ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 ―今、あなたの後ろにいるの―

逢月 悠希

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第1章『名もなき奇跡の始まり』

10.慈善の模倣品-1

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「エスラさん!!」

 視界が開けると同時、レヴィが叫ぶ。降り立った場所は、拠点の中庭だった。
 その声に気づき、エスメライは勢いよくガラス扉を開いて走り寄ってきた。

「ラズさん、喉を負傷したみたいで……呼吸が……」

 そう言って、レヴィは声を震わせる。
 エスメライは“何故か”レヴィの横にいるロゼッタに視線を向けたが、今、追及すべきことではないと判断したのだろう。首を横に振るい、魔術を発動させた。

「……【透識クラリティ】」

 指先が、光る。
 それと同時に、エスメライは触診を開始する。

 暗い闇の中で、彼女が眉をひそめるのが見えた。

「呼吸困難の方は心因性の奴だな。だから、喉の心配はない……まあ、苦しいだろうから『大丈夫』で言い切るわけにはいかないけどさ」

 彼女は、ラザラスの右目付近にそっと触れた。
 たったそれだけの刺激でも酷く痛むのか、ラザラスの身体が僅かに跳ねる。

「呼吸はともかく、医療処置自体は大いに必要な事態になってるな……。
 レヴィ、余裕があればラズの部屋のベッドを狙って、直に飛んでくれないか?
 ラズをまともに運べんのは『筋力強化ブレイヴァ』使えるクロウしかいねぇのに、あいつの帰還がギリギリ間に合ってない……!」

 その言葉を聞き、ロゼッタは思わず声を上げる。

「えっ!? あの人、まだ帰ってきてないんですか!?」

 どうやら現在、やっと“帰還中”らしい。
 やっと終わったらしい。

(あの白い人、たぶん10日くらい帰ってきてない気がする)

 よく知らないけど、流石に可哀想。
 そんなことを考えていると、エスメライはどこか遠い目をして、ポツリと呟いた。

「助けた有翼人族ども、あえてしばらくサブ拠点の倉庫に放置してやろかなー……」

 十中八九、暴れた商品たちのことを指した言葉だ。
 エスメライはちょっと怒っているらしい。それも無理はない。

 彼らが暴れなければクロウはもっと早く拠点に戻れていただろうし、回収班レトリーバーの一部が泣きながら逃げ出すこともなかったし、もしかすると“こんなこと”にもなっていない可能性すらある——よくよく考えると、暴れた商品たちの罪は、結構重い。

 握ったままだったレヴィの手に、きゅっと力がこもる。
 そしてロゼッタは、異変に気づいた。

(……あ、魔力吸われてる。そうだよね、余裕ないよねぇ……)

 どさくさに紛れて、レヴィの『転移テレポート』の動力源にされた。

 必要なら容赦なく持って行って欲しい。
 そんな意図を込めて、ロゼッタは微かに震える彼女の手を握り返した。


 ◯


 ラザラスをベッドの上に直接飛ばすような形で、部屋の中に降り立つ。
 すぐに電気を点け、エスメライは改めて彼の顔に触れた。

「んー、意識飛んだかぁ……2度目の転移には耐えられなかったか。
 よし、都合が良いな。容赦なく医療行為に励むとするか」

 たとえ術者ではなくとも、転移での移動は大なり小なり負担がかかる。酸欠状態が続いていたラザラスの場合、到底耐えきれるものではなかったのだろう。

 意識を飛ばしてしまっていたラザラスの腕の傷を確認しながら、エスメライは息を吐き出す。

「やっぱり、腕は見た目ほど酷くは無さげだね。基本的には防具で受け止めることに成功してたんだろうな。
 でも、右目周りが酷いんだよな……眼球、破裂してなきゃ良いんだけど……」

 幸いにも、腕の骨は無事だったようだ。
 加えて、鼻の骨や歯といった目立つ部位は問題ないように見える。しかし、見えない部分に問題が起こっているかもしれない。

 椅子に腰掛け、慣れた手つきで傷を処置していく姿を見ながら、ロゼッタは目を伏せる。

「……」

 そうして10分程度、経っただろうか。
 ラザラスの顔と上半身が包帯やら眼帯やら湿布やらで真っ白になる頃には、彼の酷く乱れていた呼吸も落ち着きを見せていた。

 エスメライは、椅子に座ったまま身体の向きを反転させ、レヴィに視線を向ける。

「全体的に大なり小なり打撲痕はあるけど、問題の右目周りは打撲と内出血、あとは軽くヒビが入ってるくらいだった。眼球も大丈夫そう」

 それを聞き、レヴィはこわばっていた顔の筋肉を緩め、眉尻を下げた。

「思ったより酷くなかった……良かったです……」

「え? そ、それは軽いんですかね……?」

 思わず、聞いてしまった。
 レヴィは苦笑し、小首を傾げている。

「軽いかどうかはさておき、手術必須なレベルではないので、まだマシかなって?」

 とりあえず、絶望的な状況ではないことは確かだ。
 一連の話を聞き、ロゼッタはようやく胸を撫で下ろす。

 そのやり取りを一通り眺めたあと、エスメライは再びレヴィはに話しかけた。

「悪いんだけど……一応ね、回収班の様子見てきてくれないか?」

「はい、分かりました! あ、でも、状況説明を急がなくて大丈夫ですか?」

 レヴィの問いに対し、エスメライは視線をそらさないまま、親指でロゼッタを指し示した。

「ん、大丈夫。それはさ……居てはいけないはずなのに、ここに立ってる“逃亡犯”にさせっから」

(逃亡犯!?)

 そうだった、エスメライは自分にもちょっと怒っていたのだった!

 あまりの気まずさにロゼッタはソワソワしそうになったが、横にいたレヴィがこちらを見ていることに気づき、正気を取り戻した。

「……」

 恐らく彼女、すごく困っている。
 ロゼッタに助けを求める理由も、すぐに理解できた。

「魔力ですよね? さっきみたいに、しれっと持ってってもらっても良かったんですけど……」

「そんな“しれっと”で済む量じゃ無いんですよ!?」

 慌てるレヴィを見て、そういえば今回の目的地はそこそこ拠点から離れた場所だったなとロゼッタは思い直す。

「行き帰り分、いや、それ以上持ってってもらって大丈夫です。まだ余裕あります」

 そう言って手を差し伸べれば、レヴィは困惑しつつも手を握り返してきた。

「本当、羨ましいくらいの魔力量ですね……すみません、甘えます」

 一気に魔力が抜けるのを感じるが、本当に大丈夫だった。
 正直、立ちくらみくらいは覚悟していたのだが……。

 前にも思ったが、近いうちに自分の限界点を把握しておくべきだと、ロゼッタは姿を消したレヴィがいた場所を見ながら考える。

——エスメライの、痛いほどの視線を感じながら。

「……」

 ロゼッタはエスメライの顔を見上げた後、ペコリと頭を下げた。

「す、すみませぇん……」

 声が、震える。
 びっくりするぐらいに、震える。

 その結果、エスメライに盛大にため息を吐かれてしまった。

「良い、それは良いよ。あんたがいなきゃ、詰んでたことは分かってるし」

 思うところは相当にありそうだが、エスメライは片手をひらひらとさせ、動作で「気にするな」と訴えてくる。

「……で、ロゼッタ。一体何があったのさ?
 見てたなら分かったと思うけどさ、ラズは魔術はポンコツだけど、身体能力は超一流なんだよね。
 だから、こんな一方的に殴られたような傷はつかないと思うんだよ。まともに抵抗したとは思えないんだよねぇ」

 傷を見ただけで、エスメライは事態の異常性を察したようだ。少なくとも、戦闘員によるものではないと判断したらしい。どう説明しようか、とロゼッタは思考する。
 その間に、作業がひと段落したらしいルーシオも部屋にやってきた。

「えらいことになったな……」

 そう呟くルーシオもまた、ロゼッタの説明を待つ。

「そうだ、金色の目……」

「!?」

 これが“とんでもない情報”だったのか、ルーシオとエスメライは目を見開く。
 そうだとは思ったが、伝える内容自体は間違っていないようだった。

「ラズさんに攻撃したのは、捕まってた水竜種のひとりです。
 その人は他の水竜種リヴァイアサンよりも、酷く傷つけられてて、敵も味方も、分からなくなっちゃってたみたいで……」

 少しずつ思い出しながら、ロゼッタは言葉を紡いでいく

「その人、他の水竜種を怯えさせちゃう勢いで荒れちゃってて……それ見て、腰が抜けちゃったんでしょうね。逃げ遅れた人たちが出ちゃったんです。
 レヴィさん、その人達を庇ってて……ラズさんは、レヴィさんの前に飛び出して……」

 上手く言葉が、まとまらない。
 眼前でラザラスが殴り飛ばされた姿が、脳裏から離れない。ぶるり、と身体が震える。

 エスメライはそんなロゼッタの頭を撫で、口を開いた。

「そうか。怖いこと思い出させて悪いな……なあ、ロゼッタ」

「いえいえ、大丈夫ですよ。どうされました?」

「そいつ……“黄金眼おうごんがん”って呼ばれてなかったか?」

 ロゼッタは思考を巡らせる。それで間違いなかったはずだ。

「はい。自分でも言ってましたね」

 肯定すれば、エスメライもだが、特にルーシオが顔を青くしていた。

「やっぱり黄金眼だよな!? なんでそんなん混ざってんだよ……!」

 普段冷静な彼の勢いに若干押されてしまったが、ロゼッタはバイヤー達の発言を思い出し、状況を整理してから説明を再開した。

「そのー……バイヤーの話聞いてた感じだと、その人だけ追加枠っぽかったんですよね。隣国で捕まえたって言ってました」

「……っ!」

 ロゼッタがそう言えば、ルーシオは自身の両目を押さえて俯いてしまった。
 これは相当にショックだったのだろうな、とロゼッタは思う——言ってしまえば、ラザラスの負傷の原因は、彼の情報収集漏れによる影響が強いのだから。

(ルーシオさんだけが悪いってわけじゃ、ないと思うけど……)

 今にして思えば、事前に黄金眼が混ざっていることを把握していたにも関わらず、それをルーシオに伝えなかった現場側の判断ミスでもあった。

……だが、これはあくまでも結果論だ。

 エスメライはルーシオの背を叩いて慰めているが、どこか遠い目をしていた。

「つまりはロゼッタの時と同じか。マジであんたが暴れないでくれて助かった。万物が終わるとこだったわ……」

「あ、わたし追加メンバーだったんですね!? まあ、あの時はそれどころじゃなかったんで!」

 あえてニコリと笑って見せれば、エスメライはゆるゆると首を横に振るう。

「あんたからしてみりゃ、そうなんだろうけどさ……」

「んー……今回みたいに、ただの黄金眼だったら何とか対処できた可能性、あるんです?」

「……。クロウが色々犠牲にすれば、ギリギリ行けると思う」

「それは“行ける判定”で良いんですか!?」

 恐らく、今回の最善手は少々出撃を遅らせてでも、クロウの帰還を待つことだったことなのだろう。

 色々犠牲になるとのことだが、ルーシオの様子を見るに、現状よりはその方がマシだったようだ。

(それも、そうだよね……)

 そう思いつつ、ロゼッタは意識のないラザラスを一瞥する。

 酷く、痛々しい姿だった。
 この状態が最善であるとは——到底、思えなかった。
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