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第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』
20.埃被ったもの-1
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「アンジェ……大丈夫、かな……」
差し入れを持って来てくれたアンジェリアだが、彼女、明らかにドン引きした様子で去っていった——あれを放置するのは、非常によろしくない気がする。
ロゼッタは影の中で苦笑しつつ、『精神感応』を使用してラザラスに話しかけた。
『ストーカーって言いかけたの止めたのは流石でしたけど、ペットとは言っちゃってましたもんね……この部屋、何もいないのに……』
「いや、ただでさえ、アンジェには嘘吐きまくって相当に負担掛けてるからなー……これ以上、一般常識ベースだと理解できなさそうな情報を与えたくなくて」
(……ストーカーが一般常識ベースじゃないことは理解してるんだ)
ちゃんと理解しているというのに、受け入れているを通り越してストーカーウェルカム状態なのはどうかと思う。
とはいえ、それは間違いなく彼の心の闇に関係しているのだろうが……。
『んー……ラズさんが何か変な儀式始めたとか、見えちゃいけないもの見えまくってるとか、そういう誤解される方がマズい気がしますよ。次に会ったら言っちゃってください。ストーカーがいるって』
「君は……それで良いのか? 君がヤバい奴だって誤解されないか……?」
『えっと、あ、あのですねぇ……』
まさかアンジェリアがネット掲示板で「友人が降霊術かイマジナリーフレンド錬成に手を出したとしか思えない」と助けを求めている最中だとは夢にも思わず、ラザラスは相変わらず斜め上の心配をしてくる。こんな場面でストーカーの尊厳を気にしないで欲しい。
『ラズさんは自分のこと大事にしてください。アンジェさんに不審がられたら嫌でしょう?』
「……。今更かなって」
『良いから! 次はちゃんと言うんですよ!!』
ストーカーに振る舞いを叱られるという緊急事態を発生させておきながら、ラザラスはどこか他人事だ。自分のことを“自分のこと”だと受け止めることができていないのかもしれない。
(事情は知ってるけど……ホント、当時のマスゴミ達が憎いよね……)
拠点での処置を終え、ここに帰ってきたあと。
ロゼッタはラザラスに気づかれないように、ラザラスを起こさないように細心の注意を払いつつ、本棚の中身を確認していた。
読書が趣味なのか、手に取りやすい場所には一般的に推理小説と呼ばれるものが多く並んでいることに気づいた。
他にも魔術の教本だったり、犯罪心理学に関する参考書も置かれていたが、それ以上に目についたのは、本棚の端で埃を被っている本だった——それは、本の角が擦り切れ、表紙が変色した演技の指南書。
確かに、ラザラスには才能があったのかもしれない。しかし何度も読み返され、最終的にテープで補強までされていたボロボロのそれを見て、「ただ才能に恵まれただけだ」とは到底思えなかった。心が、ぎゅっと握られたように痛くなってしまった。
(あとはなんか“高等研究院”ってところに行ってたみたいなんだよね。種族もそうだけど、外国の歴史とか文化とか、そういうの研究してたのかも)
ラザラスが高等研究院とやらに行く気配は一切見られなかったこと、本棚の指南書ほどではないが、関連書籍が埃を被っているのは確認できている。
そのため、俳優の夢だけではなく、そちらも途中で手放していることが分かる。
……後者に関しては、彼が復讐を決意したタイミング、だろうか。
(だからこそ、アンジェさんとの関係は切って欲しくないんだよね。本当に“戻れる場所”が、無くなっちゃうから)」
何かに気づいたのか、ラザラスが話し掛けてきた。
「ロゼッタ?」
(……変に、勘が良いというか)
ロゼッタは頭を振るい、ラザラスに思念を飛ばす。
『なんでもないですよ。それにしても、その様子なら『感影』に関してはもう何も心配しなくて良さそうですね』
そう話しかければ、包帯と湿布だらけの痛々しい状態で唯一露出しているラザラスの口元が楽しげに弧を描いている。
「だな。本当に助かってるよ。何なら、こっちのが普段より動きやすいというか……でも君、『精神感応』もだけど、『聴力強化』も同時に使ってるよな? 本当に大丈夫か?」
『余裕です。色々勉強してますし、魔術ならちょっとやそっとじゃ負けない自信が出てきました!』
「はは、羨ましいよ」
ラザラスの体質や状況に合わせる必要があったため、感影の出力調整には少々苦戦した。
しかし、それでもやって良かったとロゼッタは思っている。大した手間ではなかったというのに、こんなにも喜んでくれるとは思わなかった。
『クロウに感謝しなきゃなぁ、わたし、この術は知らなかったから』
「……」
何故か、ラザラスが急に黙り込んでしまった。
どうしたのかと聞こうとしたが、幸いにも彼の方から口を開いてくれた。
「いや……なんていうか、ちょっと……クロウさんが羨ましいなって……」
『? ああ、あの人も結構色んな術が使えますもんね』
「そうじゃ、なくて……悪い、まとまらない」
煮え切らない態度で、ラザラスは何か考え込んでしまった。彼が何を考えているのかが分からず、ロゼッタは首を傾げる。
(この人、頭良さそうなのにな……そういうこと、あるんだなぁ……)
むしろ、頭が良いからこそ「まとまらない」という現象が発生するのかもしれない。大変だなぁ、とロゼッタはぼんやりと考えた。
そんなことを考えていると、ムー、ムムーとラザラスのスマートフォンが震え始めた。ラザラスはチェストに置いていたそれを手に取る。
カミーユの時とはリズムが異なっており、どうやらそれで誰からの着信か分かるようにしているようだ。
「エスラさんだ。どうしたんだろ?」
通話ボタンを押し、ラザラスが電話に出る。電話の向こうの声を聴くために聴力強化を使おうとしたが、その必要は無いらしい。ラザラスは何かのボタンを押し、もう一度チェストにスマートフォンを置いた。
『ロゼッタ、聞こえるか? あ、返事はラズ経由で良いから』
(わあ! 音が大きい!)
スマートフォンに耳を近づけなくても、音が聞こえる。周りで話を共有できるよう、音量を上げる機能があるのだろうか?
「これは“スピーカー機能”っていうんだよ。ロゼッタに聞こえるように、これを使えって指示があってさ」
『ありがとうございます!』
「……あ、声出すなってさ。場所分かるかもしれないからって」
『うーん、分かんないと思う……』
「俺もそうは思うけど、まぁ……」
すかさずラザラスが疑問に答えてくれた……とんでもない蛇足もついてきたが。
ラザラスのフォローに感謝しつつ、困惑しながらも、ロゼッタはラザラスに思念を送る。
『それにしてもエスラさん、どうしたんでしょうか?』
わざわざスマートフォンのスピーカー機能を使うように指示してきた状況を考えるに、ラザラスではなくロゼッタと話がしたいのだろう。
謎に声を出すことを禁じられたロゼッタの代わりに、ラザラスがエスメライに問いかける。
「ロゼッタも話、聞いてますよ。どうしましたか?」
『助かるよ……えっとね、ラズ。明日の夜にさ、ロゼッタ貸してくんない?
あ、いや、物みたいに扱って申し訳ないんだけど……』
言い回しが良くないと思ったのか、電話の向こうでエスメライが狼狽えている。ロゼッタ本人は「そういう言い方も日常会話でしなくもないし、別に気にしてないのにな」と思っていた。
『気にしてないですよーって伝えてください。魔力案件ですかね?』
「了解……エスラさん、ロゼッタは気にしてないというか、要件の方が気になってるみたいです。魔力案件ですか?って」
『魔力案件といえば魔力案件なんだけど……そうだね、ロゼッタには色んな意味で負担掛けるだろうし、
基本的には目、瞑っといた方が良さげな案件だし……だから、厳しいなら厳しいって言ってくれよ?
その……明日のタイミングで言い出しても、急に言われても、怒んないからさ』
エスメライは何度も念押しした後、一旦そこで言葉を止めた。
それほどまでに、重い内容なのだろうか……ロゼッタは、ひそかに息を呑んだ。
差し入れを持って来てくれたアンジェリアだが、彼女、明らかにドン引きした様子で去っていった——あれを放置するのは、非常によろしくない気がする。
ロゼッタは影の中で苦笑しつつ、『精神感応』を使用してラザラスに話しかけた。
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「いや、ただでさえ、アンジェには嘘吐きまくって相当に負担掛けてるからなー……これ以上、一般常識ベースだと理解できなさそうな情報を与えたくなくて」
(……ストーカーが一般常識ベースじゃないことは理解してるんだ)
ちゃんと理解しているというのに、受け入れているを通り越してストーカーウェルカム状態なのはどうかと思う。
とはいえ、それは間違いなく彼の心の闇に関係しているのだろうが……。
『んー……ラズさんが何か変な儀式始めたとか、見えちゃいけないもの見えまくってるとか、そういう誤解される方がマズい気がしますよ。次に会ったら言っちゃってください。ストーカーがいるって』
「君は……それで良いのか? 君がヤバい奴だって誤解されないか……?」
『えっと、あ、あのですねぇ……』
まさかアンジェリアがネット掲示板で「友人が降霊術かイマジナリーフレンド錬成に手を出したとしか思えない」と助けを求めている最中だとは夢にも思わず、ラザラスは相変わらず斜め上の心配をしてくる。こんな場面でストーカーの尊厳を気にしないで欲しい。
『ラズさんは自分のこと大事にしてください。アンジェさんに不審がられたら嫌でしょう?』
「……。今更かなって」
『良いから! 次はちゃんと言うんですよ!!』
ストーカーに振る舞いを叱られるという緊急事態を発生させておきながら、ラザラスはどこか他人事だ。自分のことを“自分のこと”だと受け止めることができていないのかもしれない。
(事情は知ってるけど……ホント、当時のマスゴミ達が憎いよね……)
拠点での処置を終え、ここに帰ってきたあと。
ロゼッタはラザラスに気づかれないように、ラザラスを起こさないように細心の注意を払いつつ、本棚の中身を確認していた。
読書が趣味なのか、手に取りやすい場所には一般的に推理小説と呼ばれるものが多く並んでいることに気づいた。
他にも魔術の教本だったり、犯罪心理学に関する参考書も置かれていたが、それ以上に目についたのは、本棚の端で埃を被っている本だった——それは、本の角が擦り切れ、表紙が変色した演技の指南書。
確かに、ラザラスには才能があったのかもしれない。しかし何度も読み返され、最終的にテープで補強までされていたボロボロのそれを見て、「ただ才能に恵まれただけだ」とは到底思えなかった。心が、ぎゅっと握られたように痛くなってしまった。
(あとはなんか“高等研究院”ってところに行ってたみたいなんだよね。種族もそうだけど、外国の歴史とか文化とか、そういうの研究してたのかも)
ラザラスが高等研究院とやらに行く気配は一切見られなかったこと、本棚の指南書ほどではないが、関連書籍が埃を被っているのは確認できている。
そのため、俳優の夢だけではなく、そちらも途中で手放していることが分かる。
……後者に関しては、彼が復讐を決意したタイミング、だろうか。
(だからこそ、アンジェさんとの関係は切って欲しくないんだよね。本当に“戻れる場所”が、無くなっちゃうから)」
何かに気づいたのか、ラザラスが話し掛けてきた。
「ロゼッタ?」
(……変に、勘が良いというか)
ロゼッタは頭を振るい、ラザラスに思念を飛ばす。
『なんでもないですよ。それにしても、その様子なら『感影』に関してはもう何も心配しなくて良さそうですね』
そう話しかければ、包帯と湿布だらけの痛々しい状態で唯一露出しているラザラスの口元が楽しげに弧を描いている。
「だな。本当に助かってるよ。何なら、こっちのが普段より動きやすいというか……でも君、『精神感応』もだけど、『聴力強化』も同時に使ってるよな? 本当に大丈夫か?」
『余裕です。色々勉強してますし、魔術ならちょっとやそっとじゃ負けない自信が出てきました!』
「はは、羨ましいよ」
ラザラスの体質や状況に合わせる必要があったため、感影の出力調整には少々苦戦した。
しかし、それでもやって良かったとロゼッタは思っている。大した手間ではなかったというのに、こんなにも喜んでくれるとは思わなかった。
『クロウに感謝しなきゃなぁ、わたし、この術は知らなかったから』
「……」
何故か、ラザラスが急に黙り込んでしまった。
どうしたのかと聞こうとしたが、幸いにも彼の方から口を開いてくれた。
「いや……なんていうか、ちょっと……クロウさんが羨ましいなって……」
『? ああ、あの人も結構色んな術が使えますもんね』
「そうじゃ、なくて……悪い、まとまらない」
煮え切らない態度で、ラザラスは何か考え込んでしまった。彼が何を考えているのかが分からず、ロゼッタは首を傾げる。
(この人、頭良さそうなのにな……そういうこと、あるんだなぁ……)
むしろ、頭が良いからこそ「まとまらない」という現象が発生するのかもしれない。大変だなぁ、とロゼッタはぼんやりと考えた。
そんなことを考えていると、ムー、ムムーとラザラスのスマートフォンが震え始めた。ラザラスはチェストに置いていたそれを手に取る。
カミーユの時とはリズムが異なっており、どうやらそれで誰からの着信か分かるようにしているようだ。
「エスラさんだ。どうしたんだろ?」
通話ボタンを押し、ラザラスが電話に出る。電話の向こうの声を聴くために聴力強化を使おうとしたが、その必要は無いらしい。ラザラスは何かのボタンを押し、もう一度チェストにスマートフォンを置いた。
『ロゼッタ、聞こえるか? あ、返事はラズ経由で良いから』
(わあ! 音が大きい!)
スマートフォンに耳を近づけなくても、音が聞こえる。周りで話を共有できるよう、音量を上げる機能があるのだろうか?
「これは“スピーカー機能”っていうんだよ。ロゼッタに聞こえるように、これを使えって指示があってさ」
『ありがとうございます!』
「……あ、声出すなってさ。場所分かるかもしれないからって」
『うーん、分かんないと思う……』
「俺もそうは思うけど、まぁ……」
すかさずラザラスが疑問に答えてくれた……とんでもない蛇足もついてきたが。
ラザラスのフォローに感謝しつつ、困惑しながらも、ロゼッタはラザラスに思念を送る。
『それにしてもエスラさん、どうしたんでしょうか?』
わざわざスマートフォンのスピーカー機能を使うように指示してきた状況を考えるに、ラザラスではなくロゼッタと話がしたいのだろう。
謎に声を出すことを禁じられたロゼッタの代わりに、ラザラスがエスメライに問いかける。
「ロゼッタも話、聞いてますよ。どうしましたか?」
『助かるよ……えっとね、ラズ。明日の夜にさ、ロゼッタ貸してくんない?
あ、いや、物みたいに扱って申し訳ないんだけど……』
言い回しが良くないと思ったのか、電話の向こうでエスメライが狼狽えている。ロゼッタ本人は「そういう言い方も日常会話でしなくもないし、別に気にしてないのにな」と思っていた。
『気にしてないですよーって伝えてください。魔力案件ですかね?』
「了解……エスラさん、ロゼッタは気にしてないというか、要件の方が気になってるみたいです。魔力案件ですか?って」
『魔力案件といえば魔力案件なんだけど……そうだね、ロゼッタには色んな意味で負担掛けるだろうし、
基本的には目、瞑っといた方が良さげな案件だし……だから、厳しいなら厳しいって言ってくれよ?
その……明日のタイミングで言い出しても、急に言われても、怒んないからさ』
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