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第1章『名もなき奇跡の始まり』
1.竜の少女と王子様-2
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少女は絶望した。自分は他の人とは違う。動くことができない。ここから逃げたくても、逃げられない……もはや、目を開けていることすら難しい。
そんな中、白髪の青年が舌打ちしながら叫ぶ。
「ラザラス! 間に合いそうか!?」
彼は慣れた手つきで次々と鍵を落としていたが、苛立ちと焦りの色は隠せていない。本当にあまり猶予が無いようだ。
白髪の青年から“ラザラス”と呼ばれた青年が、こちらに近づいてくる。
「こっちはあと数個です! 終わったらそっち手伝います!」
彼の深く青い瞳が、真っ直ぐに少女の入った檻の存在を捉えた。
「奥にまだありました! 何か他の檻とちょっと違いますが……。
とりあえず、すぐ開けてきます! 待っててください!」
これは、間違いなくこちらに来る。助かるかもしれない!
だから動けることを、自力で逃げられることをアピールしなければ。
そうでなければ、きっと助けてはくれない。見捨てられてしまうに違いない。
この人たちに求めているように、ちゃんと考えないと。
ちゃんと動いて、今すぐに、働か、ないと……。
(……あれ?)
少女は、ふと気づいた。
彼らは、自分たちを助けにきてくれた存在だ。それなのに。
——どうして、自分はこうも悲観的に考えているのだろうか?
何故か『捨てられる』と考えてしまった。
彼らは、わざわざこんなところに、自分たち竜人族のために、危険を顧みず乗り込んできてくれた……そんな人たちなのに。
少なくとも、これは初見で抱くような考えではない。悲観的すぎる。おかしいことは、分かっている。
……なのに、どうして?
「ッ、おい! 大丈夫か!?」
気持ちが悪い。頭が上手く、働かない。
そうやってもがいているうちに、少女の身体はふわりと宙に浮いた。
(大丈夫か、って……わたしに、聞いてくれてる……?)
どうやら抱きかかえられているらしい。適当に髪を掴んで引きずり出すわけでも、「ぐずぐずするな」と怒鳴り上げるわけでもない。記憶にない優しい手付きと、温かさに少女は驚く。
「クロウさん! この子だけ他の人たちとちょっと違います!
それに、やけに弱ってて……! とにかく、すごく苦しそうです! 早く助けないと……!」
「そういう時こそ落ち着けって言ってんだろ!?
こっちもあと1個だ! ちょっとそこで待ってろ!!」
鍵を破壊し、“クロウ”と呼ばれた白髪の青年が駆け寄ってくる。彼が上手く誘導したのか、気づけば周囲の檻からは物音一つせず、気配すら感じられなかった。
「……これは」
彼は少女の首元の髪を救い上げ、何かを確認する。そして深く息を吐き出した。
「この感じ、人工神経毒っぽいな。コイツが自力でどうこうできるもんじゃないだろうな……。
さっさと連れて帰ってエスメライさんに見せるぞ」
「神経毒!? ジュリーがやられた奴と同じ奴ですか!?」
「だから落ち着け、あんま刺激するんじゃねぇよ。
近くで騒ぐだけでも、ここまで弱っちまってんなら負担になるもんだぞ」
「……っ」
少女は、自分を抱える青年の身体が酷く震えていることに気づいた。
身体にそっと添えられていただけの指先に力がこもっている。震えているのが、分かる。
痛みはあった。でも、そこに確かな優しさを感じるから、怖くはない。
しかし、一体どうして、この人はこんなにも焦って——いや、怯えているのだろうか。
(何が、そんなに怖いんだろう……? 『ジュリー』って人に関係があるのかな……?)
鉛のように重い身体を叱咤して、薄らと瞼を開いた。
……優しそうな目をしてる。
人を蹴落として、奪って、支配しようとする強欲な目ではない。
興味本位で舐め回すような目でも、品定めするような浅ましい目でもない。
ただまっすぐに、彼女を「誰か」として見ている眼差しだった。
そして、彼女は感嘆の息を漏らす。
「うわ、ぁ……」
「! 目が覚めたのか!? 大丈夫か!?」
薄暗い中でも、分かる。
スラリとして程よく筋肉の付いた理想的な体躯に、短く切り揃えられた金糸のような眩い髪、陶器のように白く、艶やかな肌。竜人族と同じ、大海原を思わせる青色の瞳。
青年はどうしてこんなところにいるのか問い質したい程に、丹精で見目麗しく、整った——。
……困った。あまりに美しすぎて、上手く言葉が出てこない。
「あ、ぁ……」
「様子がおかしいな……悠長に会話してる余裕はねぇかもな。
オレたちもそこの窓から飛ぶ。良いな?」
白髪の青年の方も、今にも月夜に溶けて消えてしまいそうな幻想的で儚い容姿をしている……気がするのだが、そちらには目が向かない。金髪の青年にしか、目が行かない。
(こういう人、世間一般的には、確か……)
少女は、おもむろに口を開く。
「王、子様、だ」
「……は? えっと……あの……だ、大丈夫、か……?」
金髪の青年を困惑させた。これでもかと困惑させた。
何ならその横にいた白髪の青年は割と本気でドン引きしていた。
「うわ……色んな意味でさっさとエスメライさんに診せような……手遅れになる前にな……」
発言が愚かすぎる。違う意味で捨てられるかもしれない……じゃなくて。
流石にこれは弁解すべきだ。今すぐ弁解すべきだろう。
(うぅ……)
だが、弱りきった少女の身体は急激に襲ってきた睡魔に抗うことなどできなかった。
少女はそのまま、金髪の青年の腕の中で、すっと静かに目を閉る。
そこで、ぷつん、と、少女の世界が途切れた。
〇
「……ね、寝ちゃいました」
「安心して気が緩んだんだろ。まあ、死にはしねぇだろ……何かしら“やべぇ”かもしれんが」
「安心、か……」
金髪の青年——ラザラスは、小さな命の重さを確かめるように、そっと抱き直す。
「ほら、色々考える前にまず、ここから脱出すんのが先だ。さっさと行くぞ」
「……はい!」
ラザラスは足場を確かめ、一歩下がる。
そして小さな黒い翼を持つ少女を守るようにして、部屋の窓へと駆け出した。
破られた硝子窓の向こうには、夜の風と仲間の気配。
それは命を、未来を繋ぐ者たちの姿。
……助け出された竜の少女は、まだ知らない。これから先に待ち受けている、激動の日々を。
そんな中、白髪の青年が舌打ちしながら叫ぶ。
「ラザラス! 間に合いそうか!?」
彼は慣れた手つきで次々と鍵を落としていたが、苛立ちと焦りの色は隠せていない。本当にあまり猶予が無いようだ。
白髪の青年から“ラザラス”と呼ばれた青年が、こちらに近づいてくる。
「こっちはあと数個です! 終わったらそっち手伝います!」
彼の深く青い瞳が、真っ直ぐに少女の入った檻の存在を捉えた。
「奥にまだありました! 何か他の檻とちょっと違いますが……。
とりあえず、すぐ開けてきます! 待っててください!」
これは、間違いなくこちらに来る。助かるかもしれない!
だから動けることを、自力で逃げられることをアピールしなければ。
そうでなければ、きっと助けてはくれない。見捨てられてしまうに違いない。
この人たちに求めているように、ちゃんと考えないと。
ちゃんと動いて、今すぐに、働か、ないと……。
(……あれ?)
少女は、ふと気づいた。
彼らは、自分たちを助けにきてくれた存在だ。それなのに。
——どうして、自分はこうも悲観的に考えているのだろうか?
何故か『捨てられる』と考えてしまった。
彼らは、わざわざこんなところに、自分たち竜人族のために、危険を顧みず乗り込んできてくれた……そんな人たちなのに。
少なくとも、これは初見で抱くような考えではない。悲観的すぎる。おかしいことは、分かっている。
……なのに、どうして?
「ッ、おい! 大丈夫か!?」
気持ちが悪い。頭が上手く、働かない。
そうやってもがいているうちに、少女の身体はふわりと宙に浮いた。
(大丈夫か、って……わたしに、聞いてくれてる……?)
どうやら抱きかかえられているらしい。適当に髪を掴んで引きずり出すわけでも、「ぐずぐずするな」と怒鳴り上げるわけでもない。記憶にない優しい手付きと、温かさに少女は驚く。
「クロウさん! この子だけ他の人たちとちょっと違います!
それに、やけに弱ってて……! とにかく、すごく苦しそうです! 早く助けないと……!」
「そういう時こそ落ち着けって言ってんだろ!?
こっちもあと1個だ! ちょっとそこで待ってろ!!」
鍵を破壊し、“クロウ”と呼ばれた白髪の青年が駆け寄ってくる。彼が上手く誘導したのか、気づけば周囲の檻からは物音一つせず、気配すら感じられなかった。
「……これは」
彼は少女の首元の髪を救い上げ、何かを確認する。そして深く息を吐き出した。
「この感じ、人工神経毒っぽいな。コイツが自力でどうこうできるもんじゃないだろうな……。
さっさと連れて帰ってエスメライさんに見せるぞ」
「神経毒!? ジュリーがやられた奴と同じ奴ですか!?」
「だから落ち着け、あんま刺激するんじゃねぇよ。
近くで騒ぐだけでも、ここまで弱っちまってんなら負担になるもんだぞ」
「……っ」
少女は、自分を抱える青年の身体が酷く震えていることに気づいた。
身体にそっと添えられていただけの指先に力がこもっている。震えているのが、分かる。
痛みはあった。でも、そこに確かな優しさを感じるから、怖くはない。
しかし、一体どうして、この人はこんなにも焦って——いや、怯えているのだろうか。
(何が、そんなに怖いんだろう……? 『ジュリー』って人に関係があるのかな……?)
鉛のように重い身体を叱咤して、薄らと瞼を開いた。
……優しそうな目をしてる。
人を蹴落として、奪って、支配しようとする強欲な目ではない。
興味本位で舐め回すような目でも、品定めするような浅ましい目でもない。
ただまっすぐに、彼女を「誰か」として見ている眼差しだった。
そして、彼女は感嘆の息を漏らす。
「うわ、ぁ……」
「! 目が覚めたのか!? 大丈夫か!?」
薄暗い中でも、分かる。
スラリとして程よく筋肉の付いた理想的な体躯に、短く切り揃えられた金糸のような眩い髪、陶器のように白く、艶やかな肌。竜人族と同じ、大海原を思わせる青色の瞳。
青年はどうしてこんなところにいるのか問い質したい程に、丹精で見目麗しく、整った——。
……困った。あまりに美しすぎて、上手く言葉が出てこない。
「あ、ぁ……」
「様子がおかしいな……悠長に会話してる余裕はねぇかもな。
オレたちもそこの窓から飛ぶ。良いな?」
白髪の青年の方も、今にも月夜に溶けて消えてしまいそうな幻想的で儚い容姿をしている……気がするのだが、そちらには目が向かない。金髪の青年にしか、目が行かない。
(こういう人、世間一般的には、確か……)
少女は、おもむろに口を開く。
「王、子様、だ」
「……は? えっと……あの……だ、大丈夫、か……?」
金髪の青年を困惑させた。これでもかと困惑させた。
何ならその横にいた白髪の青年は割と本気でドン引きしていた。
「うわ……色んな意味でさっさとエスメライさんに診せような……手遅れになる前にな……」
発言が愚かすぎる。違う意味で捨てられるかもしれない……じゃなくて。
流石にこれは弁解すべきだ。今すぐ弁解すべきだろう。
(うぅ……)
だが、弱りきった少女の身体は急激に襲ってきた睡魔に抗うことなどできなかった。
少女はそのまま、金髪の青年の腕の中で、すっと静かに目を閉る。
そこで、ぷつん、と、少女の世界が途切れた。
〇
「……ね、寝ちゃいました」
「安心して気が緩んだんだろ。まあ、死にはしねぇだろ……何かしら“やべぇ”かもしれんが」
「安心、か……」
金髪の青年——ラザラスは、小さな命の重さを確かめるように、そっと抱き直す。
「ほら、色々考える前にまず、ここから脱出すんのが先だ。さっさと行くぞ」
「……はい!」
ラザラスは足場を確かめ、一歩下がる。
そして小さな黒い翼を持つ少女を守るようにして、部屋の窓へと駆け出した。
破られた硝子窓の向こうには、夜の風と仲間の気配。
それは命を、未来を繋ぐ者たちの姿。
……助け出された竜の少女は、まだ知らない。これから先に待ち受けている、激動の日々を。
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