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第1章『名もなき奇跡の始まり』
6.独唱の歌姫-3
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場所は移動して、収録現場近くの小部屋。楽屋、と呼ばれるものだろうか。
ラザラスは軽く息を吐き、少し疲れた様子のアンジェに声を掛けた。
「お疲れ、アンジェ。やっぱり良いなぁ、君の歌は」
胡散臭い感じも悪くはないのだが、何だかんだいっても収録モードが取れたラザラスが一番だなぁ、とロゼッタはひそかに思う。顔出しをしていないこともそうだが、本当に勿体ないないなと思う。
(兼業してるものがものだから、仕方ないんだろうけど……)
人の目を気にしている疑惑もそうだが、恨みを買いまくってそうな活動を同時進行でやっていることを考えれば、どちらも隠すしかないのだろう。
そんなことを考えていると、影の中にいるにも関わらず——アンジェと、目が合った。
「……」
「アンジェ? またか? 収録中も時々変なとこ見てたよな?」
「……。何なのかしら、危険な感じがするような、しないような……」
「えー……怖いからやめてくれよ……それ、憑いてるの俺じゃないか……」
何かしら、ロゼッタから漏れているのだろうか——それともコミュニケーション能力に盛大な問題があるがゆえに、気配に敏感なのか。
アンジェが収録前からずっと何かを感知しているようで、影を気にしている。ロゼッタは黙って魔力の出力量を上げた。
(うーん……まだ余裕あるし、アンジェさんの前ではある程度強めに行った方が良いのかも……)
ロゼッタは、自分の限界点が分かっていない。そのため無駄に魔力を消費するのはどうかと思い、バレないギリギリのラインを狙って魔力量の調整を頑張っていた。
だが、もう彼女の前では全開にするぐらいが丁度良いのかもしれない。
そもそも、相性が悪い可能性もある。魔力のゴリ押しで勝てそうな気もするが、油断すると気づかれてしまいそうだ。
「気のせいよ、多分ね。少なくとも、殺意めいたものは感じないから、大丈夫かも」
「逆に怖いな」
楽屋ゆえに安心しているのか、アンジェは普通に声を出している。
やはり、彼女は人が多い場所が苦手なようだ。ALIAが仮面歌手になったのは、彼女が原因なのかもしれない。
ALICE側にも何かしら問題があるのかもしれないが、アンジェだけで相当だ。むしろ、何もあって欲しくない。アリスまで何かしらおかしいのであれば、もうラザラスが胃痛で倒れそうだ。
「それと……褒めてくれて、ありがとう。今日はちょっと、音外しちゃったんだけどね」
「2番のBメロのとこか? まあ、あれはあれで味があって良いんじゃないかな?」
「うぅ……」
「自信持てよ、国民的歌姫。大丈夫だって」
そういえば、とロゼッタは思い至った。
“ALIA”という文字列を、ラザラスの部屋で見たことがある気がする。
(あっ! あの円盤……えっと、CDって奴? 全部ALIAって書いてた! ということはラズさん、元々ALIAのファンなのかな……?)
ファンから相方にランクアップする男。あまり受け入れられていないとはいえ、強すぎる。
アンジェの相方になったが時に買いそろえた可能性もあるが、枚数の多さを考えると前者な気がする。
(嬉しいな、文字は読めないけど、ちゃんと分かった……!)
歌手名が読めなかったせいで正体が分からなかったCDが何なのか判明した嬉しさから、ロゼッタは影に隠れたままぴょんぴょん飛び跳ねる。
「……」
——影の中とはいえ目立った行動をしたせいで、アンジェは再びロゼッタの気配に気づいてしまったようだ。
(あっ、ヤバい……!)
だが、少なくとも殺意は無いからだろうか。
彼女は気配を見て見ぬふりして、ラザラスに笑いかける。
「ねえ、ラズ」
彼女は笑顔を浮かべてはいたものの、酷く悲しげに見えた。
ロゼッタは見ているだけだというのに……その表情に、何故か胸を締めつけられた。
「……。ジュリーに、会いに行かない?」
ためらいがちに紡がれた言葉、発された名前。
流石に喜んでばかりはいられず、ロゼッタはふたりの方に意識を戻す。
「……」
ラザラスは少し悩んでから、首を横に振った。
「ごめん、いけない。……やることがあるんだ」
「そういえば、そう言ってたわね……ごめんなさい」
「いや……こちらこそ、ごめん。もし何かあったら、教えて欲しい」
どうして、ここでその名前が、ジュリーの名前が、出るのだろう。
アンジェを含め、一緒に写真を撮るような仲なのは分かっていた。
だが、彼女らの関係性が、全く見えてこない——そもそも、アンジェの表情のこともあって『ジュリーが存命なのかどうか』すら怪しい。
(生きてて、欲しいけど……)
ただ知人に会いに行くだけの会話には聞こえなかった。
それどころか、一緒に墓参りに行くような、そんな重い話のように聞こえてしまった。
そもそもジュリーは、ロゼッタの前に『毒薬を投与された』経験を持つ人物だ。
ラザラスの様子を、思い出す。彼女は無事では済まなかった……その可能性が、高い。
(わたしみたいな奴隷を、可哀想だって憐れんで戦ってたわけじゃなくて……。
ジュリーさんのことがあって……そっか、そうだよね……)
毒薬を投与されたことを考えると、ジュリーは恐らく、ロゼッタ同様に人身売買組織の被害者だ。
ジュリーと親しかったラザラスは、彼女を苦しめた組織を相当に恨んだことだろう。
(……だったら、ラズさんは復讐目的で戦ってるのかな)
写真の存在から判断するに、ジュリーが毒薬を投与されたのは、間違いなくここ数年の話だ。
本当に復讐が目的なのだとすれば、ラザラスは数年で組織を相手に戦えるだけの力をつけたのだろう。
きっと、血が滲むような努力をしたはずだ。
(純粋な善意なんかより、命懸けで戦う理由としては、意味が分からない兼業やってる理由としては……ずっと、納得できる。
そういえば奴隷の救出作業中、ラザラスはクロウに複数回行動を注意されていた。
つまりは“歴”が、まるで違うのだ。クロウが長すぎる可能性もあるが、ラザラスの経歴が浅いのは間違いないだろう。
(……わたしでも、分かるよ。あんなの、生半可な覚悟でできる行動じゃないってことくらい)
——ああ、そうか。
ロゼッタは、ひとつの結論を出した。
(ジュリーさんは、ラズさんの恋人だったんだろうな)
ラザラスは以前、彼女も彼氏もいないと言っていた。
ジュリーという“最愛”を失ったのだとすれば、それにも納得できる。
彼は最愛の彼女を、あまりにも無慈悲に、理不尽に奪われたのだ。
すぐに切り替えて次の相手を探せるわけがない。恋人を、作れる筈がないのだ。
そして恐らく、アンジェは2人からすれば、共通の友人という立ち位置だ。だから、3人は並んで写真に写っていたのだ。
相方がいなくなってしまった彼女を守るために、ラザラスは芸能界にも裏社会にも身を置くという無謀な行動を始めてしまったのだろう。もうひとりの友人すら、失うことのないように。
(心は痛むけど、離れる理由にはならない。だったらなおさら、助けになりたいって思うから)
チクリ、と胸が痛むのを感じる。
だが、それでも……それでも、ロゼッタが犯罪行為をやめる理由にはならなかった。
ラザラスは軽く息を吐き、少し疲れた様子のアンジェに声を掛けた。
「お疲れ、アンジェ。やっぱり良いなぁ、君の歌は」
胡散臭い感じも悪くはないのだが、何だかんだいっても収録モードが取れたラザラスが一番だなぁ、とロゼッタはひそかに思う。顔出しをしていないこともそうだが、本当に勿体ないないなと思う。
(兼業してるものがものだから、仕方ないんだろうけど……)
人の目を気にしている疑惑もそうだが、恨みを買いまくってそうな活動を同時進行でやっていることを考えれば、どちらも隠すしかないのだろう。
そんなことを考えていると、影の中にいるにも関わらず——アンジェと、目が合った。
「……」
「アンジェ? またか? 収録中も時々変なとこ見てたよな?」
「……。何なのかしら、危険な感じがするような、しないような……」
「えー……怖いからやめてくれよ……それ、憑いてるの俺じゃないか……」
何かしら、ロゼッタから漏れているのだろうか——それともコミュニケーション能力に盛大な問題があるがゆえに、気配に敏感なのか。
アンジェが収録前からずっと何かを感知しているようで、影を気にしている。ロゼッタは黙って魔力の出力量を上げた。
(うーん……まだ余裕あるし、アンジェさんの前ではある程度強めに行った方が良いのかも……)
ロゼッタは、自分の限界点が分かっていない。そのため無駄に魔力を消費するのはどうかと思い、バレないギリギリのラインを狙って魔力量の調整を頑張っていた。
だが、もう彼女の前では全開にするぐらいが丁度良いのかもしれない。
そもそも、相性が悪い可能性もある。魔力のゴリ押しで勝てそうな気もするが、油断すると気づかれてしまいそうだ。
「気のせいよ、多分ね。少なくとも、殺意めいたものは感じないから、大丈夫かも」
「逆に怖いな」
楽屋ゆえに安心しているのか、アンジェは普通に声を出している。
やはり、彼女は人が多い場所が苦手なようだ。ALIAが仮面歌手になったのは、彼女が原因なのかもしれない。
ALICE側にも何かしら問題があるのかもしれないが、アンジェだけで相当だ。むしろ、何もあって欲しくない。アリスまで何かしらおかしいのであれば、もうラザラスが胃痛で倒れそうだ。
「それと……褒めてくれて、ありがとう。今日はちょっと、音外しちゃったんだけどね」
「2番のBメロのとこか? まあ、あれはあれで味があって良いんじゃないかな?」
「うぅ……」
「自信持てよ、国民的歌姫。大丈夫だって」
そういえば、とロゼッタは思い至った。
“ALIA”という文字列を、ラザラスの部屋で見たことがある気がする。
(あっ! あの円盤……えっと、CDって奴? 全部ALIAって書いてた! ということはラズさん、元々ALIAのファンなのかな……?)
ファンから相方にランクアップする男。あまり受け入れられていないとはいえ、強すぎる。
アンジェの相方になったが時に買いそろえた可能性もあるが、枚数の多さを考えると前者な気がする。
(嬉しいな、文字は読めないけど、ちゃんと分かった……!)
歌手名が読めなかったせいで正体が分からなかったCDが何なのか判明した嬉しさから、ロゼッタは影に隠れたままぴょんぴょん飛び跳ねる。
「……」
——影の中とはいえ目立った行動をしたせいで、アンジェは再びロゼッタの気配に気づいてしまったようだ。
(あっ、ヤバい……!)
だが、少なくとも殺意は無いからだろうか。
彼女は気配を見て見ぬふりして、ラザラスに笑いかける。
「ねえ、ラズ」
彼女は笑顔を浮かべてはいたものの、酷く悲しげに見えた。
ロゼッタは見ているだけだというのに……その表情に、何故か胸を締めつけられた。
「……。ジュリーに、会いに行かない?」
ためらいがちに紡がれた言葉、発された名前。
流石に喜んでばかりはいられず、ロゼッタはふたりの方に意識を戻す。
「……」
ラザラスは少し悩んでから、首を横に振った。
「ごめん、いけない。……やることがあるんだ」
「そういえば、そう言ってたわね……ごめんなさい」
「いや……こちらこそ、ごめん。もし何かあったら、教えて欲しい」
どうして、ここでその名前が、ジュリーの名前が、出るのだろう。
アンジェを含め、一緒に写真を撮るような仲なのは分かっていた。
だが、彼女らの関係性が、全く見えてこない——そもそも、アンジェの表情のこともあって『ジュリーが存命なのかどうか』すら怪しい。
(生きてて、欲しいけど……)
ただ知人に会いに行くだけの会話には聞こえなかった。
それどころか、一緒に墓参りに行くような、そんな重い話のように聞こえてしまった。
そもそもジュリーは、ロゼッタの前に『毒薬を投与された』経験を持つ人物だ。
ラザラスの様子を、思い出す。彼女は無事では済まなかった……その可能性が、高い。
(わたしみたいな奴隷を、可哀想だって憐れんで戦ってたわけじゃなくて……。
ジュリーさんのことがあって……そっか、そうだよね……)
毒薬を投与されたことを考えると、ジュリーは恐らく、ロゼッタ同様に人身売買組織の被害者だ。
ジュリーと親しかったラザラスは、彼女を苦しめた組織を相当に恨んだことだろう。
(……だったら、ラズさんは復讐目的で戦ってるのかな)
写真の存在から判断するに、ジュリーが毒薬を投与されたのは、間違いなくここ数年の話だ。
本当に復讐が目的なのだとすれば、ラザラスは数年で組織を相手に戦えるだけの力をつけたのだろう。
きっと、血が滲むような努力をしたはずだ。
(純粋な善意なんかより、命懸けで戦う理由としては、意味が分からない兼業やってる理由としては……ずっと、納得できる。
そういえば奴隷の救出作業中、ラザラスはクロウに複数回行動を注意されていた。
つまりは“歴”が、まるで違うのだ。クロウが長すぎる可能性もあるが、ラザラスの経歴が浅いのは間違いないだろう。
(……わたしでも、分かるよ。あんなの、生半可な覚悟でできる行動じゃないってことくらい)
——ああ、そうか。
ロゼッタは、ひとつの結論を出した。
(ジュリーさんは、ラズさんの恋人だったんだろうな)
ラザラスは以前、彼女も彼氏もいないと言っていた。
ジュリーという“最愛”を失ったのだとすれば、それにも納得できる。
彼は最愛の彼女を、あまりにも無慈悲に、理不尽に奪われたのだ。
すぐに切り替えて次の相手を探せるわけがない。恋人を、作れる筈がないのだ。
そして恐らく、アンジェは2人からすれば、共通の友人という立ち位置だ。だから、3人は並んで写真に写っていたのだ。
相方がいなくなってしまった彼女を守るために、ラザラスは芸能界にも裏社会にも身を置くという無謀な行動を始めてしまったのだろう。もうひとりの友人すら、失うことのないように。
(心は痛むけど、離れる理由にはならない。だったらなおさら、助けになりたいって思うから)
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