「だからその“無理”って何なんだよ」


「…… 千葉くんには分かんないよ」


急に苗字呼びに戻されていることにハッとする。


え。何こいつ。

俺と距離を置こうとしてる……?


ハスミの頭頂部に浮かぶ艶の輪を見ている内に、再びジリジリと上がってくる、苛立ち?焦り?

何だろう、これ。


「分かんないのはお互い様だろ」


「…………。」


思うように行かないからってハスミを責めるのは違うと思いながらも、上手く言い表せないのがもどかしく、つい口調がキツくなってしまう。

結果、ハスミを黙らせてしまうことになって、後悔が襲う。


あぁ、違う…… 違うんだ。

俺がおまえに届けたいのは、こんな言葉や態度じゃなくて…… 本当は、俺は、…… 俺は……、


「…… そうだね。

分かんないのは、私もだ」


靴を履いていたハスミが、外を眺めやりながら呟く。


「私も、分かんない。…… 自分の思ってること」


ハスミ、さっきからなんでこっち見ない?

分かんないなら、俺を見ろよ。

そしたらきっと分かるだろ…… おまえ自身が思ってることも。


俺の想いに反して外の方を向いたままのハスミの口からは、また凡そハスミらしからぬ言葉が出てくる。


「きっと、分からないままでいいんだと思う。

…… だから、もう……」


消え入りそうな声。


「ごめんなさい。

そっとしといてください」


くるりと向きを変えて制服のスカートを翻し、足早に玄関を出て行く。

その後ろ姿を呆然と見送りながら、のろのろと意味を考える。


…… え?

ちょ、ちょっと待ってくれ。

今、何を言われたのか分からない。

余りにもハスミらしくなさ過ぎて。

『そっとしといて』って…… もう話し掛けてくれるな、ってこと?


…… 嫌だ。


嫌だ…… 嫌だ。

そんなこと出来るかよ。

俺、こんなに毎日毎晩おまえのことばっかり考えてるのに。

やっと自分の気持ちが見えてきたとこだってのに。

おまえだって、俺と居てあんなに笑ってくれただろ?

俺には普段誰にも見せない内側まで見せてくれたじゃないか。

それを、最初から無かったことに?

そういうのは良くないって、おまえ自身が言ってたことじゃなかったか?

こんなので終わりなんて…… ダメだ、そんなの!


3秒弱で結論に到達した俺が慌ててハイカットに踵を入れて外に出ると、もうそこにはハスミの姿は無かった。

校門を出た先の交差点にも居ない。

その先の、角のコンビニの辺りにも見えない。


おいおい、いくら帰宅部だからって、帰宅早過ぎだろ⁈

クッソ…… どこ行った?

あいつの家までの最短距離は……と考えて、コンビニの脇を抜けて川沿いの堤防を走って行くと、居た!

遠いけど見間違いようのない、小っこくて細っこい身体と丸っこい頭。

左へ折れて橋に差し掛かったハスミが追い迫る俺に気付いてピャッと跳ね上がり、その後で足を早めるのが見える。

毎日走り込んできた、いつものコース。

朝に降った道路の雪は溶けて、路肩に残るだけになっている。

この路面でこの距離なら…… イケる!

一塁到達タイム最速3"73の俺から逃げられると思うなよ———⁉︎


橋を半ば渡りかけた所で背後に迫った俺の気配に、振り返ったハスミが目を見開いて、反射的に走り出した。


「待てッ!」


「なっ、なんでー⁉︎」


「…… 話し、…… たいことがッ、」


「話すことなんかっ、」


「ぅあるッ、」


あるんだ!…… おまえには無くても、俺には……!


ハスミ、意外と脚が…… 速いどころじゃない!

この俺がなかなか追い付けないとかちょっと有り得ない…… 女子にしてはバカっ速だぞ⁈


橋を渡り切り、商店街に入ったところで、ハスミがスピードを緩めるのが分かる。

チャンスとばかりにスパートを掛けて追い付いて、歩行者信号の青が点滅しているのを遠目に認めたところですかさず背中のリュックの持ち手を掴む。

……っしゃ、捕獲成功‼︎


「んやぁーっ⁈ 離せっ!離せーっ!」


猫の仔を吊り上げたみたいになってしまい、ジタバタするハスミ。


「待ってくれ、って!…… 話し、たい、ことが」


「だからなんなのー⁈」


「ある、って言ってるだろ、待てよ、頼むから…… 暴れるな」


「人に物を頼む態度か、それがー‼︎」


あるんだよ、ほんとに。

おまえに聞きたいこと、伝えたいこと…… 大事なことが。


諦めたのか、暴れるのをやめたのを確認してリュックを離すと同時に、ハスミがクルッと振り向き、喝一声。


「他の人の迷惑考えなよ!」


「あ、…… 」


言われてみれば、通行人がなんだなんだ何事だ?と遠巻きに見ている。

リュックの肩を直しながら、ふん、と息を吐くハスミ。


「ほんっとに…… 道路交通法には車両だけじゃなく歩行者にもスピード制限と違反に対する罰則を設けるべきだと思うな!」


「…… あ、ハイ…… スンマセンでした…… 」


良く考えたら別に全力で追いかけること無かったな、家知ってるんだから。

久しぶりに走り出したらつい熱くなって、なかなか追い付けないとかあんまり経験したことが無かったから、途中から楽しくなってしまった。やっぱり俺って脳筋なんだな。


住宅街の方へ歩き始めたハスミの後に付いて、俺も歩き出しながら話し掛ける。


「…… だっておまえ、逃げるから」


「逃げるでしょ、あんな勢いで追われたら!

まず、追って来るとは思わない」


「いや、でもあれはおかしいぞ?

脚速過ぎだろ、チビのくせに…… 帰宅部のくせにさ」


「ふん。ナメてもらっちゃ困るな。

学校以外でやりたいことあるから帰宅部なんだ。

この3年間、毎日の帰宅に全力を掛けて来たんだよ」


「なるほど」


納得。

理路整然、万里一空、首尾一貫。天晴れだな。

思わず天を仰ぐ。

この時期には珍しく、雲一つない快晴だ。


「アキくんこそ情け無いな。

デっカいくせに、脚長いくせに、野球部のくせに!

ふふん、息上がってるじゃない」


そういうおまえも、無理に呼吸を抑えてるから鼻の穴すっげぇ膨らんでるぞ。負けず嫌いめ。


「ハハ、短距離なら、いいんだけどな」


100mなら、30くらいハンデあっても、多分負けない。

50なら陸上部の短距離やってる奴にだって負けない自信あるぞ。

瞬発力、初速と最高速に乗るまでのタイムならサッカー部にも…… なーんて、これだけ体格差のある女の子相手に、何負けず嫌い煽られてるんだ、俺は。


「持久走なら私、そんじょそこらの軟弱アスリートには負けないよ。

中学のとき中距離やってて、1500で4'52"出したことあるからね。

もう大分走ってないけど」


「…… ハァ⁉︎ 」


なんだそれ速っ‼︎ 

俺も4分台出したことあるけど、女子でそれはとんでもなく速いんじゃないか?


「…… それ早く言えよ……」


陸上やってたのかよ。

言われてみればこいつ、確かに細っこいけどしっかり脚に筋肉付いてる。

フォームも無駄が無く綺麗だった。頭の位置動かないし。

でもまさかハンデがあるとはいえ、追い付くのに苦労するほど速いとは。

…… やっぱりすげぇな、おまえ。

まだまだ底が知れない。


「…… あのさ、」


呼吸を整えながら、ハスミの正面に回り、頭を下げる。


「…… 俺の、…… どういうとこが無理か、教えて欲しい」


「…………。」


帰宅を止められて憮然とした表情で大きく溜め息を吐いている、ハスミ。


色々思い当たるところはある。

でも、自分では気付いていないこともあるかも…… いやきっとあるんだろうな…… そういうのは直接聞かないと分からない。俺、お世辞にも察しが良い方じゃないから。

なるべくなら改善したい、そしてなんとか及第点を貰えるところまで持って行きたい。

顔とか声は変えようが無いから慣れてくれと言う他ないが、臭いとか汚いとかなら…… そういうことの無いように努力はしてるんだがそれでも臭いかも知れないしちょっと寝不足したら痛いニキビは出来るしもしかしたら鼻んとこの毛穴が目立って気持ち悪いかも知れない、でもそこは治しようが無いから改善努力と清潔保持を継続していくってことで勘弁して欲しい、頑張る。

内面的なところでは、融通効かないとか面白くないとか性格悪いとか…… ハッ…… もしかしてこんなふうにしつこく付き纏うとことか⁈

もしそうなら、…… どうしたらいいんだ、手遅れかも知れない。

粘着質な男はウザいとか脳筋思考キモいとか生理的に受け付けないとか存在自体がもう無理とか言われたらどうしよう…… 立ち直れるかな、俺……。


勝手に高速で想像を巡らせてがっくりと項垂れる俺の頭の上で、ハスミがフッと笑いを漏らす。


「別に…… アキくんのことが“無理”って意味で言ったんじゃないよ」


へ?

じゃあ、他にどういう意味が?


顔を上げ、目が合うと、横を向いて仕方無さそうに笑うハスミ。


何故笑う。

俺は真剣に悩んでるっていうのに。


「私が“無理”なの。

…… 全然、余裕無いから」


「…………?」


そうか?

俺にはおまえ、いつも余裕で…… いや、そうだよな。

今受験を目の前にして、他のことに構っている余裕なんかある訳ないよな。

でも、ほんのちょっとだけスペース空けておいてくれないかな、2、3ミリでいいから。

僅かな隙間にでも入り込めたら、それだけでこの人生最大の厳しい冬を乗り切れそうな気がするんだ…… って俺はカメムシか。クサいしウザいしキモいな。


「あの…… 俺さ、」


俺のことをどう思ってるかなんて先におまえに聞いたのは、狡かったと思う。

あれは多分…… 俺が、俺自身の気持ちを確かめたかったところもあるんだ。

だから、今の俺の気持ち、言うよ。


「おまえには嫌われたくないんだよ」


「どうして?」


どうしてだろう。

改めて聞かれると、どうしてなのか分からない。

でも、これだけは本当、はっきりとしてる。


「どうしても。

おまえに嫌われたら、困るんだ。

おまえと、もっと色々話したいから。

これからも、…… 卒業しても 」


「それは…… 友達として?」


「…… いや、」


なんて言っていいか分からないな。

なんて言おう?

なんて説明したら納得して貰える?


「友達とは違うかな……」


だって、俺は男で、おまえ女だし。

男と女の間で真の友情は成立するか?って議論があるけど、俺は成立しないと思っている。

組織の中での立場上の協力関係信頼関係なら成立するとは思う。

でも、何にも属さない状態での人間対人間として、男と女がただ仲良くなりたい、一緒に居たいだなんて、思うものだろうか?


それに俺、ほんとはおまえに触ってみたいって思ってるし。

でもそれ言ったらおまえがどう思うか…… ドン引きされても嫌だし、ガムテで密封されて燃えるゴミに捨てられたくはないから、言わない。

…… 言えないな。

実は元々下心がありまして、ただの友達以上に仲良くなりたくて近付いて…… 今後はもっともっと近付きたいと密かに目論んでおります——なんて。


「俺、おまえのことは“特別”って思ってるから」


言葉の意味を測っているのか、探るような上目遣い。

自信なくチラチラ窺う俺と視線が合うと、ハスミは困ったような顔でツイっと目を逸らす…… けど、もう一度真意を問うようにじっと見つめてくる。

大きくて真っ黒な瞳に真っ直ぐに見つめられていると吸い込まれてしまいそうで、たじろいで…… 目を逸らしてしまう。

逸らしたら説得力無いだろ、俺のバカ!


不意にまた歩き出したハスミに付いて、俺も慌てて歩き出す。


「と、とにかく。

他人の目を気にして喋ってくれなくなるのは…… 会えなくなるのは、嫌だ」


どうせもうすぐ卒業なんだ、周りの視線なんか気にすることはない。

あの女子共にだって、卒業したら、もう顔を合わせることもないだろう。


「会いたいの?」


「うん」


正直に頷くと、すごく意外そうな声。


「…… 私に?」


「他に誰が居るんだよ」


斜め前を歩くハスミの顔色を窺う。

クレしん角度で見えてるハスミの頬っぺたが、きゅっと上がるのが分かる。


「なーんかよく分かんないけど。

…… 嬉しいかも」


俺の安堵の溜め息が聞こえたのか、下を向いて、くひひ、みたいな声で笑う、ハスミ。

大っきな目が溶けて無くなって口角がきゅぅっと上がるのが、見えなくても目に浮かぶ。


おまえのその顔、いいよな。

いつか、正面から見てみたい。



他のヤツにどう思われようと構わないけど、おまえには…… おまえだけには、悪く思われたくない。

誤解されてもいいや、なんて割り切れない。

俺のことを正しく理解して欲しい…… し、出来れば、好かれたい。

その為には、人間として善く在る為の努力を惜しまず、誠心誠意を尽くすつもりだ。

だから…… これからも会って話す機会を設けて欲しい。

でもって、こんな風に2人だけで会って話すのは、俺とだけにしてもらいたい。

なんかおまえ、最近可愛いくなった、って噂になってるみたいだから。


けど、今は言わない。

…… 言えないよ。

今俺が持ってる言葉じゃ、思ってること全部は到底言い表せそうにないから。



ハスミには、受験が終わったらまた『生き物対策講座』を再開してもらうことで合意を得た。

そしてその為に、まずはお互い勉強を頑張ろう、そして第一志望に合格しようと誓い合った。


ハスミの第一志望は、俺と同じ地元大の理学部らしい。

塾もカテキョもやらずに全くの独学で、最終の模試でB判定だったって言うんだから、すごい。

俺は同大学の工学部が第一志望だが、模試はC判定だった…… 最終倍率にもよるが、受かるか落ちるか、五分五分の所に居る訳だ。

これから20日程は皆追い込みに入るから、ギリギリで伸びてくるヤツも居ることを考えると、俺はその上を行かなければ受からない。

もし落ちたら、本州の真ん中辺の山の中か、さもなくば海峡を超えてはるか北の地へ飛ばなきゃならなくなるが、卒業した先のことを考えると、たった1人の身内を置いて地元を遠く離れた場所に行きたくはない。

4年後に院へ進みたいなら浪人はするなと言われているし、滑り止めの市内のFラン私立へ行くことになれば今までの苦労が水の泡に…… とまでは行かないかも知れないが、中学のときに泣きを入れてまで公立の推薦を蹴り野球をやる為にこの学力ランクとしては底辺に近い私立高校へ入ることを許可して貰ったことを思うと、将来を思って俺なんかに金と期待を掛け続けてくれている親父に申し訳が立たない。

だからこの闘い、絶対に負けられないんだ。



一次試験の日は、あっという間にやってきた。

ビリビリとした緊張感の漂う中、受験会場となった大学の構内を歩きながら、絶対にここへ来てやる!という意志を持って試験に臨んだ。

ハスミの笑顔を思い浮かべたら、実力以上のものを出せた気がする。


一次はなんとか通過出来た。

回答速報を見た翌日、自己採点の報告に学校へ向かうと、既に自由登校期間に入っているクラスには人がまばらだが、同じく共通テストを受けてきたと思しき学生はみんな来ていた。

ハスミの姿もチラッとだけ見かけた。

いつか机の中身をぶちまいていたクラスの女子と笑い合っていたところを見ると、一次は通過したのだろう。

二次試験を控えてまだ気が抜けない日々が続くが、その先にある約束を思えば、もっと先の未来を胸に、頑張れる。

全て成し終えたら、堂々と胸を張って会いに行くぞ……!



高校生活が終わるという実感も無いまま、これからのことで頭がいっぱいで気もそぞろに迎えた卒業式。

親父は平日にも関わらず、張り切って出席してくれた。


ハスミのとこは両親揃って出席していた。

が、本人の硬い表情から、内心の複雑な想いは伺い知れる。

俺は最後まで声を掛けることは出来ず、離れた所から、会話も無く同じ車に乗り込んで行くハスミ親子の姿を見送った。


式の後には、やっぱり一悶着あった。

ある程度予想はしていたが、野球部の連中が伝統の『追い剥ぎ』の儀式で騒ぐ中、俺は卒業生を送り出す花道の脇の反対側で女子に取り囲まれていた。

その中には、あの香水がキツい女も居た。

ベソをかきながら『受験、頑張ってね』と合格祈願の御守りを手渡されそうになり、気持ちだけ受け取ると礼を言って断ったところが、盛大に泣かれてしまった。

ちょっとアンタ最後くらいさぁ!とか女の取り巻きに詰めよられてタジタジしているところへ、全く空気を読まずに割って入り、ぶち壊してくれた半裸の集団がある。


「ウェーイ‼︎」「アキ見っけー‼︎」「まさか逃げられると思ってないっスよねー⁈」「ヒャッハー!確保ー‼︎」

女子共がどん引きで退く中、有無を言わさず野球部の後輩達……のみならず、先に半裸に剥かれた同級生達が俺を引っ張って、花道の対岸のむさ苦しい野郎共の輪の中へ。

覚悟はしていた…… つーか、助かったぜおまえら!


「まっ、ちょっと待て」


輪の真ん中で、早速掴みかかろうとする奴らを両手で制止する。

2年の後輩にやると約束していた制服一式を、ここでズタボロにされる訳にはいかない。

いそいそとネクタイとベルトを外し、ブレザーとワイシャツ、スラックスまでを脱ぐ。


「ちょ、アキィ⁉︎」


「おま…… 用意良過ぎだろ!」


制服の下にユニフォームを着込んでいた俺に総ツッコミが入り、リュックから帽子を出して被ると、爆笑が起こる。


いや、何故笑う?

最初で最後の胴上げだ、ここは正装でいくだろ。


「ワハハ、流石だわアキ!」


「おめぇのそういうとこ、ほんっと好きだわ!」


「オゥリャアッ、飛べッ‼︎」


揉みくちゃにされ、屈強な男達によって高く高く投げ上げられて、腹の底から悲鳴とも笑いともつかない声が出る。

でも、俺は制服の連中とは違い、服を引きちぎられることはなかった。

そりゃそうだ、ユニフォームは俺らの誇りだからな。


存外に丁重に扱われて下ろされた目線の先、花道の向こうに、女子に取り囲まれて応戦中の海斗が目に入る。

さぞかし苦戦している……と思いきや余裕だな、俺と違って。

にこやかに後輩女子から花束なんか受け取りながら、『大学行っても頑張ってください!』『ありがと。キミも受験頑張って』『ありがどうございばずぅぅぅ‼︎』なんてな会話を、サラリサラリと。

クッソ…… おまえ、夏輝に言い付けるぞ⁉︎


「海斗ォーーー!」


俺が叫ぶと、ぅえっ?ぅえっ⁈とキョロキョロしている海斗。


「海斗さん発見!」「目標、10時の方向」「総員、かかれー!」と後輩同輩達が一斉に海斗目掛けて走り出す。

揉みくちゃにされながら俺より更に高々と宙に投げ上げられ悲鳴をあげている小柄な海斗を見上げながら、俺は満足しながらも反省。


そうだよな、ああやって受け取めて、優しく流してやれるのがオトナの対応ってもんだよな。

俺、そういう器用なこと出来ないから、色んなところで色んな人を傷付けてばっかりだったけど、もう少し要領良く振る舞えるようになりたいな。

泣かせてしまったあの女子の、最後まで向かい続けてくれた勇気には脱帽だ。

本当に俺なんかのどこが良かったんだか…… 香害はどうにも我慢にならないしハスミをイジメた罪は重いから到底受け入れてはやれないが、その健闘は讃えられるべきだと、恋という感情を知った今の俺は、密かに思う。

ま、せいぜい良いヤツ見つけて幸せになってくれ。


「主将発見‼︎」「だぁっ、なんなんおまえら⁉︎」「逃すまじ~‼︎」


校内で先生方にでも足止めをくらっていたのか、遅れて花道に出て来た主将の捕手をターゲットに、先にやられた同級生が主になって一際大きな胴上げが始まり、俺も上げる側に回る。


寮に居たヤツの中には既に引き払い、今日は卒業式の為だけに故郷から泊まりがけで来ているヤツもいる。

みんな明日からそれぞれの新生活に向けての準備に取り掛かるんだろう。

こんなわちゃわちゃも、これが最後だ。

今くらいは、受験やその他のこと全部忘れて、おまえらと馬鹿騒ぎしたいよ。



最後に、俺らが高校生活の大半を過ごした専用球場へみんなで別れの挨拶をしに行った後は、久々に海斗と一緒に帰った。

こいつはビリビリに破かれたスラックスを辛うじてネクタイで押さえながら、ボタンが全部弾け飛んだワイシャツの上に片袖の取れかかったブレザーを羽織っていて、「また随分と派手にやられたな」と呆れている俺に「誰のせいだと思ってんだよ!」と返しながらも、愉快そうに笑っている。


「…… 夏輝と一緒だって?」


「あ?…… あー、まあね。学科は別だけど」


本命の女と同じく推薦入学の決まっている大学のことを聞くと、隠そうともせずにニヤける。


「俺、また野球部のマネやることになってるんだ」


「マジか!」


プロ野球選手を多数輩出している大学の野球部のマネージャーをしながら、スポーツPTを目指すという海斗。

幼馴染のデカ女とは、高校は別になってもクソ忙しい合間を縫ってずっと(主にL◯NEで)連絡を取り続けていたらしいし、「今度、デートの約束してんだ♪」とニヤけているところを見ると、上手く行っているようだ。

おまえ、着々と夢を叶えて行ってるんだな。…… すげぇな。


橋のたもとの十字路で、俺らの家のある右に曲がる海斗。

橋の向かい側に意識が向いてソワソワしている俺に、ニヤニヤしている。


「あ、おまえそっち?」


「うん…… ちょっとな」


「フフ、じゃ、またな!」


「おぅ……」


何も聞かずに後ろ手に手を振る小柄な海斗の背中に“漢”を感じながら、数メートル見送った後で、気を取り直して橋を渡る。

上流からの雪解け水を運んで水量を増している春の川面に、ふと思う。


ゆく河の流れは絶へずして…… か。

諸行無常を表した筈の方丈記の冒頭に希望を感じるのは、今の俺の心の持ち様からなのかな。


ハスミの家の門まで行くと、車は無く、明かりも点いていない。

今日くらいは両親とどこかで過ごしているんだろうか。

それとも、両親は早々にそれぞれの家庭へと戻って行き、ハスミは一人、家の中で明かりも点けずに過ごしているのか。

そうあって欲しくはないが、何となく後者のような気がして、玄関のチャイムを見つめるが、手を伸ばす勇気は無い。


代わりに、庭の木々の根本にわずかに残る雪を固めて、想いを形作る。

溶けたら溶けたで仕方ない…… 今の俺には、こんな表現しか出来ない。

玄関先の石畳の上にそれを置き、念を込める。

『絶対、合格しような!』




3月も、もう半ば。

机に向かい続けた日々は、過ぎてみればあっという間だった。

いよいよ明日に迫る最終決戦の面接を前に、緊張感と共に会いたい想いが募る。


ハスミとはあれ以来、何の連絡も取っていない。

けど、あの日のやりとりを何度も思い返す内に、俺の中での疑念は確信に変わりつつある。

最後に見せた、あの笑顔。

俺が『これからも会いたい』って言って、『嬉しいかも』って返ってきたのは、ハスミも俺と同じく思ってくれてたから、なんじゃないのか……?


どうにかして確かめたい。

でも、どうやって?


こんなこと、既に推薦入学を決めて大学生気分でバイトや免許取りに勤しんでいる野球部の連中には、相談出来ない。

またクソ揶揄われるのがオチだからな。

それにあいつら、誰ひとりとしてそういうことに詳しくない。

唯一、海斗なら…… いやいや、あいつには聞けない。聞ける訳ない。

揶揄いはしないと思うけど、俺の小中学校の暗黒時代を知るあいつに聞くのが一番恥ずかしい。

それに、海斗は海斗で今、奮闘中な筈だから。


誰か居ないかな?

揶揄わずに真面目に聴いて、気持ちの整理をサポートしてくれそうな ……いや、聴いてくれるだけでもいい。

俺の想いを、間違ってないって、そのまま進めって背中を押してくれそうな人は……。




「…… って感じなんスけど、どう思います?」


ショキショキショキショキ…… ショキショキショキショキ……


リョウヤさんの鋏の音が響く。

ケープの上を滑り落ちていく真っ黒な髪の毛が、サラサラ、サラサラ、白い大理石風の床の上に積もっていく。


「どう、って言われてもなぁ……」


鏡の中、目を閉じているあの人が、口を開く。


「そーゆーのはなぁ、同じ年頃のヤツに聞けよ。

そっち方面で俺なんかが言ってやれることは、なんも無ぇ」


「ハーイ修二さん手ェ出さないー。切るよ」


自分のことすらままならねぇのによぉ、とか目を閉じたまま口の中でゴニョゴニョ言いながらこめかみの辺りを掻いてる修二さんを見て、鏡の中から俺に向かってリョウヤさんが眉を上げて口をへの字にして見せる。


「え?じゃ、あの、」


あいつとは……?

今もまだ一緒に暮らしてることは、海斗伝てに聞いてるけど……?


リョウヤさんが俺の聞きたいことを察してか、振り向いてシュラッグして見せる。

…… 相変わらず、ってことなんだろうか。

まぁ、あいつも俺と同い年であることを考えれば、そうなんだろうな。

いくら想い合ってたとしても、この人が未成年に手を出すことはないだろうから。

いや、この感じだと、まだ想いを確かめ合うことすらしていないのか……?


「口説き方なら俺が教えたげてもいいけどさー、」


「あ、ダメだ。聞くな」


リョウヤさんの言葉を、修二さんがキッパリと制止する。


「そういうのはヒトから聞くな。

自分で考えて、格好悪くてもいいから芯からの言葉で伝えろ…… 本気ならな」


「アーハン?そういう修二さんはどうなんYo?

あ、今回もシャンプー持ってくぅ~?

ボトルで、会員割引きしとくね♪」


hey,どうなんYo♪ とニヤニヤしながら頭を小突いているリョウヤさんを無視した修二さんは、


「こいつ嫁さんに元彼とホテル行ったのバレてバツイチだ…… 手本にはすんな」


「ちょっとアンタそれ炎上モンよ⁈ バイへの差別!離婚経験者へのサベーツ‼︎

俺には俺の事情ってもんがあんのよ!丸ボーズにされたいの⁈」


「差別してる訳じゃねぇ。

男とか女とか以前に、人としてどうなんだ、っつー話だよ。

…… だがらボーズでいいっつってんべな。

面倒臭せぇんだよ、髪の毛とかもう……」


「いくない‼︎ 自分の容姿に対する責務を果たせ‼︎」


「何の責務だよ…… 毛という毛、全部要らねぇわ。

面倒臭ぇったらありゃしねぇ。アタマ永久脱毛すっかなマジで」


「お願いだからそれだけはヤメテ‼︎」


何があったのか知らないが、修二さん、今は自棄になっているっぽい。

あいつと上手くいってないのかな。

しかし相変わらずこの人、自分の外見には全く興味が無いんだな。

男の俺から見てもドキッとするくらいイイ男なのに、会う度に髪は伸び放題だし無精髭で、ワザと汚くしているとしか思えない。

放っといたらどうなってるか…… まぁそれでもこの体格でこの顔だ、ワイルド過ぎる気がしないでもないけど、人目を引くのは仕方ない。

かろうじて髪型で清潔感を保ててるのは、リョウヤさんのお陰だな。

同性と浮気で離婚は別として、リョウヤさんの腕には感謝っス。



「ともかくさぁ。

今の話聞いた限りじゃ、脈アリなんじゃね?その娘」


リョウヤさんの言葉に、自信無く頷く。


「そう…… なんスかね……」


「だって、“大事に思ってる”“会いたいと思う”って伝えたら“嬉しい”つってたんでしょ。

あとひと押し!ってとこなんじゃなぁい?」


「そこなんスけど、こんなに時間置いちゃうと…… なんつーか……どういうタイミングで?とか考え出したらなかなか……」


「肝心なのは、アキくんが彼女とどうなりたいのか、ってとこでしょ。

だってさ、仲良く一緒にお勉強したいだけなら、今でもうおkじゃん。

付き合って欲しいなら、正式に申し込めばいい訳だし」


「いや、OKでは…… つーかその…… 付き合うって、最初にどこまで付き合ってもらえるか聞くべきなのかな、とか……」


「聞かないとダメ?そんな杓子定規な感じなの?彼女」


「や、…… 」


何て言っていいか分からない。

けど、絶対失敗したくないんだよな。

いざとなってもし拒否られたらどうしたらいいんだろう、って考えてしまう。

嫌われたくないから、告白るTPOは大事にしたい。

特に、言葉は吟味したい。

俺の気持ちを、あいつに正しく受け取ってもらえる形で伝えたい……。


「ハァ~、10代がそんなこと考えるぅ?小面倒臭いオトコだねぇ。

好きなら好きって言ったらいいだけのことじゃない。

メイクラブしたいんなら『セックスしたい』ってハッキリ言ってみたら?

でなきゃ、もう有無を言わさず押し倒しちゃうとか」


「はァッ⁈ そそそれは」


それはいくらなんでもさすがに……してみたいところはあるけど、技術面での不安と性格的に向き不向きの問題が。


「な。爛れてんだろ」


修二さんがボソッと言う。


「オッサンは10代の純粋で繊細な心なんか見事に忘れてんだよ。

だから同じくらいのヤツに聞けって……」


と、ちょうどそのとき、カランカランとドアのベルが鳴り、うーっス、と客が入ってきた。


あ、海斗のお父さんだ。


「おぅ、アキぃ。髪切りに来たんか?」


「…… はい…… これから面接あるんで 」


「隣の親父さんとこ行けば面接官の印象バッチリ⭐︎なアタマにしてくれるぞー」


「あ、昭和レトロな感じがお好みなら、どうぞどうぞ~。

そこら辺歩いてる爺ちゃん達、アレ、大抵ウチの親父の作品だから」


同じのしか出来ないからあの人~、と笑いながら修二さんの襟足を整えに取り掛かっているリョウヤさん。

お爺さんの髪型にされたくはないので、やっぱり俺はリョウヤさんにお願いしたいな。


しかしなんつータイミングで来てくれたんだ、岡田さん。

最近海斗からその後の進展を聞いたばかりの俺、それが顔に出てしまっていないか、ドキドキしてしまう。

あの野郎、早くも大学の野球部へ顔を出しながら、夏輝とは『夜な夜なデート』してるらしい。

この人、そのこと知ってんのかな……?


「岡っさんこないだカットに来たばっかだよねぇ?」


「うん、いや、今日は俺ポスター貼らしてもらいに…… あ、そこのデカいの修二だな。

ちょうど良かった、おまえんとこにもこれ貼らしてくれよ」


「ウィッス」


俺も現役の頃にはお世話になっていたスポーツ用品店の野球部門の部長をしている岡田さん、地元球団選手とのコラボ企画で開発したという新商品のラインナップのポスターを、勝手に店内から外に見えるように貼り付けている。

ちょっとウチますます何屋だか分かんなくなんだけどーという陵哉さんの声は無視される。


ここ、リョウヤさんの経営するヘアサロンの店内には、店主が趣味で集めているらしい輸入雑貨コーナーがあり、壁には修二さんや大さんが関わっていると見られるクルマのレースのポスターの他、少年野球チームのメンバー募集、春の植木市の告知、探偵社、病院、広告代理店その他の広告が所狭しと貼られていて、それに纏わる書籍や雑誌、ゴチャゴチャした雑貨が並べられている…… パッと見、某雑貨店もとい『そういえばウチ本屋でした』の店内のようだ。


「外、あんなクルクル何本もうるせぇくらい回してんだから床屋なのは分かるだろ。

しっかしなーんだよ、珍しく暇そうじゃねぇなーと思ったら見知った顔ばっかじゃん」


店の奥の待合スペースには、首に中華風の桃のタトゥーを入れてるレスラーみたいにガタイの良いスキンヘッドの人と、耳はもちろん眉や鼻にもピアスしてるカラフルな髪色の人が、それぞれソファに寝そべって寛ぎながら壁の大型TVで動画を見て笑っている。


「だから!いつも言ってるけどさ、ウチ完全予約制だっつーの。

アンタらのせいだよ、髪切るでもパーマ当てるでも染めるでもないのに冷やかしに来る、客でもない客増えてんの…… お陰で女の子全く寄り付かな…… ってコラハゲ!汚ねぇ音出すな、俺の城で!あ、臭っ」


スキンヘッドの人がオナラをしたらしく、ピアスの人に尻を蹴られて“そんなすぐ臭わねぇべ”とか笑いながらこちらを見て手を挙げ、岡田さんと挨拶を交わしている。

ってか良く見たら、画面に映っているのはリョウヤさん⁈ 

何だ……方言ラップバトルって?

変に字幕を付けて加工されているところを見ると、あちこちでネタにされてるものの一つなんだろうな。

…… 本当に暇じゃないんだろうか、リョウヤさんて。


「あ。そういえばほら、このヒト、こん中で唯一の恋愛成功者じゃん?」


リョウヤさんの一言に、店内に居た全員が迷わず岡田さんを見る。


「あ?何?…… 俺?」


「岡っさん、この少年に恋愛指南してやってー」


「はぁ?指南て何…… 俺、菜花しか知らねーし。

口説くとか、したことねーしな…… 好きだよ、愛してる、ずっと一緒に居よう、ってお互い昔から思ってたまんまを伝え合っただけだし」


「ヒュー♪」


「うわー。キたよ、モノホン純愛エピソード」


そうなんだよな。

岡田さん…… 海斗のお父さんは、お母さんとは保育園の頃からの幼馴染で、高3のときにデキ婚したらしい。

2人の純愛物語は、伝わる内に大分美化されてデフォルメされてきてはいると思うけど、好きな女を全力で護り抜いて見事に責任を果たした男の中の男の物語として伝説的に語り継がれている…… し、高校生の内にやらかしちゃうとどんなに大変なことになるか、っていう教訓ともされている。


「そんなもん、そこの全身チ◯ポみてぇなセクシャルバイオレットNo.1に聞いたらいいだろ。

今はほら、綾ちゃん居るからさすがに落ち着いてっけどさー。

何人ヤり散らしたんだか…… 一時期は取っ替え引っ換え、溜まる暇もなかったろ?なぁ?」


は?嘘だろ⁉︎

この…… 修二さんが……⁈

知りたくなかったような、どういうことなのか詳しく知りたいような。


うーん、実際こういう人だったんだな、岡田さんて。

別にガッカリはしないけど、一応俺息子の同級生なんだから、もうちょっとオブラートに包んでくれても良くないか。


チ◯ポ呼ばわりされた修二さんは、黒歴史を否定することもなく何故か深々と溜め息を吐いている。

顔を覆ったデカい手の隙間からくぐもった呟きが聞こえてくる。


「…… 俺はもう一人で生きてくって決めたんだ」


なんなんだ、ほんとに。

何かあったのかな?あいつと……?


「この役立たずどもが!」「いやおめぇもな!」と罵り合う陵哉さんと岡田さんをバックに、修二さんが溜め息混じりにボソりと呟く。


「いいかーアキ…… こういうオトナになっちゃダメだかんな……」


それは、修二さん自身も含めて言ってるんだろうか。


オトナ達のオトナらしからぬ会話に目を瞬いている俺を見て、勝手にリョウヤさんの作業用スツールに腰掛けた岡田さんが、感慨深そうに腕を組む。


「でもなー。アキがそういう相談してくるなんてなー。

成長したもんだなぁ…… 俺らが歳取る訳だ」


「確かに。角が取れたんだかね。カオ、優しくなった。

その…… 何ちゃんだっけ?」


「蓮珠です」


「ん、ハスミちゃんのお陰かもねー」


「高一の頃は、硬くてガッチガチだったもんな」


「おぅ、ガッチガチのバッキバキで、夏までは兵隊に行くような顔してた。

中坊の頃なんか、超尖ってたよなー。

まぁ、あん中でガチでやる気あったのアキくらいだったと思うから、イラつくのも無理もないけど。

ナ~イフみたいに尖っては~ 触る者皆(デッデッ)傷付けた~♪」


「え、」


え、俺、そんな?

そんなつもりは無かった。

確かに、理不尽な先輩に楯突いたり、監督に意見したり、後輩にサボりを焚き付ける同級生に対してキレて見せたことはあったが…… 触る者皆、ではないと思うな……。


唐突にリョウヤさんが、思春期に~少年から~大人に変わる~♪って歌い始める。

思春期なのか、俺。

今?

…… もうすぐ18だけど。遅くないか?



「背負う、つーのはそういうことだよな」


一人真剣に俺の過去を振り返ってくれていたらしい修二さんの一言が、話を野球の方に持って行く。

と、岡田さんもうんうんと頷く。


「俺も背負ってみたかったなぁ~」


そうか。

岡田さん、正捕手だったのに怪我で甲子園行けなかったんだっけ。

「そういう青春もあるんだぜ……(泣)」とか言われても、それが野球のことなのか、その後のことを指すのか分からない。

何にせよ今幸せならいいじゃないスか、俺だって初戦敗退に終わったクチなんだから!

 
「まぁでも、また今年も優勝旗が白河の関を越えることはありませんでしたけどね」


「勝てば官軍、負ければ…… ってヤツだよな」


そう言う修二さんも、全く見ず知らずの人から甲子園のときのことで何か言われたことがあるんだろうか。

決勝で延長11回の死闘の末に優勝を逃したんだ、俺なんかよりずっと背負うものは大きかっただろう。


俺、ずっと修二さんが野球でその先に行くのをやめた理由が分からなくてモヤモヤしてたけど、今なら分かる気がする。

あのマウンドの上に立った後でないと、見えない世界もあるんだよな……。


「んでもアキ、正直終わってホッとしてんだろ?

海斗も今やっと肩の荷が下りて、最近よくなっちゃんとキャッチボールしてるよ」


「キャッチボールぅ⁈ 」


岡田さんからの情報に、思わず復唱してしまう。

俺には夜な夜なデートしてるって…… あいつ、この俺に対して見栄張ってんのか?

いや、多分、海斗と夏輝にとってはそれが最高に楽しいデートなんだろうな。

それはそれで羨ましい。

趣味といい、過ごして来た時間の長さといい、将来の目標といい、共通項が多い2人だからな……。


「2人でバッセン行ったりな。

海斗も、なんかオサレーなとこでも連れて行ったらいいのにさー。

『夏輝が行こ!って言うからー』なんてな」


岡田さんの言葉に、リョウヤさん、呆れ顔。


「えー、もしかして海斗、まぁだ告白ってないのぉ?」


「んー、あの感じじゃ多分」


「…… なんだ、煮え切らねぇヤツばっかだな」


修二さんの呟きに、すかさず岡田さんと陵哉さんがツッコむ。


『オマエ(アンタ)が言うな‼︎』



「てかアキって意外と奥手だったんだなー。

おまえモテっから『仕方ねぇな、おまえら順番に抱いてやるよ』くらいなのかと思ってたわ」


「ハァっ⁈」


岡田さん、それ、とんでもない誤解っスよ⁈


「ま、それ実行しちゃうとコイツみたいなことになる訳だけど。

誰彼構わず受け入れて優しくすれば良いってもんじゃないからなー。な?」


腕組みしたまま仰け反る岡田さんに覗き込まれて、鏡の中の修二さんが白目を剥いている。


「な、なんスかそれ」


俺、そんなイメージ⁉︎

…… あ。

もしかして、ハスミ…… 俺に対して、そういう誤解と偏見がある⁉︎

んんんんんな訳無いだろ!

今すぐにでも行って弁明したい。

俺、そんなんじゃないから!

俺はおまえのことだけを真剣に…… 真剣に?

真剣に何を考えているっていうんだ俺は…… ロクでもない妄想しかしてないくせに。


「いずれおまえん中じゃ答えはもう出てんだろ?

…… ぶつけてみろよ、想いのタケを」


修二さんが徐に椅子から立ち上がり、俺に向かって微笑み掛ける。

相変わらずデカいな。

ギリ80超えられなかった俺より、頭一つはデカく感じる。

そしてやっぱり、どこからどう見てもイイ男だ。

俺、修二さんになら抱かれてもいいわ。


勝手にケープ取んなつってんでしょ、と伸び上がってハケで修二さんの服に付いた髪の切り屑を払いながら、リョウヤさんがウインクして見せる。


「そーだそーだ。当たって砕けろ!」


「いや砕けちゃダメっスよね……」


「一回砕け散ってバランバランになってみるのも良い経験だぞ~。

海斗もな、あれで色々あったんだよ。

傷心を知らずに恋は語れないぜ?」


知ってますよ、岡田さん。

…… 知らない訳無いでしょ…… あの、拍動と共にズキンズキンと疼くような痛み。

あれからの月日、俺はあのいつまで続くか分からない苦しみを抱えて過ごして来たんスよ。


でも、あれを乗り越えられた今。

こんな話を修二さん本人に出来てるってのは、俺としては大いなる進歩だ。


俺、もう迷わない。

この気持ちが何なのか、俺がしたいことは何なのか。

俺の中で一番大事なものは、何なのか。

気付かせてくれたあいつに、届けなくちゃ。



「あー、んでアキよ」


俺の中で密かに高まっていた気分を、岡田さんの声が打ち破る。


「ん、4月からの練習と試合の年間予定」


「ハイ?」


岡田さんからスマホにデータの受け取りを求めるメッセージが入る。

送られてきたPDFを開く俺に、当然のように岡田さんが宣う。


「おまえ、とりま4月の末の練習試合で投げることんなってっから。

川上さんっつージイチャンが、地区予選から見てて『あれは良いピだ。俺が再教育してやる』つって手ぐすね引いて待ってんぞ」


「ハイぃ⁉︎」


「これは強制だ。ウチの高校のOBたるおまえに拒否権は無ぇ。

俺らも問答無用で強制参加だったからな……。

ってかマジで修二出れないとき困んだよー、他に地元残ってるピッチャー居ねぇからさ。

おめぇも□□高校に一泡吹かしてやりてぇだろ?」


「…… ハイ」


毎年のように県代表の座を懸けて戦ってきたライバル校の名前を聞いて、条件反射的に闘志を煽られる。

そしてやっぱり、修二さんの笑顔には敵わない。


「な。アキも俺らと野球しようぜ?」


そ、そんなイ~イ声でそんなこと言われたら、俺なんかもう、こう答えるしかないじゃないスか。


「ハイッ♡ ヨナシャーッス!」


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