ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 ―今、あなたの後ろにいるの―

逢月 悠希

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第1章『名もなき奇跡の始まり』

4.不法侵入-1

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 影の中は、まるでマジックミラーの内側から外を見ているような感覚だった。

 暗闇のようでいて、ちゃんと向こう側の光が届く。
 自分はその光景に触れられず、ただ観察しているだけ——まるで、テレビの映像を覗いている気分だった。

 フードを目深に被ったラザラスは手のひらに収まるくらいのサイズの、板状の機械を操作している。
 それを見ながら辺りを見渡している様子からして、あの機械を使えば、地図を見られるのだろう。

 記憶が正しければ、あの機械は“スマートフォン”という名前で……確か、遠く離れた人間との意思疎通もできたはずだ。多機能な機械なんだな、とロゼッタはぼんやり考える。

(それにしても、結構大きな街みたいなんだよね、ここ。そりゃ地図も見るよね……)

 日中こそ賑やかであったが、すっかり陽が落ちた街並みは街灯に照らされており、どこか落ち着いた風景だ。加えて、大通りに関しては治安もかなり良いのだろう。ロゼッタが捕まった場所と比べると、天地の差だ。

「あー……もうコレは見つかんねぇな……」

 流れる汗を拭い、ルーシオは星空を見上げて深くため息を吐いた。

「今日のところは諦めて、ヘイゼルから追跡班ハウンズ呼ぶわ。何かの間違いでドラグゼンにガチ捕獲されたら厄介すぎる」

(……なんか知らない単語出てきた)

「あたしもフェンネルの人達に依頼出そうと思う……うーん、よっぽどスピネル行きたくなかったんだろな。かなり不安がってたもんな……もっとちゃんと話し合っておくんだった。ごめん……」

(フェンネル、スピネル……? 人名? 地名? それとも、何かの団体の名前……?)

——謎の用語が多すぎて、全く話についていけない!

 このままだと非常に困る。どこかのタイミングで情報を仕入れなければ。
 エスメライも言っていた上に自覚もあるが、自分の知識は相当に偏りがあるらしい。せめて地名くらいは把握したいものだ。

 分からないものは、分からない。気にしすぎても駄目だと、ロゼッタは外の様子を注視する。

 申し訳ないことに、エスメライ、ルーシオ、ラザラスは休まず街を駆け回ってくれた。にも関わらず、陽が落ちた今も諦める様子はない。

(明日も探そうとかなったら、どうしよう)

 助けた奴隷が1人逃げたからといって、そんなに必死になって探さなくても!!
……とは思うが、彼らがそういう人間なのは分かっていたわけで。それでも、この手段を選んだのは自分なのであって——罪悪感と戦いながら、ロゼッタは頭を抱える。

(良い感じに諦めてくれないかなぁ……)

 そうこうしている間に、彼らは帰路につく。
 戻る場所は木造で暖かみのある外観の、2階建ての建物だ。見た目はただの喫茶店にしか見えない。

(……この建物、可愛いなって思ったんだよね)

 滞在して数日の間に、なんとなくこの拠点の構造も掴めてきた。
 1階は喫茶店と風呂場。裏手側には小さな庭。
 2階はここで暮らしている人達の自室と医務室、それに会議室。
 外観は本当に普通の建物なのだが、2階に繋がる出入り口には魔力感知センサーが仕込まれている。侵入者がいれば、アラートが鳴る仕様だ。

(喫茶店の方はどうも全然お客さん来てないっぽいんだけど、これ、俗に言う『隠れ蓑』だろうから……大丈夫なのかな?)

 最初はここの立地が気になった。
 彼らは少なくとも、ロゼッタの立場からすれば善の行いをしている存在だが、同時にかなり恨みを買っていそうな存在でもある。
 それなのに、こんな大きな街の大通りに隠れ蓑を生やして大丈夫なのだろうか、と。

 だが、ロゼッタは自分を探し回るエスメライ達の様子を見て理解した。これは逆に『あまりにも堂々とし過ぎているせいで手が出せない』のだろう。
 しかもエスメライとルーシオは近隣住民との交流も盛んに行っている様子もあり、大体皆顔見知り、といった様子だ。
 少なくとも『ロゼッタの行方を平然と人に聞ける』程度には親しいようだ——つまり拠点に危害を加えれば、相手はこの大きな街全体を敵に回しかねないのだ。
 よほど念入りに準備をしない限りは、襲撃することのメリットよりもデメリットが圧倒的に上回るのだろう。

(たぶん、特にエスラさんがこの街だと良い感じの立場っぽいんだよね。行く先々でめちゃくちゃお裾分け貰ってたし……)

 ただし解放した奴隷を匿う場所や、彼ら以外にも仲間がいるらしいことを考えると、恐らく他にも拠点があることが想定される。ここはともかく、流石にそちらは無事ではないのかもしれない。
 そうなると、ルーシオが言っていた“ヘイゼル”は拠点の名前、もしくは地名の可能性が高い。
 なんとなく、頭の良い人がいっぱい居そうだな、とロゼッタはぼんやりと考えていた。

「ラズ、今日も泊まっていくか?」

 疲労を隠せていない様子のエスメライがラザラスに問いかける。
 ここ数日、ラザラスは拠点で寝泊まりしていたのだが、どうやら彼の家は他にあるようだ。

「いや……諸々ひと段落つきましたし、夜中にはクロウさんやレヴィが戻りますよね? なので、今日は自分の家に帰ろうかと」

「了解。まあ、ご飯だけは食べて帰れ。あんたは油断すると添加物に塗れるか食わないかの二択だからな」

「ははは……分かりました。ありがたく、頂いて帰りますね」

 ラザラスの言う“諸々”には救出後にしばらく容体が安定していなかったロゼッタの件もあるが、その後の数日間はずっと、夜中に拠点を出て、日が昇る前に帰ってくるような生活を送っていた。

 流石にラザラスが大量の血をつけて帰ってきた時は驚いたが、それが返り血だと知って安堵した。それと同時、色々と腑に落ちたことをよく覚えている——きっと自分が助けられた時も、彼とクロウは人身売買を生業とする人間と戦っていたのだろう、と。

 彼らは国に従って行動する“善なる組織”というわけではなく、目的のためにかなり後ろ暗いこともしているに違いない。
 ラザラスが浴びていた返り血の量を考えるに、彼は少なくとも、殺人行為に慣れていそうだ。

 その瞬間、エスメライが「あたしたちと一緒にいてはいけない」と自分を突き放そうとした理由にも納得した。
 それでも、残りたいという気持ちが上回ったために、今があるわけだが。

(ラズさんって魔術苦手らしいし、だったら、わたしが助けられることとか、あるかもしれないし……!)

 犯罪行為ストーカーを無理矢理正当化する作業をしながら、ロゼッタはラザラス達の姿を眺める。
 和やかな雰囲気で食事をする彼らの姿からは、あまり血生臭い雰囲気を感じることはできない。恐ろしいほどの二面性を感じる。

(……あ、ラズさん帰るみたい。ついて行かなきゃ!)

 幸い、影の中では身体の時間が止まるらしく、腹も空かなければ発汗などもない。
 魔術の利便性を感じながら、ロゼッタはラザラスの家まで着いていった。
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