ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 ―今、あなたの後ろにいるの―

逢月 悠希

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第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』

30.声が聞こえる-1

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 晴れ渡る青空の下には、ふんだんにガラスが使われた灰色の巨大な建造物があった。

(ラズ……遅いんだけど……)

 その建造物近くに植えられた背の低い緑の中に、アンジェリアはいた。
 緑がかったロングストレートの銀髪に同色の翼。長い睫毛で覆われているのは、傷一つない翡翠の瞳。

 独特の色彩を持つ、天使と見紛うほどに美しい娘は——残念ながら、ただの不審者と化している。

(遅いんだけどぉ……!!!!)

 アンジェリアは人が多過ぎる場所では挙動不審になるし、視線を浴びすぎると、言語活動が怪しくなる。それ以前に、そもそも声が出なくなる……という、かなり致命的な弱点を持つ。

 だが、困ったことに、彼女は一応芸能人である。
 それもこの国、グランディディエで彼女を知らない人はいないというレベルの“国民的歌姫”だ。

(やっぱりあの顔、治らなかったのね……いや、他に何かあったのかも。
 今日はどうにか、私が乗り切って、終わったら家に行ってみよう……)

 彼女の現在の相方であるラザラスは、待ち合わせ場所に30分前には到着しておいて、相手の姿や行動を見て動くような人間だ。
 相手が早めに着くなら「俺も楽しみにしすぎて、早く来すぎちゃった」とか何とか言いながら早めに出てくるし、遅刻するようなら「ごめん! 準備に手間取った! 待った?」と相手ではなく自分が遅れてきたかのように振る舞う。すべては、相手に気負わせないためだけに。

 彼の場合はも大なり小なりあるのだろうが、ある程度は本人の気質でもある。
 つまり、素でちょっと“アレ”な行動をすることが多々ある。ゆえに、もう救いようがない。

……それはさておき。

 もう20分以上、ラザラスが遅れている。
 ゆとりを持って行動するようにしているおかげでそれくらいの遅れは問題ないのだが、相手が悪すぎる。
 ラザラスは流石にもう、アンジェリアに対してイケメンムーブをするようなことは無くなったが、それでも時間は相当に気にするタイプだ。
 ゆえに、万物を知るアンジェリアからしてみれば、それだけで「ラザラスの身に何かあったのではないか」と恐怖心を抱いてしまう。

(私が動いた方が良いのかな……でも、入れ違いになったら……そもそも、まずは電話してみるべきね。そうしましょう)

 アンジェリアは、おろおろしながらスマートフォンを取り出す。すると、ふいに後ろから肩を叩かれた。

「ねぇねぇ、お嬢ちゃん。何してんの」
「!」

 茂みに隠れるアンジェリアの存在をスルーすること。
 それはこの灰色の建造物、もとい放送局に務める職員にとっては“ある種の常識”であった。

 しかし、突然現れた男に、その“常識”は通用しなかったらしい。

 アンジェリアの細い腕を掴み、男はぐいと彼女を自分の傍に引き寄せる。
 その美しい顔を見て、男はほうと感嘆の息を漏らす。

「お嬢ちゃん、綺麗じゃん。何? 出待ち? 誰待ってんの?」
「……」
「お嬢ちゃん美人だから、情報流してあげてもいーよ?」

 アンジェリアの耳には、彼の“別の声”も届く。

【大人しそうだし、このままなし崩しにお持ち帰りしてぇな】

(何こいつ、最低……)

 首に下げている名札を見るに、番組スタッフの類だろうか。
 とりあえず、放置すればとんでもない事故を起こしそうだと判断したアンジェリアは、しれっと男の名札を見て、名前を覚える。
 どこかで何かしらやらかす前に、事務所の社長に報告をあげておこう。お灸を据えてもらった方が良さそうだ。

 彼女がそんなことを考えているなどとはつゆ知らず、男は下心を一切隠せていない顔で笑う。

「ほらほら、無視しないでよ~!」
【俺の顔見ろよ。ほら、イケメンだろう? 悪くないと思うんだよな】
(私のこと把握してないってことは、新入りの類でしょうね。私、悲しいくらい知名度あるのに……悪い意味で……)

 覆面歌手以前に、アンジェリアは普通に考えれば通報案件な動きしかしていない……ゆえに、アンジェリアはされている。放置が、当たり前になっている。

 そのことを悲しく思いつつも、アンジェリアは黙り込みを決めていた。

「なになに~、警戒してんの? 大丈夫だよ、お兄さん怖くないよー!」
【根暗かよ、白けるわー……でも、顔はきれいなんだよなぁ、この子。
 珍しい色してるし、モノにできたら最高なんだけど。仲間受けも良さそうだし~!】

——しつこい!!

(根暗で悪かったわね。ていうか、まだ日も落ちてない時間帯に変なこと考えてんじゃないわよ、チャラ男)

 アンジェリアは風魔法に特化した魔術師であるが、残念ながら『能力を制御しきれていない』という最悪な大前提がつく。
 そのためアンジェリアには、本人の意思とは無関係に“声”を通じて相手の“本音”も聞き取ってしまうのだ。
 つまりアンジェリアには、男の心の声が、これでもかと聞こえてしまう。

「ねぇ、名前くらい教えて欲しいなぁ」
【どうにかこうにか落として、連れて帰りてぇのにな……お高くとまりすぎなんだよな、めんどくせぇ】

 目の前の男は、吐き気を催すような最低な考えを抱いている。だが、一切口には出していない。
 彼は一応、『人として最低限のライン』は守っているというのに。アンジェリアにはそれが通用しない。不快感しか、ない。

「……っ」

 耐え切れず、アンジェリアはひたすら思考をダダ漏れさせるチャラ男の腕を振りほどき、数歩距離を取った。

(ああ、そうね。改めて見ると……まあ、分からなくはないわ。さぞかしおモテになって、色んな女の子を取っ替え引っ変えしてるタイプなんでしょうね)

 男は周囲からカッコいいと評価されて、チヤホヤされて、調子に乗っているタイプに見える。
 しかしアンジェリアの知り合いはラザラスを含め、とにかく整った見た目をしている人間が多い。

 だからこそ彼女からしてみれば、目の前から居なくなってくれないチャラ男は、その辺を歩いている一般人と同等にしか見えない……とはいえ、

(……大体みんな、背後事情が悲しいから。だから目が肥えてても、何も嬉しく……ないのよね)

 その知り合いの一定数は『綺麗な外見で生まれることが、生まれる前の段階でほぼ確定している』ようなものだった。それは決して、喜ばしいことではない。

「……」

 アンジェリアは、黙って男から目を逸らす。そして彼は、とうとう苛立ちを全く隠さなくなった。

「……くそ」

 彼は、酷く不機嫌な様子で口を開く。

「なぁ、無視するなよ。こんなとこにいたってことは、どうせ出待ちだろ? 
 俺だって似たようなもんじゃん? 悪くないだろ? だから、一緒に楽しいとこに行こうぜ?」

 この手のタイプは、相手にするだけ無駄だ。
 早く飽きて、どこかに行ってくれないだろうか。
 深々とため息を漏らすと同時、チャラ男の背後に“アンジェリアの待ち人”が現れた。

「すみません、彼女に何か御用ですか? 警備員、呼びましょうか?」

 耳に届いたのは、ラザラスの声だった。

「んぁ? 何……だっ!?」
【うわっ!? なんだこのミイラ男!?】

 そしてアンジェリアは、思考駄々洩れチャラ男のお陰で察した。

(あー……)

……ラザラスの顔面、間違いなく最後に出会った時のままだ。どうしよう、色んな意味で。

「……それとも、私自らお相手しましょうか?」

 ラザラスが、男に圧を掛けにいった。
 それはブラフでもなんでもなく、彼が本当に“お相手”できてしまうのは、それだけの力量があるのは、分かっている。
 しかし、それでも「今は勘弁して欲しい」とアンジェリアは強く願う。

(お願い、チャラ男。ここは潔く引いて。何をどう足掻いても、どう転んでも事故にしかならないから)

 そんなことを考えていると、目の前の男は一目散に逃げ出した。

「失礼しました! じゃあな!!」
【勝てるかこんなバケモン!! 何なんだよ、くそ……っ】

 チャラ男はかなり文句を言いたそうにしていたが、それでも何も言わずに逃げてくれた。
 身体のラインが出ない服を好んで着るせいで少し分かりにくいが、ラザラスは相当に鍛えている。一般人が喧嘩を売って勝てる相手ではない。
 それを見極めて逃げることを選択できた時点で、チャラ男は“それなりに”賢かったようだ。

「アンジェ、大丈夫か? ごめんな、準備に手間取って……」
『気にしないで。ごめんね……でも、珍しいわね、ラズが遅れるなん』

 チャラ男がいたせいで死角になっていたラザラスの姿を直視した結果——アンジェリアはあまりにも痛々しい姿を直視してしまい、軽く目を背けた。

「ごめん……収録までに治らなかった……」
「もう、こればかりは……どうしようもないから……」

 それはもはや、でどうにかなるものではない。
 せめて傷にならなければ良いな、とアンジェリアは切実な感情を抱いた。
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