ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 ―今、あなたの後ろにいるの―

逢月 悠希

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第1章『名もなき奇跡の始まり』

2.少女が知らない世界-1

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「う……」

 目が、覚める。ふかふかとした、慣れない柔らかな感触に身体が包まれていた。
 竜の少女はおもむろに瞼を開き、周囲の様子を見回した。

(ここ、どこ……?)

 6畳程の小ぢんまりとした殺風景な部屋に置かれたシンプルなベッド。そこに自分は寝かされていた。
 それも適当に投げ置かれているわけではなく、汚れた衣服などは綺麗なものに替えられている。柔らかくて着心地が良い。

 ということは恐らく、その下も……と考えてしまい、流石に恥ずかしくなってしまった。とはいえ、自分に“羞恥心”というものが存在することに対しては、なんとなく安心できる。

 状況を把握するために、とりあえず身体を起こす。そのタイミングで、少女は左腕に細長いチューブがついていることに気づいた。

(これって、点滴……って奴だっけ? ええと……中和剤?)

 中身は分からないが、悪いものでは無さそうだ。身体は重いが、痛みはない。それだけで、随分と楽になった。
 しかし、随分と自分に都合の良い状況だ。そうして少女は、ある結論に辿り着いた。

「あー……なるほど。死んじゃったか」

 あはは、と乾いた笑みが溢れる。あれだけ痛かったんだ。そうなっても仕方ない。
 あの“ラザラス”と呼ばれていた金髪の青年も、きっと幻だ。

「……」

 何故だろうか——終わってしまえばいいと、そう思っていたのに。
 何とも言えない、上手く言葉にできない感情が込み上げてくる。

 そうしてぼんやりと前を見つめていると、コンコン、と背後のドアをノックする音が響いた。

「お? 目が覚めたのか?」

 ドアの外にスラリとした長身の女性が立っていた。
 少し癖のあるワインレッドの髪に、引き込まれるような黒い瞳が印象的な人だ。
 身体に目立つ特徴は特にないため、亜人ではなく、ヒト族だろうか?

「ルーシオ! 起きてる! 手が空いたらこっち来てくれ!」

 彼女は誰かを呼んだ後、大きな物音を立てないようにゆっくりと部屋に入ってくる。

「ちょっと診せてな。怖いことはしないから、大丈夫」

「あ、はい……」

「うん、声は普通に出るっぽいな。良かった」

 少し強い喋り方をする印象こそあるものの、女性は少女を怯えさせないように気遣いながら触れてくる。彼女を恐れる必要はない、と判断すると同時、少し熱いと感じる程度の魔力の波長を感じた。

「【透識クラリティ】」

 何かを見られている……否、『診られている』ようだ。何故か少女には、女性が何の目的を持って魔術を使っているのかが感じ取れていた。

「診察……ですか?」

「うん。分かるんだね?」

「何となく、ですけど……」

「なるほどなー、魔力量多いっていうもんな、竜人族って。
 そりゃ魔術使ったらバレるよな。あたしの魔術能力、半端だしねぇ」

 女性はケラケラと笑いながら、少女から手を離した。

「ん、大丈夫! 良かったよ、薬が効いてくれて。
 しばらくはダルいだろうけど、ちゃんと良くなるから安心してな」

「あっ、ありがとうございます。えっと……」

 こういう時にはきちんとお礼を言わなければならない。
 反射的に「ありがとうございます」とは言えたが、彼女のことは何と呼べば良いだろうか?

 少女が考えていることに気づいたのか、女性はポケットからメモ帳を取り出し、少女に見せながら口を開く。

「あたしはエスメライ。基本的にはエスメライ・ハリントンって名乗ってるよ。
 結婚してるから、本当は苗字違うんだけどさ」

……読めない。エスメライが書いた字が汚いとかではなく、純粋に読めない。
 わざわざ書いてくれたのに、申し訳ない。
 とはいえ、彼女の名前が知れたことは収穫だ。ちゃんと名前を呼んでお礼が言えそうだ。

「改めて……ありがとうございます、エスメライ様」

「~~ッ!?」

 綺麗に笑ったつもりなのだが、エスメライはとんでもなく顔を引きつらせた。
 何か、悪いことをしたのかもしれない。慌てて謝ろうとすると、それは彼女に静止されてしまった。

「さ、様付けしてくる奴、久々に引き当てたぁ……!! 
 あのな、“様”なんて付けなくて良いし、名前も“エスラ”で良いから! 
 そんな畏まらなくて、良いから! そんな必要はないんだよ!!」

「え、エスラさん……」

「……。うん、及第点としようか。いっそ呼び捨てで良いんだけど、
 年齢のせいで、大体全員そう呼んでくるしな……略称に“さん”付けなだけ、マシか……」

 叫んだかと思えば、エスメライはどこか悲しげな表情を浮かべ、少女の頭を撫でる。

「……辛かったね」

 辛かった。確かに辛くはあった。痛いのは、暴力を振るわれるのは、辛い。
 だが、どうして彼女がそんな反応をするのだろうか?

 少女が考えていることを察したのか、エスメライは少女の身体をそっと抱き寄せる。

「もう大丈夫。もう、大丈夫だからな」

 ポンポンと背中を優しく叩かれ、なんとなく本当に『大丈夫』なのだろうと感じることができた。

「わたし……生きてるん、ですね」

「生きてる。生きてるよ。確かにあんたの状態は良くなかったし、1週間眠りっぱなしではあったけど。
 どこも悪くなってないし、これからは普通に生活できるようにしてやるから。
 無理矢理、誰かに従わなくても良いように。自分でちゃんと、選べるように」

 ここは、死後の世界ではないらしい。
 その事実に対して、自身を包む優しい温かさに安堵し、少女はほっと息を吐く。

(誰かに従わないとか、自分で選べるとか。その辺はよく分かんないけど……。
 たぶん、口には出さない方が良いよね?)

 きっと、彼女は自分を思って言ってくれているのだろう。
 だとすれば、それが『分からない』と言うべきではない。
 “ご主人様”から与えられるものに対して、疑問を抱いてはいけないのだと、少女は散々教わってきた。

「……」

 少し離れ、顔を覗き込んでくるエスメライの悲しげな表情の意味が分からず、少女は首を傾げた。

「悪い、遅くなった。……大丈夫か?」

 少女がエスメライと見つめあっていると、青年の声が聞こえてきた。
 まだ、聞いたことの無い声だった。

 そちらを見ると、エスメライと同じくらいの年齢に見える青年と目が合う。
 氷のような、淡い白銀の瞳をしている。
 青年のさらりとした、少し白い毛の混じった短い藍色の髪から、長い三角形の耳が見えた。

(亜人さんだ。あまり見慣れてないから、ちょっと自信ないけど……)

 同じ色の綺麗な尾と、褐色の肌を見るに、犬系の獣人族だろう。
 細身だが、男性であることを加味してもかなりの長身だ。ほんの少しだけ、威圧感がある。

「そうだなぁ……」

 彼は少女とエスメライを交互に見た後、何かを判断したらしい。少女に視線を移し、苦笑してみせた。

「俺は、あんまり近寄らない方が良いか?」

「え? なんでですか?」

「お前、多分ある程度は“教育”入ってるだろ。
 だから……俺みたいなデカい男が近寄るのは……」

 そこまで言って、青年は言い淀んでしまった。『教育』が何を示すかを察した少女は、青年の行動の意味を理解し、彼と同じように苦笑してみせる。

(あー……なるほどね)

 恐らくそれは、“性接待”のことだ。
 性接待の本格的な教育を受けているのであれば、男性を恐れる“商品”もいるはずだ。

(実際……わたし、あれがすごく、嫌だったから逃げたんだもん……)

 少女は教育を受けた上で、男性を怖がる可能性が高い。
 だからこそ、彼は自分に近づかないという判断をしたのだろう。

「大丈夫です、まだ本格的には受けてないです。だから、怖くなんかないですよ!」

 少女の言葉に青年は目を丸くした後、視線を逸らしてみせる。

「辛いこと言わせて、思い出させて……悪かった」

「その……? 聞かれたことには、答えないとですよね?」

「俺らはお前の“ご主人様”じゃない。今まで学んできたことを、発揮する必要はない。
 だから『嫌なことは嫌』で良いんだよ。断って構わないんだ。
 ……まあ、言われてることの意味は、すぐには分からないかもしれないが」

 そう言って青年は少女に少し近づいた。近づきはしたが、ギリギリ彼の手が届かないくらいの距離だ。気にしなくていいのに、と少女は首を傾げる。

「俺はルーシオ・キャンベル。ルーシオって呼んでくれ……そうだな、お前、名前はあるか?」

「名前……」

 ルーシオの問い方は、少女が否と答えることを考慮したものだ。
 流石に分かっていたが、彼らは商品達の保護に慣れている——エスメライの反応を見るに、どうやら自分は少し珍しいタイプだったようだが。

(まあ、わたしは普通の火竜種サラマンダーじゃないもんね。
 扱いが他の人達と違ってたんだろな、教育の話が出てきたくらいだし)

 自分の黒い耳を触りながら、少女は弱々しく笑みをこぼす。

「名前、は……無いです。ごめんなさい」

「そうだと思った。謝ることじゃないが……ま、それだと困るよな。
 こっちで何かつけても良いか?」

(名前、貰えるの?)

 嬉しい。とはいえ、あまり迷惑は掛けられない。
 考える時間を取らせるのは、あまりに申し訳ない。何か良いものはないだろうか。
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